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ストーリー
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「余計なことはするな!」
結衣は怒り出した。
「お前に言ったな。刺激はするなって!」
「そやけど……」
「うるさいわ。どいつもこいつも蠅と一緒じゃ! 少しは大人しとれ!」
結衣はそれきり口を聞いてくれなかった。せっかくのファンクラブイベントは妨害を受け中止になってしまえば不機嫌にはなる。
仲を取りまとめようとしただけなのに。近美は互いに罵り合う結衣と聡子を見て悲しくなる。
なんでこう我儘な子ばかりなのか。理解に苦しむ。部屋に戻ったところで、これまたけったいな奴がおるし。
近美はあえて寮室に戻らず図書館によって本を読んだ。しかし全然頭に入ってこない。しばらく読んでやめた。戻ろう。
部屋に戻ってみれば榮子は相変わらずポテチを頬張り、古典を読んでいる。
「よう本なんて読んでいられるわ」
「なんや。いいやないか。うちの日課や」
「そうですか。気楽でいいわ。空想に耽っていればいいんやからな」
「どうしたん?」
近美は榮子に当たっても仕方がないと分かっていた。でも結衣の問題で心がパンク状態になっていて判断がおかしくなっていた。
「ずいぶん暗い顔しとるやないか?」
「結衣と聡子があない喧嘩するとは思わなかった」
榮子との会話は以前から部屋でも少なくなっていた。二人をよく知る榮子はどう考えていたのか。
「前にも言ったよな。結衣と関係を深く持つなって。聡子も手玉にとれると思ったのがうまく行かへんかったわけや」
「簡単に言うな。結衣は」
「結衣の過去を背負ってもしゃーないわ。お前はお人好し過ぎや。いい加減目覚ましや」
「あんたはほんまに気楽でええな」
榮子は結衣の問題から手を引いた。いわば逃げたのだ。
「逃げるが勝ち言ったな。その通りにせえ言っただろ」
「ほんまうちだって逃げたいわ……なのにな、どうしてなんや?」
近美は泣いていた。結衣にどうして過度に依存してしまっている自分がよくわからない。
「もうそやからやめないうたのに。同情で人と関係なんて持つな。あいつのことがほんまに好き言うなら」
「好きや! 嫌いなわけない!」
ぐずぐず泣くなんてみっともないことだ。でも今はこらえられない。榮子はティスペーパーを渡した。
「うちに言うな。同じ目に遭いそうやったから……」
「あんたは結衣とどんな関係なの?」
「知ってどうするの?」
「逃げへんで教えてや。うちを助けて」
「下らんって思いながら妹ごっことしてやったよ」
「キスとかしたんか?」
「あほ、するわけない。うちはこっちやないし」
榮子は左手の甲を反らすと右手の頬に沿える。
「あんたはこっちの気があるのか?」
「少しはわかるよ」
結衣のキスを深い抵抗感なく受け入れたのは、中学の時にそういった経験を多少なりともあったからだ。近美は背が低く、女の子からも可愛いと呼ばれ悪戯されたことがある。
「ふうん。あんたも苦労しとるな」
「あんたもポテチばっかり食っていると苦労するで」
相変わらずパリパリとノリ塩味のポテチを頬張る。
「色気より食い気や。うちはこれなしや生きていけん」
「一日三食でええ。ポテチは食べすぎると癌になるの」
「あ、そか。癌か。そうしたらあんたに面倒見てもらうわ」
「いやや。誰があんたの面倒なんか見るか、あほ」
「冷たいこと言うなや。うちらはルームメイトや」
「あほ! 看護婦やないから、誰が世話するか」
「あ、そうや……」
榮子は枕の下をガサゴソと漁った。榮子に手には白い便せんが握られていた。
「何それ?」
「見ての通り手紙やで」
「うちにか」
「ほかに誰がおるの?」
宛先も何もない。中をあけると薄いペーパーに細く何か書いてある。榮子は寝返り打って静かに本を読む。ポテチをかじる音とともにペラペラとめくる音が聞こえてきた。
『午後八時に屋上へ来い 結衣』
なんや来いって。でも文字にどこか違和感がある。結衣はこん
な文字を書いていただろうか。誰かがなぞったような。紙からは青白いものが付着している。
八時を過ぎると生徒は食事も終えて寮に戻る。屋上に向かう人なんてあまりいない。
よう覚えとる。聡子が自分と結衣を呼び出した。遠目に映る結衣は誰よりも綺麗だった。
