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第2章 受難編

そんな20話 「説得」

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 やれやれ、説得しようという男が、説得されてどうすんだよ。

 俺は目の前で繰り広げられている、甘い劇のようなワンシーンを、冷めた目で見つめながら苦笑した。

 坊ちゃんは嬢ちゃんの告白に目を白黒させてるし、嬢ちゃんは嬢ちゃんでどうにも"したり顔"のように見える。

 なーんかなぁ、うさんくせえんだよなぁ。
 演技くせぇっつうか、打算的っつうか。

 俺も告白した経験ぐらいあるけどよ、あんな勝ち誇った顔で告白なんてできなかったぜ。
 まあ、ガキの頃の話なんで、嬢ちゃんには当てはまらねえかもしれねえが。

 坊ちゃんの立場に立ってみりゃあ、告白された側か。
 …俺の経験には、喜ばしい告白はなかったな。

 つっても最近の二人を見てると、お互い好き合ってるのは見てとれるし、別におかしい事でもねえはずなんだけどな。
 ……考えすぎか?

「キミは…誰だ?」

 はっ?
 坊ちゃんが、すげえ事を言い出したぞ。

「リプリシスは、そんな事を言わない。
 そんな顔をしない」

 あー、うさんくせえって思ってたのは、俺の気のせいじゃなかったって事かぁ?

「酷い、クライヴ。なんでそんな事言うの」

 おっと修羅場が始まるぞ。
 やんや、やんやぁ。

「キミが普通じゃないからさ」
「普通だよ」

「…その指輪がそんなに大切かい?」
「う、うん。まだ生きていたいし、結構便利だもん」
「便利とか便利じゃないとかじゃない。
 キミの人生が、そんな指輪ひとつに左右されていいものか!」
「婚約指輪だって、一生を左右するじゃないか!」

「その指輪は婚約指輪とは違う」
「違わないよ! 左手の薬指にハマってるし、これをもらった時に…」
「………」
「死神とのご婚約おめでとうございますって、祝福してもらったもん」

 …なんだそりゃ。
 さすがの俺も呆れちまったぜ。

「…キミは、重婚するつもりだったのかい」

 おお、坊ちゃん怒ってるねえ。
 怖い怖い。
 でも問題は、そこじゃねえんじゃねえの?

「なんでそんな事言うの、クライヴ…!
 私の事、好きだったんじゃないの!?」
「…今のキミは、好きになれないな」

 ズバっと言っちまったな。
 嬢ちゃんが青い顔してやがる。
 当てが外れたって感じか。

「わかったわかった、お二人さん落ち着けよ」

 ちっとカマかけてみっか。

「さっき言った第三の条件な、ありゃウソだ」

「「ウソ!?」」

 綺麗なハーモニーで、仲のよろしいこって。

「そうだ。命の危険があるのは本当だが、それは行くまでの道のりの話だ。
 俺がしっかり守るから、そこは問題ねえ。
 指輪を解呪するのに失敗しても、命が奪われる事はねえよ」

 真実にちょびっとだけ嘘を混ぜると、嘘も真実になるって、知り合いの悪徳商人が言ってたんだよな。

「なぜ、そんな嘘をついたんだ」
「覚悟さ。 覚悟を試したんだ。
 それなりに危険な場所だからな、嬢ちゃんを守りながらだと、俺もケガするかもしれねえ。
 絶対指輪を解呪するって覚悟がなきゃあ、いざって時に守れねえかもしれねえじゃねえか」

 あんまり言葉をろうするのは得意じゃねえんだよな。
 ぼろが出る前に話を切り上げねえと。

「さあ、これでお互いの覚悟は決まっただろ。
 解呪を試してみるのか、それともやめるか、もう一回話し合ってみろ」

 ちっと強引だったかな。
 まあいい。お膳立てはしてやったぜ。

「リプリシス」
「…なに」

「聞いただろう、命の危険は少ないって。
 レオニードと行くんだ。
 行って帰って来られたら、指輪が外れていなくても、僕はキミを一生愛すると誓う」
「ダメだよ、危険が少ないだけで命の危険はあるって言ってたじゃないか」

 俺は二人のやり取りをじっと見つめる。
 特に、嬢ちゃんの反応をだ。

「だが、このままでは確実にキミの命は…」
「もういいよ! 私がいらないなら、そう言ってよ!
 告白までしたのに…、みじめにさせないでよ!」

「違う! キミが大切だからこそ、信頼できるレオニードに依頼しているんだ!
 その指輪は危険な物だって、もうわかりきってるんだぞ!
 キミこそ…、キミこそ、なんでそんな指輪を大切にするんだ!」
「だって、これは…便利だし…」

 ふぅ、と息を吐く坊ちゃん。

「わかった、リプリシス。
 なら、解呪方法を試して、指輪を一度外してみよう。
 どうしても気に入ってるなら、左手の薬指以外の指に、はめ直してくれ」
「……なんで」

「僕のあげる婚約指輪が、入らないだろ?」

 うひょお、坊ちゃんがすげえ男前に見えるぜ。
 嬢ちゃんもさすがに感動して……んん?

