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第5部

第34試合 - グングニル

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「あ? 何、二人して、どうした」

 店長が退屈そうにしながら、二人の驚き様に耳を傾ける。

「ハイディングですよ、店長!」
「ハイディングですよ、店長さん!」

「はいはい、何がハイディングだって?」

「オーディンのハイディングは、奇をてらっただけじゃなくて、ちゃんと意味があったんですよ店長!」
「ああして受け流していても、多少なりともダメージは蓄積されていくものです。
 両者の残り耐久力はモニターにでかでかと映し出されていますから、夜宮も確認しているでしょう。
 ですが、オーディンはハイディングによってそのダメージ量を隠しているんです」

「ほう、そうまでして、くっちゃべりたい事がある、と」

「た、多分……」

「若い子の考える事はわからないねえ、ハハハ」

 * * *

「カードがなくなるわけではない。
 カード主体のバトルではなくなる、と考えている」

 天晴に強烈な一撃を見舞ったオーディンが、構えを正しつつ、なおも天晴に話しかける。

「か、カード主体のバトルじゃ、なくなる……」
「そうだ。現代剣闘において、最大の隙はカードを挿し込む、あるいはスキャンする為の時間だ。
 カードを選び、取り出し、セットする。
 この時間はどんなに早く見積もっても1秒を切らない。
 達人ともなればその1秒で機先を制するだろう」

 カードを扱う動きが大きな隙であることは、店長の動きで身を持って知っている。

「だがそれは、厳しい肉体的な鍛錬と、蓄積された技術、しなやかな体躯、正確無比な一撃を打ち込めるギア使いがいて、初めて成立する。
 現代剣闘では、これを行える者は少なくとも正道……プロにはいない」

 そこまで言ったところで、またも斬りかかってくるオーディン。

『辛うじて立った夜宮天晴に!!
 オーディン、追撃だぁぁぁ!!』

「くっ!」

 ──キィン!

 受け流すまではいかずとも、なんとか弾けるようにはなってきた。
 弾くようにオーディンに操られている気はしなくもないが。

 ここまでくると天晴にも、はっきりわかってきた。
 オーディンは強い、自分はいいように踊らされている。

 恐らく本気を出して来れば、瞬時に決着がつくだろう。
 それでも、こうしてじゃれ合いのような打ち合いを続けているのは、オーディンが自分に何かを伝えようとしているから。

 天晴はその言葉を決して逃すまいと、気合を入れる。

(やべえ……すげー人だ。オーディン)

 その剣闘技術はもちろん、小難しい話に至るまで、このわずかな時間で、天晴は尊敬にも似た念を抱いていた。

 ──勝ちたい。

 この人の話を全て聞いた上で、それでも勝ちたい。
 素直に凄いと思える人だからこそ、勝ちたい。

 天晴の心に、その思いが強く芽生えていた。

「そこで俺は俺なりの理論と仮説を立てた。
 その仮説の過程、結果として、俺が注目していたサンプルは全部で五人。
 お前と、円卓のアーサー、うちの第3神ロキ。
 四人目はパルテノンの黒澤」
「黒澤……?」

「お前が倒してしまった奴だよ。
 奴の完全にパターン化された戦法は、どこまで伸びるのか、俺としても注目していた」

 ──シャシャシャッ!

「上納金を集めて一人を集中的に強化するというパルテノンの方針にも、理があると思っていた。
 方法はともかく、一極集中するというスタイルは、チャンピオンは一人しかなれないという剣闘の条件を見れば理に適っている」
「く!」

 ──ガキィ!

「最後の一人は、俺の兄。第2神バルドルだ。
 身内贔屓みうちびいきかもしれないが、強いぜ、俺の兄さんは」

 ──シャシャシャシャ!

「……結局、それを俺に伝えて、あなたはどうしようっていうんです?」

 ──キィン!

「攻撃と防御が洗練されてきたな。
 少しずつ速度を上げてきたつもりだが、この速さにも対応できるようになってきたか」
「……えっ」

 ──スカッ。

 この打ち合いで、初めての回避。
 当然受けられるものと思っていた天晴の攻撃は空を斬り、体勢が前のめりに崩れる。

 ピッ。

『オーディン、ここでカードを変更!
 グラビティだぁぁぁ!!』

 ──えええぇぇぇっ!?

