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第五部 美しき王
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それぞれの罪
美弥子は三人の触手を受ける中で互いの罪を共有していた。最初の相手は勢子だった。勢子は三十二歳。北の国で絹衣を売る豪商の貞淑の身であった。しかしその秘書の男と姦通して嬰児を儲けてしまった。夫は大層な成金だった。夫の勢いを見て好機とばかりに結婚したが、あまりにも退屈極まりない生活に飽きてしまい、秘書と夜這いを重ねたことが誤りの始まりだった。夫は子どもの存在を疑い、勢子と子どもを家からたたき出した。生活はみるみるうちに困窮していく。子どもの世話もできなくなり、置き去りにして逃げてきた。それでも子どもを放逐した罪は消えずどこまでも影のように追いかけてきた。居ても立っても居られなくなり、勢子はここにたどり着いたということだ。
「ふふ、殿下にはあまりにも信じがたきお話でございましょう?」
聖族にとって子は宝と言われている。他家より子孫をより多く残し、繁栄を極めるのが高い位を有する者の宿命であると教えて込まれていた。そんな美弥子にとってあまりにも残忍極まるお話であった。
「お子様は今いずこに?」
「さあ? わかりませんわ。野垂れ死んだのか、それともよき方に拾われて生きながらえているのか、知る由もありませんわ」
勢子の他人事のような口調に美弥子は半ば呆れていた。行きすりの子に何の落ち度があったのだろうか? 勢子の身勝手な振る舞いがまねていたことなのに。この人はどうしてこんなに開き直れるのだろう?
「お子さまのこと。とてもお可哀そう」
「ええ。不憫に思いますわ。でも幸か不幸かは運でございますわ。私のようにふしだらな親を持ったものが全て不幸とは限らないでしょう? それにたとえ尊貴な御身分に生まれても幸福にあるとは限りませんわ」
勢子の澄ました笑みは美弥子の罪を遠回しに責めているようだった。
「あれは」
目を逸らす美弥子を見て、勢子はそっと近くに寄り耳打ちをした。
「あれはほんの手違いだった。貶め入れる気はなかった、そう思っているのでしょう?」
「違いますわ。そんなこと」
「素直な方。お顔にそう書いてありますわよ」
「いえ、私は」
「私は別の良いのです。たとえどうであれ、ここでは皆陛下の初子ですわ。地位も生まれも関係ありません。ただ主たる陛下を奉ること。それこそが臣下の務めでございましょう」
勢子は体を求めるわけでもなく、話をすることが多かった。年下の美弥子を遠回しに嘲ることを楽しんでいた。
次は登美子だった。十九という若さでありながら多くの罪を重ねてきていた。
「私は人の物をみるとどうしても欲したいと思うの。お金に不自由があったわけではないのです。ただ欲しいと感じてしまう。そんな感情はあなた様も感じませんこと?」
登美子また異なる罪を抱えていた。
「強欲とは恐ろしいもの。人を破滅に導く。誰であれ謙虚であれねばなりませんわね」
登美子はそういって美弥子の豊胸をもみほぐす。
「おかしな方。好きでもない方に摩られて平気なの? ふふ、最初の時もそう。何だか望んでいるみたいだわ」
「私はどんなことを受けても断れぬ身なのです」
「でもお体を他人に触れられるなんて大変屈辱なことではなくて?」
登美子は不思議そうに言う。確かにこうまでいじられて平気な自分はおかしい。
「私はやはりおかしいのでしょうか? 人になじられ、体を触れられ」
「ほほ、そういう癖を持った方はいらっしゃるわ。でもあんまりあなたのご期待には応えられないかもしれませんわ。私はあまり人には興味がありませんのよ」
そういって登美子は美弥子を手で摩る。
「そんなに興味がないならどうして私に触れるのです? あまり愉快ではありませんわ」
「ふふ、やはりお嫌なのね。でもあなたはとても美しい品物だわ。綺麗な宝石をいつまでも眺めるのと同じよう。私は美しいものはものではなくても好きだわ」
登美子は自分を値段物の骨董品と同じように見ているに違いない。登美子の目はどこか毛色が違う。
「この国生まれて私は最も価値のある品物を目にしてしまったの。それが何だかあなたにおわかりかしら?」
美弥子は問われたが、答えの意味を理解することができた。
「馬車から降りたときの陛下はね、とても神々しく私が持っていた品物を百ならべても釣り合わない位美しすぎたの。そのとき私の心は決まったの。今までのすべてを投げうってでも眺めるべき価値あるものに出会えたのですもの」
