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第3章 戦い開始
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背後を取られたのは知っている。だが夕美にとって大した話ではなかった。
「素早くていい攻撃だけどね」
無数の矢が、体の水分の大半を失った体に突き刺さろうとしているまさにその瞬間、彼女の背後に黒い闇が覆う。
「私は実体がないものに姿を変えられることをお忘れなく」
ち、と烈王は舌打ちをする。彼の弱点である水を女の体からほとんど抜き去ってやったのに。攻撃が色々と多様だ。実体がない相手は、厄介だ。
「闇に消えた矢は、闇に埋もれたわけじゃないのよ。ほら……」
彼女が天に手を伸ばすと、もう一つ闇が天に現れる。そこから彼女の背後に潜む闇に飲み込まれた矢があふれ出てきた。
「あなたは矢に当たっても死なないでしょうけど」
夕美は背後にいる兵たちを静かに指さす。
「自業自得よ」
突如として空の穴から現れた矢は烈王の忠実な兵士たちに襲い掛かる。
紛れもない自分たちの矢だった。彼らは大量の攻撃をもってすれば、王一人に対して多少なりとも痛手を与えられるものと思い込んでいた。だが思いは外れ、驚愕の表情を浮かべる間もないまま多くの将兵が自ら放った矢に突き刺さり、倒れていく。
「おい、やめろ!」
烈王の大音声が周囲に響き渡る。
「あなたも味わってみる?」
夕美の不敵な笑みが目の前にあった。その矢先、烈王が捉えていた世界は、消えて一瞬にして黒に染まりあがる。底知れぬ深淵に彼は連れ込まれた。夕美の背後の闇が広がり、彼を離さない。
闇に身を沈めたつもりか?
俺を奇襲で仕留めようというのか、面白い……
多くの者が自分を殺そうと火都を訪れたが、だれ一人も成しえなかった。場所は違うが、闇が火を殺せるのかと思うと肌がゾクゾクしてきた。
彼は女が自分を殺しに来るのを待つ。風のいななきを、かすかな音だが聞いた。あの女はこの闇に潜んでいる。わざとじらしているのだ。
一瞬の間合いが命取りになる。風がやんだ。女が立ち止まったようだ。また風が吹いた。また女が動いた。先ほどと変わらない音だ。
止んでは、吹き散らす風をひたすら聞いていた。殺しにかかる瞬間を待っていた。
相手の出方をうかがう戦いは好きではないが、仕方がない。相手の支配する深い闇の中にいる。曖昧な気持ちのまま一歩でも動き気配を悟られるのはまずい。だからこうして一歩も動かず、優位な状況いる相手を油断させる。
風は――やんでいる。彼は動いては止まるその挙動の間隔を図っていた。もうじきだろうと思う。
シュンという音を彼は見逃さない。
来たか!
我が鉾の前に散れ!
闇に潜む風が彼の急所を貫くのが先か、彼の鉾が風を切り裂くのが先か?
両者のタイミングは全く同時だった。
その時辺りを覆う闇はすっと晴れていき、元通りの世界が広がる。青々と生い茂る緑地、そこに厳かにたたずむ聖都、都を包囲する無数の烈王軍。
「見切られたか」
夕美は淡々と言う。彼女の黒い剣と烈王の赤い鉾が空中でひしめき合い、大気を焦がしている。空は赤く燃え上がり、熱風が地に吹き付け、草木は熱により燃え上がる。激しい稲妻が空に突如として鳴り響く。兵たちはこの世の終わりを見ているようで、戦いにケリがつくことを祈る。
「武器を使う戦いは嫌いなのよね」
夕美は足で烈王を地にたたきつける。何の造作もない一つの行いに過ぎない。
「出直すことね。聖都に敵を一兵たりとも通すなという命令なの」
空に立つ夕美が、烈王軍を上から見下ろしている。これが弐の王の強さだと痛感した兵たちの顔が下にあった。悠然と土地に降り立つと、無様にのけぞる烈王に夕美は話しかける。
「人は王に勝てないもの。下位の王は、上には勝てない」
「ふん、順番はただの順番だろ? あんたは俺を殺せなかったぞ?」
「まあとにかく、諦めて自分の都に帰り西王に許しを請うことね」
「まだ終わっていない!」
彼のこぶしが赤く染まり、火を噴いている。
「もう終わりよ。烈王軍。あなたはよくても、兵は時間の問題ね。長旅ご苦労様。じゃあね」
夕美はすっと後ろに引きさがり、聖都に戻っていった。あまりの速さに烈王軍は、呆然と事態を見守るしかない。
烈王の奇襲には、失敗した。だが大勢の包囲軍は気づかされた。このまま聖都を包囲していても陥落することはない。相手の兵糧が途切れるより前に、確実に包囲軍の補給が先に潰えるのは、わかっていた。なるほど、烈王軍は腕の立つ勇者が多く、他の追随を許さない。このならず者の集団の中に、知者が一人もいないのが最大の弱点だった。
