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第4章

第二三話

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 なくしたものを取り戻し、それで万事が解決するというものではない。元通りになったということは、従来の問題も復帰するということだ。跡永賀とて、それはわかっていた。しかしだからといって、解決策があるというわけでもなく……

 まず、あかりが『帰りたくない』といった。それに跡永賀が驚いて、奇妙な雰囲気になった。そこで起きたモモが跡永賀の腕に収まり、二人は苦笑する。そういう空気は切れて、その場は終わり。結局、一人用のベッドをあかりに譲り、モモを抱えた跡永賀は少し離れたソファで眠ることにした。

 それだけ距離があっても、素直に夢の世界に旅立てるほど跡永賀は大人ではない。タオルケットを深めにかぶってもそれは変わらず、暇つぶしにモモを撫でるばかり。
 玄関の扉が開く音がして、跡永賀はそちらを窺う。目はすっかり闇に慣れ、知り合いならわかる程。

 だから、その影の主が姉だとすぐにわかったし、それほど驚きもせず、声は出なかった。誰かから自分の部屋のことを聞いたのだろう。施錠したはずの扉を難なく開けたということはおそらく……ともかく問題は、こんな夜中に何をしにきたのか、だ。

 トウカが室内をきょろきょろしだし、跡永賀は反射的に顔を隠す。目当てを見つけたのか、彼女はまっすぐにベッドを目指した。
 そのまま、姉は眠っている人物に覆いかぶさる。どうやら、人の形はわかるが、その詳細までは判断できていないようだ。住んでいる者が一人で、そこに一人で眠っていれば、その人物はその部屋の住人であると確信するのは当然だ。だから、彼女は疑ってもいないだろう。

 二つの人の影が重なる。跡永賀は体から血の気が引いているのがよくわかった。これはあれだ、そういうことなのだろう。
 トウカと唇を重ねた相手は、『待っていたわ』と言わんばかりに腕を目の前の首や背に回す。
 そして目を開く。

 数秒、時が止まる。
 その場にいた男一人と女二人は、その数秒動きを止めていた。
 やがて動き出す。

「うわあああああああ」
 ルーチェが叫び、トウカを蹴り飛ばす。とっさにガードしたトウカは、その勢いに流され窓から飛び出す。それでは気が済まないのか、ルーチェは素早く追跡に移行。跡永賀は慌てて起き上がり、二人の後を追った。

『何の冗談よ、おい!』
『こっちのセリフよ』
 アパート前の路上、苦もなく立ち上がったトウカは『ぺっぺ』と唾を吐き、腕で口を拭う。『なんであんたが跡永賀の部屋にいるのよ』

『恋人がいて悪い理由がある?』 
『ふしだらな女』
『あんたに言われたくねえわよ! この夜這い女!』

 案の定とでも言うべきか、二人の関係は最悪だった。
『汚い虫がついたもんだから、消毒しようと思ったけど……殺虫した方が早そうね』
『態度次第では仲良くやっていこうと思ったけど、まさかこんなプッツンになっているとはね』

 アイテムボックスから引き出したらしく、二人の格好が武装したそれに変化した。
 抜き身の剣が二つ、互いを指す。
「まったく、暴れるなら時間考えてよね。寝られやしない」
 遅れてやってきたソフィアがあくびをしながら跡永賀の隣にきた。

「姉さんに俺の部屋番教えたのお前か?」
「ああ。教えたね」
「合鍵もか」
「だって剣突きつけられて脅されたんだもん。今の長女なら、拷問してでも事を運ぶだろうね」
「そうか……」
「まあ何にせよ、窓ガラス一枚で済んだのは幸運かな。部屋で暴れられたら、リフォームか建て直しになりそうだし」
「だな」

 跡永賀は頷くしかない。こうしている今も、二人はとんでもない戦闘を繰り広げている。一見、制空権をとっているルーチェが有利に見えるが、どっこいそうでもない。結局攻撃手段は斬撃しかないらしく、接近するしかない。すると斬り合いではトウカが上のようであるから、そこで拮抗する。さしずめ飛翔のスピードと斬撃のパワーの勝負。

 何度目かの衝突。
 重なった剣が、次の瞬間に四つに散った。
「これで打ち止めか」
 真っ二つになった二人の剣。受けた衝撃――蓄積した疲労が限界を超えて、武器破壊アームズ・ブレイクを起こしたのだ。