登美子は恍惚と語っていた。
「陛下とは違うけど、あなたもまた変わった魅力がおありだわ。陛下は一生眺め続けていたいお方だけど、あなたは色々と手入れをして磨きをかけてあげたくなるの」
「どういう意味です?」
美弥子が聞いたとき、登美子の手がするりと伸びて恥部を押さえた。不意打ちに美弥子はハッと声を上げそうになった。
「こうして変化を与えることであなたは多彩な反応を見せるということよ。今のことは予想外でしたかしら?」
「いえ」
「お困りね。まあお可愛いこと」
登美子はまだ幼いばかりに年上の美弥子をよく困らせる。その行動は幼稚で、あどけなかった。
最後は凪子だった。凪子の番になる時、少なからず美弥子は死を覚悟していた。
「皮肉なものね。敵同士同じ屋根の下で仲良くし合っているのですもの」
美弥子はどう凪子に接していいのかわからなかった。凪子は復讐をしたいと思っているのに、ただ美弥子を嘲って体をもてあそぶだけだった。
「凪子様、私一つご提案がありますの」
「あら? 何です? もう許してとかだったらいやよ」
「いえ。私は許してもらおうなどとは思っておりませんわ。私は罪深い過ちを犯したことには変わりないですし」
「なるほど。殊勝な心構えね。でも私は意地悪することをやめるつもりはないですわ」
凪子ははだけた美弥子の肌を我が物とばかりに触り尽くす。
「もうこのようなことをしても解決にはならないではありませんか? 私たちは例えどのような縁があれ、陛下の初子ですわ。日夜みだりなことばかりして、また寮母様に見つかりでもしたら」
「ふふ、そうなったらあなたはたたき出されてしまうわね。そうなったら行く当てもなくなってしまうわ」
「私は例えそうなっても」
「あらいいの? どうするおつもりなの? 身売りでもするおつもり?」
「いえ私ではなく、あなた様も含め皆様のことを考えておるのです」
「いいわよ。そんな心配しなくても、私はあなたに失態を被ってもらうつもりよ。それぐらい肩代わりしてくれるわよねえ」
凪子はにやにやとして、美弥子を撫でまわした。
「そんな。こんなことをしても。やはり私たちは部屋を変え、お互いの道を歩くべきですわ。もうお互いこれっきりにして陛下の恩ため尽力すべきですわ」
「ふふん。逃げようって言うの。ご提案は受け入れがたいわね」
「凪子様、あなた様は一生私をこのように辱めるつもりです? こんなことが陛下の初子としての務めだと?」
「初子? あなたって人はおめでたい方だわ。どうして血のつながりもないのに親として崇めているのよ。馬鹿みたいだわ」
凪子は公然とこの国の方針を真っ向から否定した。
「あなたは、一体どうして入信したのです?」
「食べるためよ」
「え?」
「なあに? おかしいの? まあ食うことに困らない御姫様にはおわかりのないことかしらね? ねえ殿下」
「どうしてそのような」
「私と姉の両親はろくでなしだったのよ。母は売春、父は飲んだくれ。もうわかるでしょ?
でもどんなに両親がろくでなしでも税の取り立ては一緒。あいつら何でもかんでも持って行ってしまうの。そうして食うに困り、私たち姉妹は見捨てられたの」
凪子は懐かしい表情をしていたが、すぐに憎しみの炎が宿った。
「窃盗、詐欺、売春、色々やったわ。そうしないと生きていけないもの。でもやっぱりどれもうまくいかなくて死にかけていたところこの国にたどり着いたわけよ。まあ殺人はやったことないけど」
美弥子は口も聞けなかった。信じがたき反省を聞き、返す言葉がなかった。
「これが私の人生よ。ここでの生活はまさに極楽だわ。追われることもないし、空腹に喘ぐこともない。でも私はこのままで満足しないわ。いつかは陛下のお傍に寄り添い、あらゆる王侯貴族と接触して、弱みを握ってやって、今のあんたみたいに」
凪子は美弥子の髪をつかみ取った。
「犬にしてやるのよ」
美弥子は痛みをこらえ、目を閉じた。憎しみに見溢れた凪子を直視できなかった。
「目を開けて私を見なさい。命令よ」
美弥子はそっと目を開けた。
「私が怖い? ええそれでいいの。もっと恐れさせてやるわ。誰もが私を恐れるようになるわ。だからあんたを放さない。あんたは陛下の初子に何かなって、許してもらうつもりでしょうが、そうはさせないわ。私の初子になるのよ」
凪子は勝ち誇ったように美弥子を傲然と見下ろした。そこにはあらゆるものへの軽蔑と
拒絶が込められていた。
「これからは私があなたの主よ。ずっと膝を折り、私を崇めるのよ。たっぷりいたぶって、最後に捨てられるの。観念することね」
