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第4章 後来編

そんな37話 「愛するが故に悩む者」

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 王命が下された。

 それは、魔王を討伐せよ、というものだ。

 魔王を名乗った者が、僕の想い人であるリプリシスである事は、想像に難くない。
 それどころか、数々の目撃情報が流れてきている程だ。

 これ以上、彼女をかばう事はできない。

 僕は彼女を捕縛しなければならない。

「レオニード…」
「おう」

 僕はうつむいたまま、隣を歩く巨漢の男の名前を呼んだ。
 彼の返答はいつもの調子だ。
 今は少し、うらやましい。

「僕は…どうすればいいんだ」

 答えなど出ない問い。
 片方を取れば、片方を失い、もう片方を取れば、さらに多くを失う。

「坊ちゃんが、やれというなら俺はやる」

 昨日の友が今日の敵、彼はそういう状況も数多く経験してきたのであろう。
 だが、僕はそこまで割り切れない。

 ずっと彼女を愛してきた。
 今でもそれは変わらないのだ。

「魔王討伐じゃなくて、捕縛命令なんだろ?」

 僕は頷く。

「捕まえるだけなら、任せろや」
「…違うんだ、レオニード。
 捕縛命令というのは、王の温情なんだ」

 僕が魔王リプリシスを愛し、追い続けている事を知るからこそ。
 遠戚でありながら、それなりの仲を築き続けてきた王と僕の仲だからこそ…。
 彼は表向き、僕の為に捕縛命令に留めてくれたに過ぎない。

「…そうか。実質的には討伐と変わらねぇのか」

 また僕は頷く。

 そう、実質的には討伐と同じだ。
 僕は捕まえてくるだけ。
 命を奪うのは、処刑人が行うのだろう。

 王はこの事で僕に恨まれる事も覚悟しているのかもしれない。
 一人の友人より、国の益を取った。
 為政者として、苦渋の決断であったろうその行動は称賛されてしかるべきだ。

 どんな結果になろうと、僕は王を憎んではならない。
 彼と国への忠誠は決して捨ててはならない。

「僕は…」

 王は、決して世に云われているような暗愚あんぐな王ではない。
 僕と共に研鑽けんさんを積み、友情を育んだ。
 彼は常に民のためを考え、自らが先頭に立って政治を進めていた。

 結果としてクーデターの種をまいてしまっていたが、改革にリスクが伴うのは当然の事だと思っている。

 そんな彼が、国の害となる魔王という存在に対して下したのは…。

 魔王の捕縛。

 本来、先陣を切って魔王討伐軍を組織しなければならないところを、僕のために緩めてくれたのだろう。
 もちろん、緩い命令を下す事で、魔王を脅威に思っていないという対外アピールなどもあると思うが、それらはむしろ表向きの理由だと言える。

 だから。

「魔王を討伐する。
 そうするしかないんだ。レオニード」
「……坊ちゃんがそれでいいんなら」

 レオニードは背中に担いだ大剣の位置を整えて覚悟を見せてくれた。
 僕も覚悟を決めなければならない。

 出来れば彼女に改心して欲しい。
 しかし、改心したとしても、王命は既に下された。

 王命は絶対命令である。
 彼女は投獄後、よくて国外追放。
 通常ならそのまま命を奪われるだろう。

 そんな事態になるぐらいなら、せめて僕が。
 僕のこの手で…。

「坊ちゃん…無理しねぇ方がいいぞ」

 ふとレオニードを見やると、目から大粒の涙が滝のようにこぼれた。
 いつの間に泣いていたのか。
 ハルシオンの男子たるものが、なんと情けない。

 自分に活を入れ、改めてレオニードに向き合う。

「大丈夫だ。僕は決めた事はやり通す」
「…坊ちゃん、そらぁよ……。いや、何でもねぇ」

 何かを言いたそうにしていたレオニードだったが、僕の覚悟を読み取ってくれたのか、それ以上何かを言う事はなかった。

 * * *

 数日後、私兵の中から精鋭のみを集めた5人で湖畔の邸宅へと向かった。

 ケイン、シレス、ベルド、ウリル、ヒーロック。
 彼らは四天陣よんてんじんという4種の陣形を究めた、陣形戦の達人だ。
 彼らに守られるようにして、僕とレオニードが立つ。

