七宝物語

戸笠耕一

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第1章 世界の理

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一方の東国である。地理的には北東に位置しており、本来なら気温は低く雪が降り積もるはずだ。しかし、かの王国は火の覆われた国である。ゆえに火都と言われ年中都は燃え盛り人々は額に汗して働かせていた。

 王の心境は退屈のせいで物思いにふけっていた。好みの女の膝を枕にし、自らの耳を掃除させていた。

 烈帝は政務をほぼ部下や、その左腕である友にして補佐役である聡士に任せきっていた。

 彼は基本政務などといった細やかなことには不向きであった。どちらかといえば、体を使う人である。愛用の戟を振りかざし、敵を貫く、力を誇示するのが彼のやりたいことだ。

 だが、今は動く時ではない。

「浮かない顔をなさって……」

 女はそう言って妖しく笑う。

「なんだ?」

 ぶっきらぼうな返事だった。

「なんでも……」

「なら聞くな」

 下らない事を聞くなと言ったつもりだった。元来王の気は短い。自身のお気に入りでもなければ、直ちに殺していたことだろう。彼は今まで多くの者を殺めた。一番多いのが戦場だ。ここで多くの敵兵を戟で貫き焼き殺してきた。次は処刑場だ。自分にたてついた者、役に立たない者、皆殺してきた。

 そして三番目多かったのが、自身の傍目たちだった。ときに気に入った女がいる。彼女らを寵愛してやる。しかし飽きがきた。取るに足らない者になれば、彼は迷わず殺した。

 もしくは他国に売り飛ばしていた。特に七ノ国の王は好色であり、よく女を与えていた。もちろんただではない。こちらも金とよい女を頂くというのが条件で。

 まあ、何事もその時の気分次第だった。

 だがあまりにも自分の民を弑逆しているといずれ人が消えてしまうので、感情は抑えるよう聡士に注意されていた。彼の言うことは、至極まっとうだったし、言うことに、これまで誤りは何一つなかった。

 ゆえに烈帝は待っていた。聡士がいう計とやらが成立するのを待っていた。彼は物事が力で解決すると信じていたので、自分が動けば事は解決すると思っていたが――単に俺が都に乗り込めばいいだけじゃないのか――そうすればいいじゃないか。

 計算づくによって、動いたところで何が楽しい。俺のたった一人の肉親を取り返すのに、何をためらっている。聖女に流れる血と俺の血は、同じだ。同じ親から受け継いだものなのに、なぜ離れ離れなのだ?

「はい、本日もこんなにきれいに取れました」

 傍目は、王の耳垢を見せてきた。笑っている。何がそんなにおかしいのか。わからない。

「ついでにその無精髭。削いであげますわよ」

「いや、いい」

 烈王は身なりに気を遣わず、全部妾に任しきっていた。現に下部を股引で隠している以外残りは裸体であった。寝所は温度が調整してあって、暑いわけではない。だが烈帝は確かな身なりを取らなかった。強者は外観を飾る必要がない、というのが彼の美学だった。

「おい」

「なんです?」

 彼は、女が持つペーパーを指さし、食えという。王は命ずるだけでいい。

「食え」そう。こんなふうに。

 傍目は瑠璃色の目を少々丸くした。だって今までにしたことがないから。烈帝は彼女の様子に、破顔する。今までむっつりとした不満の掃きだめとなっていた顔が笑みに満ち溢れた。彼の心には、いくらお前でもこんな恥辱はやれまいと思い切っていた。

 だが傍目は、王の稚拙な心をすぐに悟る。返す刀でムフというあどけない笑みで反応じて食った。黄色いかさついた王の垢を残さず、可憐な口に収まり飲みこまれていった。

「これでよろしいですか?」

 こいつ、と思った。顔色変えず俺の言うことを直ちに実行に移せる女。王は半ばあきれ、倦怠感がなくなるのを感じた。ますます女のことが好きになった。

 彼の気力はちょっぴり回復した。

「少しだけここで待っていろ」

「はい、かしこまりまして」

 傍目は両手でスカートの裾をつかみ持ち上げて、少しだけひざを曲げる。宮仕えの挨拶だった。

「可愛がってやるさ」

 女の頬に唇を当て、烈帝は寝所を飛び出す。彼は長い廊下を駆ける。館の出口を飛び出す。周りにいる従者を気にせず、吠えた。どうしようもない衝動に駆られる。

 王の理性は飛んだ。彼の手は鋭く尖り、肌は堅い鱗になる。顔は縦長に変形し、もはや人間の体を成していない。足は消え、長いしっぽになる。手は翼を帯びる。

 彼は転変した。龍だ。赤き龍。猛々しく、感情を炸裂させ波動する龍が天高く舞う。

 龍の雄叫びが火都に響き渡った。都を包む炎はいつもより激しくなびく。地は激しく揺れる。皆が隠していた恐怖を感じて、日頃鞭を打つことで自らの地位を保っていた憲兵も、過重な労働にさらされる奴隷たちも、速やかに己らが住処へと逃げていった。

 都は喚声に包まれる。龍の叫びは、彼らの恐怖が満ちるほどより強く大きく変貌していった。しばしの間止むことなく続いた。
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