八時を過ぎたが誰も来ない。人が遅れたときは怒るくせに自分はルーズな所が結衣にはある。しかしわざわざ密かに会おうなんて結衣らしくない。すでに八時を十分も過ぎている。
「遅いなあ」
ブルリと体が震える。まだ秋だというのに体に寒気が走る。結衣がこのまま来ないのではないか。
背後に誰かの気配がした。ぼんやり景色を見ていたからわからなかったけど、扉を開く音がした。
「遅いで。呼び出しておいて何しとん?」
返事がない。やっぱりあの文章は何かが違う。誰かが結衣の字を真似て呼び出したともいえる。でも何の目的だろうか。
風のにおいに混じって塩の匂いがした。
「あんた……」
誰と聞くために、近美は背後を確認しようとした。結衣じゃないという疑惑を払しょくしたかった。
トンと体が押された感触がした。近美は自分の体が押されたという自覚がない。ここは四階だから高さがある。打ちどころを間違えれば致命傷となりかねない。
ふわりと体が浮いた。あ、という声がでた。
間もなく近美の体は地上に落ちていく。ドシンと鈍い音が寮内に響き渡る。一瞬の出来事だった。
最初にガンと全身に激しい揺れがあった。一瞬何が起こったのかわからなかった。
う、と呻くことすらできないほど痛みが激しい。多分誰かが来なければ死ぬだろうとわかる。自分が死ねば報われるのだろうか。
手の部分に生ぬるい感触がする。そっと視線を動かして可能な範囲で見たところ寮内の光に照らされて赤いことがわかる。近美が人生で見てきたどんな赤より真紅に染められていく。
これはあかんわ。かなりしんどい。痛みは衝撃の後にやってくるようだ。声を上げたくても力を込めると痛みが走る。でも助けを待っていては命の危険にあることを近美は朧気の意識の中で理解していなかった。
死ぬのかな……
「な、変な音がしなかった?」
「いやや。誰か落ちたんと違うか?」
怖いわ、とかすかな声が聞こえる。ここにいると叫びたかったが、声は出せなかった。
少女の足音が少しずつ大きくなっていく。足取りにはためらいがあるようだった。
「きゃ! 人や!」
「うそ? ほんまや! どうしたん?」
喧噪の中で近美はとうとう力尽きてしまった。これが死だというなら悪くない安らかな眠りだった。
結衣は怒り出した。
「お前に言ったな。刺激はするなって!」
「そやけど……」
「うるさいわ。どいつもこいつも蠅と一緒じゃ! 少しは大人しとれ!」
結衣はそれきり口を聞いてくれなかった。せっかくのファンクラブイベントは妨害を受け中止になってしまえば不機嫌にはなる。
仲を取りまとめようとしただけなのに。近美は互いに罵り合う結衣と聡子を見て悲しくなる。
なんでこう我儘な子ばかりなのか。理解に苦しむ。部屋に戻ったところで、これまたけったいな奴がおるし。
近美はあえて寮室に戻らず図書館によって本を読んだ。しかし全然頭に入ってこない。しばらく読んでやめた。戻ろう。
部屋に戻ってみれば榮子は相変わらずポテチを頬張り、古典を読んでいる。
「よう本なんて読んでいられるわ」
「なんや。いいやないか。うちの日課や」
「そうですか。気楽でいいわ。空想に耽っていればいいんやからな」
「どうしたん?」
近美は榮子に当たっても仕方がないと分かっていた。でも結衣の問題で心がパンク状態になっていて判断がおかしくなっていた。
「ずいぶん暗い顔しとるやないか?」
「結衣と聡子があない喧嘩するとは思わなかった」
榮子との会話は以前から部屋でも少なくなっていた。二人をよく知る榮子はどう考えていたのか。
「前にも言ったよな。結衣と関係を深く持つなって。聡子も手玉にとれると思ったのがうまく行かへんかったわけや」
「簡単に言うな。結衣は」
「結衣の過去を背負ってもしゃーないわ。お前はお人好し過ぎや。いい加減目覚ましや」
「あんたはほんまに気楽でええな」
榮子は結衣の問題から手を引いた。いわば逃げたのだ。
「逃げるが勝ち言ったな。その通りにせえ言っただろ」
「ほんまうちだって逃げたいわ……なのにな、どうしてなんや?」
近美は泣いていた。結衣にどうして過度に依存してしまっている自分がよくわからない。
「もうそやからやめないうたのに。同情で人と関係なんて持つな。あいつのことがほんまに好き言うなら」
「好きや! 嫌いなわけない!」
