世界を渡った彼と私

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ぬくもり

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「ごめんなさい、遅くなりました!」


息を切らせてダイニングに繋がるドアを開けると、すぐそばに心配そうな表情でレオンが立っていた。バイトの上がり間際に利用者に捕まってしまい、走ったけど間に合わなかった。壁にかかった時計は19時から10分ほど過ぎたところを指している。


「謝らなくていい、それよりも何かあった?」

「ちょっとバイト先で捕まっちゃって。いつもはうまくかわしてたんだけど今日は油断しちゃった。」


急いでスーパーに寄って買ってきた食材を冷蔵庫に入れながら答えると、私の言葉を聞いて片眉を上げたレオンが腕を組んテーブルに寄りかかった。


「そいつは男?」

「男っていうか、高校生ぐらいの男の子です。」

「こうこうせい?」

「高等学校のこと。年齢で言うと私の3つぐらい下かな」

「年下だろうと関係ない。」

「なにがですか?」


言わんとしていることがわからなくて首を傾げながら聞くと、難しい顔をしたレオンが近づいてくる。そのまま向かい合わせに立った状態でやんわりと両手首を握られた。
目の前に立たれると首をだいぶ反らさないと視線が合わない。
レオンの頬にかかる金糸のような髪がさらりと揺れた。


「魔法があれば別だが、女性は力では勝てないし、こうして掴まれたらいくら歳下だろうと逃げられないだろう?」


言い聞かせるように言われてちょっとむっとする。


「大丈夫。」

「どうして?」

「他の人には触らせないから。」

「・・・・・・。」


なんとも言えない微妙な表情で見下ろされた。
ため息を吐きながら手首が解放される。両手首に残る感触になんとなく落ち着かない気分になった。


「一つ年上からの助言をするなら、君はもう少し警戒心を持った方がいい。」


その言い方が子供扱いされてるみたいで、ちょっと納得いかなくて口を尖らせたらつままれそうになって慌てて距離をとる。


「そう言えばさっきドアの近くに立ってたけど、自由に歩き回ってもらって大丈夫ですよ。」


私がそう言えば、「言った側から・・・」とまたレオンから小言が出そうになって慌てて言い募った。


「だって今日みたいに遅くなったときにずっとここで待たせちゃうのも嫌だし、なにより異世界の家って見てみたくないですか?」

私は見たい。

「別に待つのは構わないし、無断で女性の家を歩き回るような真似をするつもりはないよ。」

「なら私がいまから案内するならいいでしょう?実はレオンに見せたい部屋があるんです」


レオンがこれ以上言ってこないうちにと歩き始める。そういえば、誰かをこの家の案内をするのって初めてだな。
大人しくついてくるレオンを連れてリビングにある階段へ向かう。なんか静かだなと思いながら数歩歩いてはたと足を止めた。
ちらっとレオンの顔を見るとちょっと面白そうな顔をしてこっちをみている。
・・・レオンが色々言うから思わず手を引っ張って歩き始めちゃったじゃん。
一瞬どうしようか考えたけど、今更手を離しても何か言われそうで開き直ってそのまま行くことにした。





「こっちは叔父さんの寝室。その向かいが私の部屋。叔父さんの部屋はダメだけど、私の方は好きに入っていいよ。」


初めてのお家紹介になんだか楽しくなってきた。
ちなみに私の部屋の前で中見る?と聞けば、すっごい悩んだ後で「・・・遠慮する」と言われた。別に見られて困るものはないんだけどな。
話しながらそのまま廊下の突き当たりまで進む。


ここが、レオンに見せたかった場所


ドアを開けると映画館のようなちょっと独特な香りがする。
中央には座面の広いソファが置いてあり、部屋の四隅には1メートルほどの長さのスピーカーが設置されている。
正面には何も映されていない真っ白のスクリーン。
そう、実はシアタールームがあるのである。叔父さんの趣味だけど。
前にレオンが舞台観劇が好きだって言ってたから、絶対映画とか気にいると思うんだよね。


「ここは?」


部屋を見回しながら不思議そうな顔をするレオンに説明すると、だんだん目がキラキラしてきた。
なんかちょっと可愛いかもしれない。


「それでね、なんでこういう部屋があるかっていうと、私の叔父さんが映画俳優なんです!」


じゃーんと叔父さんの出ている映画のパンフレットを見せるとレオンの目が見開かれる。私からパンフレットを受け取ると日本語で書かれているそれを興奮した様子で開いた。

横から覗き込んで一緒に眺める。残念ながら文字は翻訳されないから、時折聞かれる箇所を読み上げていると次のページに見慣れた顔が出てきた。


「あ、これが私の叔父さんだよ。」

「彼が・・・綺麗な人だな。」


そう言ってこっちを見る。


「りりなによく似ている。」


「っ、あり、がとう。」


至近距離で不意に言われた褒め言葉に、盛大に照れてしまった。
こういうふうにさらっと人を褒めちゃうところが、慣れているって感じがして、嬉しい反面たまにもやっとする。
・・・レオンは人たらしだ。このままだと私もたらし込まれてしまう。
こちらを見つめる視線に居た堪れなくて慌てて話題を変えた。


「よかったら、どれか観てみる?」


いろいろあるけど、と叔父さんのコレクションのBlu-rayが入っている棚を見上げる。


「非常に興味があるが、りりなは帰ってきたばかりだろう?少し休んだ方がいい。」


言われてそういえばまだ何も食べてなかったことを思い出した。
やばい、レオンも食べてないじゃん!


「ご、ごめんなさいっ、ご飯まだでしたよね。すぐに作るので!」

「ああ、いや、そう言うつもりじゃなかったんだが・・・ではせっかくだから、一緒に作ろうか。」


楽しそうにそう言って、自然に手を差し出される。
一瞬躊躇って、その手を取ると自分より一回り大きな手に優しく握り返された。
繋いだところからじんわりとレオンの体温が伝わってくる。

シアタールームを出て何を作るか話しながらゆっくりと一階へ戻る。

キッチンに着くまで、手は繋がれたままだった。



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