姉妹 浜辺の少女

戸笠耕一

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ストーリー

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 私たち4人が、美果のお屋敷に着いたとき、白と黒の車を2台目にすることができた。車は実にユニークな色合だ。なにせ、車の上に赤いサイレンを乗せているのだから、それがパトカーだとは一目瞭然だろう。また警察だ。

「騒々しい1日ですこと。何で家の前に警察が来ているの?」

「分かりません。何でしょう?」

 陰気な女優の従兄のシルバーのセダンから降りると、刑事たちが私たちの存在に気づき、車のサイドガラスを叩いた。

「失礼ですが、免許証をご提示いただけますか?」

 堀内は、渋々と免許証を提示し、美果がこの白い館の主人であることを伝えた。知る人は知る名探偵も後部座席にいたことだから、制服警官はすんなりとセダンを通した。

 玄関は開いていた。広々とした解放感あふれるが、特に主だったものは置いていないあのリビングには、美男美女とむさ苦しい渋い中年の警官が話し込んでいた。実に奇妙な光景だ。交わることない者同士が関わることほど面白いことはない。

「それで? あなた方は近くの湖でボートを漕いでいたと?」

 ええ、と美果の彼氏の悠一がうんざりした顔で返事をしていた。

「ただいまー」

 何事が起きたのか知らない美果は、己が帰ったことを告げた。また彼らの視線が美果に注がれた。

「あの、すみませんが?」

 刑事は美果に話しかけた。

「秋月美果。この家の主人です。刑事さん? 何かございました?」

「ああ、これは大変に失礼いたしました。実はですね、あなたの自宅から拳銃が盗まれたという情報が、こちらの方々から連絡がありました」

「拳銃! 嘘! なんで?」

 拳銃とは初耳だ。この屋敷は、あたかも事件が起こってくれと言わんばかりだ。

「でも私の美術室はきちんと鍵をかけています。そんな、銃が盗まれたなんて」

「ええ、気の毒ですが事実です。どうぞこちらへ」

 私たちは、秋山と名乗る刑事の後に付いていった。美果の言う美術室は、ダイニングから廊下に出て、すぐ隣の部屋にあった。扉を開けて、中を見渡した。そこは豪華絢爛と呼ぶべき相応しいあらゆる類のお宝が顕然と存在していた。

 ガラスケース内の電球に照らされて妖しい色合いを放つ日本刀。戦国時代の鎧兜。西洋の風景は、レンブラントが書いたような絶妙な色彩を放っている。和洋折衷とはこのことだろう。秋月美果は実に女性にしては珍しい骨董品の愛好者だった。

 しかし、明らかに多くの品物を展示していた小さな美術館は、盗難の証があった。ガラスケースの一部は粉々に砕け散り、展示されて合ったはずのものが消えていた。

「ああ」

 美果は腰が抜けたのか、その場にへたりこんでしまう。

「死ぬんだわ。もう私の命はこれまで。犯人はとうとう最強の武器を手に入れたわ」

 弱弱しい口調だ。さっきまで自身を不死身だと言っていた者が言う言葉ではない。

「死ぬなんて軽々しく言うもんじゃない。お約束したはずですよ。私は、あなたを守るとね」

 でも、と美果は力なく言う。

「大丈夫。なにせ、日本一の名探偵と働き者の助手がいますから」

 名探偵と言う言葉を聞き、秋山はすぐに反応した。

「ほお、ではあなたが名探偵の?」

「まあ。もはや40近くのさえない男ですがね」

「あなたにしては細やかすぎる事件ですね。は、盗難事件だなんて。年始に解決なさったあの国際犯罪組織の壊滅に比べたら、ね」

「もう!」

 美果は小さな妖精の足をダンと蹴った。

「どうするのよ? 拳銃、盗まれたじゃないの!」

「ええ、ええ。ですから私が付いております」

「全く、夏帆が鍵を毎日閉めているはずなのに」

 あの子、あとでお仕置きだわと美果は不貞腐れた顔をしながら言い放つ。

「その時は運悪く空いていたのよ、プリンセス」

 背後で高飛車な声がした。美果王女のお友達、咲子。

「どういうこと? マイフレンド?」

 変わった呼び方だと、私は思った。普通は親しければ名前とかなのに。

「夏帆がこの部屋を掃除していた時、あなたをボーガンで射抜こうとした狂った男がこの部屋に入り、夏帆を襲い、銃を奪ったの。夏帆に聞いて見なさいな。可愛い小間使いを虐めちゃだめよ。今はしくしく泣き晴らしているんだから。で、そうだ話があるんだ。ちょっと顔をお貸しよ。プリンセス」

