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第3章
第二〇話
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「どう思う?」
「どうって?」
工場の外、伏せをしているドラゴンのそばで跡永賀はソフィアに問う。あの場にずっといると父の作業の邪魔になるからと――母に追い出された。父は母専属の鍛冶師で、言い換えれば母の装備点検の邪魔になるというわけだ。父は目下、汗だくになりながら母専用の装備を鍛え直しており、その横で母は昼寝している。あの夫婦はこんなところでも平常運転である。立派であるようなそうでもないような。
「そのルーチェって人、なんで外で俺を探してるのかなって」
「多分、それがその人の限界だったんじゃないかな。戦闘士には魔法使みたいな探索能力はないし、戦闘のコストとか考えたら興信所につぎ込める資金も限られる。となると、それらしい名前に当たりをつけて聞き込みするしかない」
「そりゃそうか」
キリンのように長い首を撫でてやると、ドラゴンは「きゅう」と鳴いて目を細めた。満更でもないらしい。
「期待していたのかもね」
「期待?」
「お兄ちゃんも同じように外へ飛び出して、自分を探しているはずだって。それなら、いつか会えるもんね」
「は、ははは」
笑うしかなかった。たしかに、うまくいけばそうなっていたかもしれない。外界の存在に気づけば、頼もしい仲間がいれば、
自分に勇気があれば……
今までは――〈テスタメント〉をプレイするまではどうにかなると思っていた。一人になっても、立派にやっていけると。家族の力なんてなくても――むしろ、常識人である自分がその非常識に手を焼いているのだから、家族の方が困るだろうとさえ考えていた。
しかし実際はこれだ。兄はどうか知らないが、皆うまくやっている。自分なりに、この世界で自分を表現している。
自分の無力をここまで痛感したことはない。
「今からでも行ってみる?」
「そうしようかな」
アイテムボックスから取り出した食料を与えると、ドラゴンは美味しそうに食べた。いける口らしい。どうせ食い切れない程溜まっているのだ。食べさせてあげよう。モモの時にも思ったが、どうやらモンスターも食べられるよう作ってあるようだ。これには何か意図があるのかそれともないのか。
「こんな有様だけど、放置するわけにもいかないし」
「見当はついてるんでしょ?」
「まあ……な」
友達以前に知り合い……少ないから。
「お母さんに頼めばすぐ見つかると思うよ」
「いや、一人で行く。こういうのは、そういうもんだろ」
それがけじめというものだ。
「じゃあお父さんに装備を用意してもらって」
「それもダメだ。やっぱり、素の自分じゃないと。家族におんぶにだっこじゃ面目もありゃしない」
「じゃあモンスターとは戦わない方がいいね。あ、そうだ。強いモンスターを仲間にすればいいんだよ。自分の力で仲間にしたなら、それはお兄ちゃんの力ってことだよね☆」
「できたら、な」
跡永賀はもしゃもしゃ口を動かすドラゴンを見上げる。これくらい立派なモンスターが仲間なら心強いのだが……
「ぷるる?」
足元のモモが不思議そうに跡永賀を見上げた。
「ぷる~」
ふにーっと餅のような頬を優しく引っ張る跡永賀。「スライムじゃなぁ」
【シェルター内壁前】
街を形作ったシェルターの端は、一見途方も無い草原が広がっているが、その実巨大な壁であり門である。
「近づかなきゃわかんないな、こんなの」
「だよね」
隔壁に等間隔で設置されたスイッチを押すと、重低音で壁がスライドして口を開ける。そこから入ってきた風には、かつて体験版で嗅いだ匂いがした。そうか、あそこはここだったのか。
ここが、〈テスタメント〉の始まりだったのか。
プレイから三ヶ月近くになって、ようやくスタートラインに立てた。
「感動の涙?」
「自分の情けなさで、だ」
目頭を押さえた跡永賀は、切り替えるように頭を振り、
