上 下
6 / 31
第1章

第五話

しおりを挟む
 わーい、やったー!
 飛び跳ねたい気を抑えつつ、跡永賀は帰路を走る。体を思いっきり動かしていたかった。
「げほっ、ごほっ」
 しかしそんな気分に体はついてこられず、わずか数秒で背を丸める。昔よりはマシになった体だが、それでも健康とは程遠い。普通の人間が容易にこなせる運動さえできないのだ。

「アットたんどした」
 帰宅した弟と廊下で鉢合わせた初無敵が首を傾げる。「すっごく嬉しそうやね」
「まあな」
「女?」
「な、なんで」
「男の勘」
「まあ、そうかもな」
「ふぅん」初無敵は、跡永賀をじっと見る。「な、なんだよ」
「普通ならリア充爆発しろ、と不幸を願うところだが、可愛いアットたんのこと、ここはグッジョブと言わざるをえないな!」
「あ、ああ

 一番ゴチャゴチャ言いそうだと思っていた人間の言葉を素直に受け入れられず、跡永賀は曖昧に頷いた。
「それで、どこまでいったんだい? もう攻略済みなんでござろう?」
「攻略って……ゲームじゃあるまいし。アドレス交換しただけだよ」
「まだ序盤じゃないか、つまらん」
「ああ、そうだよ、悪かったな」

 こっちとしてはこうなったこと自体、奇跡みたいなものだ。それでも充分なのだ。
「そんな初心者のアットたんには、我が至高にして究極のギャルゲーを授けてしんぜよう」
「いらん」
 すたすたと自室へ戻る跡永賀の背に、初無敵の声が迫る。「ただ、これだけは言っておく」たまにある、真面目な調子。「皆が皆、僕みたいにお前を祝ってくれるとは考えるなよ」
「なんだよそれ」

 その言葉に、どこか底知れぬものを感じ取ったが、それをどうこう考える気はなく、ただ相変わらず変なことを言う兄だなと、跡永賀は思っただけであった。
 部屋に戻り、特に何をするでもなく兄や姉からもらった本――漫画や小説――を読んでいると、時計の針が五時に近づいているのが目に入った。
「そろそろ、行くか」

 一階に降りて靴を履いていると、目の前の扉が開いて姉が入ってきた。「いつものランニング?」
「うん。少しでも皆についていけるようにならないと」
「気をつけてね。苦しくなったら、すぐにやめるんだよ」
「うん」
 彼女が『一緒に行く』と言わないのは、それを弟が嫌がり、断っている経験からであろう。跡永賀は、自分のせいで姉を苦労させたくはないのだ。 本当は、本を読んでいる方が性に合っているのだが。

 ひどくゆっくりとした速さで走る跡永賀は、そう思った。
 兄も姉も、気がつけば何かしら本を広げている。初無敵は薄い本――表紙と中身は見なかったことにした――、姉は厚い本――ハードカバーというやつだ――、自分は、とりあえずそばにあるからということで、兄と姉のお下がりを暇つぶしに使っている。

 読書家といえば聞こえはいいが……
「ヘタすれば暗い奴だよな……」
 人と関わらず、本としか接しない。それはともすれば、内向的なだけに映る。実際、兄はともかく、姉が家族以外と話しているのを見たことが――いや、最近では自分としか話していないような。
 考え事をしているのがマズかったのか、それとも単純に身体能力が低いのか、足が何かにつまずき、体が傾く。
 やっばっ……!

「大丈夫?」
 地面と激突するかと思ったが、それは横から差し込んだ腕によって止められた。「ああ、うん。どうも。奇遇だね」「そうだね」
 今日から自分と交際している少女――赤山あかやまあかりから離れた跡永賀は、そばの建物に視線を移動させる。彼女は、ここから出てきたのだ。
「声優事務所……」
 高いビルから突き出た看板に、そう書いてあった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

聖女戦士ピュアレディー

ピュア
大衆娯楽
近未来の日本! 汚染物質が突然変異でモンスター化し、人類に襲いかかる事件が多発していた。 そんな敵に立ち向かう為に開発されたピュアスーツ(スリングショット水着とほぼ同じ)を身にまとい、聖水(オシッコ)で戦う美女達がいた! その名を聖女戦士 ピュアレディー‼︎

性転換タイムマシーン

廣瀬純一
SF
バグで性転換してしまうタイムマシーンの話

MMS ~メタル・モンキー・サーガ~

千両文士
SF
エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』 洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。 その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。 突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。 その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!! 機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!

スターゲイザー~楽園12~

志賀雅基
SF
◆誰より愉快に/真剣に遊んだ/悔いはないか/在った筈の明日を夢想しないか◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員Part12[全36話] 大昔にテラを旅立った世代交代艦が戻ってきた。だが艦内は未知のウイルスで全滅しており別の恒星へ投げ込み処理することに。その責を担い艦と運命を共にするのは寿命も残り数日の航空宇宙監視局長であるアンドロイド。そこに造られたばかりのアンドロイドを次期局長としてシドとハイファが連れて行くと……。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+・ステキブンゲイにR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

CombatWorldOnline~落ちこぼれ空手青年のアオハルがここに~

ゆる弥
SF
ある空手少年は周りに期待されながらもなかなか試合に勝てない日々が続いていた。 そんな時に親友から進められフルダイブ型のVRMMOゲームに誘われる。 そのゲームを通して知り合ったお爺さんから指導を受けるようになり、現実での成績も向上していく成り上がりストーリー! これはある空手少年の成長していく青春の一ページ。

超ゲーム初心者の黒巫女召喚士〜動物嫌われ体質、VRにモフを求める〜

ネリムZ
SF
 パズルゲームしかやった事の無かった主人公は妹に誘われてフルダイブ型VRゲームをやる事になった。  理由としては、如何なる方法を持ちようとも触れる事の出来なかった動物達に触れられるからだ。  自分の体質で動物に触れる事を諦めていた主人公はVRの現実のような感覚に嬉しさを覚える。  1話読む必要無いかもです。  個性豊かな友達や家族達とVRの世界を堪能する物語〜〜なお、主人公は多重人格の模様〜〜

VRゲームでも運と愛し合おう!

藤島白兎
SF
演劇型オンラインゲーム『レアスナタ』 このゲームを中学時代からプレイしていた長谷川羽島は、正式版の稼働を楽しみにしていた。 ここまで彼がレアスナタに固執するのは、このゲームが彼を救ったからだ。 中学時代、当時の友人達と人気オンラインゲームをしていた。 それなりに楽しんではいたのだが、事件が起こる。 自分のアイテムを馬鹿にされ、友人達や周りのプレイヤーの会話も、罵倒や下ネタだらけでネットマナーも欠片も無かった。 友人に嫌気が差して縁を切りゲームも辞め、その後親戚からレアスナタを進められる。 レアスナタは個人情報をしっかりと登録しないと出来ないゲームであり、一度アカウント停止されると復帰は出来ない。 そして運営がネットマナーを徹底し、プレイヤーもまたお互いが気を使いゲーム内の空気が凄くいい、こうして彼はのめり込むのだった。 成人してからも仕事をして、休日にはレアスナタをする、そのサイクルが変わる事は無かった。 しかし、一つの出会いがそのサイクルを徐々に変えていく。 同じ職場の荒野原終と意気投合、彼女も中学時代からレアスナタをプレイしていた。 仕事帰りや休日に良く遊ぶ様になり、2人の時間が増えていく。 最高の仲間達と共に最高の舞台を作ろうぜ! 残酷、暴力はゲーム内の演出です。 性描写はキャラクターの設定やセリフ回しで匂わす程度です。

処理中です...