日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第三十三話『十字架との戯れ』 急

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 どう家はとおどう流の系統だが、その立ち位置はいちどう家やとおどう家と比べて独特であった。
 現代の当主・どうあきつらは、きのえ派で独自路線を殿でん家に接近し、六摂家の中での第三勢力を作って両派のキャスティングボートを握ろうとしていた。
 政界の有力者であるきのえくろと、じんのうからの信頼が厚いいちどうすえ麿まろの両者に働きかけ、こうこくの貴族社会をほしいままにしようという計略である。
 六摂家の中にあって、腹に一際の一物を持つのがどうあきつらという男だった。

 そんなどうが、にまんまと一杯食わされた。
 その表情は屈辱からの怒りで火が着いた様に激しい。

「絶望だと? こうこくいて、絶望とはじんのう陛下に連なる我々貴族へ弓を引く者にこそ与えられるものです。思い上がった貴方あなたに、格の違いというものを思い知らせて差し上げましょう!」

 どうの瞳が激しい光を放つ。
 その光がの周囲に輪を作り、数十人にも及ぶ大量の分身をかたどった。

「なっ……! これ程までの数を作れるとは……! 六摂家当主、やはり恐るべきしんだ……!」
「当然です! さあ、どこまでちますか!」

 分身達が一斉にへと襲い掛かる。
 てのひらで攻撃を払い、触れた一瞬で分身を次々と石化させていく。
 たが、敵の数が多過ぎる。
 痛烈な拳を、激烈な蹴りを、何発も食らう事を前提に少しずつ敵の数を削っていくことしか出来ない。

「確かに、その石化能力は厄介なものです! 進行速度を極限まで高めれば、触れた瞬間に戦闘不能へ至らしめるというのは脅威に違いありません! しかし、それは身分卑しき者には過ぎた力です! 甚大なしんを消費し、長期戦に堪えるものではないでしょう!」

 分身の拳が蟀谷こめかみさくれつし、の視界と意識が揺らぐ。
 防戦一方のだが、今度は演技ではない。
 本気を出していなかったのはどうもまた同じで、両者の実力には依然として分厚い壁があるのだ。

 それでも、敗ける訳には行かなかった。
 明確な格の差があっても、百戦百勝とはいかないのが実戦である。
 万に一つも勝ち目が無いならば、億に一つを死に物狂いで手繰り寄せるのだ。

「うおおおおおっっ!」

 次から次へと襲い来る分身に対し、は気力を振り絞って応戦する。
 多勢を前に、力を温存する余裕など無い。
 しんを大量消費しようが、かく最大速度で分身を石化させるしかない。

(あと少し、反撃に重要なのはタイミングだ!)

 石化した分身は順次光の粒となり、どうの本体へと吸収されていく。
 これら全ての力が上乗せされれば、次なる分身にはかなうべくもないだろう。

(おそらく、この狙いが最初で最後のチャンスだ!)

 絞れる限りの力を振り絞り、残す分身は四体となった。
 ずは両腕を左右に突き出し、両脇の二体を石化させる。
 更に、腰をひねって背後の一体を。
 正面は最後に残す、それこそが反撃の布石であった。

「しぶといですねえ。まあ、よく頑張りましたが次でおしまいでしょう。これだけの数の分身が得た経験値を上乗せするのです、今までの強化とは次元が違いますよ」

 最後の分身が光の粒となり、どうに吸収される。
 しかしその時、待ち構えていたようには光に紛れてどうへ急接近した。

「え?」
「分身を大量展開したのは失敗だったな」

 が石化させた分身は順次光の粒となってどうに吸収される。
 その大量の分身、大量の光が間合いを詰めるかくみのとなる。
 光が収まった時、は既にどうの肩をつかんでいた。

「あっ……!」
「掌で触れた。つまり終わりだ、どう!」

 に掴まれた肩を見て顔をらせるどうの体が石化していく。
 もう一瞬で石化させるしんは残っていなかったが、どうわるきの間も無く石に姿を変えて固まった。

「勝ったか、なんとか……」

 あんと共に石化したどうの肩から手を離した。
 長距離走を終えた走者の様に足元がふらつく。
 まさに死力を尽くした末の、逆転の一手だった。
 なんとか、奇跡的に勝利をつかれた――はそう信じて疑わなかった。

『ほほほほほ。起死回生の一手してやったり、奇跡の勝利に一安心、と言ったところでしょうかね?』
「何!?」

 突如何処どこからともなく響いたどうの声に驚き、どうもくした。
 その時、の背後にたおした筈のどうが姿をあらわし、肘打ちで後頭部を打ち付けてきた。
 たまらず崩れ落ちて膝を突く。