「それじゃあ、またな」
「さよならは、言わないよ」
「ああ、うん。……なんかさ」
「うん?」
ソフィアは金色の髪を揺らして小首を傾げる。その仕草に溢れる可愛らしさに、跡永賀の心はわずかに騒いだ。
「お前を見ていると、兄さんを思い出す。あの人も、なんだかんだで俺の面倒を見てくれていたんだ」
一見ただの無職のくせに、よくよく振り返るとその行動は自分に対する献身に溢れている。初無敵は、そういう人間なのだ。
今、彼はどこで何をやっているのだろう。
「気になる?」
「かもな」
跡永賀は小さく笑い、ソフィアはにこりとする。
「大丈夫。お兄ちゃんが元気でいれば、きっとその人も元気だよ」
「そう思いたいな」
門を潜り終えると、分厚い壁が降りていく。振り返ると、ソフィアが手を振っているのが見えた。
やがてそれも見えなくなる。
外から見たシェルターは、自然色で迷彩されており、内壁同様遠目からは判別できないだろう。
「マップデータはあるから大丈夫だろうけど」
アイテムボックスのように、プレイヤーの初期機能としてインストールされた地図。表示されるのは自分が入手した情報次第であるから、外界の地図としてはまっさらなままだ。これから埋めていくしかない。
「一番安いのでいいから装備は揃えておくべきだったかな。……今更だけど」
もっとも、給付金のほとんどは父探しに使ってしまったから、雀の涙しかない。そんな額で買える装備に意味はあるだろうか。いや、多分ない。
「結構いるな」
広大な草原の向こう、モンスターと戦うプレイヤーの姿がちらほら。三ヶ月も経てば当然か。
さて、この中にルーチェなる人物はいるのか……。名前しか知らないのは辛い。もっとも、外見を母に尋ねたところで、その格好のままでいる保証はどこにもない。ゲーム序盤というのは、装備がコロコロ変わるものだ。ヘタをすればその情報に縛られて見逃してしまうこともありうる。
「手掛かりになるのは名前と」
声、か。
それだけあれば、あいつかどうかわかる。自分を見つけてほしいなら、自分に誇りがあるなら、あいつが声を変えるはずはない。
「どうって?」
工場の外、伏せをしているドラゴンのそばで跡永賀はソフィアに問う。あの場にずっといると父の作業の邪魔になるからと――母に追い出された。父は母専属の鍛冶師で、言い換えれば母の装備点検の邪魔になるというわけだ。父は目下、汗だくになりながら母専用の装備を鍛え直しており、その横で母は昼寝している。あの夫婦はこんなところでも平常運転である。立派であるようなそうでもないような。
「そのルーチェって人、なんで外で俺を探してるのかなって」
「多分、それがその人の限界だったんじゃないかな。戦闘士には魔法使みたいな探索能力はないし、戦闘のコストとか考えたら興信所につぎ込める資金も限られる。となると、それらしい名前に当たりをつけて聞き込みするしかない」
「そりゃそうか」
キリンのように長い首を撫でてやると、ドラゴンは「きゅう」と鳴いて目を細めた。満更でもないらしい。
「期待していたのかもね」
「期待?」
「お兄ちゃんも同じように外へ飛び出して、自分を探しているはずだって。それなら、いつか会えるもんね」
「は、ははは」
笑うしかなかった。たしかに、うまくいけばそうなっていたかもしれない。外界の存在に気づけば、頼もしい仲間がいれば、
自分に勇気があれば……
今までは――〈テスタメント〉をプレイするまではどうにかなると思っていた。一人になっても、立派にやっていけると。家族の力なんてなくても――むしろ、常識人である自分がその非常識に手を焼いているのだから、家族の方が困るだろうとさえ考えていた。
しかし実際はこれだ。兄はどうか知らないが、皆うまくやっている。自分なりに、この世界で自分を表現している。
自分の無力をここまで痛感したことはない。
「今からでも行ってみる?」
「そうしようかな」
