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〈レオン視点〉黒い花弁
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最初は白昼夢のようなものかと考えた。
不意に見たことがない部屋にいたかと思えば、瞬きほどの時間で元の私室へ戻っている。
魔力を広げて探ってみるが、何か仕掛けられている雰囲気もない。
連日の事務作業で目を酷使しすぎたのかもしれない。
これを口実に部下へ回す書類の量を増やそう。
何かと口うるさい腹心の顔を思い浮かべながらそう心に決める。
だが翌日の同じ頃、再び同じ部屋にいざなわれた事で、何者かに呼ばれていることを確信した。
素早く辺りを見渡す。
室内は薄暗く人の気配はない。見たことがない建築様式だ。
窓にはカーテンがかかり向こうを見る事はできない。シンプルだが粗雑さはなくむしろ洗練されたインテリア。記憶を辿っても似た様式の建築物は思い当たらなかった。
そこまで考えたところで再び元の場所に戻る。
昨日よりも戻ってくるまでに少し時間がかかった。
もし明日も同じことが起きるのなら、滞在時間はさらに伸びるだろうと当たりをつける。
だが、なぜ?何が目的だ?
私だけを転移させたところで待ち伏せをしている気配もない。
翌日同時刻。
私室からテラスへ出てみたが、変わらず転移は起きた。
場所に起因しているわけではないらしい。
そしてもう一つ発見したのが、灯りのないテラスへ行ったことで浮かび上がった魔法陣の存在だ。
魔法陣は杖やその他の補助媒体が発達した現在ではほとんど使われなくなっている。
綿密な指向性や必要な魔力量をあらかじめ定義し神聖魔法文字でミスなく書き込む必要があるからだ。
転移の直前、一瞬だけ現れて消えてしまったため一部しか読み取る事はできなかった。
・・・たとえ全て読み取れたところで私には理解することはできないが。
見える範囲で犯人の手がかりになりそうなものがないかと改めて室内に目を走らせる。
魔法で辺りを探ろうとした時だった。
魔力を感じることができない。
身の内に常に感じている魔力が一切感じ取れないことに気づき愕然とする。
まさか、あり得ない。
魔力は瑞力とは違い、息をするのと等しく全ての人間が扱えるものだ。
封魔石で魔力を封じる事はできるが、身体のどこかに直接触れなければ効果は発揮しないし、体から魔力がなくなるわけではない。
魔力を一切感じることができないなんて、通常では決して考えられない事態だった。
呆然としている内に私室へ戻ってくる。
・・・これは、そろそろ伝えたほうがいいかもしれない。
「で、3日経ってやっと私に報告してきた訳ですか?」
書類越しに半目でこっちを見てくるシュミットに肩をすくめる。
「仕方がないだろう。最初は私も、お前が持ってくる書類のせいでとうとう目がおかしくなったと思ったんだよ」
「これでも最低限私の権限で決済できるものは済ませています。」
「演習場の修理に関する補正予算が混ざっていたけれど?」
「あそこは今期3回目ですからね、私の権限では2回までです。」
「・・・第二師団にはこれ以上壊すなら飯代から差し引くと伝えておく。」
にこりと無言で微笑まれて視線を外す。
普段が口うるさい分、黙る時はこれ以上刺激しないほうがいいことを短くない付き合いで知っている。
「そんなことより、先ほどのお話ですが魔法陣と仰っていましたよね。確かなんですか?」
「ああ、間違いない。一瞬だが移動を表す魔法文字が見えた。」
書類にサインする手を止めて椅子に深く座り直した。
「・・・妙な感じがする」
「なにがです?」
「やたらと私をよくわからない部屋に呼ぶくせに、誰かが待ってるわけでもない。
何より、魔法に敵意を感じない。」
真剣に聞いていたシュミットが呆れた顔になる。
「魔法から意識を感じ取れるのはあなたくらいですよ。
・・・たしか隠居した前カーバルトン伯が魔法陣に造詣が深ったはずです。こちらへ来てもらえるようハトを飛ばしましょう。
次の転移時刻まではどのくらいです?」
少し緩くなった紅茶に口をつけながら時計に目をむける。
「今だな。」
「は?」
シュミットの姿が掻き消える。
ここ数日で見慣れた部屋に転移した。
まず気づいたのは明るさ。
次にトマトの香り。
人の気配に視線を向けると、こちらに背を向けている女の姿が見えた。
鼻歌を歌いながら鍋の中をかき回している。
予想していなかった光景に固まったまま、彼女がこちらを振り向くのを呆然と見ていた。
目が合った瞬間、彼女が息を呑む。
若い女だ。弟と同じぐらいか?
