雨の向こう

13.波音に響く記憶

麗華の姿が見えないことに気づいたのは、昼過ぎのことだった。
悠太は彼女が島を散策しているのだと思い、特に心配はしていなかった。
しかし、時間が経つにつれ、どこにも麗華の姿が見当たらないことに気づき、次第に不安が募っていった。

「麗華さん、どこに行ったんだろう…」悠太は呟きながら、島中を探し回ることにした。
商店街や港、図書館やカフェなど、麗華が行きそうな場所を一通り訪ね歩いたが、誰も彼女を見かけていないという。
次第に焦りが顔を覗かせ始めた悠太は、ふと、小雪がいるであろう祠のことを思い出した。

「もしかして、祠に行ったのか…？」
悠太は祠へ向かうことにした。
夕方が近づき、辺りは少しずつ薄暗くなり始めていた。
山道を登り、祠へと続く細い道を歩いていると、鳥居が見えてきた。
周囲は静かで、風の音しか聞こえない。
悠太は心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、そっと祠に近づいた。

祠の中からは、微かに話し声が聞こえてくる。
立ち止まって耳を澄ますと、間違いなく麗華と小雪の声だった。
二人は穏やかに話し、そして楽しそうに笑い合っている。
（良かった…）悠太はその声を聞いて、心の底から安堵した。
だが、それと同時に自分がなぜこんなにも心配していたのか、不思議に思い始めた。
彼女たちが無事であることを確認し、悠太はその場を離れることにした。
祠に背を向け、静かに坂を下りていく。
どこかほっとした気持ちと、妙な寂しさが入り混じっていることに、自分でも戸惑いを感じながら。

やがて、坂を下りた先に広がる海岸沿いの防波堤に辿り着いた。潮の香りが漂い、波の音が静かに響く。悠太は防波堤に腰かけ、目の前に広がる広い海をじっと見つめた。
空は夕闇に包まれ、水平線の向こうには一筋の薄明かりが残っているだけだった。
悠太は小さく息を吐き、胸の内に湧き上がる様々な思いを整理しようとする。

（小雪さん…）

彼女と過ごしたこれまでの時間が、次々と頭に浮かんでくる。
初めて図書館で出会ったとき、優しい笑顔で本を勧めてくれたこと。
雨の日に商店街で偶然会って、一緒に傘をさして歩いたこと。
どれもこれも、二人の間に静かに流れる穏やかな時間だった。
（小雪さんは、どんな気持ちで僕と一緒にいてくれたんだろう…）
思い出を振り返るうちに、悠太の胸には温かな感情が広がっていく。
けれど、それは単なる友情とは少し違う、もっと深い感情であることに気づいてしまう。

（でも、麗華さんと小雪さん、二人があんなに楽しそうに笑っていた。僕はそのことに安心しているのに、どこかで寂しさを感じるなんて…）
悠太は、自分の心の中にある矛盾に戸惑いながらも、目の前の静かな海を眺め続けた。
波が静かに打ち寄せ、引いていく。
その繰り返しが、まるで自分の中の揺れる気持ちを表しているように思えた。

彼はもう一度、小雪の笑顔を思い浮かべる。
彼女の笑顔は、まるでこの島の雨のように静かで優しく、でもどこか儚いものだった。
「俺は、どうしたいんだろう…」
自分自身に問いかけてみても、答えは出てこない。
ただ、胸の中に広がる温かさと切なさだけが、悠太の心を占めていた。

防波堤に腰かけたまま、悠太は夜の帳が降りるのをぼんやりと眺め続けた。
遠くから聞こえる波の音が、彼の心の中に静かに響き続けていた。