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転校生#3

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「離せ!」
「はい、暴れない。おや、二宮君と齋藤君はもう来ていたのですね」

現れたのは眼鏡が印象的な、補習受け持ち専門の男性教師の藤平ふじひら先生と、その先生に腕を掴まれ引っ張られている、今朝転校生と一緒に居た都筑君だった。
都筑君はものすごい勢いで先生の拘束から逃れようと暴れている。

「俺は補習なんざ受けたくねえ!」
「補習を受けなければ貴方留年ですよ。留年はみじめですよ、年下に囲まれて、遠巻きに見られるんですから。あの腫物を触るような感じは、多感な時期のあなた方にはつらいでしょうねえ」
「……」

藤平先生が、留年した場合のシミュレーションを語ると、都筑君は押し黙り、抵抗をやめた。
確かに一人年上で遠巻きに見られるのはつらいな……。俺ももしかしたらそうなる可能性があるわけで……、うへえ、絶対補習落とせないな……。

完全に諦めた様子の都筑君は、ふと真ん中の席に座る転校生の姿を捉えて目を見張った。

「……え、琉偉?」
「あー!みのり!!お前もほしゅうだったのかー!」
「お、おい!名前で呼ぶなっつったろ!」
「なんでだよ?ともだちなら名前で呼ぶのがフツーだろ?」
「その名前が恥ずかしいんだよ……!」

都筑君は顔を真っ赤にしながら怒鳴った。……うっ、君も結構声大きいね……。
にしても、彼の名前はみのりというのか。知らなかった。

「どこがはずかしいんだよ?」
「……だ、だから、女みてえだからって言っただろーがよ……」

成程、名前の響きが女の子っぽいから恥ずかしかったのか。イケメンは照れ顔も様になってますな。

「なんで?みのりの名前、おれはすっげえいいと思うぞ!」
「……ッ」

うん、こういうとき、転校生のあの裏表のなさは効くね。
もう都筑君、顔が赤リンゴ状態でなにも言えなくなっちゃってるよ。

「はいはい、実紀みのり君の名前のことはそこまでにして、補習始めますよ」
「テメエまで下の名前で呼ぶんじゃねえ!!」
「教師に向かってテメエとは感心しませんね。実紀君は課題一枚追加で」
「……!!!」

そして藤平先生は一枚上手だった。


こうして始まった補習授業。
基本的には用意された課題プリントを解きつつ、わからないところがあればその都度藤平先生に質問する、という体裁だった。
しかし……

「これなんて読むんだ?」
「これは、『ほうていしき』と読みます」
「ふーん、じゃあこっちは?」
「……これは、『かんすう』です」

転校生のあまりの学力に、藤平先生は最早彼専属となっていた。
というかまず数学の補習で漢字の読み方聞いてるってヤバくないか……?

「なー、これ飽きた!」
「えっ」
「遊びに行きたい」
「……齋藤君?今は補習の時間だから遊びには行けませんよ」

どんなに勉強嫌いの生徒でも鬼のように指導すると噂の藤平先生も、転校生のあまりの態度に困惑極めていた。

「やだ!もう飽きた!外行きたい!!」
「駄目です!貴方のお父様から、色々と任されているんですから!」

彼らの言い争う声は段々と大きくなっていく。それに比例して、俺の頭痛の度合いも大きくなっていった。
さらに、この時は頭痛に加えて、胃までキリキリと痛みだしてきた。
やはり、これまでに何度も薬を飲んだのがいけなかったか。しかも最近は病み上がりだったせいもあり、まともな食事を胃に入れずに薬を飲んでいたのもあったかもしれない。
しかし、後悔先に立たず。ダブルコンボで襲ってきた痛みに耐えきれず、手からシャーペンが音を立てて床に落ちた。

