15 / 17
4話 新しいコーヒーを召し上がれ
新しいコーヒーを召し上がれ 6
しおりを挟む純血回帰主義を掲げるメイソン公爵家では、より純血に近い子供を得るという大義名分の元、代々の当主が平然と大勢の愛人を囲ってきた。
ルーシアの父である、現メイソン公爵も然り。
「それを棚に上げて、フォルコのおじ様を薄情者呼ばわりしたのよ、あの父は。自己を客観的に見る能力が著しく欠如しているのでしょうね」
ルーシアが『カフェ・フォルコ』の前で呟いた、私生児のくせに一人前に家名を背負っていい気なものだ、なんていうのも、本当はイヴではなく自身を皮肉った言葉だったのだ。
愛人の産んだルーシアがメイソン公爵家の最高傑作なんて呼ばれることに、本妻やその子達がどれほど屈辱を覚えたのかは、推して知るべしだろう。
そんな事情を聞かされたジュニアは、さすがに気まずそうな顔をした。
「じゃ、じゃあ……あの金貨のやりとりは……?」
「あれは〝この金貨でおいしいお菓子をいーっぱい買ってきてね。おつりはいらないわ〟を最大限ツンツンした感じで伝えたんですよね、ルーシアさん?」
「ええ、大階段の陰で父の取り巻きが聞き耳を立てているのに気づいたものだから……。金貨を投げつける演出にしてもよかったんだけど、それだとカップにぽちゃんしちゃいそうでしょう?」
「イヴさんが、ウィリアム様を煩わせてるっていうのは……?」
「私が、ウィリアム様にお世話になりまくっているのは事実ですもの」
「あのね、イヴ。私が言いたいのはそういうことではなくてね。あなたが、ウィリアム様のお気持ちも考えずに気安くモフモフするから……」
「んんっ……そこまでにしようか」
わざとらしい咳払いをしてウィリアムが話を遮った。
ともあれ、ここまでのやりとりを見れば、イヴとルーシアの関係が良好であることはもはや疑いようもないだろう。
しかし、この状況にいまだついていけないジュニアが、金色の頭をぐしゃぐしゃしながらなおも続けた。
「コーヒーなんかって言ったのは!? あれはいったい何だったんですか!?」
「コーヒーなんか、とは何だ。ぶっ飛ばすぞ」
コーヒー過激派がすかさず反応したが、イヴはそんな兄をさらりと無視して答える。
「あれは、〝誰がコーヒーなんか飲むものですか。だってお父様から禁じられているんですもの。ごめんなさいね。でもいつかイヴのおすすめを飲んでみたいわ〟の略ですよ」
「本当に!? その行間の読み方で、本当にあってます!?」
「いつかイヴのおすすめを飲んでみたいわ」
「あってた!!」
ルーシアをはじめ、メイソン公爵家の人間はコーヒーを口にすることを許されていない。
純血回帰を謳うメイソン公爵家にとって、ヒト族はオオカミ族の血統を汚した諸悪の根源。そんなヒト族がもたらしたコーヒーもまた、かの家にとっては悪魔の飲み物という位置付けなのだ。
オリバーの母が、祝福されてフォルコ家に嫁いだわけではないのも明白だろう。
一年前、メイソン公爵が『カフェ・フォルコ』を襲撃したのにも、コーヒーに対する憎悪が根底にあったから。
ちなみにあの時、直前にイヴを店から連れ出して助けたのは、ルーシアだった。
「ほ、本当に……決闘じゃ、なかったんだぁ……」
さすがにここまでくると、ジュニアも自分の心配が杞憂だったと認めずにはいられなくなった。
脱力した彼は草原に尻餅をつくと、はーっと盛大なため息を吐き出す。
夕日は、すでに半分が山際に隠れてしまっていた。
イヴの側に座って一連のやりとりを見守っていたウィリアムが、猫耳をぺしゃんと伏せたジュニアに笑いが滲んだ声をかける。
「納得したか?」
「はい、まあ……いやでも、もう日暮れですよ? こんな時間からお茶会なんて、普通します!?」
これはジュニアの言う通りで、ウィリアムも疑問を抱いていたことだ。
間もなく夜の帳も降りようという山の中腹で、飲み会ならまだしも、お茶会とは。
「イヴ、どうしてこの時間にこんな場所で集まることになったんだ?」