「………」

 なんとも言い難い顔してんな。
 良く言えば、言葉が見つからないぐらい感動している良い顔。
 悪く言えば、言い返せなくなっている青い顔だ。

 ここまで来たら、大勢は決したかな。

「左手の薬指に、指輪はもうひとつぐらい、入るよ?」
「ダメだ、僕の指輪だけをはめてくれないなら、キミを娶る事はできない」

「じゃあ、私は、やっぱり、いらない子なんだ」
「僕はリプリシスが欲しい。
 リプリシスを僕の妻だと、人に言える証が欲しい。
 その証は、その指輪じゃないんだよ」

「………く」

 お? 嬢ちゃん、何か言ったか。

「レオニード」
「おう」

「いくら必要だ? すぐに出発してくれ」
「ま、待ってよ! 私は行くとは…」
「リプリシス」

「僕はリプリシスが欲しい。その指輪はいらない。
 でもキミがその指輪を大切にしたいなら別の指に、はめる事を許そう。
 これ以上の譲歩はない。覚悟を決めろ」

 おー、坊ちゃん、いい男の顔だな。
 たまにはガツンと言うのも大事だぜ。

「………」

 嬢ちゃんが俯いて指輪を撫でている。

 それにしても気持ち悪いぐらい指輪に執心してんな。
 ま、理由はわかるけどよ。

「坊ちゃん。 依頼料だが、前金で貰うぜ」
「ああ、構わない」

 * * *

 坊ちゃんに金を用意してもらった。
 方法について話すってのも依頼に含まれているからな。
 んじゃ、話しますか。

「解呪方法について説明するぜ」

 坊ちゃんは真剣だ。
 嬢ちゃんはうつろな目でこっちを睨んでやがる。
 やーだねえ、怖い怖い。

「まず、嬢ちゃんを竜王山に連れて行く」
「竜王山だって!?」

 坊ちゃんが驚く。
 そりゃそうだろう。

 竜王山は、世界の中心にあると言われている、色とりどりの各種ドラゴン達の住処だ。
 竜一匹は一個大隊に相当する戦闘力を持っている。
 それが何色も、何匹もいやがるんだ。
 普通に行けば、命がいくつあっても足りねえ。

 竜王山が本当に世界の中心かは知らねえが、目的地はその山の洞窟にある。

「ドラゴンの幼体が住んでる洞窟があってな、そこにだけ存在する竜脈草りゅうみゃくそうってのがあんだよ。
 竜脈草は厄介な性質があってなぁ、時間が経つと腐っちまう。
 だから嬢ちゃんを連れて行かにゃならねえ」

 坊ちゃんが予想外と言わんばかりに目を見開いている。
 嬢ちゃんも驚いた顔してんなぁ。

「その草を飲めば、解呪できるのか」
「ん? ああ、草っつうか、まあ…、草だな。
 俺も食った事あんだけどよ。
 竜脈草を飲むと、一回命を失うんだよ」

 意味がわからないという顔をする坊ちゃん。
 対して嬢ちゃんは、すっかり青い顔だ。

「嬢ちゃん、竜脈草を知ってんのか」
「…知りません」
「そうか? 死神の知識があれば知ってるかと思ったんだけどなあ?」
「実物を触ったり、眺めたりしないと、わからないんです」
「へえ、そうかい」

 まあ、からかうのはこれぐらいにしといてやるか。

「つーわけでな、一回命を失った状態にして、その間に指輪を外すってわけよ」
「い、一回命を失うだなんて、そんな事して、危険はないのか!?」
「言っただろ、俺も食った事あるって。
 俺が化け物に見えるか?」
「戦闘力という意味では化け物だな」
「違いねえ!」

 俺が大笑いし、坊ちゃんが不安を吹き飛ばすように笑う。
 嬢ちゃんは冗談が通じねえのか、笑っちゃいねえ。

「だけど、そんなレオニードでも、竜王山にリプリシスを護衛しながら行けるのか?」
「行けるね。俺が何て呼ばれてるか知ってるだろ」
「…ドラゴンキラー…」

「そうだ。ドラゴンキラーってな、そんな安い称号じゃねえんだよ。
 力のない奴が名乗れば、命を捨てる事になる」

 ごくり、と喉を鳴らす坊ちゃん。
 …俺の事、ちゃんとわかって雇ってんだろうなぁ?

「貰った金の分は働いてやる。ドラゴンキラーの名にかけてな」
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