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第二章『神皇篇』
第四十二話『夜行歌劇』 序
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嵐の後の様な静けさが甲公爵邸の景色を包んでいた。
それはまるで一つの舞台が山場を過ぎたかのような光景だ。
瓦礫と化した本館、墜落した超級為動機神体・ミロクサーヌ零式の残骸、その傍らに立つもう一機の同機種超級を、月明かりが照らしている。
邸宅の主が血溜りの中、冷たくなって横たわっているのを横目に、麒乃神聖花は岬守航に迫り、頬にそっと手を触れてきた。
「綺麗な御顔をしていますね。中性的で、実に私好みです」
「え? いや、あの……」
美女からの突然のアプローチに、航はドギマギして言葉を失ってしまう。
妹の龍乃神深花といい、皇國の皇女達は男に積極的で手が早いのだろうか。
そんな航の様子に麒乃神は益々好ましげに微笑んだ。
一方、水徒端早辺子はそわそわして落ち着かない様子である。
長年彼女が追い求めていた姉の居場所を確実に知っているとされる人物が目の前に居る。
唯問題があるとすれば、相手が皇太子だということだろう。
推城朔馬の言葉に拠ると、彼女の姉・水徒端早芙子は第一皇子・獅乃神叡智の近衛侍女として、敷島朱鷺緒と名を変えて仕えているという。
早辺子は立ち上がり、前へと進み出た。
その眼には決意と覚悟の光が宿っている。
「畏れながら麒乃神殿下、皇太子殿下へ一つお伺いしても宜しいでしょうか」
早辺子は握り締めた拳を振るわせていた。
先刻麒乃神に異を唱えた航程ではないにせよ、皇族に対して物を尋ねようというのだから、並大抵の覚悟ではあるまい。
しかし、名指しされた獅乃神は特に意に介さず彼女の前へと巨体を歩み寄せた。
「姉上、少し時間を貰うぞ」
「皇太子殿下がそう御望みならばお待ちしましょう」
麒乃神は一歩退いて腕を組んだ。
「うむ、感謝する。水徒端、苦しうない。何なりと申せ」
「恐悦至極に存じます。では単刀直入にお伺いします。私の姉・水徒端早芙子が敷島朱鷺緒と名を変えて、近衛侍女として貴方様にお仕えしていると聞き及んでおります。事実で御座いますか?」
「如何にも」
獅乃神は実にあっさりと答えた。
今まで、早辺子が散々味わった苦難がまるで嘘の様だ。
しかし、早辺子は唯々両目から涙を溢れさせた。
漸く苦労が報われ、感極まったといったところだろう。
「殿下、重ねて厚かましいお願いが御座います。どうか一目だけでも、姉と会わせていただけないでしょうか。私は今まで、姉に会いたいという一心で此処まで歩いてきたので御座います」
「厚かましい? 汝は何を言っておるのだ。生き別れた身内にもう一度会いたいという思いは当然ではないか」
獅乃神は首を傾げた。
早辺子が遠慮する意味が解らないとでも言いたげな仕草だった。
「で、では会わせていただけるのですか?」
早辺子は歓喜を抑えられないと言った様子で獅乃神に迫る。
そんな彼女に、獅乃神は落ち着いた様子で説諭するように言い聞かせる。
「逸るのは解る。しかし、落ち着くが良い。汝の気持ちは充分に理解する。寧ろ返してやることさえも吝かではないと、あくまで俺個人としては思わんでもない」
獅乃神の言葉に早辺子は顔を伏せた。
姉の歩んだ道を思えば、獅乃神の意図は大方察しが付く。
早辺子とて、一度は叛逆者となった姉が名前を変えて皇族に仕えている、その意味するところが解らない程魯鈍ではない。
もう早辺子の姉は、元の水徒端早芙子としては生きていけないのだ。
「姉は……もう戻れないのですね。覚悟はしておりました。更に申し上げれば、その点に関しては私も姉と同じで御座います。私とて、姉を求めて叛逆者に手を貸しました。最早私に多くは望めないことは百も承知です。それでもせめて、姉に一目だけでも会いたいのです」