情けないことに何も行動を起こせないまま、気がつくと目の前に焦った顔のシュミットがいた。
「殿下っ!!」
彼のこんな顔を見るのは久々な気がする。
普段はきっちりとまとめられているハニーブロンドの癖毛が少し乱れていた。
「どうだった?」
「どうって・・・確かに魔法陣が現れた後、ティーカップごと殿下の姿が消えました。」
「時間は?」
「・・・20秒ほどでしょうか。」
なるほど、あの部屋で体験した時間経過と相違はないらしい。
「女がいた。」
「敵ですか?」
「トマトパスタを作っていた。」
シュミットが眉間の皺を揉むのを見てからからと笑う。
「それよりも、シュミット。例の予言を覚えているか?」
「・・・20年ほど前のあの予言のことですか?」
そう、あれだ。
《黒い花弁が顕現する》
「彼女の髪は、黒だったよ。」
シュミットの薄いブルーの目が見開かれるのを視界の端に捉えながら、私はハトに持たせる手紙を書き始めた。
不意に見たことがない部屋にいたかと思えば、瞬きほどの時間で元の私室へ戻っている。
魔力を広げて探ってみるが、何か仕掛けられている雰囲気もない。
連日の事務作業で目を酷使しすぎたのかもしれない。
これを口実に部下へ回す書類の量を増やそう。
何かと口うるさい腹心の顔を思い浮かべながらそう心に決める。
だが翌日の同じ頃、再び同じ部屋にいざなわれた事で、何者かに呼ばれていることを確信した。
素早く辺りを見渡す。
室内は薄暗く人の気配はない。見たことがない建築様式だ。
窓にはカーテンがかかり向こうを見る事はできない。シンプルだが粗雑さはなくむしろ洗練されたインテリア。記憶を辿っても似た様式の建築物は思い当たらなかった。
そこまで考えたところで再び元の場所に戻る。
昨日よりも戻ってくるまでに少し時間がかかった。
もし明日も同じことが起きるのなら、滞在時間はさらに伸びるだろうと当たりをつける。
だが、なぜ?何が目的だ?
私だけを転移させたところで待ち伏せをしている気配もない。
翌日同時刻。
私室からテラスへ出てみたが、変わらず転移は起きた。
場所に起因しているわけではないらしい。
そしてもう一つ発見したのが、灯りのないテラスへ行ったことで浮かび上がった魔法陣の存在だ。
魔法陣は杖やその他の補助媒体が発達した現在ではほとんど使われなくなっている。
綿密な指向性や必要な魔力量をあらかじめ定義し神聖魔法文字でミスなく書き込む必要があるからだ。
転移の直前、一瞬だけ現れて消えてしまったため一部しか読み取る事はできなかった。
・・・たとえ全て読み取れたところで私には理解することはできないが。
見える範囲で犯人の手がかりになりそうなものがないかと改めて室内に目を走らせる。
魔法で辺りを探ろうとした時だった。
魔力を感じることができない。
身の内に常に感じている魔力が一切感じ取れないことに気づき愕然とする。
まさか、あり得ない。
魔力は瑞力とは違い、息をするのと等しく全ての人間が扱えるものだ。
封魔石で魔力を封じる事はできるが、身体のどこかに直接触れなければ効果は発揮しないし、体から魔力がなくなるわけではない。
魔力を一切感じることができないなんて、通常では決して考えられない事態だった。
呆然としている内に私室へ戻ってくる。
・・・これは、そろそろ伝えたほうがいいかもしれない。
「で、3日経ってやっと私に報告してきた訳ですか?」
書類越しに半目でこっちを見てくるシュミットに肩をすくめる。
「仕方がないだろう。最初は私も、お前が持ってくる書類のせいでとうとう目がおかしくなったと思ったんだよ」
「これでも最低限私の権限で決済できるものは済ませています。」
「演習場の修理に関する補正予算が混ざっていたけれど?」
「あそこは今期3回目ですからね、私の権限では2回までです。」
「・・・第二師団にはこれ以上壊すなら飯代から差し引くと伝えておく。」
にこりと無言で微笑まれて視線を外す。
普段が口うるさい分、黙る時はこれ以上刺激しないほうがいいことを短くない付き合いで知っている。
「そんなことより、先ほどのお話ですが魔法陣と仰っていましたよね。確かなんですか?」
「ああ、間違いない。一瞬だが移動を表す魔法文字が見えた。」
書類にサインする手を止めて椅子に深く座り直した。
「・・・妙な感じがする」
「なにがです?」
「やたらと私をよくわからない部屋に呼ぶくせに、誰かが待ってるわけでもない。
何より、魔法に敵意を感じない。」
真剣に聞いていたシュミットが呆れた顔になる。
「魔法から意識を感じ取れるのはあなたくらいですよ。
・・・たしか隠居した前カーバルトン伯が魔法陣に造詣が深ったはずです。こちらへ来てもらえるようハトを飛ばしましょう。
次の転移時刻まではどのくらいです?」
少し緩くなった紅茶に口をつけながら時計に目をむける。
「今だな。」
「は?」
シュミットの姿が掻き消える。
ここ数日で見慣れた部屋に転移した。
まず気づいたのは明るさ。
次にトマトの香り。
人の気配に視線を向けると、こちらに背を向けている女の姿が見えた。
鼻歌を歌いながら鍋の中をかき回している。
予想していなかった光景に固まったまま、彼女がこちらを振り向くのを呆然と見ていた。
目が合った瞬間、彼女が息を呑む。
若い女だ。弟と同じぐらいか?
情けないことに何も行動を起こせないまま、気がつくと目の前に焦った顔のシュミットがいた。
「殿下っ!!」
彼のこんな顔を見るのは久々な気がする。
普段はきっちりとまとめられているハニーブロンドの癖毛が少し乱れていた。
「どうだった?」
「どうって・・・確かに魔法陣が現れた後、ティーカップごと殿下の姿が消えました。」
「時間は?」
「・・・20秒ほどでしょうか。」
なるほど、あの部屋で体験した時間経過と相違はないらしい。
「女がいた。」
「敵ですか?」
「トマトパスタを作っていた。」
シュミットが眉間の皺を揉むのを見てからからと笑う。
「それよりも、シュミット。例の予言を覚えているか?」
「・・・20年ほど前のあの予言のことですか?」
そう、あれだ。
《黒い花弁が顕現する》
「彼女の髪は、黒だったよ。」
シュミットの薄いブルーの目が見開かれるのを視界の端に捉えながら、私はハトに持たせる手紙を書き始めた。
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