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第5章
第二九話
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瞬きをした次の瞬間、やはりというか、そこにあるのは別の世界――元の世界だった。
そして、すぐに舞い込んでくるズレの情報――過ごしていないはずの一日の記憶――が跡永賀にここでの無事を確認させた。本当に、何事も無く一日を過ごしたようである。起床から始まり、いつもの生活、そして就寝と、何の落ち度もない。完璧な自分の姿。
現在の自分は、昼食にしようと自宅の一階リビングに移動したところだった。
「アットたんおかえり」
最初に跡永賀のもとにやってきたのは、兄だった。
「ああ、ただいま」
「無事戻ってこれたかい?」
「多分な」
「そう。ならいいんだ」
次にリビングへ続く扉を開いたのは、
「やっぱり、ここにいた僕らも向こうのことは知っているから、家にいたんじゃないかな。確認のために。日曜で会社もないしね」
「みたいね。そんな覚えがあるもん」
両親だった。「あら、一人いないわね」
「そのうち来ると思うよ。あと別にもう一人」
太郎の言葉を肯定するように、階段からドタドタ、ここにある庭へ続く窓からトントンという音が。
『跡永賀ー』
期待感満載といった顔でノックするあかり。
『あ、何すんのよ』
それを勢い良くカーテンで隠す冬窓床である。
「跡永賀は私の」
『ふざけんなコラー!』
「ボクティンの弟の彼女と幼なじみが修羅場すぎるでござる……これをラノベにすればアニメ化も狙えることは確定的で明らか」
「勝手にやってろ……いや、やるな。やめろ」
跡永賀が窓の鍵を開けると、あかりがガラリと開けて跡永賀の腕に絡みついた。「うんうん、これが正常、これでこそリアルに帰ってきたっていうものよ」
いつの間にか靴を脱いでいたあかりは、跡永賀の腕を引いてリビングのソファに座る。
「跡永賀……」
その逆サイドには冬窓床がぴったり。あっちであれだけハジけていた姉は、こっちでは元に戻るらしい。ネット弁慶というやつだろうか。
「皆、無事に戻ってきたみたいね」
「皆……?」
母の言葉に、跡永賀は首を左右に振って見回すが、やはりここには家族と恋人だけだ。ほかに誰かが来る気配はない。
これで全員なんだ。
自身の手を――離さないと掴んでいた手を見る。
何もなかった。
「なんで……」
わかっていた。わかっていたことなのに、言わずにはいられない。
どうしてここにいないのか。
どうして向こうにいたままなのか。
「あ……ああ……」
嗚咽する跡永賀に、ここにいるすべての者は何も言わなかった。その喪失を察しない者は誰もいなかったのだ。
この涙を跡永賀は知っている。会えなくなったことに流す涙。失った絆を悔いる涙。
ただそばにいる。
それだけでも尊いのだと知った涙だ。
会いたい。
願うことは、ただそれだけ。
そして、すぐに舞い込んでくるズレの情報――過ごしていないはずの一日の記憶――が跡永賀にここでの無事を確認させた。本当に、何事も無く一日を過ごしたようである。起床から始まり、いつもの生活、そして就寝と、何の落ち度もない。完璧な自分の姿。
現在の自分は、昼食にしようと自宅の一階リビングに移動したところだった。
「アットたんおかえり」
最初に跡永賀のもとにやってきたのは、兄だった。
「ああ、ただいま」
「無事戻ってこれたかい?」
「多分な」
「そう。ならいいんだ」
次にリビングへ続く扉を開いたのは、
「やっぱり、ここにいた僕らも向こうのことは知っているから、家にいたんじゃないかな。確認のために。日曜で会社もないしね」
「みたいね。そんな覚えがあるもん」
両親だった。「あら、一人いないわね」
「そのうち来ると思うよ。あと別にもう一人」
太郎の言葉を肯定するように、階段からドタドタ、ここにある庭へ続く窓からトントンという音が。
『跡永賀ー』
期待感満載といった顔でノックするあかり。
『あ、何すんのよ』
それを勢い良くカーテンで隠す冬窓床である。
「跡永賀は私の」
『ふざけんなコラー!』
「ボクティンの弟の彼女と幼なじみが修羅場すぎるでござる……これをラノベにすればアニメ化も狙えることは確定的で明らか」
「勝手にやってろ……いや、やるな。やめろ」
跡永賀が窓の鍵を開けると、あかりがガラリと開けて跡永賀の腕に絡みついた。「うんうん、これが正常、これでこそリアルに帰ってきたっていうものよ」
いつの間にか靴を脱いでいたあかりは、跡永賀の腕を引いてリビングのソファに座る。
「跡永賀……」
その逆サイドには冬窓床がぴったり。あっちであれだけハジけていた姉は、こっちでは元に戻るらしい。ネット弁慶というやつだろうか。
「皆、無事に戻ってきたみたいね」
「皆……?」
母の言葉に、跡永賀は首を左右に振って見回すが、やはりここには家族と恋人だけだ。ほかに誰かが来る気配はない。
これで全員なんだ。
自身の手を――離さないと掴んでいた手を見る。
何もなかった。
「なんで……」
わかっていた。わかっていたことなのに、言わずにはいられない。
どうしてここにいないのか。
どうして向こうにいたままなのか。
「あ……ああ……」
嗚咽する跡永賀に、ここにいるすべての者は何も言わなかった。その喪失を察しない者は誰もいなかったのだ。
この涙を跡永賀は知っている。会えなくなったことに流す涙。失った絆を悔いる涙。
ただそばにいる。
それだけでも尊いのだと知った涙だ。
会いたい。
願うことは、ただそれだけ。
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