姉妹 浜辺の少女

戸笠耕一

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ストーリー

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 朝になった。3時間で美果を見張るというのは反故になった。なにせ、二人は、べったりと朝まで過ごしていたからだ。彼が危ない橋を渡ったせいで、私は乗り気ではなった仕事をせずに済んだ。

 まだ眠そうな2人が顔をのぞかせ、私たちは朝食に向かう。

「何だって君は朝から元気そうなの?」

「さあな」

 こいつ、ずっとやっていたなと思った。パートナーの美果も表情がさえていない。

「今日は、彼女を家に送るんだろ?」

「そうだ。ね、近いんだっけ?」

「うーん十分くらいよ。食べたら行きましょう」

 快諾した。私としては、他愛もない理由で喧嘩をした娘を無事家に送り届けたら、任務完了だと思いたい。

 人気の少ないラウンジでのバイキングが終わり、私はロビーでタクシーを呼ぶよう係に言いつけた。少し休んで、30分もしないうちにタクシーは来た。

 助手席に美果が乗り、僕らは後ろに乗った。土地勘のある彼女があれこれ運転手に指図していた。車は海沿いの道路を通り過ぎる。他に車はほとんどいないから、スムーズだ。やがて左折すると今度は山沿いの自然豊かな色合いに移り変わる。海と山が隣接し、互いの良さを打ち消すことなく、うまく溶け合い互いの良さを引き立てている。伊豆は優雅な海と密かな森林が混ざり合った他にないいい観光地だと思う。

道は幾度となく蛇行しながら、登っていく。

「ね、その道を右に入って」

 美果はただ指示を出した。

 右に折れた先には、別荘地だった。深い豊かな森の間にペンションが立ち並ぶ。どこも人気はなく閑散としている。

「そこを左にお願い」

 道はアスファルトから砂利道になり、ガタガタと音がして車体は揺れる。アーチを通り抜けると、目の前に白い二階建ての建物が見えた。太陽に照らされて、白い家は太陽に照らされて、金色の色合いを醸し出していた。ここが美果の家。ずいぶんと大層なところだ。

有名な芸能人の住まいと聞くと超高層マンションが頭に浮かぶ。今更ながら、館めいたところに住んでいるのは珍しい気がした。

「着いたわ。ありがとう」

 美果は代金を払い、そそくさと玄関に行ってしまう。僕らも降りて彼女の後に続いた。降りて分かったが、右手にプールがあるのだ。水は入っていないが、夏場にでも泳ぐのだろう。左手は広大な草地となっており、車が二台止めてあった。片方は白いスポーツカーで、恐らく昨日喧嘩したといった彼のものだ。もう1台はマリンブルーのプリウスで、美果の愛車だ。

「開けて。早く」

 チャイムを数度彼女は押した。やがてガチャと音がして扉が開く。

 目の前に現れたのは、若い娘だった。年は美果と同じぐらいだろうか。美人だ。美果とは違い、上品な印象を私は抱いた。美果の家族かと思ったが、どうもおかしい。上品そうに見えた少女は秋葉原で売っているようなメイド服を着ていた。