「素早くていい攻撃だけどね」
無数の矢が、体の水分の大半を失った体に突き刺さろうとしているまさにその瞬間、彼女の背後に黒い闇が覆う。
「私は実体がないものに姿を変えられることをお忘れなく」
ち、と烈王は舌打ちをする。彼の弱点である水を女の体からほとんど抜き去ってやったのに。攻撃が色々と多様だ。実体がない相手は、厄介だ。
「闇に消えた矢は、闇に埋もれたわけじゃないのよ。ほら……」
彼女が天に手を伸ばすと、もう一つ闇が天に現れる。そこから彼女の背後に潜む闇に飲み込まれた矢があふれ出てきた。
「あなたは矢に当たっても死なないでしょうけど」
夕美は背後にいる兵たちを静かに指さす。
「自業自得よ」
突如として空の穴から現れた矢は烈王の忠実な兵士たちに襲い掛かる。
紛れもない自分たちの矢だった。彼らは大量の攻撃をもってすれば、王一人に対して多少なりとも痛手を与えられるものと思い込んでいた。だが思いは外れ、驚愕の表情を浮かべる間もないまま多くの将兵が自ら放った矢に突き刺さり、倒れていく。
「おい、やめろ!」
烈王の大音声が周囲に響き渡る。
「あなたも味わってみる?」
夕美の不敵な笑みが目の前にあった。その矢先、烈王が捉えていた世界は、消えて一瞬にして黒に染まりあがる。底知れぬ深淵に彼は連れ込まれた。夕美の背後の闇が広がり、彼を離さない。
闇に身を沈めたつもりか?
俺を奇襲で仕留めようというのか、面白い……
多くの者が自分を殺そうと火都を訪れたが、だれ一人も成しえなかった。場所は違うが、闇が火を殺せるのかと思うと肌がゾクゾクしてきた。
彼は女が自分を殺しに来るのを待つ。風のいななきを、かすかな音だが聞いた。あの女はこの闇に潜んでいる。わざとじらしているのだ。
一瞬の間合いが命取りになる。風がやんだ。女が立ち止まったようだ。また風が吹いた。また女が動いた。先ほどと変わらない音だ。
止んでは、吹き散らす風をひたすら聞いていた。殺しにかかる瞬間を待っていた。
相手の出方をうかがう戦いは好きではないが、仕方がない。相手の支配する深い闇の中にいる。曖昧な気持ちのまま一歩でも動き気配を悟られるのはまずい。だからこうして一歩も動かず、優位な状況いる相手を油断させる。
風は――やんでいる。彼は動いては止まるその挙動の間隔を図っていた。もうじきだろうと思う。
シュンという音を彼は見逃さない。
来たか!
我が鉾の前に散れ!
闇に潜む風が彼の急所を貫くのが先か、彼の鉾が風を切り裂くのが先か?
両者のタイミングは全く同時だった。
その時辺りを覆う闇はすっと晴れていき、元通りの世界が広がる。青々と生い茂る緑地、そこに厳かにたたずむ聖都、都を包囲する無数の烈王軍。
「見切られたか」
夕美は淡々と言う。彼女の黒い剣と烈王の赤い鉾が空中でひしめき合い、大気を焦がしている。空は赤く燃え上がり、熱風が地に吹き付け、草木は熱により燃え上がる。激しい稲妻が空に突如として鳴り響く。兵たちはこの世の終わりを見ているようで、戦いにケリがつくことを祈る。
「武器を使う戦いは嫌いなのよね」
夕美は足で烈王を地にたたきつける。何の造作もない一つの行いに過ぎない。
「出直すことね。聖都に敵を一兵たりとも通すなという命令なの」
空に立つ夕美が、烈王軍を上から見下ろしている。これが弐の王の強さだと痛感した兵たちの顔が下にあった。悠然と土地に降り立つと、無様にのけぞる烈王に夕美は話しかける。
「人は王に勝てないもの。下位の王は、上には勝てない」
「ふん、順番はただの順番だろ? あんたは俺を殺せなかったぞ?」
「まあとにかく、諦めて自分の都に帰り西王に許しを請うことね」
「まだ終わっていない!」
彼のこぶしが赤く染まり、火を噴いている。
「もう終わりよ。烈王軍。あなたはよくても、兵は時間の問題ね。長旅ご苦労様。じゃあね」
夕美はすっと後ろに引きさがり、聖都に戻っていった。あまりの速さに烈王軍は、呆然と事態を見守るしかない。
烈王の奇襲には、失敗した。だが大勢の包囲軍は気づかされた。このまま聖都を包囲していても陥落することはない。相手の兵糧が途切れるより前に、確実に包囲軍の補給が先に潰えるのは、わかっていた。なるほど、烈王軍は腕の立つ勇者が多く、他の追随を許さない。このならず者の集団の中に、知者が一人もいないのが最大の弱点だった。
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