壺花

戸笠耕一

文字の大きさ
上 下
20 / 28
ストーリー

18

しおりを挟む
 榮子が戻ってきた。すっかり体調がよくなり、出会った時のようにケラケラと布団にこもり古典を読む文学少女のままだ。

「そや。就寝時間や。寝支度したら?」

 榮子は本にどっぷりつかると周りが見えなくなる。結衣からの嫌がらせもストレスの原因の一環だろうが、榮子の生活リズムもある。近美はひょいと本を取り上げた。

 宇治拾遺物語を読んでいた。

「あんた、夜更かしはあかんで」

「なんやし、本を返してえな」

「だ、め、や」

「うっとうしいな、もう」

 榮子は気だるそうに布団でうなる。

「あんたのためや。寝なさい」

 コンコンと扉が叩く。扉を開けると聡子が笑っていた。丸顔のふっくらした聡子の顔は七福神のように幸福をもたらしてくれる。

「部屋の文学娘は腹治ったのか?」

「相変わらずよ。さっさと寝かすことにしたわ」

「なんや保母さんやないか」

「どうしたん?」

「ちょっといいか?」
「何かあったん?」

「訳はあとで話す。ごめんなさい」

「うちらの仲やし。でももう就寝近いで」

「すぐ終わるやさかい。確認したいだけや」

 連れていかれたのは寮の屋上だった。少し蝶番にさびが付いているせいか開くのに戸惑った。

 ふっと風が吹きつける。誰かいた。後姿で結衣だとわかる。肩までかかった髪がなびいている。

「待たせたな、結衣」

「けったいなところに呼び出してどうするつもりや? ベベも来たんか?」

「この子にも聞きたいことあったし」

「で、なんや弓の練習だったか。あーしんどい」

「そら悪いな。大会近いし。なら夜中にほっつき歩かんで寝ないとあかんな」

「何の話や? ずいぶん言いたいことありそうや」

「なかったら呼ばんわ。うちが言いたいことわかるや?」


「遠回しは好かへん。はっきり言えや」

「この子とどこまでの関係なんや?」

 結衣はばかばかしいというと部屋に戻ろうとした。

「バカってなんや? 待ちや。聞いていんで」

「うちが他の子と遊んでいんのは知っているや?」

「ああ、でも本命はうちや。あんた夜中にどこ行っているの?」

「な、な。ごめん。どういうこと?」

 近美は話に付いていけなかった。

「ごめんなさい。何も言うてんの。結衣とうちは、できているのよ。知らへん?」

「それも今日で仕舞や。ま、楽しかったで」

「待ちや。説明せんで」

 聡子はにらんではいなかったが、声は低くドスが効いていた。

「結衣、うちも知りたい」

「そろいもそろってなんや」

「うちを振ってこの子に乗り換える訳を説明して」

「相思相愛ってやつや。この子や。うちにふさわしい。お前じゃ麻衣の役割は無理なのはもうわかっていたことや。あんたもうちにすがって生きんのはやめにしいや」

「なるほど。適任者ができたってわけか」

「そや。近美は麻衣や。よう見て。かいらしいわ」

「さよか。うん、わかった」

 聡子が無理をして笑っているのがよくわかる。結衣に近づくや否やぴしりと頬を平手打ちにした。

「これがうちの答えや。二人で仲ようしいや。あんたの姉妹ごっこに付き合っていられないわ」

 聡子はバタンと乱暴に扉をしめた。

「な、これどういうこと?」

 結衣はガバッと近美を抱きすくめて、麻衣、麻衣と連呼した。

「いや、離して」

「ああ、かいらしいな。ずっとそばにいていな。姉さん、目を離さんからな」

「いやや! やめな!」

「どうしたん? うちら付きおうとるな?」

「麻衣を吹っ切るためにちょっと夜中にみずうみ見に行って、軽く触れるぐらいでいいって。ほんまかいな? しかも聡子とできているってどういうことや?」

