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第2部

第9試合 - ない!

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「困るな~、うちは出会い茶屋じゃないんだよ?
 蕎麦を注文していきな」

 ただ事ではない来訪者に、厨房からのっそりと出てくる店長。

 その姿を見た時、来訪者は首筋に刃を当てられたかのような錯覚を覚えた。

(な、なんだこの店員の兄ちゃんは……、ただものじゃねえ……!)

「それじゃ、先にたぬき……いや、かけそばひとつ」
「あいよ。天晴、話し相手になってやれ」
「え、マジ?」

「ひえぇ、店長、どうなってるんですか~」
「ユッコちゃん、そうビビらなくても。普通のお客さんだよ、普通の」

(さっきの二人よりは、だけどな……)

 * * *

「えっと、俺が夜宮天晴です」
「そうか。俺はチーム・パルテノンのリーダー、黒澤勇気。
 単刀直入に言おう、お前にデュエルを申し込みにきた」

「デュエルって……要するに剣闘でバトルしろって事ですよね。
 嫌ですよ、やりたくないです」
「ざけんな、お前は元うちのメンバーだった塚原日剋を倒してる。
 このままだと俺達は、負けたまま逃げたチームだって思われちまうんだよ」
「そんな、メンツとかプライドの話、俺には関係ないですよ」

「なんだと!? てめえにはデュエリストとしての矜持きょうじがねえのかよ!」
「ないですよ、そんなの。
 それに、先に手を出してきたのはそっちですよ。
 だから仕方なくやり返しただけです」

「そうかよ。じゃあ、お前が受けないって言い張るなら、この店がどうなってもいいんだな」
「何……?」

「俺達はどうあってもお前を倒したって実績が必要なんだ。
 剣島最強のデュエリストチームを名乗るパルテノンが、どこの馬の骨ともわからない奴に、泥をかけられたまま終わるわけにはいかねえんだよ」

「知るかよ、そんなこと……! 店は関係ねえだろ」

 憤る天晴。
 対して黒澤は心の中でほくそ笑んでいた。

 実際、店をどうこうしようとなると、あの化け物みたいな店員と戦う羽目になる。
 だが、天晴を引っ張り出すだけなら、店を人質にとれば可能だと見切ったからだ。

(よし、このまま押し切れる)

「店が大事なら、今度の土曜日、夜10時にカガク山に来い。
 2合目付近に広いパーキングエリアがあるから、そこで決着をつける。
 来なかったら……わかるよなぁ?」
「てめえ……!」

「お待たせしましたー。
 当店の蕎麦はお店の名前の通り、十割蕎麦粉で」
「いらん。金は置いていく。
 夜宮……楽しみにしてるぜ、土曜日、夜10時、忘れるなよ」


 * * *


 ──翌日の学校にて。

「何いいいいっ!?
 パルテノンのリーダーにデュエルを挑まれたぁーっ!?」

 いつも以上に大げさに驚くカイル。
 もしかすると本心からかもしれない。

「しかも、受けるって本気かぁ!?」
「……ああ」

 天晴は店長に強い恩を感じている。
 その店長が大切にしている店、引いては店長自身を危険な目に遭わせるわけにはいかない。
 黒澤は上手く天晴を勝負の舞台へと引きずり出した。

「カイル、パルテノンの黒澤って奴のことわかるか」
「いや……わかんねえ。あんまり良い評判は聞かないチームだとしか」

「そっか……」

(相手の情報がわからなくても問題ない。
 俺は俺が出来る事をやるだけだ)

「でー、いつやるんだよ?」
「今度の土曜、夜10時にカガク山の二合目だって」

「夜やるのか!?」

 夜──。
 それは視界が狭まり、足元すらおぼつかなくなる漆黒の世界。

「ライトぐらいつけるだろ……剣闘やるんだから」
「いやいや、暗闇で行うダークネスバトル!
 別に前例がないわけじゃねえぞ!
 ほとんど視界のきかない暗黒の中で、互いの気配とギアの駆動音だけを頼りに戦うことになる。
 相手は多分、暗闇での戦いに慣れてるだろうし、天晴、相当不利だぞ……」

「ふーん……」
「もしライトを使ってくるなら、逆光で姿を消したりするかも!
 テクニカルタイプならやりかねないぜ!
 蒸発現象って知ってるか? 車のライトと、対向車のライトが合体すると中間にいる人が消えるって現象なんだ。
 それ、応用してくるかもしれねえ!」

「カイル」
「な、なんだ」

「お前の知識、ホントすげーよ。頼りになる」
「そ、そうか? お前の役に立ってるなら俺も伝えた甲斐があるけど。
 あ、あと自分だけ頭に懐中電灯巻くなんて事はやめろよな、恰好の的になるし、何よりダサい。それに~……」

(夜、か。
 ライトがあるにしても、ないにしても、どっちも警戒する必要があるんだな)

「……っと、ところでよ、天晴」
「ん?」

 にやけ顔の止まらないカイル。

「くふふ……いやっ! 何でもない!
 今はまだ、内緒にしとく!」

 もったいぶって、そっぽを向いてしまう。

「な、なんだよカイル。気になるじゃねーか」
「フフフぅ……トモさんとこで鍛えてもらってるから、俺も強くなってるよって話」

「なんだ、そんな事か……」
「おぉい! そんな事とはなんだ、そんな事とは~!
 いいもんね~、近いうちに度肝を抜かせてやるぜぇ」


 * * *


「店長、天晴くん、またデュエルするそうですよ」
「あいつが……? どういう風の吹き回しなんだろうな」
「きっと、汚い手を使われたんですよ。今度の相手、相当悪い人みたいですから!」