「そうでもないようだよ」
 ソフィアの言葉を肯定するように、二人は折れた剣を捨て、拳を構えた。
 今度は殴り合いのようだ。

「キャットファイトだねぇ」
「随分と雄々しいキャットファイトだな」
 男二人は止めようとしない。あの二人を止められるわけがないと、重々承知しているからだ。戦闘士二人に、魔法使と無職ではどうしようもない。

『うるせぇぞ! 寝られねえじゃねえか!』
 そこに出てきたのは、二階の住人である。扉を勢い良く開き、眼下の二人に怒号する。そいつに、跡永賀は見覚えがあった。

『このアーサーキング様の眠りを妨げるとはいい度胸じゃねえか!』
 そう、アーサーキングである。
「あいつも住まわせたのか」
「あれ? 知り合い?」
「そういえばお前は面識ないのか。†聖十字騎士団†の幹部で、俺の部屋を荒らした奴だよ」
「あらら。てっきりただの中二病の馬鹿だと思ってたけど、そんなことをしていたとは」

 アーサーキングはルーチェに気づき、『げっ』と声を上げ、部屋に戻っていく。恐れをなしたか。跡永賀がそう思っていると、奴はゴテゴテと装飾された剣を持って戻ってきた。
『さっきはよくもだまし討ちしてくれたな、卑怯なチキン野郎め。あの時とは違うぞ、俺様の至高聖剣スプリームエクスカリバーを使っていなかったからな』

 誇らしげに剣を掲げるアーサーキング。しかし、ルーチェはまったく聞いていない。
「いるよな。負けたら『本気じゃなかった』とか『一軍つかってない』とか」
「いるねー。しっかし、何が聖剣だよ。あれただのアイアンソードじゃん」
 店で一番安い剣である。

「ペンキや装飾具に予算費やしたね、あれ。中二特有の無駄使いだね」
「レアアイテム手に入れられないからって、そこまでせんでも」
 目立ちたいとか、個性を持ちたいという気持ちはわからんでもないが……

『オラオラ! こっから俺様の大活躍がはじま―――げべばぁ!』
 飛び降り、着地したのもつかの間、殴り飛ばされたルーチェにアーサーキングは潰された。
「あいつの大活躍ってのは、人のクッションになるってことか?」
「さぁ?」
 ソフィアは肩をすくめる。

『貸して』
『あ……』
 ルーチェはこれ幸いとそばに転がっていた至高聖剣スプリームエクスカリバー(ただのアイアンソード)を手に取る。

『返し』
 所有者の言葉を無視してルーチェは走り、トウカへ向かって容赦なく振り下ろす。
『ふんっ』
 トウカは裏拳で剣の腹を叩き、苦もなく払う。それだけで至高聖剣スプリームエクスカリバー(アイアンソード)は砕け、鉄くずに化けた。

『あぁぁぁぁぁぁあスプリームエクスカリバァァアアア!』
「鍛えてもいない店売り品だからね、しかたないね」
 武器破壊してくださいと言っているようなものだ。

『何しやがるこのアマ――――!』
 涙を流し、怒りを露わにしたアーサーキングはトウカに掴みかかる。
『邪魔』
『ぐふう』
 腹を殴られ、アーサーキングは『く』の字に体を折って地に伏した。彼の鎧はまるでガラス細工のように砕け、あっさりと防具破壊アーマー・ブレイクされた。

「腹パン一発で沈むとか弱すぎぃ!」
「姉さんたちが強すぎるんじゃないか?」
 もっとも、比較対象があの母親くらいしかいないから、それでもあまり強く感じないという変な話だが。

『いい気になるなよ。俺様は四天王の一人……残り三人もいる。さらに裏四天王、真四天王、闇四天王etcが……』
「四天王多すぎぃ!」
「皆幹部になりたいからって無尽蔵にポストを増やしたんだろうな」
 四天王なのに四人じゃないし、多すぎて幹部のありがたみというか意味がなくなっている。

『わかったかこのアバズレがぁ!』
『るさい』
 ぶちゅっと不快な音を立てて、トウカの足がアーサーキングの頭部を踏み潰した。リアルだったら中身はみ出していただろう。