「心配すな。あんな満月顔で麻衣の代わりが務まるかいな。お前だけでええ、一人おればいいの。かいらしい子は一人や」

「自分が可愛いだけや。妹を愛している自分に酔っているだけや。気色悪いで。もうええやめや」

「いやや。どうしてや? 麻衣、姉さんの嫌いか」

 甘ったるい言葉で同情を誘ってもだめだ。でも近美には結衣と交わしたキスの感触が蘇ってくる。

「気色悪過ぎるわ、あんた。頭冷やした方がいいよ」

「行かんといてくれよ」

 閑古鳥が鳴いている。切なすぎる言葉が背後から聞こえてくる。

「戻るで、うち」

 近美は急ぎ足で部屋に戻る。ゆっくり歩いていたら捕まえられてしまうことを恐れていた。

 部屋はぼんやりとオレンジ状に輝いている。

「戻ってきたんか?」

「そや、寝えへんの?」

「結衣に言い寄られたのか?」

 浮かない顔をする近美を榮子の視線が注ぐ。

「あんたは結衣の妹になれたんか?」

「まさか契りを結んだのか?」

「大役やね」

「あほ。さっさと妹ごっこ遊びはやめたほうがええ」

「わかっておるよ。でもな」

「放っておけばええ。うちも、聡子も妹にはならへんわ」

「当たり前や。そんなもの。結衣がなくなった麻衣ちゃんのことを吹切らなあかん。そうしてもらえるよう」

「わかっとらんな。結衣のシスコンは手が付けられんのや。おまけにあいつは中性な顔立ちやしな。虜にされてしまう」

「逃げたんかいな。友達の気も知らずに」

「そうやよ。おかんが駆け落ちしてくれてほんまよかったと思っている。おかげで結衣にはすっかり嫌われてしもうたしな」

 順は巡り、妹役が榮子から聡子に周る。きょう正式に近美が妹へとなったわけだ。

「悪いことは言わん。あんたも結衣を切り」

 近美は何も返せなかった。すでに結衣の痛みを知ってしまったからそんなことはできなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

My Angel -マイ・エンジェル-

甲斐てつろう
青春
逃げて、向き合って、そして始まる。 いくら頑張っても認めてもらえず全てを投げ出して現実逃避の旅に出る事を選んだ丈二。 道中で同じく現実に嫌気がさした麗奈と共に行く事になるが彼女は親に無断で家出をした未成年だった。 世間では誘拐事件と言われてしまい現実逃避の旅は過酷となって行く。 旅の果てに彼らの導く答えとは。

友情と青春とセックス

折り紙
青春
「僕」はとある高校に通う大学受験を 終えた男子高校生。 毎日授業にだるさを覚え、 夜更かしをして、翌日の授業に 眠気を感じながら挑むその姿は 他の一般的な高校生と違いはない。 大学受験を終えた「僕」は生活の合間に自分の過去を思い出す。 自分の青春を。 結構下品な下ネタが飛び交います。 3話目までうざい感じです 感想が欲しいです。

真夏のサイレン

平木明日香
青春
戦地へ向かう1人の青年は、18歳の歳に空軍に入隊したばかりの若者だった。 彼には「夢」があった。 真夏のグラウンドに鳴いたサイレン。 飛行機雲の彼方に見た、青の群像。 空に飛び立った彼は、靄に沈む世界の岸辺で、1人の少女と出会う。 彼女は彼が出会うべき「運命の人」だった。 水平線の海の向こうに、「霧の世界」と呼ばれる場所がある。 未来と過去を結ぶその時空の揺らぎの彼方に、2人が見たものとは——?

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

中学生作家

あおみなみ
青春
“あの子”の一番の理解者は、僕だから 小説を書くのが好きなヒナ。ヒナ「だけ」が大好きなオミ。 オミはヒナを喜ばせたい、幸せにしたい一心だった。

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

処理中です...