世界を渡った彼と私

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誕生日

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今日は日付が変わった瞬間から賑やかだった。12時になった瞬間に叔父さんからハイテンションなお祝いのメッセージが来て、数少ない友人やバイト先の人たちからも誕生日を祝う連絡が入る。起きてからも、寝ているうちに来ていたメッセージに一つ一つ返事をした。カーテンを開けたらあいにくの曇り空で、そういえば午後から雨だった気がする。忘れずに折り畳み傘を持って行かなきゃ。







「えー、それって報われない恋ってやつじゃん。」

「いいの!一緒にいるだけで幸せなんだから。」


食堂の近くの席で話している声が耳に入ってくる。講義で一緒になった時にたまに話す女の子たちだった。たしか好きな男の子が来年海外に留学する事になったって言ってた気がする。


「だって卒業したらそのまま向こうで就職しちゃうんでしょ?その前に告白したら?」

「だって遠距離なんて絶対うまくいかないもん。」

「あー、あんた寂しがりだもんねー。」

「だから今を楽しむの!」

「そんな刹那的な恋私はだめだわ。」

「彼氏と順調な人にこの気持ちはわからないですー。」


それに、と呟く声が小さくて思わず目を向ける。その顔は切なそうで、何でか自分の胸がズキリと痛むのを感じた。


「下手に告白して会ってくれなくなったらヤだし。」

「んー、まぁ無責任なことはしなさそうだもんねぇ。」

「でしょ!?だから今一緒にいる時間を私は大切にするの!」

「あんたがいいならいけどさぁ・・・」


その後は次の講義の話に移っていった。私の目の前に置かれたオムライスはまだ半分ほど残っていたけど、食べる気がしなくなってスプーンを置く。窓の外に見えるイチョウの木はこないだの木枯らしですっかり葉を落としていた。雲は朝よりも分厚くなっていて、帰るまでに降り始めないといいなとぼんやり思った。








なんとか降り始める前に帰宅できて、夕方宅配便が届いた直後に何処かで見張っていたんじゃないかと思えるタイミングで叔父さんから電話が来た。ビデオ通話を繋ぎながら今届いたばかりのダンボールを開けていく。中には綺麗な柄のマフラーと暖かそうなブルーのコートが入っていた。ちょっと派手だけど可愛い。叔父さんらしいチョイスに自然と笑顔が浮かぶ。そして、なぜか叔父さんが自分の目の前に蝋燭を立てたケーキを置いてお祝いの歌を歌ってくれた。確かに自分のためだけにケーキは買わないけど、その光景が面白くてたくさん笑って、離れていても楽しい誕生会だった。


今日はバイトはない日だけど、前日に一緒にご飯を食べたいとレオンに伝えてあった。特に誕生日とは言ってないからケーキとかは用意してないけど、いつもより時間をかけて少しだけ豪華な料理を作っていく。・・・ちょっと作り過ぎちゃったかもしれない。レオンには誕生日の事を言おうかどうしようか直前まで迷ったんだけど、タイミングが掴めなかったのと、なんかプレゼントを強請ってるみたいで結局言えなかった。


レオンといつも通り食事をして、食後にコーヒーを飲みながらまったりしてる時だった。


「りりな、少しいい?」


レオンを見ると今まで見たことないほど緊張した顔をしている。なんだろう、魔法陣について何かわかったとかかな?佇まいを直してレオンと向かい合う。

テーブルを挟んでしばし無言で見つめ合った。レオンが何も言わないから私もだんだん緊張してきた。レオンは一つ小さく息を吐くと、テーブルにそっと小箱を置いた。


「誕生日、おめでとう。」


沈黙の後、そう言って静かにテーブルの上に置かれたそれには綺麗なリボンが掛かっていて、明らかにプレゼント用とわかる見た目をしていた。弾かれる様にレオンに顔を向ける。


「・・・どうして?」


言いたいことはいっぱいあったけど言葉が出なくて、まず疑問の言葉が口を突いて出る。


「以前にりりなが酔った時があっただろう?あの時に聞いた。」


思わず頭を抱える。なにそれ全然覚えてない!
・・・てことは今日のご飯ちょっと豪華にしたのもバレてるってこと?恥ずかしすぎる・・・。穴があったら入りたい。


「言ってくれればよかったのに・・・。」

「こういう物は何も言わずに渡す方が効果的だと聞いたからね。それにりりなの驚く顔が見たかった。」


肩をすくめて答えられる。さっきまでの緊張したそぶりが嘘の様にいつも通りのレオンだった。まだ少し恨みがましい気持ちでレオンを見るけど、私の視線は笑顔で受け流されてテーブルの上を示される。