「いやいや、汝が武装戦隊・狼ノ牙にしたことはあくまで潜入調査ではないか。その程度、特別高等警察もやっていることだ。何もそう早まることはあるまい。水徒端賽蔵亡き今、汝まで居なくなって何とする」
獅乃神の言動は、まるで思い詰める早辺子を宥め賺しているかの様だ。
まるで御伽噺の魔王を思わせる威容を備える偉丈夫が、そのように気を遣う態度で彼女に臨む様は、傍目の航から見ると少し滑稽だった。
「なんだあの男……。異世界ダークファンタジーの強キャラみたいな見た目の割に随分温情家みたいじゃないか……」
「獅兄様は分かり易い人だからね。助けたいと思った相手にはとことん甘いのさ」
龍乃神はそう言いつつも、いつの間にか手にしていた金属縄を航の体に這わせていた。
「ち、ちょっと深花様? 何やってるんですか?」
「これ以上勝手なことをされては困るからね。悪いけれど、帰国の時まで動けなくして閉じ込めさせてもらうよ」
「え? え?」
困惑する航を余所に、龍乃神は手際良く航の体を縛っていく。
何処で覚えたのか、かの有名な亀甲縛りである。
一応、本来は大荷物を縛る方法であったり、囚人護送に使われた縛り方であったりするので、用途として間違ってはいない。
緊縛はあっという間に仕上がり、龍乃神は航の体を横抱きに持ち上げた。
「これで良し、と」
「いや何が良しですか解いてくださいよ」
一応、形としては男装の麗人にお姫様抱っこされている、といったシチュエーションである。
状況によっては時めいてもしまうだろう。
しかし、唐突に縛られてこの様な姿にされては、航も抗議の一つくらいしたくなる。
そんな二人を余所に、早辺子と獅乃神の話は纏まろうとしていた。
「水徒端よ、俺も汝と敷島を会わせてやりたいと思う。しかし、敷島にとっては酷なことであるかも知れん」
「姉は私に会いたがらない、と?」
「説得に時間を貰いたい、ということだ。敷島が心から納得し、了承を得られれば、改めて此方より連絡し、会合の日時を設けようではないか」
「誠で御座いますか……! 身に余る御厚意、感謝に言葉も御座いません……!」
獅乃神の言葉に、早辺子は歓喜の笑みを花咲かせた。
そんな彼女の様子を見ていると、航の方も彼女の思いに同調して自分の状況を忘れてしまう。
「早辺子さん、良かった。本当に良かった……」
「うん、まあこの光景を見られた結果はそうだね」
龍乃神の祝辞も航への皮肉ではなさそうだ。
一方で、そんな早辺子の元に二人の皇族が歩み寄る。
「話が付いたところで、良い流れですしこのまま水徒端の処遇について話しておきましょう」
第一皇女・麒乃神聖花が二人の話に入ってきた。
傍らに付いているのは軍の儀礼服を着た第二皇子・鯱乃神那智である。
「水徒端、御前は使用人として非常に高い能力を持っているそうですね。その力、是非皇族の為に役立たせなさい。御前にはこの那智の侍女となっていただきます」
「わ、私が……鯱乃神殿下の……」
早辺子は驚きを隠せない様子でたじろいでいた。
風前の灯火となった男爵家の令嬢という身で皇族に側仕えしろと言われているのだから、無理も無い。
そんな彼女の胸中はどうあれ、二人の皇族は話を進める。
「為動機神体の操縦と整備が出来るそうだな。そこで私の専用機の調整を君に任せたいのだ。皇國の為にいつでも出撃出来るよう、準備を整えておけ」
「皇族の側に仕えていた方が、皇太子殿下との日程調整も付き易いでしょう」
確かに早辺子にとって、今度は悪い話でもなさそうだ。
早辺子は三人の皇族に深々と頭を下げる。
「畏まりました。不束者では御座いますが、謹んで拝承いたします」
早辺子の処遇についての話は終わったようだ。
どうやら姉との再会の件も含めて、概ね丸く収まりそうである。
収まるべき形に収まると告げて去った推城の言葉に偽りは無かった、といったところだろう。
