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8.別れの雨
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あの日、花火の色とりどりな光が夜空を照らす中、悠太と小雪は静かに花火を見上げていた。
そして、花火が大詰めを迎え辺りが一瞬暗くなる瞬間に、悠太は走ってその場から去った。
(僕たちには違う時間の流れがあるんだな・・・)
これまで何度か見た小雪の悲し気な表情を思い出した。
彼女が雨の精霊であり、短い時間しか人間の姿で過ごせないことを理解してしまった。
次の日、小雪に会う前に悠太は仕事場で出張の終わりを告げられた。
それは、この島の今後に深く関係することだった。
悠太は会社から、この島の土壌開発に関しての調査に来ていた。
気候が温暖で自然災害の影響を受けないこの島に観光施設や商業施設を作ること。
いわゆる富裕層向けのリゾート開発が悠太の会社の仕事だった。
かなり大手の会社で、実は悠太の父親が社長を務めており、悠太が次期三代目社長に決まっていた。
悠太はありのままの報告をすることに躊躇い始めていた。
もしこの島にそんな手が入れば、小雪の運命は・・・
『雨の精霊』の加護無しで理想の環境が作れないとすれば小雪がどういう扱いをされるのか?
そんな心配が悠太を苦しめていた。
そんな悠太の様子を気遣っても、何も言えずに何も聞けない小雪は、ただそばで笑っているしかなかった。
あと五日で島を離れなければならなくなった悠太は、遂に小雪へそのことを伝えた。
小雪も人伝に聞いてはいたのでさほど驚くこともなくただ頷いた。
悠太と小雪は雨の中で出会い、雨の中でお互いへの思いを育んできた。
悠太の笑顔や共有した本のページが、小雪の心に深く刻まれていた。
あの祭りの後も、悠太の態度は変わることはなかった。
二人とも確信に触れないように、どこかぎこちなくはあったが、それでも逢えばお互い笑顔で過ごした。
小雪の家には入れられないけど、悠太の部屋には何度か訪ねることもあった。
京子さんに頼まれて、港で取れた魚を持って行くこともあった。
その度、悠太は必ず小雪を家の前まで送り届けた。
そして、
「又あした。」
と笑顔ですぐに立ち去って行った。
昨日も、図書館の帰り道に家まで送ってもらった。
何か言いたげに思い詰めた顔を一瞬するものの、
「じゃあ、又あした。」
と小雪に告げた。
歩いていく悠太の背中を見つめながら小雪は灰色の雨雲を眺めた。
道路には雨粒が跳ね、車の通りも無い。
小雪は家に入ると居間の窓辺に立ち、窓ガラスに雨粒が流れていく様子を見つめていた。
悠太との別れの瞬間が小雪の心を押し潰していた。
悠太の部屋で、二人は向き合って座っていた。
部屋の中には静まり返った空気が漂っていて、時折、雨の音が窓を叩く音が聞こえてきた。
荷物らしいものは既に無くなっており、大きめのスポーツバッグ一つだけが玄関脇に置かれていた。
今夜の最終の船で本土に渡り、そこから電車に乗る予定だった。
悠太は小雪の手を取り、優しく微笑んで言った。
「君が笑顔で幸せでいることが、俺の願いだから。
でも今は、この雨の向こうに行かなくちゃいけないんだ。」
彼の声は切なさと決意が入り混じっていた。
小雪は言葉に詰まり、涙が頬を伝って流れた。
悠太との思い出が、心を切なく締め付ける。
二人はいつしかそっと抱き合い、しばらくの間言葉なく雨の音だけが彼らの別れを告げていた。
悠太が小雪から離れる瞬間、小雪は手を伸ばして彼を引き止めようとしたが、手はすり抜けるようにして悠太の手を掴むことはできなかった。
悠太は微笑みかけ、
「また、逢う日まで。」
と呟いた。
小雪は、アパートの階段で雨の向こうに消えゆく彼を見送った。
そして、花火が大詰めを迎え辺りが一瞬暗くなる瞬間に、悠太は走ってその場から去った。
(僕たちには違う時間の流れがあるんだな・・・)
これまで何度か見た小雪の悲し気な表情を思い出した。
彼女が雨の精霊であり、短い時間しか人間の姿で過ごせないことを理解してしまった。
次の日、小雪に会う前に悠太は仕事場で出張の終わりを告げられた。
それは、この島の今後に深く関係することだった。
悠太は会社から、この島の土壌開発に関しての調査に来ていた。
気候が温暖で自然災害の影響を受けないこの島に観光施設や商業施設を作ること。
いわゆる富裕層向けのリゾート開発が悠太の会社の仕事だった。
かなり大手の会社で、実は悠太の父親が社長を務めており、悠太が次期三代目社長に決まっていた。
悠太はありのままの報告をすることに躊躇い始めていた。
もしこの島にそんな手が入れば、小雪の運命は・・・
『雨の精霊』の加護無しで理想の環境が作れないとすれば小雪がどういう扱いをされるのか?
そんな心配が悠太を苦しめていた。
そんな悠太の様子を気遣っても、何も言えずに何も聞けない小雪は、ただそばで笑っているしかなかった。
あと五日で島を離れなければならなくなった悠太は、遂に小雪へそのことを伝えた。
小雪も人伝に聞いてはいたのでさほど驚くこともなくただ頷いた。
悠太と小雪は雨の中で出会い、雨の中でお互いへの思いを育んできた。
悠太の笑顔や共有した本のページが、小雪の心に深く刻まれていた。
あの祭りの後も、悠太の態度は変わることはなかった。
二人とも確信に触れないように、どこかぎこちなくはあったが、それでも逢えばお互い笑顔で過ごした。
小雪の家には入れられないけど、悠太の部屋には何度か訪ねることもあった。
京子さんに頼まれて、港で取れた魚を持って行くこともあった。
その度、悠太は必ず小雪を家の前まで送り届けた。
そして、
「又あした。」
と笑顔ですぐに立ち去って行った。
昨日も、図書館の帰り道に家まで送ってもらった。
何か言いたげに思い詰めた顔を一瞬するものの、
「じゃあ、又あした。」
と小雪に告げた。
歩いていく悠太の背中を見つめながら小雪は灰色の雨雲を眺めた。
道路には雨粒が跳ね、車の通りも無い。
小雪は家に入ると居間の窓辺に立ち、窓ガラスに雨粒が流れていく様子を見つめていた。
悠太との別れの瞬間が小雪の心を押し潰していた。
悠太の部屋で、二人は向き合って座っていた。
部屋の中には静まり返った空気が漂っていて、時折、雨の音が窓を叩く音が聞こえてきた。
荷物らしいものは既に無くなっており、大きめのスポーツバッグ一つだけが玄関脇に置かれていた。
今夜の最終の船で本土に渡り、そこから電車に乗る予定だった。
悠太は小雪の手を取り、優しく微笑んで言った。
「君が笑顔で幸せでいることが、俺の願いだから。
でも今は、この雨の向こうに行かなくちゃいけないんだ。」
彼の声は切なさと決意が入り混じっていた。
小雪は言葉に詰まり、涙が頬を伝って流れた。
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二人はいつしかそっと抱き合い、しばらくの間言葉なく雨の音だけが彼らの別れを告げていた。
悠太が小雪から離れる瞬間、小雪は手を伸ばして彼を引き止めようとしたが、手はすり抜けるようにして悠太の手を掴むことはできなかった。
悠太は微笑みかけ、
「また、逢う日まで。」
と呟いた。
小雪は、アパートの階段で雨の向こうに消えゆく彼を見送った。
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