「今度もまた高性能ギアブレードが相手なんだろ。
 何タイプの使い手なんだ?」
「えっと、ディフェンスタイプらしいですよ。
 ……って店長、私みたいな一般人に何聞いてるんですか」

「いやいや、ミーハーなユッコちゃんなら案外、知ってるんじゃないかと思ってね」
「まぁた、ミーハーだなんて……。
 でも、私、天晴くんのファンですから!
 ちょっとは調べちゃいますよ」

「なんだよ、天晴モテ期到来かぁ?」
「それより、今度は夜にデュエルするらしいですよ」

「なに、夜だと?」
「はい、いきなり格上相手だし、夜だし、天晴くんがケガしないか心配で……」

「格上なのは前回も一緒だったんじゃ……」
「あんな偽物に天晴くんが負けるはずないですから!」

「あっ、そう……」

(夜、ね……。久しぶりにアレの出番かもな)


 * * *


 ──そして土曜日。

「ないっ! ないっ!
 ギアブレードが、ないっ!!」

 蕎麦屋とわりの二階は大騒ぎであった。

「おじさん!
 おじさん、いないの!?」

 二階中を探したが、店長の姿はない。
 店内に降りてみるも、のれんが仕舞ってあり、店を開けている雰囲気ではない。

「ど、どうしよう……。
 今晩、ギアブレードが必要なのに……」

 いつも手元にあったはずのギアブレード。
 あるべきものがない、その喪失感と焦燥感で落ち着かない。

「……くっ」

 ガチャリと電話を取り、押し慣れた番号を叩く。

 ──トゥルルル。

「はい、エアシュートです」
「カイルか!?」

「お、おう、天晴、どうした?」
「大変なんだ、俺のギアブレードがない」
「ええっ!? じゃあお前、今晩のデュエル、どうするんだよ!」
「ギアブレードがないんじゃ戦えないよ! どうしよう!」

「えらいこっちゃぁぁぁ!
 お、おじさんは!?」
「どこにもいないんだ! 店は閉めてるし、家にもいない!」

「何とかならないか、何とか……そうだ!
 うちのギアブレード、使ってみるか!?」
「カイルの家にあるっていう、古いやつか? いいのか?」
「ああ、今すぐうちに来いよ!」

 * * *

 ──エアシュート家。

 天晴の手には無骨なギアブレードが握られていた。

(感覚が違う……手に吸い付くような感じがしない。
 持っている、いや、持たされているような感じだ)

「起動してみろよ」
「あ、ああ」

 コアをセットし、ギアを稼働させる。

 ──バァァァァァン!

 ギアブレードが唸りを上げ、内部のギアが高速回転する。

「……!」
「ど、どうだ……?」

 抑えようとしても、強い振動で手元が狂ってしまう。

(く……持ちにくい!)

 ──アァァァァァン……。

 ギアブレードを止める。
 天晴の顔には不安が張り付いていた。

「やっぱりダメだ……このギアブレードじゃ代わりにならない」
「そ、それなら! 多分、きっと、"静音"シリーズなら合うはずだ!」

 ドタドタと走り去るカイル。
 持たされた感じのする柄を握ったまま、天晴は改めておじさんのギアブレードの事を考えていた。

(何が違うんだ……これだって同じオールドタイプのギアブレードなのに。
 トモさんも、ドノーマルだって。
 静音かどうかって、そんなに違うのか……?)


 * * *

 夜9時──蕎麦屋とわり前。

「……天晴、悪かったな、力になれなくて」
「いや、トモさんにまで聞いてくれて、ありがとう」
「けちぃよなぁ、トモ先輩の親父さん。
 貸してくれてもいいのに」

「いや、16年前のギアブレードで、まだ動いてるものなんて、よく考えたら貴重な物だよ。
 ただ動かすだけならまだしも、バトルに使いますって言って許可をくれるわけがない」
「……そりゃ俺も……トモ先輩の親父さんの立場だったら、貸し出せなかったかも……」

 沈んだ空気のまま、約束の時間は刻一刻と迫っている。

「……このまま、バックレちまおうぜ。
 寝てた、とか言ってさ」
「それはダメだ、あいつは約束を守らないと、この店に危害を加えようとしてる。
 そんなこと、許せない」

「そうなったら警察にさ……」
「失ってからじゃ、遅いんだ」
「……」

「でも、ただの殴り合いになったら、バトルですらないんだぜ……」

「……」

 無言の時間が過ぎる。

「もう、行かなきゃ」
「天晴……。俺も行く、二人で謝ろうぜ。
 ボコられてもいいじゃないか。それで解決するなら。
 俺も一緒に殴られてやる」
「カイル……」

「行こうぜ」
「ああ」

 沈んだ雰囲気は払しょくされないが、気持ちはいくらか前向きになった。
 友人という存在に感謝しながら、天晴は歩き出し。

「おい天晴」

 店の扉が開いて、聞きなれた声に呼び止められた。

「デュエルするのに、ギアブレード持っていかないつもりか?
 ほれ」

 雑に投げてよこされた16年物のアンティーク・ギアブレード。

「お、おじさん……これ、どこで……」
「早く行かないと10時に間に合わないぞ」
「う、うん……!」

 柄に手をかけると、吸い付くような感覚がある。
 これだ、やっぱりこのギアブレードじゃないとダメだ、と天晴は思う。

「行こうぜ、カイル!」

 
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