凪子は憎しみを顔ににじませて笑い飛ばした。
美弥子は三人の触手を受ける中で互いの罪を共有していた。最初の相手は勢子だった。勢子は三十二歳。北の国で絹衣を売る豪商の貞淑の身であった。しかしその秘書の男と姦通して嬰児を儲けてしまった。夫は大層な成金だった。夫の勢いを見て好機とばかりに結婚したが、あまりにも退屈極まりない生活に飽きてしまい、秘書と夜這いを重ねたことが誤りの始まりだった。夫は子どもの存在を疑い、勢子と子どもを家からたたき出した。生活はみるみるうちに困窮していく。子どもの世話もできなくなり、置き去りにして逃げてきた。それでも子どもを放逐した罪は消えずどこまでも影のように追いかけてきた。居ても立っても居られなくなり、勢子はここにたどり着いたということだ。
「ふふ、殿下にはあまりにも信じがたきお話でございましょう?」
聖族にとって子は宝と言われている。他家より子孫をより多く残し、繁栄を極めるのが高い位を有する者の宿命であると教えて込まれていた。そんな美弥子にとってあまりにも残忍極まるお話であった。
「お子様は今いずこに?」
「さあ? わかりませんわ。野垂れ死んだのか、それともよき方に拾われて生きながらえているのか、知る由もありませんわ」
勢子の他人事のような口調に美弥子は半ば呆れていた。行きすりの子に何の落ち度があったのだろうか? 勢子の身勝手な振る舞いがまねていたことなのに。この人はどうしてこんなに開き直れるのだろう?
「お子さまのこと。とてもお可哀そう」
「ええ。不憫に思いますわ。でも幸か不幸かは運でございますわ。私のようにふしだらな親を持ったものが全て不幸とは限らないでしょう? それにたとえ尊貴な御身分に生まれても幸福にあるとは限りませんわ」
勢子の澄ました笑みは美弥子の罪を遠回しに責めているようだった。
「あれは」
目を逸らす美弥子を見て、勢子はそっと近くに寄り耳打ちをした。
「あれはほんの手違いだった。貶め入れる気はなかった、そう思っているのでしょう?」
「違いますわ。そんなこと」
「素直な方。お顔にそう書いてありますわよ」
「いえ、私は」
「私は別の良いのです。たとえどうであれ、ここでは皆陛下の初子ですわ。地位も生まれも関係ありません。ただ主たる陛下を奉ること。それこそが臣下の務めでございましょう」
勢子は体を求めるわけでもなく、話をすることが多かった。年下の美弥子を遠回しに嘲ることを楽しんでいた。
次は登美子だった。十九という若さでありながら多くの罪を重ねてきていた。
「私は人の物をみるとどうしても欲したいと思うの。お金に不自由があったわけではないのです。ただ欲しいと感じてしまう。そんな感情はあなた様も感じませんこと?」
登美子また異なる罪を抱えていた。
「強欲とは恐ろしいもの。人を破滅に導く。誰であれ謙虚であれねばなりませんわね」
登美子はそういって美弥子の豊胸をもみほぐす。
「おかしな方。好きでもない方に摩られて平気なの? ふふ、最初の時もそう。何だか望んでいるみたいだわ」
「私はどんなことを受けても断れぬ身なのです」
「でもお体を他人に触れられるなんて大変屈辱なことではなくて?」
登美子は不思議そうに言う。確かにこうまでいじられて平気な自分はおかしい。
「私はやはりおかしいのでしょうか? 人になじられ、体を触れられ」
「ほほ、そういう癖を持った方はいらっしゃるわ。でもあんまりあなたのご期待には応えられないかもしれませんわ。私はあまり人には興味がありませんのよ」
そういって登美子は美弥子を手で摩る。
「そんなに興味がないならどうして私に触れるのです? あまり愉快ではありませんわ」
「ふふ、やはりお嫌なのね。でもあなたはとても美しい品物だわ。綺麗な宝石をいつまでも眺めるのと同じよう。私は美しいものはものではなくても好きだわ」
登美子は自分を値段物の骨董品と同じように見ているに違いない。登美子の目はどこか毛色が違う。
「この国生まれて私は最も価値のある品物を目にしてしまったの。それが何だかあなたにおわかりかしら?」
美弥子は問われたが、答えの意味を理解することができた。
「馬車から降りたときの陛下はね、とても神々しく私が持っていた品物を百ならべても釣り合わない位美しすぎたの。そのとき私の心は決まったの。今までのすべてを投げうってでも眺めるべき価値あるものに出会えたのですもの」
登美子は恍惚と語っていた。
「陛下とは違うけど、あなたもまた変わった魅力がおありだわ。陛下は一生眺め続けていたいお方だけど、あなたは色々と手入れをして磨きをかけてあげたくなるの」