な!」

 振り返ってどうの姿を認めたきようがくを禁じ得なかった。
 傍らには確かに石化したどうの姿がある。
 しかしそれは、すぐに光の粒となって突如顕れたもう一人のどうに吸収された。

「本体ではなかったのか、今まで戦っていたのは? 今の今まで、真の本体は姿を隠していたとでもいうのか!」
「失敬な、そんなきようせんばんなる戦法は採りませんよ。これはじんじゆつしきしん、そのきりふだとも言うべき能力なのです」

 どうは最大限のあざけりを込めてを見下し、得意気に語り出す。

じんの分身は普段意識して作り出すのとは別に、意思とは無関係に自動発動して形成するもう一つの能力があるのですよ。発動条件はズバリ、本体が戦闘不能に陥ることです」
「つまり、石化した瞬間に、か」
「御名答。この分身は本体としての機能をちらに移してしまう特殊な分身なのですよ。言い換えれば、この能力が発動した瞬間に新たな無傷の肉体が本体に、戦闘不能に陥った古い体が分身に切り替わるのです」

 は戦慄した。
 どうの脅威は、たおしても斃しても更に強く作り直される分身を、無尽蔵に大量展開出来る事だとばかり思っていた。
 だが、それは思い違いだった。
 土壇場で発動させたどうの切札は、これまでの能力とは比較にならない理不尽なものだった。

「要するに、貴様は不死身か! 化物が……!」
「良いですねえ、その絶望に染まった表情。今も昔も、尊き者に刃向かう身の程知らずにこれ程さわしい表情は御座いません」

 どうを蹴り飛ばし、更に勝ち誇って高笑いを上げた。

「ほーっほっほっほ! すぐにちゆうさつしては面白くありません。これからたっぷりと、身分卑しき者がじんこうこく貴族に対して抱くべき心構えというものを、骨の髄まで教えて進ぜましょう」
「ぐぅ……う……!」

 には既に立ち上がる力も無かった。
 まんしんそうの体で、視線だけがなおも屈服せずにどうにらみ上げていた。

「心構え……だと?」
「ええ。愚かなる歴史を歩んだ身の程知らずが抱くべき心構え、すなわち一度でも没落の辛酸をめさせた罪に対する『ざん』ですよ」

 どうゆがんだ笑みを浮かべ、を見下ろしている。

「懺悔……?」
「その通り。そもそも、身分卑しき者とはすぐに尊き者から受けた恩を忘れ、隙あらばろそうとする。日本という国を開いたみかどと功を認められ氏姓を授かった貴族が治める正しき政治をつぶし、不届きにも抑え付けおごたかぶった野蛮な武士もののふしかり。迫り来る欧米列強の脅威に際し、国を守るための基盤と体制を必死で作り上げた我々を一度の敗戦に乗じて追い落とした無恥なる国賊共然り。はやこれは、この国の卑しき民共に脈々と流れる血の性癖と言っても良い」

 どうの両目が再度光を放ち、彼の背後に百を超す分身が並べられた。
 それはまるで、身分の低い者、血筋の由緒無き者には決して打ち倒せない圧倒的な力を誇示しているかの様だった。

大日本おおやまとの民は我々皇族貴族にかつひどい事をした。だからその罪を徹底的に教え込み、懺悔の意識を刷り込み、もう二度と貴族に刃向かおうと思わない様にけいもうしなくてはならないのです。そうして、大日本おおやまとは永遠に我々が、二百足らずの華族家が千代に八千代に支配し続けるのですよ!」
「それが……貴様らのやり方、こうこくの統治だというのか」
「まだ完成してはいませんがね。しかし、きのえきようが権力に返り咲けば、法制を作り変えて我々にとって理想的な統治を築けます。もちろん、代わりに臣民には国家の栄光と繁栄を約束しましょう。いずれ吸収される貴方あなためいひのもとの民にもね」

 は激しく顔をしかめた。
 込み上げるけん感を抑えることが出来なかった。

 成程、確かにこうこくは嘗て民衆の手で地獄に落とされたのだろう。
 共産主義革命が起きたとあっては、しん維新政府の旧体制下で高い地位にあった者達には、時に理不尽な程苛烈な粛清の嵐が吹き荒れたのだろう。
 結果、国民が食うにも困る状態に陥ったとすれば、それが二度と繰り返してはならない過去とされるのもむべなることである。