「オッケー。じゃあそこね」

「それで、よろしいですか? 男は30代ぐらいの坊主頭の男で、水色のパーカーを着ていたんですね?」

 話が入り乱れていた。刑事の秋山は、怪訝そうな顔でトピックに話を戻そうとした。拳銃の盗難事件は、咲子、夏帆、悠一が目撃者のようだ。

「ええ、夏帆が言うには。私も彼が逃げる姿を見たけど。そうだったわ」

「分かりました。では、現場検証は以上になります。我々は引き揚げますので」

「刑事さん。所に戻った後、情報連携されるでしょうが、その男の名前は佐藤誠。三五歳。熱狂な秋月姉妹のファンで。美果さんのサイン会で、問題を起こし出禁を食らった経緯があります。一刻も早く逮捕をしてください」

「もちろん。警察の威信にかけて犯人は必ずや検挙致しますよ」

「さっき、被害届出したばっかり! ね、兄さん。私ったらまた警察に行くの?」

 従兄は、あーと面倒くさい素振りを示した。

「ご安心を。これは立派な盗難事件です。警察は問題が発生したら、必ず動きます。すでに事件は起きている。二度手間を踏むことはありません。すでに犯人も特定済み、時期に事件は解決です」

 新出の細やかな一言に秋山は気に入らなかったようだ。

「ま、名探偵なら組織に頼らずとも、事件を未然に防いでくれるでしょうね」

 フンと彼は冷ややかな視線を新出に送り付けその場を後にした。

「さ、プリンセス。教えて頂きたいことがあります」

「あら、なあに。探偵さん?」

「盗まれた銃の名前は?」

「ルパン愛用の銃よ。ワルサーP38」

「なるほど。ドイツ製の自動拳銃。時に撃鉄が不意に下りて暴発の恐れのあるじゃじゃ馬だ。君にそっくりだ。いい銃をお持ちだ」

「なによ? からかっているの」

「いえ。当然ですが、きちんと銃は届けておりますか?」

「当たり前じゃないの。そこまで抜けていないわ」

 新出はそう言って、可愛い恋人の頬をすっとなぞり、軽いキスを授けた。全く、彼は本当に女たらしだ!

 私たちは砕け散ったガラスケースの破片をきちんと掃除した。その後、リビングで小雀のように震えているメイドの夏帆に、そっと優しく質問を投げかけた。

 咲子は嘘つきだ。夏帆はきちんと襲撃者に襲われながらもちゃんと丁寧に質問に答えていた。なにが、しくしく泣き晴らしていた、だ。

「ええ。週に1度。お嬢様の美術館のお手入れを致しますの。あの、私がいけないんですわ。お嬢様の大事な代物を」

 夏帆はシュンとして下を向いた。可哀そうに。なぜ彼女のような真面目な子が被害に遭わなければならない。いつだって善人がひどい目にあっている。私は久しく義憤に駆られていた。

「災難でしたね。どうぞお気を確かに。私たちが相談に乗りますよ」

 私は新出が話すより早く夏帆の気を遣った。こういうタイプは人一番自責の念に駆られやすい。

「落ち込まないでよ。あんたは運が悪かったの。でも、私のメイドなら護身術ぐらいマスターしておきなさいよ。盗まれた拳銃は結構高いんだから。そうだ、後であの部屋で」

 ごめんなさい、と夏帆が深い海に沈んでしまったように重々しい言葉で謝罪した。あの部屋? 私は美果が最後に言った言葉に引っ掛かりを覚えたが、ここでは聞かなかった。

「親愛なる警察の協力もあり、犯人の目星は付きました。私たちは犯人検挙の時まで、あなたをお守りする所存です」

 でも、全く名探偵の出番など、無きに等しい。日本の警察の検挙率はトップクラスだ。
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