 精鋭兵のみにした理由は、彼女の魔法だ。
 大人数でいけば、彼女は激しく抵抗し、広範囲魔法を使用してくるだろう。

 そうなれば被害は甚大じんだい
 やられた味方が多ければ、士気もそれだけ下がる。

 士気。
 士気か…。

 彼女を相手に、士気を気にする戦いを挑む事になるとは。
 いや、迷っているわけではない。
 だが、後悔はある。

 どうしてこうなるまでに、彼女を止められなかったのか、と…。

 レオニードの話では、彼女は戦争をひどく嫌っているらしい。
 それ故に、子供のかんしゃくのような方法で、魔王を名乗り、リングリンランドを支配下に置こうとしている。

 というのがレオニードの話だが、これは恐らく正しくない。

 確かに魔王を名乗るのは策とも呼べない子供のような方法だが、彼女はそうする事で実際に第三勢力となった。

 リングリンランドを支配しようというのは建前で、実際は戦争にフタをしようとしているだけだろう。

 彼女がそこまで考えていない可能性もあったが、どんなに考えても可能性はゼロではなかった。

 さらに、神算鬼謀の鬼才と呼ばれるエグザスがついているのだ。
 彼の思いも寄らぬ策謀で、この作戦を勝利へ導ける方策が定まっているのかもしれない。

「坊ちゃん、わかってんだろうが…」
「ああ、油断はしていない」
「……ああ」

 レオニードが僕の気を引き締めてくれている。
 無論、やるからには全力で当たるつもりだ。

 * * *

 何度か訪れた事のある湖畔の邸宅。
 少し離れたところに陣取り、レオニードを向かわせる。

 本当は僕が行きたかったが、万が一に備え、陣中で待機となった。

「………」

 鳥の鳴き声が聞こえる。
 この草原はいつ来ても平和だ。
 僕の心も、この草原のように、静かに凪いでいなければならない。

 そう思った時、なまぬるい風が吹き抜け、草の海を揺らした…。

 邸宅の扉から現れる二人の男女。

 レオニードは首を振り、こちらに歩いてくる。
 交渉は決裂したようだ…。

「リプリシス…!
 どうしても戦わなければならないのか!」

 心にわだかまっていた想いを全て吐き出す。

「クライヴ! 戦争はいけない事よ!
 戦ってはならないの!」

 綺麗事だ。
 理由もなく戦争なんてしない。

「この戦争は国を守るためのものだぞ!」
「悪いのは国をのっとろうとしてる人たちでしょ!?
 隣国じゃないの!」

 言い分はわかる。

「だが、証拠がないっ!
 クーデターを起こさせ、一網打尽にするしかないんだ!」
「証拠ならいっぱいあるじゃない!
 エグザスが調べてたじゃないの!」

「エグザスが調べてくれたのは、あくまで疑義だ!」
「ぎ、ぎぎ…!?」
「疑えるだけの要素だよ! それは証拠にはならないんだ!」

 確固たる証拠を入手しなければならない。
 だが、彼らはふみですら知らぬ存ぜぬを突き通すだろう。
 人の敵意を測る魔法すらあるというのに、魔法は裁判で証拠として扱われないのだ。

「クライヴは、私をどうしようっていうの!?」

 答えたくない質問が来た。
 僕は…。僕は。

「リプリシス…! キミが魔王として立ちふさがるなら。
 僕は、キミを、斬るっ!!」

 腰の剣を抜き、天を突く。
 そしてゆっくりと彼女に切っ先を向ける。

 この所作は決闘で使われるものだ。
 所作の意味するところは…。

 "我、天に誓う。正々堂々と戦い、敵を打ち破る事を"

 今度こそ、本当に。
 覚悟は決まった。

「いくぞ…"魔王"っ!」

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