「あんなのにビビったり苦労していた俺っていったい」
「お兄ちゃんは戦闘向きじゃないから……」
「じゃあ何に向いているんだよ」
「…………」
「黙るなよ」

 真剣に悩む顔をされた跡永賀は、申し訳ない気持ちになった。
「ヒ……ヒロインとか?」
「ジョブじゃないよな、それ」
 


【翌日:タロー・ファクトリー】
「……ああ、なんというか……大変だったね」
 体中が包帯だの絆創膏だのにまみれたルーチェとトウカを見て、タローはまず、そう言った。結局、殴り合い――武器なしでは火力が足りなくて、決着がつかなかったのだ。お互い、鍛えすぎたといったところか。その落とし所として、よりよい装備が用意できるところへ跡永賀が二人を誘導したのは、数十分前のことであった。ちなみに二人を自身の限界まで回復させたソフィアは、疲労困憊で寝込んでいる。回復させる量が多いと、負担も比例するようだ。

「もう店売り品じゃ限界なんでしょ。この子の分も作ってあげなさい。製作中のトウカのと同時に完成するようにね」
「わかったよ」
 ハンナに言われ、タローは自身の作業場へ戻っていく。彼女の背にある二本の大剣は、まるで新品同様に精錬されていた。

「いいの? 俺が言うのもなんだけど、娘優先するかと思った」
 ハンナは「わかってないわね」と嘆息。
「フェアにやるから勝負ってのは白黒はっきりするのよ。贔屓で決着がついても、納得できなきゃムダよ。色恋なら尚更ね」
「そ、そう」

 それでも、こちらとしては二人が傷つけ合うのは気が進まないのだ。「心配しないで跡永賀」トウカの手が跡永賀の頬をそっと挟む。「私が勝つから」
 久しぶりの――ここでは初めてのキスだった。
 柔らかい唇を感じ、やがて驚きと、冷たい汗。

「姉さん、大胆になりすぎ――」
「くたばれ」
 ルーチェが拳を振り上げているのが見えた。挑発に思ったのかもしれないし、ただ純粋に嫌だったのかもしれない。敵意が吹き出していた。それを察した姉は跡永賀から離れて構えて――

「やめろ」
 二人の首筋に、一本ずつ大剣がそえられる。目にも留まらぬ速さだ。遅れて風が吹き、周囲のものを揺らした。
「ここで暴れるな。機会はこっちが作ってやる。そこで思う存分やり合え。それまで我慢しろ」
 ハンナは二人に研磨された視線を貫通させた。「いいな?」少女二人の顔は、戦慄で引きつっている。
 どうにか細い首を動かした二人を見て、ハンナは大剣と殺気を収めた。「ならいいのよ」

「父さん的にはさ」
「うん?」
 その場から避難した跡永賀は作業中の父に口を寄せた。「姉さんとあかりはどれくらいの強さに見える?」
「あんまり外のことは知らないけど、ここにいる人をもとにして見れば……上の下くらいかなー。多分戦闘力はトップクラスだと思うよ」
「母さんは」
「あれはもう別格。もうソロで帝王級・成体倒せるんじゃないかなぁ。そこらへんの話はまだ聞いていないから、よくわからないけど」
「帝王級?」
「その種族の上位――場合によっては最上級――のグレードだよ。その種族のボスってところかな。他にも種族によっては女王級ってのもいて、同種族を使役できるらしい」
「女王蜂とか女王蟻みたいなもん?」
「そうだね。あれは女王を起点にコロニーが構成されるだろ? だから群れの中心にいつもいるし、倒すとなったら群れそのものを相手にすると考えていい。数の暴力は個人の力を飲み込むから厄介なもんさ」

「ふーん」
 跡永賀はふと、プルルンの群れが襲ってくるのを想像した。……あまり怖くはないな。
「外界に興味でも持ったのか?」
「そうでもないけど、何もしてないのはやっぱどうかなーって思って」
「何もしてないってことはないと思うぞ」
「そう?」
「たしかにお前自身は何もしていないのかもしれないが、初無敵はお前のために職を持って商売をやっているし、冬窓床やあかりちゃんもお前のためにあそこまで強くなったわけだろ?」
「それはそうかもだけど」
「他人のインセンティブになっているなら、それは何かをしているってことでいいんじゃないか? まあ、それでも嫌で、何か看板を持ちたいっていうなら……」

 作業を止めた父は、ぼんやり上を見上げてから、やがてぽつりと。
「ヒ……ヒモ、かな」
「ジョブじゃないよね、それ」
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