「開けてみて。」


プレゼントに目を向ける。手のひらで包めるほどの大きさで、そっと手に取ると微かな重みを感じた。リボンを解き包装紙を開いていく。中から出てきたのは真紅のビロードで出来た蓋つきの綺麗なボックスだった。金糸で刺繍がしてあって、この箱がプレゼントだと言われても納得してしまいそうなほど繊細で綺麗だ。

蓋をゆっくりと開ける。


中央に嵌っているのは、ため息が出るほど美しい一対のエメラルドのピアスだった。


親指の爪程の大きさの石は、新緑を思わせる透き通る様な緑色で、天井のライトを受けて時折深い緑に変化していた。楕円形のエメラルドの周りには小さなダイヤモンドがぐるりと取り巻いて虹色に煌めいている。


「綺麗・・・。」


息を呑むほど美しいってこういう時に使うんだろう。思わず息を止めてしまいそうなほどに、そのピアスは綺麗だった。

宝石の価値なんて全くわからないけど、目の前にあるものがとてつもなく高価な事はわかる。


「レオン、こんな高いの、貰えない。」


呆然とレオンを見るけど、レオンは優しく笑うだけだ。前にもドレスを貰ったけど、あれとは桁が違うんじゃないかと思う。


「受け取ってもらえないと、私の部屋で埃を被るだけだよ。」


りりなのために誂えたからね、と事も無げに言われる。オーダーメイドってこと?ますます受け取っていいものか悩む。私が固まっていると、レオンが箱を持ったままの私の手にそっと手を重ねた。


「りりな、これは日頃の感謝の気持ちもあるんだよ。」

「・・・感謝?」

「いつもここで私をもてなしてくれるだろう?前にも伝えたが、ここで過ごす時間は私にとって掛け替えのないものだ。」


レオンは穏やかな目をしていた。綺麗な瞳はピアスと同じ色をしている。


「ここでのひと時に私は救われているんだよ。だから、りりなに贈りたいと思った。私をいつも覚えていて欲しくて。」


レオンの言う感謝の対価としては釣り合ってない気がするけど。でも、きっとこれ以上断ったらレオンの気持ちを傷つける事になる。そんなのは絶対に嫌だった。


「・・・わかった。有難く受け取らせていただきます。」


私の返事に嬉しそうに微笑むレオンに、受け取ってよかったとちょっとほっとした。改めてお礼を伝えて、ピアスを見る。外にして行くには落としたら怖いから、家の中だけで着けよう。見れば見るほど惹き込まれるような綺麗な緑色をしている。


「レオンの、瞳の色と同じだね。」

「私の瞳の色が好き?」

「え、うん。」

「知ってる。」


そう言ってイタズラっぽく笑って、前にりりなに言われた、と続けた。


「いつ?」

「りりなが酔った時。」


これもあの時か。頬が熱くなる。


「なん、というか、なんで今更いうの!」

前に聞いた時は教えてくれなかったのに!

「あと、私の髪も金色でサラサラだから好きだと言っていたよ。」


面白そうに笑いをこらえながら言われて思わず下を向いて顔を覆う。酔った私何してるの?


「・・・他には?」

「ひみつ。」


聞き出したいけど、これ以上聞いたら私のメンタルがもたない気がした。頬の熱を冷ますため冷たくなったコーヒーを飲んでいたら、ピアスを着けてみてほしいと言われたので恐る恐る手を伸ばす。ピアスで感じた事がない重みに指が震える。耳に着けるとさらに重みを感じて、改めて絶対外では着けないと心に誓った。レオンは満足そうに私の耳に触れている。


「思った通りよく似合ってる。」

「ありがとう、一生大事にするね。」


レオンはふふっと笑っているけど、私はかなり本気だった。



帰り間際、元気になってよかった、とレオンに言われる。お茶を入れ直して飲んでいる時だった。


「少しいつもと違う様に感じたから。」


レオンが少し心配そうに言うから、カップから口を離し、そんな事ないよと笑って答えた。







ベッドに潜り込み、サイドデスクに置いたピアスを見つめる。夜から降り始めた雨が窓を静かに叩いていた。

レオンとこうして一緒に過ごせているだけで幸せだった。今日のひとときを思い出して胸にあたたかい気持ちが広がる。

初めから一緒にいられない事がわかってるなら、これ以上は望まない方がいいのかもしれない。
だって、下手に動いて関係を崩すよりも、今の一瞬一瞬を大切したほうがずっといい。

不確定な未来に縋るのはやめようと思った。

何があっても大丈夫な様に、振り返っても全てを思い出せる様に、レオンの全部を目に焼き付けたい。
今の穏やかで幸せな時間をずっと覚えていられたら、この先何があっても耐えられるから。

レオンの気持ちを確かめるよりも、この時間を失う事が、何より怖かった。


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