上 下
30 / 31
第5章

第二九話

しおりを挟む
 瞬きをした次の瞬間、やはりというか、そこにあるのは別の世界――元の世界だった。
 そして、すぐに舞い込んでくるズレの情報――過ごしていないはずの一日の記憶――が跡永賀にここでの無事を確認させた。本当に、何事も無く一日を過ごしたようである。起床から始まり、いつもの生活、そして就寝と、何の落ち度もない。完璧な自分の姿。
 現在の自分は、昼食にしようと自宅の一階リビングに移動したところだった。

「アットたんおかえり」
 最初に跡永賀のもとにやってきたのは、兄だった。
「ああ、ただいま」
「無事戻ってこれたかい?」
「多分な」
「そう。ならいいんだ」

 次にリビングへ続く扉を開いたのは、
「やっぱり、ここにいた僕らも向こうのことは知っているから、家にいたんじゃないかな。確認のために。日曜で会社もないしね」
「みたいね。そんな覚えがあるもん」
 両親だった。「あら、一人いないわね」
「そのうち来ると思うよ。あと別にもう一人」
 太郎の言葉を肯定するように、階段からドタドタ、ここにある庭へ続く窓からトントンという音が。

『跡永賀ー』
 期待感満載といった顔でノックするあかり。
『あ、何すんのよ』
 それを勢い良くカーテンで隠す冬窓床である。
「跡永賀は私の」
『ふざけんなコラー!』
「ボクティンの弟の彼女と幼なじみが修羅場すぎるでござる……これをラノベにすればアニメ化も狙えることは確定的で明らか」
「勝手にやってろ……いや、やるな。やめろ」

 跡永賀が窓の鍵を開けると、あかりがガラリと開けて跡永賀の腕に絡みついた。「うんうん、これが正常、これでこそリアルに帰ってきたっていうものよ」
 いつの間にか靴を脱いでいたあかりは、跡永賀の腕を引いてリビングのソファに座る。
「跡永賀……」
 その逆サイドには冬窓床がぴったり。あっちであれだけハジけていた姉は、こっちでは元に戻るらしい。ネット弁慶というやつだろうか。

「皆、無事に戻ってきたみたいね」
「皆……?」
 母の言葉に、跡永賀は首を左右に振って見回すが、やはりここには家族と恋人だけだ。ほかに誰かが来る気配はない。

 これで全員なんだ。
 自身の手を――離さないと掴んでいた手を見る。
 何もなかった。

「なんで……」
 わかっていた。わかっていたことなのに、言わずにはいられない。 
 どうしてここにいないのか。
 どうして向こうにいたままなのか。

「あ……ああ……」
 嗚咽する跡永賀に、ここにいるすべての者は何も言わなかった。その喪失を察しない者は誰もいなかったのだ。
 この涙を跡永賀は知っている。会えなくなったことに流す涙。失った絆を悔いる涙。
 ただそばにいる。
 それだけでも尊いのだと知った涙だ。
 会いたい。
 願うことは、ただそれだけ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

入れ替われるイメクラ

廣瀬純一
SF
男女の体が入れ替わるイメクラの話

【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?

俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。 この他、 「新訳 零戦戦記」 「総統戦記」もよろしくお願いします。

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

ちょいダン? ~仕事帰り、ちょいとダンジョンに寄っていかない?~

テツみン
SF
東京、大手町の地下に突如現れたダンジョン。通称、『ちょいダン』。そこは、仕事帰りに『ちょい』と冒険を楽しむ場所。 大手町周辺の企業で働く若手サラリーマンたちが『ダンジョン』という娯楽を手に入れ、新たなライフスタイルを生み出していく―― これは、そんな日々を綴った物語。

スペーシアフォース

山ピー
SF
宇宙で平和を守るヒーローの物語

多重世界の旅人/多重世界の旅人シリーズII

りゅう
SF
 とある別世界の日本でごく普通の生活をしていたリュウは、ある日突然何の予告もなく違う世界へ飛ばされてしまった。  そこは、今までいた世界とは少し違う世界だった。  戸惑いつつも、その世界で出会った人たちと協力して元居た世界に戻ろうとするのだが……。

VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野 佑
SF
多種多様な武器やスキル、様々な【称号】が存在するが職業という概念が存在しない<Imperial Of Egg>。 古き良きPCゲームとして稼働していた<Imperial Of Egg>もいよいよ完全没入型VRMMO化されることになった。 身体をなるべく動かしたくないと考えている岡田智恵理は<Imperial Of Egg>がVRゲームになるという発表を聞いて気落ちしていた。 しかしゲーム内の親友との会話で落ち着きを取り戻し、<Imperial Of Egg>にログインする。 当作品は小説家になろう様で連載しております。 章が完結次第、一日一話投稿致します。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...