七宝物語

戸笠耕一

文字の大きさ
上 下
125 / 156
第三部 戦争裁判

10

しおりを挟む
 午後十四時。裁判所から戻り、お昼の休憩を取ったのち、審議は始まる。

「王による裁判の開廷により、今回我々にのみ特別法である王法が、開示されています。原本のコピーは禁止。メモは問題ないですが、くれぐれも無くさないよう。また原本は、午前九時から午後九時までこの会議室のみで内容を確認できます」

「一つ、聞きたい」

 政本の説明に、六の国裁者が口を挟む。

「王法の開示を請求したのは君かな?」

「ええ」

「何もわざわざ公開を求める必要はあったのかね? 烈王を有罪とするには、すでにほかの法で下せる。王のみにしか、明かさない法を願って見せてもらう必要はあるか? それにあの化け物じみた態度を見ただろう? あんな野獣即刻死刑にすべきだ」

「もちろん。烈王は、王位を頂く者。王が犯した罪について、全ての法に照らし合わせ審議する必要があると思います。あと残念ながら、行動が野獣であろうとも彼は鉄器とした人間であり王なのです」

 ふーむ、と全員がうなる。

「裁判など、形式的でいい。罪人二十五名は、死刑だ。間違いない。決まったことをだらだらと話す必要はない。とっととやろう」

「申し訳ないが、審議が始まっていないのに公式の場で量刑を決めるのは、よろしくない。控えてください」

 政本は、いきり立つ伍の国の裁者を注意する。彼はすねた顔を浮かべる。

「さて、西王の開廷宣言により王法が開示されます。本日は、王法の内容の把握と理解を進めていきたい。皆さんいかがでしょうか?」

 全員の顔を見る。ま、大体賛成だろう。念のために、多数決を取る。

「賛成の方は挙手を」

 彼の言葉に、皆が静かに手を上げる。全会一致。

「では、こちらの金庫に収まっている王法の開封をお願いします」

 鍵は、王の使いの者が持っている。彼らが決められた時間に金庫を開け閉めする。

 中から取り出された黄色いしみがついた古文書に『王に対する法律』と記されている。色しみは、はるか昔から存在している証。歴史を感じされられる。

「どんなものかと思いきや、憲法ほどではないな」

 ええ。

「では内容を」

「あ、お手元の白手袋を着用してご覧ください。汚されては困ると」

 黒服の王の使いが言い、一同これをはめる。

 まずは一ページ目。この法の制定者の名前が記されている。知っている名は、西王と先の五の国王だけである。最後に、王の御璽が押されている。

「知らん名だ」

「歴史ある法律である証でしょう」

 二ページ目。法律に必ずある前文だ。そこには王の心構え的なことが書いてあった。法の大家たちは、ゆっくりと歩調を合わせながら読み進めていく。中でも彼らが目を止めたのは、王法第九条だった。内容のこうだ。『王はいかなる理由があろうとも、他国の領地に侵略し、領民を侵してはならない。ただし、以下の項目は除く。一.同盟国が他国より侵略を受けており、その影響が自国の及ぶ場合。二.他国の王が不在時、その領地領民を保護する場合』。

 王法の争点は、これかと皆が思った。九条は、まさしく王が侵略戦争することが禁止されていることを認知していたか否かを問うている。

 全てのページを読み終わったとき、ふうというため息がもれ出る。

「一度ではわからん。最低限のことを紙などに移させてくれ」

「文章の内容を移すのは控えてください」

「何だ? それでは困る」

「決まり事ですので。概要や要約ならば可としています。ただし処分することを忘れないよう」

「仕方ありません。そうしましょう」

 まずは認識合わせだ。全員が王法においてどこを争点としているのか、まとめ上げなければいけない。

「皆さんにこの法律について見解を聞きたい、益川さんいかかがです」

「王法はざっと見ましたが、王の権力を抑制するもの。彼らの無尽蔵な力を制御するため、現したもの。今回の裁判は、王が主導となり領地領民を犯したことです。気になったのは九条。これに違反するか否か。私は違反だと思います」

「では、春川さん」

「れっきとした法律違反じゃないか? ええ? あの獣ほど他国の領民をけがした者はおらん」

「いえ、まだ罪人の認否はおろか個人弁論も聞いていません。まずは烈王に王法について認知してか否かを聞かなくては」とすかさず六の国の裁者立沢が割って入る。

「そうです。初見で、量刑を下さしてはならない」

 また割れたか。政本は、内心忌々しく思う。

「確かに、烈王は九条に反したことをしているようです。ただ、例外として二項ついている。これについて審議は不十分です。当時、先の五王は死に、南都を含めた五国は守りを欠いておりました」

「だからこそ烈王に、攻め入られ多大な被害を受けたのだ」

「他国の保護を目的としたかも?」

「あり得ん。それについては、第十条に記されている通り『九条二項が適応される場合、他国に駐留する軍勢は、一万と定める』と書いてある。私は、まざまざと敵の軍を目の当たりにしたが、ゆうに数万はいた。これはもうはっきりとした侵略だ!」

 うーんとうなり声が響く。

「まあここで決は出さず、検察・弁護人の主張を聞いて最終的に下しましょう」

「そう、悠長なことを言っていてよいのか?」

「何か不測でも?」

 春川は、早くも政本を下に見ていた。このような単純明快な裁判を、四十程度の男に裁けるのかと、不審に思っていた。

「まあいい。連中の話とやらを聞いて見ようじゃないか」

「ええ。もちろんです。審議を深く聞き入れ、判断するのか我々の役目です」

 ふん、と春川は鼻で笑う。お前を認めないという感覚が明らかに出ていた。

 裁者の役割は、検察の起訴状を読み上げることから始まる。部屋に戻った政本は、机に置かれた資料を見た。起訴状だ。目を通しておく必要があった。連合国最高委員会から送られてきたもので明日、起訴状の読み上げと罪状認否が行われる。

 さすがに戦争裁判とあって、資料は膨大だ。彼の経験上、これほど分厚い起訴状は、初めてだ。

 はあ、とため息が出た。単に資料を読み上げるだけだったら、実に楽だろうが、問題は裁者のまとまりのなさである。同時に、度重なる催促も彼を苦しめていた。

 だが、迷っていることなどおくびにも出してはいけない。

 彼は心の迷いを、片隅に起訴状を一ページずつ読み上げていった。パサパサという資料をめくる音が、夕刻から深夜までしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】伯爵令嬢が効率主義の権化になったら 〜厄介事(第二王子と侯爵子息)が舞い込んできたので、適当にあしらいました〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「『面倒』ですが、仕方が無いのでせめて効率的に片づける事にしましょう」  望まなかった第二王子と侯爵子息からの接触に、伯爵令嬢・セシリアは思慮深い光を瞳に宿して静かにそう呟いた。 ***  社交界デビューの当日、伯爵令嬢・セシリアは立て続けのトラブルに遭遇する。 とある侯爵家子息からのちょっかい。 第二王子からの王権行使。 これは、勝手にやってくるそれらの『面倒』に、10歳の少女が類稀なる頭脳と度胸で対処していくお話。  ◇ ◆ ◇ 最低限の『貴族の義務』は果たしたい。 でもそれ以外は「自分がやりたい事をする」生活を送りたい。 これはそんな願望を抱く令嬢が、何故か自分の周りで次々に巻き起こる『面倒』を次々へと蹴散らせていく物語・『効率主義な令嬢』シリーズの第2部作品の【簡略編集版】です。 ※完全版を読みたいという方は目次下に設置したリンクへお進みください。 ※一応続きものですが、こちらの作品(第2部)からでもお読みいただけます。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

私のスローライフはどこに消えた??  神様に異世界に勝手に連れて来られてたけど途中攫われてからがめんどくさっ!

魔悠璃
ファンタジー
タイトル変更しました。 なんか旅のお供が増え・・・。 一人でゆっくりと若返った身体で楽しく暮らそうとしていたのに・・・。 どんどん違う方向へ行っている主人公ユキヤ。 R県R市のR大学病院の個室 ベットの年配の女性はたくさんの管に繋がれて酸素吸入もされている。 ピッピッとなるのは機械音とすすり泣く声 私:[苦しい・・・息が出来ない・・・] 息子A「おふくろ頑張れ・・・」 息子B「おばあちゃん・・・」 息子B嫁「おばあちゃん・・お義母さんっ・・・」 孫3人「いやだぁ~」「おばぁ☆☆☆彡っぐ・・・」「おばあちゃ~ん泣」 ピーーーーー 医師「午後14時23分ご臨終です。」 私:[これでやっと楽になれる・・・。] 私:桐原悠稀椰64歳の生涯が終わってゆっくりと永遠の眠りにつけるはず?だったのに・・・!! なぜか異世界の女神様に召喚されたのに、 なぜか攫われて・・・ 色々な面倒に巻き込まれたり、巻き込んだり 事の発端は・・・お前だ!駄女神めぇ~!!!! R15は保険です。

処理中です...