「お帰りなさいませ」

 娘は静かに頭を下げた。

「そ。皆いる?」

「ええ、皆さんお揃いで。どちらにいらっしゃったのかと心配されていましたわ」

「あ、そ。この人たちに危ないところを助けてもらったの」

「まあまたですか?」

「ボーガンで殺されかけたの」

 彼女はあっけに取られたような顔を作り、美果の気を損ねないよう取り繕っていた。奇妙な会話だった。年も変わらない娘同士の会話とは思えない。

「そうでしたの」

 彼女の無垢な笑みがすっと私たちに降り注いだ。

「この人たち探偵なんだって。だから雇うことにしたの。犯人を捕まえてもらうのよ」

 探偵、と娘は興味深く黒い透き通った瞳で私たちを見つめた。

「さ、何しているの? 入れてあげて」

「大変失礼いたしました。どうぞ中へお入りください」

 外装だけはなく、内側もこの家は白く彩られていた。玄関に入って右に階段があったが、そちらにはいかず、廊下をまっすぐ進んだ。

「こちらでございます」

 案内され進んだ先は、ずいぶんと広大だ。窓辺から差し込む光に部屋は照らされ、より一層解放感を感じさせる。

「どうぞ、ごゆっくり」

 メイドは丁寧な挨拶をすますと、奥へ引き下がった。

 広大な部屋の左手にテレビとテーブルが置かれ、くつろげるようになっている。男が一人ソファに腰掛け、電話をしていた。何やら深刻な顔立ちだ。

 部屋の中心部には、円筒形のテーブルが配置され、バーカウンターのようだ。色々と酒の類が置かれていた。左手にはやわらかい丸い椅子がいくつか置かれ、赤、橙、緑など多様だ。椅子の一つに女が腰かけ、雑誌に目を通していた。

「ただいまー」

 そっと彼らに向けて美果は声をかけた。

「あらプリンセス。お帰り」

 女が視線をこちらに向け、笑いかけてきた。女もまた美果と同じ年頃だ。これまた美人で、また違う色合いを出していた。スタイルのいい、自分に自信のある印象がする。

「そちらは?」

「こちらは命の恩人。また殺されかけたの」

「はは、またなの。あなたって不死身ね、おかしい」

「なあに、私に死んでほしいの?」

「ええ、プリンセスの死に顔ぜひ拝ませてよ」

 美果は、ムッとした表情になった。ずいぶんと辛らつなことを言う。

「冗談よ。そうムキにならないで。どこに行っていたの?」

「それはあいつに聞いてよ」

 おい、と男が近くに寄ってきた。

「なに?」

「どこに行っていたんだ?」

「さあ? あんたこそ、恋人が殺されかけたのに、何していたの?」

「探したんだ。見つからないから、こっちに戻って色々」

「最低。だめな男よ、あんたは」

「で、殺されかけたって?」

「ええ、あと一歩間違えれば死ぬ運命だったわ」

 美果の真面目な話を耳にした途端、女は横でアハハと笑い始める。あんまり品性のいい笑いではない。男もあきれた顔で美果を見つめる。

「こちらは探偵のお2人。殺されかけたところを救って下さったの。で、犯人を逮捕してもらうために、2000万で雇ったのよ」

 フンと美果は鼻で笑う。こんなこと当然と言わんばかりに。

「ええ、突然押し掛けて申し訳ない。探偵の新出傑と言います。こちらは助手の小林卓」

 ああそうか、とでも言わんばかりの男の無関心な態度。それはそうだろう。私だって、全く知らない人に自己紹介されても正直反応に困る。

「犯人探しね。ふ、それは無駄なことですよ」

 男は胡散臭そうに見つめニヒルに言い放つ。一方の女は相変わらず笑っていた。

「それはどうして?」

「さ、それはどうしてか調べてみてくださいよ」

 男はそう言ってまた元いた場所に戻った。

「全く招かれざる客で申し訳ないです」

「いいのよ。ゆっくりしてよ。そうだ。私の部屋を見に来ない? そうだ、隣におじいちゃんのお部屋があるの。とっても面白い人だったのよ、ぜひ来て」

「ええ、喜んで」

 美果の部屋。私はどちらかというと、この部屋に住み着いた人に興味があった。

「君は?」

 ここにいると、私は言うと、二人はそそくさと部屋を出ていった。あとに、私と奇妙は男女が残された。さ、どちらを先に当たるか? 