アイテムボックスから取り出した食料を与えると、ドラゴンは美味しそうに食べた。いける口らしい。どうせ食い切れない程溜まっているのだ。食べさせてあげよう。モモの時にも思ったが、どうやらモンスターも食べられるよう作ってあるようだ。これには何か意図があるのかそれともないのか。
「こんな有様だけど、放置するわけにもいかないし」
「見当はついてるんでしょ?」
「まあ……な」
友達以前に知り合い……少ないから。
「お母さんに頼めばすぐ見つかると思うよ」
「いや、一人で行く。こういうのは、そういうもんだろ」
それがけじめというものだ。
「じゃあお父さんに装備を用意してもらって」
「それもダメだ。やっぱり、素の自分じゃないと。家族におんぶにだっこじゃ面目もありゃしない」
「じゃあモンスターとは戦わない方がいいね。あ、そうだ。強いモンスターを仲間にすればいいんだよ。自分の力で仲間にしたなら、それはお兄ちゃんの力ってことだよね☆」
「できたら、な」
跡永賀はもしゃもしゃ口を動かすドラゴンを見上げる。これくらい立派なモンスターが仲間なら心強いのだが……
「ぷるる?」
足元のモモが不思議そうに跡永賀を見上げた。
「ぷる~」
ふにーっと餅のような頬を優しく引っ張る跡永賀。「スライムじゃなぁ」
【シェルター内壁前】
街を形作ったシェルターの端は、一見途方も無い草原が広がっているが、その実巨大な壁であり門である。
「近づかなきゃわかんないな、こんなの」
「だよね」
隔壁に等間隔で設置されたスイッチを押すと、重低音で壁がスライドして口を開ける。そこから入ってきた風には、かつて体験版で嗅いだ匂いがした。そうか、あそこはここだったのか。
ここが、〈テスタメント〉の始まりだったのか。
プレイから三ヶ月近くになって、ようやくスタートラインに立てた。
「感動の涙?」
「自分の情けなさで、だ」
目頭を押さえた跡永賀は、切り替えるように頭を振り、
「それじゃあ、またな」
「さよならは、言わないよ」
「ああ、うん。……なんかさ」
「うん?」
ソフィアは金色の髪を揺らして小首を傾げる。その仕草に溢れる可愛らしさに、跡永賀の心はわずかに騒いだ。
「お前を見ていると、兄さんを思い出す。あの人も、なんだかんだで俺の面倒を見てくれていたんだ」
一見ただの無職のくせに、よくよく振り返るとその行動は自分に対する献身に溢れている。初無敵は、そういう人間なのだ。
今、彼はどこで何をやっているのだろう。
「気になる?」
「かもな」
跡永賀は小さく笑い、ソフィアはにこりとする。
「大丈夫。お兄ちゃんが元気でいれば、きっとその人も元気だよ」
「そう思いたいな」
門を潜り終えると、分厚い壁が降りていく。振り返ると、ソフィアが手を振っているのが見えた。
やがてそれも見えなくなる。
外から見たシェルターは、自然色で迷彩されており、内壁同様遠目からは判別できないだろう。
「マップデータはあるから大丈夫だろうけど」
アイテムボックスのように、プレイヤーの初期機能としてインストールされた地図。表示されるのは自分が入手した情報次第であるから、外界の地図としてはまっさらなままだ。これから埋めていくしかない。
「一番安いのでいいから装備は揃えておくべきだったかな。……今更だけど」
もっとも、給付金のほとんどは父探しに使ってしまったから、雀の涙しかない。そんな額で買える装備に意味はあるだろうか。いや、多分ない。
「結構いるな」
広大な草原の向こう、モンスターと戦うプレイヤーの姿がちらほら。三ヶ月も経てば当然か。
さて、この中にルーチェなる人物はいるのか……。名前しか知らないのは辛い。もっとも、外見を母に尋ねたところで、その格好のままでいる保証はどこにもない。ゲーム序盤というのは、装備がコロコロ変わるものだ。ヘタをすればその情報に縛られて見逃してしまうこともありうる。
「手掛かりになるのは名前と」
声、か。
それだけあれば、あいつかどうかわかる。自分を見つけてほしいなら、自分に誇りがあるなら、あいつが声を変えるはずはない。
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