壺花

戸笠耕一

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ストーリー

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「あ、気にせんといて。口悪い子やから。またな、うちら同じクラスやって。今後もよろしく」

 腹も満たされ近美は部屋に戻る。榮子は相変わらずポテチをかじりながら古典を読んでいた。近美も持ってきた本を読んで眠りについた。

 4月1日。午前9時。入学式は威風堂々たる名門校に相応しく身が引き締まる式になる。入学生は1人ずつ呼ばれ席に着いた。白い学生服に包まれた少女たちは白菊のように清廉で混じりけがなかった。自分がそこにいるというの
は誇らしい。

 花柄の袴を着込んだ女性が奇麗な足取りで壇上に立った。きりっと引き締まった瞳が入学した150人を見つめた。

「入学生代表、久我元子さん」

 司会者が名前を呼ぶ。

 はいと透き通った声で回答をした。元子と呼ばれた少女は静かに壇上に向かった。横顔を見たがあどけない素顔が近美の心を打つ。時期ではない紫陽花のように爽やかさがあり見ていて心地よかった。

 元子には大層な入学証書が渡された。受け取り方も教養のある人の仕草だった。

「入学おめでとう」

 受け取る側と渡す側の顔は少し似ていた。学園長は久我良子。名前から分かっていたが、親戚同士だとわかる。

 学園OBOGたちのありがたいお話が続く。終わると校歌を歌って式は終わった。

 入学式を終えると校庭には生徒やその親たちが満開の桜の木の下で写真撮影をしていた。

「母さん、この子なんよ。部屋が一緒なん」

 近美は近くにいた榮子を紹介した。

「ほんまか。すまんなうちの娘はお転婆やから迷惑をかけることもあるかもしれません」

「何を言うてんの」

 榮子はプッと吹き出した。

「仲いいなあ。悪いことやないわ」

 キャーと歓声が上がる。とりわけ大きな輪ができている場所があり、中央の女の子に視線が集まっている。

 まばゆいばかりのあどけない可愛さを持っていた。周りに寄っている女の子より顔は小さい。髪を3つ編みにし、笑うたびに首を自然に傾けたときの仕草が可愛かった。

「すごいな、あの子……」

「元子は中学の頃から地元のモデルさんで人気者なんや。学校の理事の娘やし、みんな仲よくしたがるからなあ」

「榮子、親はおらんの?」

「うちは家業が忙しい。内部生やしな、気にせんで」

「何かさみしい話やなあ」

「ほっとき。うちは一人がいい。ほな」

「どこ行くん?」

「図書館」

「うち、後でいくわ」

 榮子は何も言わずに去っていった。

「不思議な佇まいの子やね」

 近美の母はふうんと榮子の後ろ姿を見て言う。

「でもいい子なんよ。昨日も学校を案内してくれたんや」

「ま、楽しくやり。そろそろ帰るわ」

 母と別れて、近美はちらりと榮子を追いかける。図書館にいると思い、学校の本館に向かった。

 図書館は一階にあった。下駄箱のすぐ真横にある。図書館の扉を開けようとしたら、こそこそ話す声が聞こえてきた。

 1人は榮子の声だとすぐに分かった。

 図書館のすぐ脇にある階段の踊り場で榮子は話していた。もう1人は後姿でいるため顔が見えない。

「何でいるの?」

「悪いか?」

「いね、言ったよな?」

 榮子は言葉に詰まって顔を背ける。

「恥ずかしくない?」

「うちのせいやないて」

「身内の不始末や。あんたのせいでもある。人の親と寝るなんてどんな神経していんの?」

「やめてや。あんたの希望を叶えてやるのはしんどい」

「舐めんなや!」

 白い手は躊躇もなく榮子を叩いた。

 あ、と近美は叫んでしまった。二人の視線が近美に向いていた。ばれてしまったので近美は恐る恐る近づいた。

「何しているの?」

「関係ない、いね」

「お前やない。榮子に聞いていんの」

 榮子は唇を切ったのか口元が赤くにじんでいた。

 顔を見たとき、昨日寮に乗り込んできた少女だとわかる。元子とは違う美しさがあった。薔薇のように美しいのだが、棘がある。どこか力を求めている。

「何を見ている? こそこそしおって」

「結衣、その子は悪くない。当たらんで」

「おおそうや。お前が諸悪の根源や。ようわかっておるな」

「やめてや。初日に揉めんな……」

 猛獣の目だった。結衣と呼ばれた少女は、じろりと近美をにらみつけ黙らせた。背も高く存在感があった。どこか大人びた印象が強かった。何が何でも生きたいという感情が強い。

「外部生、ええかっこしいとこ見せてよってか?」

 近美が完全に沈黙してしまうと結衣は少し満足したのか薄ら笑いを浮かべ温和な顔になった。

「ええわ。ともかくうちはあんたを許さへんからな。覚悟しいや」

 結衣は捨て台詞を吐いて去った。

「大丈夫か。なんやの? 昨日も来た子や」

「ええ、平気や。うちが学校におるのが気に入らんのや」

「血が出ている。ほらこれ使いな」

「うちに構うなっていったよな?」

「もめ事はほっておけないタチなんや」

「悪いことは言わん。ここじゃ八方美人は嫌われるで」

「違う、うちはあんたを……」

「いいから聞け。ここはお嬢さんが集まる学校や。うわべは皆取り繕っている。せやけど、皆誰もが黒いものを持っている。妬み嫉みはもちろんや。派閥はあるしな、ええかっこよくして皆と仲良くなんて思わんで」

「別に誰とでもなんて思っておないよ。あんたとは部屋も一緒やし。仲よくしたい。あんたとうちは友達やで」

「うちと今のあいつには構うな。ええことないから」

 近美はかたくなに拒もうとしていた。気になるのは昨日の結衣が吐いた言葉にある。

「あの子、榮子を泥棒猫の娘って呼んでいたの? どういうこと?」

 榮子は言いづらそうに顔を背ける。

「言葉の通りや。うちに構うなって言うのはそういうことや」

「ようわからんけど。お前が泥棒にはみえへんから。あんたとは部屋が一緒やからお互い関わらないわけにもいかん」

「部屋の中まで話すなとは言わん」

 榮子はプイっと近美から顔を背けると布団に籠って古典を読みだした。
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