 よし女のほうにしよう。

「どうも初めまして。小林と申します」

「はーい」

 女は名乗るわけでもなく、笑みを浮かべる。内心何を考えているか読めない女だ。

 試しにこの女に、昨日起きた出来事を話してやった。

「ボーガン!」

 私が言ったことに対し、彼女はアハハハとけたたましく笑い転げた。おおよそ信じられないというのが本音だろうが、予想以上の反応だったので、私はあっけに取られていた。

「あなたは、美果さんが襲われたのにあんまり信じていないようですね?」

「信じるも何も。あの子は嘘つきなのよ。小悪魔よ。またほらを吹いて注目を集めようとしているんだわ」

 小悪魔。私はどうしてとさりげなく聞いてみた。面白いた例えだ。秋月美果を言い表すなら、それが一番妥当だった。

「なんで? ずっと昔の頃からそうなのよ。車がパンクして危ないところだっただの、ボートを漕いだら穴が空けられていて溺れかけただの。言い出したらきりがないわ」

 ほう。私は面白おかしく話し出す美果の友人を密かに観察する。ほっそりとした体つき。

彼女も美人だ。でも冷めていた。私は彼女から女性が持ち合わせているだろう母性を感じなかった。きっと打算的な人間だろうと思った。

「悠ちゃん、あんた聞いた?」

「何?」

「美果のこと。ボーガンで殺されかけたんだって」

「はは、本当か? やっぱり美果は傑作だよ。接点をもってよかった」

「何だそうなの。まあ全く次から次へと良く思いつく頭ね。ね、あの子の頭は何で出来ているか知っている?」

 さあ、と私は返事をした。

「空想よ。あの子は全部自分の頭で思ったことが現実だと信じているのよ」

 彼女は人差し指で自分の頭を指して、大げさな顔で訴えた。

「ねえ、夏帆!」

 はあい、と奥の庭先から返事がした。私と新出を出迎えたメイド服の子が姿を現した。夏帆。彼女はこの家に集まった者たちとは趣が違っているようだ。淑やかで、真面目そうだ。時節浮かべるその笑顔に慎みが込められている。私は彼女がこの家にいてよかったと思う。

「何でしょう?」

「お茶」

 彼女はすっとマグカップを差し出す。向こうで座っていた悠一と呼ばれた若い男が、自分もと言う。

「ほら、あなたは?」

「頂きましょう」

 そう、と素っ気ない回答が返ってきた。取りつきにくい女だった。

「今更ですが、お名前教えてください」

「城崎咲子。ふふ、事情聴取の始まりかしら。でも無駄なことよ。誰も美果のこと何か狙っていないわ。ちょっと変わった子の気まぐれに付き合わされて、損するだけよ」

 その通りだと、私は納得していた。

「普段は何をなさって?」

「デイトレーダー。自称だけどね。あとは色々美術品をオークションに出してみたりして、色々だわ」

 咲子は、長い髪の先端を取りいじっていた。

「昨日は、午後3時ごろどちらにいました?」

「あら? なあにそれ?」

「その時間帯に、美果さんは襲われたんです」

「はは、私がやったとでも言うの、ばかばかしい。答える義務ありますの?」

 差し支えなければ、と私は言った。これでも警視庁から公認された探偵ですから、護身用下さいと言ったが、あんまり効果はなさそうだ。

「ま、いいわ。私は新宿にいたわ」

「何をしに?」

「買い物よ」

「そうですか」

「はは、無駄だわ。こんなのナンセンス。私が美果を襲って、何の利益があるのかしら?」

 女は勝気だ。私はそうですね、とだけ返しておいた。

「殺して保険金でも狙うとか? 遺産相続? 残念ながら、私は彼女の親戚でもないし、受取人でもないのよ」

「あなたは、美果さんとはよく会うんですか?」

「そうね、2、3か月に何度か。私もフリーな仕事しているから、彼女と気が合うし、こういう時期に合って遊んであげているのよ。あの子、すっかり女優をやめてから一人になってしまったから、ね」

「何で彼女は女優をやめたと思います?」

 知らないわよ、と彼女は言い放つ。

「もうよろしい、助手さん? あんまり尋問されるのは好きじゃないわ」

 ええ、と私は彼女を解放してあげた。

「そっちの彼は?」

「彼は森田悠一。家庭教師よ」

「よろしく探偵さん」

 向こうのソファに座った男が返事をした。

「いえ。探偵は彼女と一緒にいる彼です。僕はただの助手」

 彼は端正な体と顔を持っていて、スポーツマンのようでフレッシュな印象を感じさせ、信頼性はあった。さっきのぶっきらぼうな対応は理不尽な喧嘩を売られたことへの苛立ちのせいだろう。彼はいいやつに思えた。トレーダーと名乗る咲子より、私の中での信頼は高い。女の方はもういい。私はタイミングを見計らって男から情報を引き出そうとした。