「では、続いて岬守、明治日本より拉致被害者達、その帰国に関してですね」
麒乃神は縛られて抱え上げられた航の方へ振り向いた。
それはまるで一つの舞台が山場を過ぎたかのような光景だ。
瓦礫と化した本館、墜落した超級為動機神体・ミロクサーヌ零式の残骸、その傍らに立つもう一機の同機種超級を、月明かりが照らしている。
邸宅の主が血溜りの中、冷たくなって横たわっているのを横目に、麒乃神聖花は岬守航に迫り、頬にそっと手を触れてきた。
「綺麗な御顔をしていますね。中性的で、実に私好みです」
「え? いや、あの……」
美女からの突然のアプローチに、航はドギマギして言葉を失ってしまう。
妹の龍乃神深花といい、皇國の皇女達は男に積極的で手が早いのだろうか。
そんな航の様子に麒乃神は益々好ましげに微笑んだ。
一方、水徒端早辺子はそわそわして落ち着かない様子である。
長年彼女が追い求めていた姉の居場所を確実に知っているとされる人物が目の前に居る。
唯問題があるとすれば、相手が皇太子だということだろう。
推城朔馬の言葉に拠ると、彼女の姉・水徒端早芙子は第一皇子・獅乃神叡智の近衛侍女として、敷島朱鷺緒と名を変えて仕えているという。
早辺子は立ち上がり、前へと進み出た。
その眼には決意と覚悟の光が宿っている。
「畏れながら麒乃神殿下、皇太子殿下へ一つお伺いしても宜しいでしょうか」
早辺子は握り締めた拳を振るわせていた。
先刻麒乃神に異を唱えた航程ではないにせよ、皇族に対して物を尋ねようというのだから、並大抵の覚悟ではあるまい。
しかし、名指しされた獅乃神は特に意に介さず彼女の前へと巨体を歩み寄せた。
「姉上、少し時間を貰うぞ」
「皇太子殿下がそう御望みならばお待ちしましょう」
麒乃神は一歩退いて腕を組んだ。
「うむ、感謝する。水徒端、苦しうない。何なりと申せ」
「恐悦至極に存じます。では単刀直入にお伺いします。私の姉・水徒端早芙子が敷島朱鷺緒と名を変えて、近衛侍女として貴方様にお仕えしていると聞き及んでおります。事実で御座いますか?」
「如何にも」
獅乃神は実にあっさりと答えた。
今まで、早辺子が散々味わった苦難がまるで嘘の様だ。
しかし、早辺子は唯々両目から涙を溢れさせた。
漸く苦労が報われ、感極まったといったところだろう。
「殿下、重ねて厚かましいお願いが御座います。どうか一目だけでも、姉と会わせていただけないでしょうか。私は今まで、姉に会いたいという一心で此処まで歩いてきたので御座います」
「厚かましい? 汝は何を言っておるのだ。生き別れた身内にもう一度会いたいという思いは当然ではないか」
獅乃神は首を傾げた。
早辺子が遠慮する意味が解らないとでも言いたげな仕草だった。
「で、では会わせていただけるのですか?」
早辺子は歓喜を抑えられないと言った様子で獅乃神に迫る。
そんな彼女に、獅乃神は落ち着いた様子で説諭するように言い聞かせる。
「逸るのは解る。しかし、落ち着くが良い。汝の気持ちは充分に理解する。寧ろ返してやることさえも吝かではないと、あくまで俺個人としては思わんでもない」
獅乃神の言葉に早辺子は顔を伏せた。
姉の歩んだ道を思えば、獅乃神の意図は大方察しが付く。
早辺子とて、一度は叛逆者となった姉が名前を変えて皇族に仕えている、その意味するところが解らない程魯鈍ではない。
もう早辺子の姉は、元の水徒端早芙子としては生きていけないのだ。
「姉は……もう戻れないのですね。覚悟はしておりました。更に申し上げれば、その点に関しては私も姉と同じで御座います。私とて、姉を求めて叛逆者に手を貸しました。最早私に多くは望めないことは百も承知です。それでもせめて、姉に一目だけでも会いたいのです」
「いやいや、汝が武装戦隊・狼ノ牙にしたことはあくまで潜入調査ではないか。その程度、特別高等警察もやっていることだ。何もそう早まることはあるまい。水徒端賽蔵亡き今、汝まで居なくなって何とする」