その音に気付いた藤平先生が、ようやく俺を視界に捉えた。
頭と胃の辺りを押さえてうずくまった俺を見て、先生が慌てたように「二宮君!?」と声をあげた。

「しゅうじ!?」
「大丈夫ですか、二宮君!痛いんですか?今、篠北先生に連絡しますから!もう少し頑張ってください」

先生が携帯を取り出して電話を掛ける間、転校生がずっと俺の耳元で騒いでいた。
「だいじょうぶか」とか、「しっかりしろよ!」とか、心配してくれているのはわかるのだが、耳元で叫ばないでほしい。頭痛で死ぬ。

「だ、大丈夫……だから……、し、静かにして……」
「ほんとか!?だいじょうぶに見えないぞ!!」
「だ、だからしずかにして……っう、」

ついには喉の奥からせり上がってくるものを感じ、本格的に焦る。
こんなとこで吐きたくないと、必死に抑えた。
と、そのときだった。

「おい、これ使え」
「……!」

顔の前にビニール袋が差し出された。そしてその袋を差し出してくれたのは、都筑君だった。

「吐きそうなんだろ?使え」
「……ぅ、で、でも」
「いいから使え!」

次の瞬間には、俺はビニール袋に胃の中の物をぶちまけていた。都筑君が背中をさすってくれる。

「げほ、ぅ、おえっ……」

殆ど物を食べていなかったので、固形物はあまりなかったものの、胃液の匂いが充満した。
しかし、そんなあまり嗅ぎたくない匂いも気にせず、都筑君はずっと背中をさすってくれていた。
何度もえずき、やっと吐き気が治まったころ、篠北先生が教室に到着した。

「二宮君、大丈夫?もう気持ち悪くない?」

篠北先生の問いに頷いた。最早声は出せなかった。

「もう今日はこのまま休もうね。歩ける?」
「……(フルフル)」
「ちょっときついか。じゃあ僕が負ぶって……」
「おれがつれてく!!」

ひときわ大きい声がしたかと思うと、次の瞬間、身体が浮いた。
……え?ちょっ……まさか?

「え……齋藤君、大丈夫?」
「マサキ、おれならだいじょうぶだぞ!しゅうじ、軽いし!」

うわあああ!!俺、転校生に姫抱きされてるううううう!!!
しかも、俺より背の小さい転校生に!!!

「それじゃ、藤平先生あとはお願いします」
「わかりました」
「それじゃあ行こうか、二宮君、齋藤君」
「おう!」

俺は男の尊厳が失われ、頭痛とショックから、転校生の腕の中で気を失った。


***


気付いた時にはすでに寮のベッドの上だった。
そして目覚めた瞬間、羞恥が俺を襲った。
――自分より背の低い男に姫抱きされた。

「もうやだ……死にたい……」

見た目より力のあった転校生に、俺は男としてのプライドが完全に打ち砕かれてしまった。
そして俺は一体何回倒れれば気が済むんだ。

気を失っていた時間はさほど長くなかったらしく、まだ祥吾は部活中で部屋には戻ってきていなかった。
そして一緒に来たであろう篠北先生や、俺を軽々と持ち上げた転校生の姿も見えなかった。

「……」

倒れた後、一人でベッドの上で横になっていると、やはり考えてしまう。

――俺は、やっぱりこの学校に来るべきではなかったのではないかと。

入学してからもう何度も体調を崩しては熱出したり、吐いたりして倒れている。
結局今日まで、半分も授業にまともに出られていないのではないだろうか。
そう思うと、やっぱり俺は家で大人しくしているべきだったんじゃないかと思ってしまう。
祥吾や篠北先生や、担任の先生やクラスメイトの皆に迷惑かけて、今日にいたっては自分より小さい、転校してきたばっかりのクラスメイトにまで迷惑をかけてしまった。
まあ、その原因はその彼の声の大きさもあったとはいえ……
でも、俺がもっと丈夫だったら、彼の声の大きさなんか気にすることなく、こんなことにもならなかったのだ。

――だからこの羞恥も、俺の責任である。

そうは思ってもやっぱり恥ずかしくて、俺は枕に顔をうずめて脚をバタバタした。


***

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