「どういう意味です?」
美弥子が聞いたとき、登美子の手がするりと伸びて恥部を押さえた。不意打ちに美弥子はハッと声を上げそうになった。
「こうして変化を与えることであなたは多彩な反応を見せるということよ。今のことは予想外でしたかしら?」
「いえ」
「お困りね。まあお可愛いこと」
登美子はまだ幼いばかりに年上の美弥子をよく困らせる。その行動は幼稚で、あどけなかった。
最後は凪子だった。凪子の番になる時、少なからず美弥子は死を覚悟していた。
「皮肉なものね。敵同士同じ屋根の下で仲良くし合っているのですもの」
美弥子はどう凪子に接していいのかわからなかった。凪子は復讐をしたいと思っているのに、ただ美弥子を嘲って体をもてあそぶだけだった。
「凪子様、私一つご提案がありますの」
「あら? 何です? もう許してとかだったらいやよ」
「いえ。私は許してもらおうなどとは思っておりませんわ。私は罪深い過ちを犯したことには変わりないですし」
「なるほど。殊勝な心構えね。でも私は意地悪することをやめるつもりはないですわ」
凪子ははだけた美弥子の肌を我が物とばかりに触り尽くす。
「もうこのようなことをしても解決にはならないではありませんか? 私たちは例えどのような縁があれ、陛下の初子ですわ。日夜みだりなことばかりして、また寮母様に見つかりでもしたら」
「ふふ、そうなったらあなたはたたき出されてしまうわね。そうなったら行く当てもなくなってしまうわ」
「私は例えそうなっても」
「あらいいの? どうするおつもりなの? 身売りでもするおつもり?」
「いえ私ではなく、あなた様も含め皆様のことを考えておるのです」
「いいわよ。そんな心配しなくても、私はあなたに失態を被ってもらうつもりよ。それぐらい肩代わりしてくれるわよねえ」
凪子はにやにやとして、美弥子を撫でまわした。
「そんな。こんなことをしても。やはり私たちは部屋を変え、お互いの道を歩くべきですわ。もうお互いこれっきりにして陛下の恩ため尽力すべきですわ」
「ふふん。逃げようって言うの。ご提案は受け入れがたいわね」
「凪子様、あなた様は一生私をこのように辱めるつもりです? こんなことが陛下の初子としての務めだと?」
「初子? あなたって人はおめでたい方だわ。どうして血のつながりもないのに親として崇めているのよ。馬鹿みたいだわ」
凪子は公然とこの国の方針を真っ向から否定した。
「あなたは、一体どうして入信したのです?」
「食べるためよ」
「え?」
「なあに? おかしいの? まあ食うことに困らない御姫様にはおわかりのないことかしらね? ねえ殿下」
「どうしてそのような」
「私と姉の両親はろくでなしだったのよ。母は売春、父は飲んだくれ。もうわかるでしょ?
でもどんなに両親がろくでなしでも税の取り立ては一緒。あいつら何でもかんでも持って行ってしまうの。そうして食うに困り、私たち姉妹は見捨てられたの」
凪子は懐かしい表情をしていたが、すぐに憎しみの炎が宿った。
「窃盗、詐欺、売春、色々やったわ。そうしないと生きていけないもの。でもやっぱりどれもうまくいかなくて死にかけていたところこの国にたどり着いたわけよ。まあ殺人はやったことないけど」
美弥子は口も聞けなかった。信じがたき反省を聞き、返す言葉がなかった。
「これが私の人生よ。ここでの生活はまさに極楽だわ。追われることもないし、空腹に喘ぐこともない。でも私はこのままで満足しないわ。いつかは陛下のお傍に寄り添い、あらゆる王侯貴族と接触して、弱みを握ってやって、今のあんたみたいに」
凪子は美弥子の髪をつかみ取った。
「犬にしてやるのよ」
美弥子は痛みをこらえ、目を閉じた。憎しみに見溢れた凪子を直視できなかった。
「目を開けて私を見なさい。命令よ」
美弥子はそっと目を開けた。
「私が怖い? ええそれでいいの。もっと恐れさせてやるわ。誰もが私を恐れるようになるわ。だからあんたを放さない。あんたは陛下の初子に何かなって、許してもらうつもりでしょうが、そうはさせないわ。私の初子になるのよ」
凪子は勝ち誇ったように美弥子を傲然と見下ろした。そこにはあらゆるものへの軽蔑と
拒絶が込められていた。
「これからは私があなたの主よ。ずっと膝を折り、私を崇めるのよ。たっぷりいたぶって、最後に捨てられるの。観念することね」
凪子は憎しみを顔ににじませて笑い飛ばした。
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