獅乃神の言動は、まるで思い詰める早辺子を宥め賺しているかの様だ。
まるで御伽噺の魔王を思わせる威容を備える偉丈夫が、そのように気を遣う態度で彼女に臨む様は、傍目の航から見ると少し滑稽だった。
「なんだあの男……。異世界ダークファンタジーの強キャラみたいな見た目の割に随分温情家みたいじゃないか……」
「獅兄様は分かり易い人だからね。助けたいと思った相手にはとことん甘いのさ」
龍乃神はそう言いつつも、いつの間にか手にしていた金属縄を航の体に這わせていた。
「ち、ちょっと深花様? 何やってるんですか?」
「これ以上勝手なことをされては困るからね。悪いけれど、帰国の時まで動けなくして閉じ込めさせてもらうよ」
「え? え?」
困惑する航を余所に、龍乃神は手際良く航の体を縛っていく。
何処で覚えたのか、かの有名な亀甲縛りである。
一応、本来は大荷物を縛る方法であったり、囚人護送に使われた縛り方であったりするので、用途として間違ってはいない。
緊縛はあっという間に仕上がり、龍乃神は航の体を横抱きに持ち上げた。
「これで良し、と」
「いや何が良しですか解いてくださいよ」
一応、形としては男装の麗人にお姫様抱っこされている、といったシチュエーションである。
状況によっては時めいてもしまうだろう。
しかし、唐突に縛られてこの様な姿にされては、航も抗議の一つくらいしたくなる。
そんな二人を余所に、早辺子と獅乃神の話は纏まろうとしていた。
「水徒端よ、俺も汝と敷島を会わせてやりたいと思う。しかし、敷島にとっては酷なことであるかも知れん」
「姉は私に会いたがらない、と?」
「説得に時間を貰いたい、ということだ。敷島が心から納得し、了承を得られれば、改めて此方より連絡し、会合の日時を設けようではないか」
「誠で御座いますか……! 身に余る御厚意、感謝に言葉も御座いません……!」
獅乃神の言葉に、早辺子は歓喜の笑みを花咲かせた。
そんな彼女の様子を見ていると、航の方も彼女の思いに同調して自分の状況を忘れてしまう。
「早辺子さん、良かった。本当に良かった……」
「うん、まあこの光景を見られた結果はそうだね」
龍乃神の祝辞も航への皮肉ではなさそうだ。
一方で、そんな早辺子の元に二人の皇族が歩み寄る。
「話が付いたところで、良い流れですしこのまま水徒端の処遇について話しておきましょう」
第一皇女・麒乃神聖花が二人の話に入ってきた。
傍らに付いているのは軍の儀礼服を着た第二皇子・鯱乃神那智である。
「水徒端、御前は使用人として非常に高い能力を持っているそうですね。その力、是非皇族の為に役立たせなさい。御前にはこの那智の侍女となっていただきます」
「わ、私が……鯱乃神殿下の……」
早辺子は驚きを隠せない様子でたじろいでいた。
風前の灯火となった男爵家の令嬢という身で皇族に側仕えしろと言われているのだから、無理も無い。
そんな彼女の胸中はどうあれ、二人の皇族は話を進める。
「為動機神体の操縦と整備が出来るそうだな。そこで私の専用機の調整を君に任せたいのだ。皇國の為にいつでも出撃出来るよう、準備を整えておけ」
「皇族の側に仕えていた方が、皇太子殿下との日程調整も付き易いでしょう」
確かに早辺子にとって、今度は悪い話でもなさそうだ。
早辺子は三人の皇族に深々と頭を下げる。
「畏まりました。不束者では御座いますが、謹んで拝承いたします」
早辺子の処遇についての話は終わったようだ。
どうやら姉との再会の件も含めて、概ね丸く収まりそうである。
収まるべき形に収まると告げて去った推城の言葉に偽りは無かった、といったところだろう。
「では、続いて岬守、明治日本より拉致被害者達、その帰国に関してですね」
麒乃神は縛られて抱え上げられた航の方へ振り向いた。
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