ぐずぐず泣くなんてみっともないことだ。でも今はこらえられない。榮子はティスペーパーを渡した。
「うちに言うな。同じ目に遭いそうやったから……」
「あんたは結衣とどんな関係なの?」
「知ってどうするの?」
「逃げへんで教えてや。うちを助けて」
「下らんって思いながら妹ごっことしてやったよ」
「キスとかしたんか?」
「あほ、するわけない。うちはこっちやないし」
榮子は左手の甲を反らすと右手の頬に沿える。
「あんたはこっちの気があるのか?」
「少しはわかるよ」
結衣のキスを深い抵抗感なく受け入れたのは、中学の時にそういった経験を多少なりともあったからだ。近美は背が低く、女の子からも可愛いと呼ばれ悪戯されたことがある。
「ふうん。あんたも苦労しとるな」
「あんたもポテチばっかり食っていると苦労するで」
相変わらずパリパリとノリ塩味のポテチを頬張る。
「色気より食い気や。うちはこれなしや生きていけん」
「一日三食でええ。ポテチは食べすぎると癌になるの」
「あ、そか。癌か。そうしたらあんたに面倒見てもらうわ」
「いやや。誰があんたの面倒なんか見るか、あほ」
「冷たいこと言うなや。うちらはルームメイトや」
「あほ! 看護婦やないから、誰が世話するか」
「あ、そうや……」
榮子は枕の下をガサゴソと漁った。榮子に手には白い便せんが握られていた。
「何それ?」
「見ての通り手紙やで」
「うちにか」
「ほかに誰がおるの?」
宛先も何もない。中をあけると薄いペーパーに細く何か書いてある。榮子は寝返り打って静かに本を読む。ポテチをかじる音とともにペラペラとめくる音が聞こえてきた。
『午後八時に屋上へ来い 結衣』
なんや来いって。でも文字にどこか違和感がある。結衣はこん
な文字を書いていただろうか。誰かがなぞったような。紙からは青白いものが付着している。
八時を過ぎると生徒は食事も終えて寮に戻る。屋上に向かう人なんてあまりいない。
よう覚えとる。聡子が自分と結衣を呼び出した。遠目に映る結衣は誰よりも綺麗だった。
八時を過ぎたが誰も来ない。人が遅れたときは怒るくせに自分はルーズな所が結衣にはある。しかしわざわざ密かに会おうなんて結衣らしくない。すでに八時を十分も過ぎている。
「遅いなあ」
ブルリと体が震える。まだ秋だというのに体に寒気が走る。結衣がこのまま来ないのではないか。
背後に誰かの気配がした。ぼんやり景色を見ていたからわからなかったけど、扉を開く音がした。
「遅いで。呼び出しておいて何しとん?」
返事がない。やっぱりあの文章は何かが違う。誰かが結衣の字を真似て呼び出したともいえる。でも何の目的だろうか。
風のにおいに混じって塩の匂いがした。
「あんた……」
誰と聞くために、近美は背後を確認しようとした。結衣じゃないという疑惑を払しょくしたかった。
トンと体が押された感触がした。近美は自分の体が押されたという自覚がない。ここは四階だから高さがある。打ちどころを間違えれば致命傷となりかねない。
ふわりと体が浮いた。あ、という声がでた。
間もなく近美の体は地上に落ちていく。ドシンと鈍い音が寮内に響き渡る。一瞬の出来事だった。
最初にガンと全身に激しい揺れがあった。一瞬何が起こったのかわからなかった。
う、と呻くことすらできないほど痛みが激しい。多分誰かが来なければ死ぬだろうとわかる。自分が死ねば報われるのだろうか。
手の部分に生ぬるい感触がする。そっと視線を動かして可能な範囲で見たところ寮内の光に照らされて赤いことがわかる。近美が人生で見てきたどんな赤より真紅に染められていく。
これはあかんわ。かなりしんどい。痛みは衝撃の後にやってくるようだ。声を上げたくても力を込めると痛みが走る。でも助けを待っていては命の危険にあることを近美は朧気の意識の中で理解していなかった。
死ぬのかな……
「な、変な音がしなかった?」
「いやや。誰か落ちたんと違うか?」
怖いわ、とかすかな声が聞こえる。ここにいると叫びたかったが、声は出せなかった。
少女の足音が少しずつ大きくなっていく。足取りにはためらいがあるようだった。
「きゃ! 人や!」
「うそ? ほんまや! どうしたん?」
喧噪の中で近美はとうとう力尽きてしまった。これが死だというなら悪くない安らかな眠りだった。
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