ゆめうつつ

戸笠耕一

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第二章 復讐

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 記録十二
 日付:二〇二三年三月九日。
 時刻:午後六時三十分
 場所:東京都某所のバー
 
 私はスクラッチハンドブックを開き、数ページめくる。電子だと改ざんの恐れがあるからアナログな残し方をしている。
 三人目の川内猛。この男はなかなか隙の見せない男だった。黒縁眼鏡をかけた細長い顔立ちの男。姿勢は少々猫背気味で、人を伺うような目だ。
 私と優里は川内の弱みを探すのに苦労していた。几帳面な男だ。午前九時に所属する法律事務所に出社し、午後十時から打合せ。正午に昼食。午後三時に出張。午後七時に帰宅。
 全てが予定通りの男。川内は企業法人を担当する弁護士で書類作成を中心に活動している。
「キャンダルを作るしかないね」
 私は頭を抱えた。スキャンダルを作るのは難しい。とくに相手が堅物に近い人物なら、
「案があるのかい?」
 優里はタブレットを見せる。
 女か。よく出て来たな。
「愛人か?」
「腹違いの妹の川内美咲。経歴を見てみて」
 万引き、恐喝、暴行、詐欺。
「だいぶひどいな。人は見た目に寄らんな」
 全くもってその通りだ。私は自分で言いながら自分の言葉に感心してしまった。表面的なものはいくらでも取り繕える。
「それで川内は、丸菱商事の専務の娘と仲が良いの」
「ようは経歴を洗われたらパーになる可能性がある」
「あなたならどうする?」
「汚点は取り除くに限るか」
 伯父から言われた言葉が頭によぎる。父は汚点。その血を含んだ私には目立たず生きるように命じた。川内猛は妹の美咲と一緒に養護施設で育った。兄は立身出世を果たし弁護士になった。が、妹は卒業後怪しいグループと絡んで犯罪者の道に転落した。
 本来ならば縁を切るのが妥当な選択肢だが、意外と情に脆い男だったが、美咲は兄に言い寄り、うまくもみ消すよう依頼していた。
 私たちは弱みを突く。
 優里は左手でⅬARKⅢの煙草を吸いながら、右手でカランとスコッチを飲んだ。
 本人に問題ないとしても、周囲はそうとは限らない。
「そろそろ来るよ。頑張ってね」
 優里は席を外して別のテーブル席に移った。
「川内さんですね」
 は、と川内は驚いた様子で私を見ていた。
 落ち合うという約束はしていたが、正体は明かしていないから当然だ。
「これを受け取ってください」
「何ですか?」
「封筒の中を開けてみてください」
「何です?」
 私はすっと一枚の写真を出した。
「妹さん。またやらかしましたね」
「あなたはどういう?」
「ご安心ください。脅迫をしているつもりはありません。私はあなたの望みをかなえたいと思っています」
 写真と一緒に渡した名刺には「便利屋 殿坂守」と書かれていた。
「妹には少し遠くに行ってほしいだけだ。婚約が済んで落ち着くまで。どこかに行ってくれたら、それでいい」
「方法はあります。ただご協力いただきたい」
「どうするんです? 金ならば事前に了承したはずだ」
「とりあえずこちらのチケットを持ってください。お待ちしております。あなたのお望みをかなえてくれる場所です」
 私はとあるチケットを渡した。チケットには「大船国際マジックショー」と書いてあった。
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