 だが、どうきのえはその過去を都合良くまみいして、自分達の支配に利用しようとしている。
 言ってしまえば、自分達がどんな支配を行おうとも逆らわないように民衆を洗脳し、はんを抱けば思い出させる様に痛む焼印を刻もうとしている。
 既に国家をも動かす大権力者になっているのに、いまだ民衆に対して良心の施しを要求し、それを社会規範的に強いようとしているのだ。
 おまけに、こうこくの過去には何ら関与していない、別の世界線の日本に住んでいた人々も巻き込んで。

が出る。我が国を吸収した上で行う思想矯正がそれか。まっぴらめんとしか言い様が無いな」

 は黙っていられず、声を振り絞ってたんを切った。
 そんな彼に、どうはその圧倒的な力を振るい、卑劣な裁きを下そうとする。

「言いのこす言葉はそれでよろしいですね! では、挽肉ミンチになりなさい!」

 百を超す分身が一斉にへ襲い掛かった。

「くっ……!」

 ばんきゆうす、には既に戦う力は残されていない。
 それでもは分身に触れ、石化の能力を行使しようとする。
 だが、最早一瞬で石にする様な力は残っていなかった。
 それどころか、手を触れた分身は石というよりは泥人形にしかならない。

「どうやらしんが枯渇してきているようですね。体力もかいふくしていませんし、思った通りです。石にならないのは体の水分が混じるからでしょう。情けない限りですな」
「ぐ……くそ……!」

 の体は分身の大群につぶされてしまった。

「終わりですね。下手にかない方が楽に死ねたものを」

 分身の動きが止まり、攻撃が終わった。
 数体の分身が泥人形となって崩れ落ちたものの、それが精一杯だったようだ。
 じわじわと進行した泥化で崩れ落ちた分身の体が泥まりをひろげるばかりだった。

 どうは分身をけ、悠々とその中心に歩を進める。
 分身が光の粒となって本体に吸収されていく。
 後は死体を確認すればどうの勝利である。

「残念ながら跡形も無くつぶされてしまったようですね」

 泥溜まりを見下ろし笑うどうだったが、すぐにある疑問に気が付いて表情を変えた。

何故なぜ泥が残っている? 分身は泥化したものをも含めて全て吸収した筈……」

 その瞬間、どうの足下に伸びていた泥溜まりから人間の手が伸び、足首を掴んだ。

「何!?」

 泥は徐々に人の形、の姿を模っていく。
 最終的には膝を突いてどうの足首を掴むが顕れた。

「ふう、一時はどうなることかと思ったが、これでおれの勝ちだな。もうじゆつしきしんは使ってくれるなよ、良いな?」

 どうの体が足から徐々に石化していく。

「莫迦な! もうしんは使い尽くしたのではないのですか?」
「泥人形のことか? これは任意で石化の形状を変えられるだけだ。そして、おれの能力は自分自身にも適用し、石化や泥化を行うことが出来るのだ」
「な、なんですって!?」
ちなみに、演技のときに血を吐いていたのもこの能力を使ったんだ。舌先だけを石化させ、喉奥を傷付けてな。まあ、しんを使い尽くしたのは事実だな。もうこんなにゆっくりとした石化しか出来ん。そしてこれが終わればらしだろう」

 の言葉を聞き、どうは再び笑みを浮かべた。

「莫迦め、忘れたのですか? じんにはもう一つの切札があることを!」
「ああ、勿論それも対策済みだ」

 どうの石化が進行し、首から上だけが生身の状態となった。
 最早この本体は戦闘不能に陥ったと言って良い。

「な、何故分身が自動形成されない? 我が不死身の能力はどうした?」
「命令したからな。もうお前はじゆつしきしんを使えない。おれは石化させる相手に命令を与えて従わせることが出来るんだ。念押しの言葉を発動条件としてな」
「何だと!?」
「自分だけが切札を隠していると思ったが運の尽きだな。配られた手札は貴様が完全に上でも、手札の切り方はおれの方がかったということだ」

 屈辱にを血走らせるどうの石化は顎にまで及んだ。
 最早彼にはえることしか出来ない。

「おのれ!! 覚えていろ!! この借りは必ず何倍にもして返してやるからな!!」
「もう一つ言っておくが、おれの石化はしんの有無に拘わらずおれが解除しなければ解けん。仮に解除しないままおれが死んだとしたら、永久にそのままだ」
「う、うそでしょ!?」
「まあ、はるか格上の相手に報復を宣言されてしまうと、怖くてとても解放出来んな」
「そ、そんな!! い、嫌だ!! どうかお許しください!! お許しください!! お許しくださ……」

 狂乱の中で許しを請う口のまま、どうの体は完全に石となった。

「そのまましばらく反省してろ。絶望の中で、おれの気が済むまでな」

 全てを出し尽くして疲れ果てたは、大きな溜息を吐いてその場であおけになった。
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