孤島に浮かぶ真実

戸笠耕一

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第二部

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 午後3時半。帰りのホームルーム後、私は担任の谷矢先生に呼ばれた。辺りでガタガタと椅子や机を下げる音が聞こえる。掃除だ。

「部活動ですか?」

「そう、入ってみたい部活とかあるなら言ってごらん」

 谷矢先生が優しい口調で私に語りかける。

「あのさあータニヤンさ、別にそんなに急がなくてもよくない?」

 彩月は自分の先生に対し、ぞんざいに話しかける。まるで友達感覚だった。

「コラコラ」と谷矢先生が彩月の頭を叩いた。

「ひあ」と彩月は飛び跳ねて、おちゃらけていた。

「一応うちは、全校生徒全員が部活に所属しているんだ。星河には部活に入って、皆と仲良くして欲しいんだ」

 口調は実に教師らしい。そして、ああ別に強制じゃないから、と付け加えた。

「一応、前までいた高校では、テニスをやっていましたが?」

 私は相槌を打つように反応する。

「ああテニスもあるぞ。顧問は古川先生という人だ。よければ先生が話をしておくぞ」

「……」私は言葉に詰まる。

「どうした?」

「いえ」

 妙な間ができた。谷川先生の厚意は感謝したい。だが少々早急だった。黙っていても仕方ないので、少し時間を下さいと言おうとしたら、彩月が先にしゃべり出した。

「ほらあ、急かすなよ」

 またなれなれしく……

 別に急かされているわけではない。ただテニスを続けたいとあまり思っていなかった。どうしようか迷っていたのだ。部活には入りたい。特に運動部に。

「お前はとっととバドミントンの練習に行け」

 先生が手を振って彩月を厄介払いしようとした。

「今日は練習なし!」

 彩月は快活にそう言ってはにかむ。彼女は本当にクラスのムードメーカだった。同い年だろうが、年上だろうが、関係ない。これが決め手になる。私は秘かに笑いをこらえて言う。

「バドミントン部に入ろうと思います」

 これでいい、これでいい。

「本当にバドでいいの?」

 彩月がまじまじと私に聞いてきた。

「うん」

「テニスをやっていたんでしょ?」

「いいの。何だか別の競技がしたいの」

「ふーん」

「教えてね」

「いいよ。あ、帰る前にちょいと図書館に寄らせてくださいな」

「どうしたの?」

「借りた本を返さないと」

「なに借りたの?」

「エラリー・クイーン」

 彼女は無表情な口ぶりで言うと本の表紙を見せてくれた。帽子の絵柄をしたその本は『ローマ帽子の謎―エラリー・クイーン作―』と記されている。

「面白かった?」

「微妙」

「そう」

「なんか人間味がないんだもん。トリックはいいけどさ」

 私たちは1階にある図書館に入った。目の前に新しく仕入れた本には目もくれず彩月はずんずんと奥へ突き進む。歩き方は大股で、早い。当然私と彼女の距離は離されていく。

 お目当ての本は決まっていて、一刻も早く自分が確保したい欲求に突き動かされている様子だ。

 海外文学と書かれた見出しがある本棚の前でピタッと立ち止まり、かがみこむ。彼女の目は機械的にシュッと左右へ動いた。お目当ての本が見つかればいいと思った。その目、まるで獲物の匂いに敏感な豹のようだ。

 視線は一点を凝固し指が素早く動いた。どうやらお目当ての本が見つかったらしい。私はその本を知っていたし、既読済みだ。

「古めかしいものをチョイスしたわね?」

「古き良き物がいいの。人は過去を受け継いで学んでいくものよ?」

 彩月にしては、ずいぶん説教臭いセリフを言ったものだ。彼女の手にはアガサ・クリスティのある1冊が握られている。それを読んだことがあり、かなりお気に入りの部類に入る作品だった。

 選ばれた獲物。本を後生大事に受付へ持っていく。しばしの間、彼女の所有物になり、楽しませる道具となる。

 タイトルは『ゼロ時間へ』。今日は物事の始まりにいて新しい生活を送ろうとしている私にはピッタリの小説だ、読むのは私ではなかったが。
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