(まずい……!)

 崩れた体勢では回避ができない。
 
 ──死中に活と言ってな、危険な状況でこそ活きる道を探すのが正しい行動だ──

 先ほど聞いたオーディンの言葉が脳裏に浮かぶ。

 自分の体勢を俯瞰で捉えるよう試みる。
 途端に脳内が澄み渡り、視界が広がる。

 自分の身体は、ギアブレードを振った勢いで前に重心が傾いている。
 踏み込んだ足の膝は曲がり、お世辞にも格好がいいとは言えない。
 このまま前転する事も考えたが、背後から忍び寄るオーディンのギアブレードに対応ができない。

 ならば身体を捻ってギアブレードで受け止めるか。
 答えは不可。
 確実にオーディンのギアブレードが早く当たる。

 そうなると導き出される答えはひとつ……。

(一か八かだ!)

「……何っ!」

 ──ゴッ!!

「いてえっ!!」

『よ、夜宮天晴、急な加速でかわしたぁぁぁ!!
 何をしたんだ、夜宮天晴えええっ!!』

 かかとにダメージを受けたが、身体へのダイレクトな攻撃は回避した。
 あまりに急な前進に、オーディンも目を丸くする。

「……素晴らしいぞ、夜宮天晴。
 何をしたかは知らないが、あの体勢からかわすとは」
「へへ……これが、とわり流ですから」

 * * *

「ハッハッハ!」
「店長、笑い過ぎです」

「いや、宮永、あれは痛快だよ。
 お前はいなかったから知らないだろうが、あれは店長さんが夜宮に見せた"瞬歩"という技だ」
「シュンポ?」

「この土壇場で出すとは、ハッハッハ!
 見ろ、オーディンとかいう奴のオーラが変わってる。
 本気になったぞありゃあ! わっはっは!」

「それに見ろ、宮永」

 鏑木がモニターに目線を向ける。
 ユッコもつられて見てみると。

「えええ!?
 オーディンのギアブレード、めっちゃダメージ受けてるじゃない!」
「ハイディングのカードを入れ替えたから、ダメージがもろに見えてる。
 ディフェンスタイプの重い攻撃を、テクニカルタイプで受け流しすぎたんだ。
 時々、弾いたりもしてたしな。
 ああいう地味な行動が少しずつダメージになっていくものなんだよ」

「し、知ってるし!
 私、第5神だったんだから!」
「あ、そういやそうだったな」

「さあ、こっからが正念場だぞ、天晴~。
 あのオーディンとかいうやつ、ここからは一撃ももらってくれないぜ、きっと」

 * * *

 ピッ。

『オーディン、カードを入れ替えた!
 今度は……なんとぉ、マグネットだぁぁぁ!?』

 ──ワァァァァァァ!!!

 オーディンのカードがマグネットであると解説が報じる。
 それを聞いた天晴は、カードを変更しようと取り出していた自身のマグネットのカードをホルダーに戻した。

「マグネットなんて、正気ですか……?」
「ん、さすがにマグネットは知っているみたいだな、夜宮天晴。
 俺なりに勝算あっての選択だ。
 絶対命中する予想"グングニル"はここから本領発揮だぜ」

『テクニカルタイプのオーディン!
 まさかのディフェンスタイプ相手にマグネットを選択ぅ!!
 対する夜宮天晴は……。

 えっ、カーリッジのままだぁ!!

 いいのかそれで!?』

 ──Boo! Boo!

(うわ、なんだこの雰囲気。
 まるでカードを変えないといけないみたいな……。
 いや、でも、相手がマグネットなら、俺がマグネットにする必要はないし……もう一枚のカードは……)

 カードをしまってあるホルダーをちらりと見る。

(今は……使えない。多分、チャンスは一度しかない)

「さあ、行くぜ夜宮天晴!」

『ディフェンスタイプ相手に果敢に攻めて行ったぁぁぁ!!
 さすが我らが主神、オーディン!!』

 ──オーディン! オーディン!