ウィリアムが改めて問うと、イヴはルーシアとロメリア、そしてクローディアと顔を見合わせてから、いつになく硬い表情で彼を見上げて言った。
「ウィリアム様……メイソン公爵閣下が議席を剥奪されてしまうというのは、本当でございましょうか?」
「――ロメリア」
とたん、ウィリアムは妹を鋭い目で見据える。
しかし、本日の会議決定を喋ったであろう犯人は、べっと舌を出して応えた。
それを庇うように、ルーシアがおずおずと口を開く。
「ロメリア様に教えていただくまでもないことです。あの父には当然の報い、自業自得。ざまあみろってんです」
「……これは闇が深そうだな。何の落ち度もない君にまで影響が及ぶのは、我々としても非常に心苦しいのだが」
「私はいっこうにかまいません。むしろ、よくぞ一年も待っていただけたものだと思っておりますもの」
「そうか……」
聡明なルーシアは、すでに覚悟を決めていた。
父がやらかした上に義務を放棄するようになって一年の節目を迎える今日の会議で、ついに審判が下されるであろうこと。
そして、その決定が明日にはメイソン公爵家に伝えられるであろうことも。
「きっと父は議会の決定に反発し、みっともなく騒ぐでしょう……」
「ルーシアさん……」
「ルーシア……」
ぐっと俯いてそう呟くルーシアに、イヴとロメリアが左右からしがみ付いた。
オオカミのモフモフの手も、彼女達を抱き返す。
「女の子達の友情……美しいわぁ……」
感涙で頬を濡らしたクローディアが、少女達を慈しむように一まとめに包み込んだ。
夕日に染まっていた世界が、ゆっくりと夜に侵食され始める。
濃紺の空にぽつりと一つ、小さな星も姿を現した。
冷えた風にヒゲを撫でられて、ぷしゅん、とマンチカン伯爵がくしゃみをする。
それを合図に、女性陣を代表するみたいにイヴが口を開いた。
「お願いが、あります」
彼女のコーヒー色の瞳が、じっと見つめる。
保護者である兄オリバーでも、年長者であるマンチカン伯爵でもなく、この場で最も位の高い――そして、いつも自分に対して心を砕いてくれる頼もしい相手を。
「今後しばらくは、こうしてルーシアさんと会うのが難しくなるかもしれません。今夜は、もう少しだけ一緒にいさせてください」
この健気なお願いに、ウィリアムが否と答えるはずがなかった。
2
お気に入りに追加
139
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
二度目の人生は異世界で溺愛されています
ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。
ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。
加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。
おまけに女性が少ない世界のため
夫をたくさん持つことになりー……
周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です
甘すぎ旦那様の溺愛の理由(※ただし旦那様は、冷酷陛下です!?)
夕立悠理
恋愛
伯爵令嬢ミレシアは、恐れ多すぎる婚約に震えていた。
父が結んできた婚約の相手は、なんと冷酷と謳われている隣国の皇帝陛下だったのだ。
何かやらかして、殺されてしまう未来しか見えない……。
不安に思いながらも、隣国へ嫁ぐミレシア。
そこで待っていたのは、麗しの冷酷皇帝陛下。
ぞっとするほど美しい顔で、彼はミレシアに言った。
「あなたをずっと待っていました」
「……え?」
「だって、下僕が主を待つのは当然でしょう?」
下僕。誰が、誰の。
「過去も未来も。永久に俺の主はあなただけ」
「!?!?!?!?!?!?」
そういって、本当にミレシアの前では冷酷どころか、甘すぎるふるまいをする皇帝ルクシナード。
果たして、ルクシナードがミレシアを溺愛する理由は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる