七宝物語

戸笠耕一

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終章 決起

32.西王の策略

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 和議は成った。烈王が席を離れて自身の陣地に戻るのを確認した。西王もまた自身の住まいに戻る。行政府に帰るとすぐに集められていた軍の高官たちに今後の作戦について説明した。

「殿下、和議を結ばれたという話。せめて我々にも」

「時間がありません。国内には烈王のスパイもおるでしょう。漏洩も恐れて我が胸中にこれから話すことを直前まで
内に秘めておりました」

 西王は、しまい込んできた考えをその場にいる者に話始める。私が守りに徹し続けていたのは兵や民の命を守るた
め。戦いは長期化すれば、敵兵の兵糧は尽きる。飢えに苦しむ敵に守りを解き猛攻を仕掛ける。当方の圧倒的な強さ
に敵の戦意を挫かせ、こちらに有利な条件で和睦する。そして和睦で帰路につく敵を背後から強襲し、敵をせん滅す
る。
 彼女の思い描いた作戦に、軍の高官たちもまた顔色を変える。

 場が落ち着いたとき、高官たちから質問が飛んだ。

「和議を結ばずとも、正面切って攻め滅ぼすので良かったのでは?」

「そうです。敵は遠方よりの襲来。食糧も尽きかかり、弱っている。わが軍の一撃をもってすれば――」

 軍人たちの意見に対し、西王は静々と説明する。

「いくら弱っているとはいえ、敵は強兵。こちらの損害は大きなものになるでしょう。ならば、敵が安心して帰路に
ついている今こそ好機。背後から一気に軍勢を叩き滅ぼすのです」

 彼女の言葉に、一同静かになる。

 重々しい空気の中で一人が発言する。年は七十近く、白くなった髭はキチン整えられ、たるんだ皺の奥に宿る眼光は鋭かった。

「ですが、当方は約束を破ったというそしりを世間から受けませぬか?」

「問題ありません」

 老人の問いに答えたのは意外にも、その場で一番若い士官だった。

「ほう、なぜかな?」

 若い士官に老人は聞いた。

「烈王の悪評は、地に広まりつくしております。彼こそ約定を些かも守らぬ男はおりません。やつは逆臣なのです。そのような者との約定など何の意味などありません。一方こちらは、聖女陛下を奉じ、この世の安寧秩序のために戦っておる。殿下には義がございます。敵が油断している今こそ、諸国と連携し烈王とその兵を滅ぼすときです!」
 よく言いました、と西王は言葉を発す。

「そう、烈王の害悪は世の大地を焦がし、川を干からびさせ、家を焼く。この最大級の害悪を取り除くために、きれいな手ばかりを使ってはいられません。毒は毒をもって制すほかにないのです」

 西王の言葉は会議の終わりを意味していた。すべては王の意のままに。その後の行動は実に迅速だ。周辺国に出兵するよう伝令が各地に飛ばされた。西王は、胸中に隠された謀を抱え込みあたかも武装解除したそぶりを見せていた。

 烈王の兵は、多数の大砲や弓矢といった武器を片付け、徐々に戦場にいた兵たちを暫時撤退されていく。和議が成ってから一週間。烈王軍は、全軍撤退した。

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