(く、うるさいな)

 集中したいが集中できない。
 当初こそ気にならなかったものの、外野のオーディンコールは、オーディンという存在を知った今だからこそ、天晴に重くのしかかっていた。

 ──オーディン! オーディン!

(オーディンが凄い人で、やばい人だって事はもう十分わかった!
 わかっているのに、コールがうるさくて集中できない!)

 オーディンが突き攻撃を仕掛けてくる。

 今の天晴は明鏡止水の状態である。
 オーディンとはいえ、動きは完全に見えている。
 フェイントではない、確実に狙ってきている。

(ディフェンスタイプはテクニカルタイプに有利なはず!
 このままギアブレードで受け止めれば、勝手に自滅してくれる!)

(フ……。
 マグネットはくっつけるもの、そう考えている奴が多い。
 特にディフェンスタイプはな)

 だがオーディンのマグネットの使い方は常道の先を往く。

 突きを受け止めようと、ギアブレードを構えた天晴は、自身のブレードが強く引っ張られる感覚に気付いた。
 それは当然、相手のマグネットのカードによる効果であり、それ自体は自然な事である。

 ただ、眼前にオーディンの顔がある事以外は。

(え?)

「シッ!」

 目を狙った肘うち。
 思わず目を閉じてしまう。

 だが、予想していたインパクトは来ず、ミシリという音と共に、腕に重量がかかる。

 驚いて目を開いてみれば、オーディンが全体重をかけてギアブレードに乗っているではないか。

 モニターに映し出される耐久力がみるみる減っていく。

(まずい!)

 このまま踏まれ続ければ、コアの排出までそう持たない。
 そう思い、ギアブレードを動かそうとするが、動かない。

 オーディンは見た目、華奢な優男である。
 この身体のどこにそんな体重があるというのだろうか。

 当然、そんなところに答えはない。
 故に、明鏡止水状態である天晴はある物に気付く。

(マグネット……!!)

 体重だけではなく、マグネットによってもギアブレードが引っ張られていた。

「こんのぉぉぉぉぉ!!」

 頃合いと見たか、マグネットを解除すると同時に飛びのくオーディン。
 たたらを踏み、体勢を崩す天晴。

 ──オーディン! オーディン!

 * * *

『起死回生の一撃ぃぃぃ!!
 オーディン、一気に挽回ぃぃぃッッッ!!!』

「え、ごめん。鏑木、何が起きたか説明して」
「お前、本当に第5神だったのか……?

 オーディンが突きを見舞った瞬間、夜宮は顔の前でギアを構えてガードしたよな。
 それが自分の視界を遮った悪手なのは見ての通りなんだが……。
 そこからオーディンがブレードの向きを変えて、マグネットで夜宮のギアを誘導したんだ」

「マグネットでくっつけるんじゃなく、引っ張るとはな~。
 ありゃ確かにテクニカルだわ」

「それから空いた顔面に向かって肘うちを仕掛けると見せかけて、夜宮のギアに飛び乗った」
「やば……」

「しかも、こうなるとわかった上でやってんな~、あれは。
 天晴が引っ張ろうと焦って躍起になったタイミングで、マグネットの解除と同時に自分も飛び降りる、と」
「解説すれば単純ですが、それをあのマグネットを使う前から既に予測していたというのがグングニルの恐ろしいところです」

「あの子、プロ棋士にでもなったらいいのに」
「政界にコネがあるらしいですよ」
「将来は政治家か~、すげえなあ」

「店長ぉ~、そんな悠長な事言ってられないですよ。
 天晴くんの耐久力、もうほとんどありません」

「大丈夫大丈夫、泣いても笑っても次で決まる。
 それはグングニルなんて大層な予想力もってなくても、大体の剣闘士なら予想つくでしょ」

「え、ホント? 鏑木も?」
「そりゃ……夜宮が決めに行って、それをグングニルでかわされて負けるだろ……」

「ちょ、ちょっと。店長も負けるって思ってるんですか!?」
「ん~、負けるだろ。俺なら勝つけどね」

「「またこの人は……」」

 
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