「お茶をお持ちしましたわ」

 すっと人知れず隠れていた美女の顔が私を覆う。しなやかな手つき、そっと静かに咲き誇る少女の面影を見た。彼女は住み込みの家政婦なのか? でもメイド服は明らかにコスプレだった。ただ私はそっと静かにお茶を入れるときに、彼女の手に包帯が巻かれていることに気づいた。

「あなたは?」

「はい?」

 静かな返しだ。涼やかな彼女の顔が心を和やかにさせる力があった。

「いえ。お名前を伺っただけで」

「ああ、そうでしたの。大変失礼いたしました。私、竹谷夏帆と申します。この度は、主人の災難を助けて下さり誠に何と申し上げたらいいのか」

 言葉とは不思議なものだ。ある者が言えば、口汚く聞こえて耳を塞ぎたくなる厄介なものだ。別のある者が言えば、軽やかな聞こえのいい音楽にもなり得る。

「この子、私や美果の同級生なの。でもお客さんの前では、ちゃんとこうやって礼儀正しく振舞えるの」

 咲子はひそひそと声を小さくして打ち明ける。

 演技なのか。いや違うと私は確信する。本物だ。発する言葉の一つ一つに洗練されたものがある。秋月美果のような奔放な少女を演じているような作為もなく、私は純粋に夏帆を美しいと感じた。

 新出が美果の警護と言いつつ、仲良くやっている間に私は他の者から話を聞かねばならない。ただ美しい彼女と何を話せばいいのか、私は分からなかった。

「よろしいですか?」

 私は彼女を意図的にさけ、家庭教師と言われた悠一に話しかけた。

「ええ。聴取ですか? 全く、あなた方はずいぶんとお暇なんだな?」

「私たちは大きな事件を解決した。そろそろ足を洗う時期と見て、のんびり休もうとしていたところなんですよ」

 へえ、と彼はもったいぶって言う。

「ま、教えてください。美果さんは、昨日の三時過ぎに私たちと出会い、何者かが仕込んだボーガンで危うく殺されそうになった。あなたはどちらに?」

「ああ、3時ぐらいまでずっと彼女と海辺をドライブしていたんだ。でも、彼女が急に不機嫌になっちゃって。それで彼女は怒ってどっか行ってしまったよ。海辺からここまで歩いても20分だし、まあいいかなと思って自分はここに戻ったよ」

「喧嘩というのは?」

 さあ、と彼は軽く返した。

「昨日のことなのに? 忘れてしまったと?」

「本当に読めないやつさ。変わった子なんだ。運転が荒いとかなんとか。は、毎回同じ車に乗っているのに、突然そんなことを言い出すんだよ」

「なるほど。彼女は最近よく危ない目に合っているそうじゃないですか?」

「ああ、そのせいかな。運転していたプリウスのブレーキが故障したとかで、死にそうになったとか。車検を一度忘れたりしていたから、整備不良だと思うけど」

「結構、そそっかしいタイプなんですね?」

「そうですね」

「美果さんとはよく会うんですか?」

「そこまで聞くんですか?」

「差し支えなければ。教えて頂けませんか?」

「週1~2程度。平日は、仕事だから」

「お住まいは?」

「東京の高田馬場」

「ありがとうございます」

「事件解決を祈っていますよ。最も事件なのか、どうか怪しいけど」

 悠一はフッと笑った。聴取は以上だった。

「皆さん、よろし?」

 美果の一言は、いつも雰囲気を自分のものにしてしまう。穏やかだった空気は一変した。皆が彼女を見つめた。美果はそのことに満足したのか、いつもの無邪気な笑みをこぼす。

「こんな天気のいい日に家にいるなんて勿体ないと思わない? 今日は、そこのみずうみでボートに乗らない?」

 彼女はホストとして、客人たちに提案する。誰も異を唱える者はいない。ここでは、秋下美果の考えが全てなのだ。こうして六人は、近場のみずうみに出かけることになった。
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