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第二章『神皇篇』
第三十二話『動如雷霆』 急
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暗がりの中、銀幕に投影したかの様な映像が流れている。
それを、四人の男女が渋い顔をしながら見詰めていた。
映像の中で、ワゴン車から拉致被害者達が降りている。
彼らは壱級為動機神体の襲撃を凌ぎきり、立体駐車場の屋上へ車を乗り捨てようとしているのだ。
「失敗……でおじゃるか……」
如何にも時代劇の公家と言った装いだが、精悍な顔つきをした男――六摂家当主の一人・一桐陶麿が溜息交じりに呟いた。
統京へ向かうワゴン車に壱級為動機神体を差し向けたのは、四人の六摂家当主だったのだ。
「街中へ降り立ってしまった以上、最早派手な兵器を動かす方策は取れまいの……」
武家の婦人といった装いの、少女と見紛う小柄な女――十桐綺葉の言葉には恨みがましさが籠っていた。
「だから我の言うように、壱級ではなく超級で一気に片を付けるべきだったのじゃ」
「それでは兵装の破壊力が大き過ぎると言うておじゃろう。壱級ですら、光線砲によって道路陥没が起こり、臣民に被害が出ておじゃる」
「御二人は宜しおすなぁ、領地が遠くて。どっちにしても、兵を出すのは此身と丹桐卿ですもなぁ」
「何を仰るのですか、公殿卿。吾人が兵を出すと言ったところに出しゃばってきたのは貴女でしょう」
一桐と十桐の口論に、洋装をした残る二人の六摂家当主――公殿句子と丹桐士糸が割り込んだ。
彼らの会話には、皇國の内情が多分に現れている。
ワゴン車が違法な手段で統京に入ろうとした背景には、道州制で地方自治体の分権が強いという皇國の事情があった。
その地方自治体、六十の州は六摂家・元将軍家を始めとした公爵家や元大名家たる侯爵家が強い権限を以て地方の政治家や軍を操っている。
また、彼らは僅かとはいえ私兵を持っており、六摂家ともなれば為動機神体すらも動かすことが出来るのだ。
但し、その練度は正規兵と比べると月と鼈である。
今回、公殿家と丹桐家が一機ずつ壱級為動機神体を出したが、ただでさえ技量の低い私兵が慣れない相手と連携して、上手く行かないのは当然であった。
「抑も、麿は為動機神体を出すこと自体反対でおじゃった。我々に何故、個々の裁量に拠る叛逆者の誅殺が許されているのか。それは単に皇國の秩序と繁栄を、延いては臣民の安寧を守る為におじゃる。御三方がそれすらも忘れ、高々十人程度の賊に為動機神体という破壊の暴を出そうとは嘆かわしい限り」
公殿と丹桐が一桐に反感の籠った視線を向けた。
一方で、十桐はその場に顔を伏せている。
一桐の言葉に対して思うところは、六摂家当主の間でも差異があるらしい。
「そこまで言いはるのやったら、最初から一桐卿が御一人で始末すれば宜しいのと違いますかぁ?」
「吾人と公殿卿が大切な兵を犠牲にすることも無かった訳ですしな」
「これ公殿卿、丹桐卿。失礼であるぞ」
嫌味を吐く公殿と丹桐を十桐が諫める。
しかし、二人は更に続ける。
「失礼なのは一桐卿の方と違いますかぁ?」
「十桐卿も、あそこまで言われて何故言い返さないのです? 如何に一桐卿が皇別摂家とはいえ、臣籍降下は幕藩時代。我々六摂家当主は本来対等ではないのですか?」
二人の口撃はその矛先を十桐に変えた。
そんな有様に、一桐は溜息を吐いて立ち上がる。
「公殿卿と丹桐卿の仰る通りにおじゃる。ここからは麿が一人で始末を付け、御三方への無礼の落とし前としよう」
「ま、待ちなされ一桐卿! 我は許容出来ませぬぞ! 謝るなら言葉で謝りなされ!」
一桐を引き留めようとする十桐、一方で公殿と丹桐は冷ややかな目を向けている。
両者の間にある溝を、十桐が一人どうにか橋渡ししようとしているようにも見える。
と、そんなところにもう一人、十桐の味方が現れた。
「困りまするな、皆様方」
四人の背後に突如、甲夢黝の秘書である推城朔馬が現れた。
推城は武士の様な裃姿の長身を折り曲げ、四人へ跪いて見せた。
「推城殿、何用でおじゃる」
「何故お主が此処へ?」
「此身らを心配なさりはったんでしょうかねぇ?」
「だとすると、相変わらず甲卿はお人が悪いですな」
互いに言い争っていた四人は今、推城に白羽の矢を立て見下ろしている。
そんな彼らに、彼は頭を下げたまま事情を語る。
「実は些か状況が変わりまして。どうやら明治日本よりの賊に加え、本命の者共も統京へ集まっている様なのです」
「本命の者共ぉ?」
「武装戦隊・狼ノ牙の最高幹部である『八卦衆』が一人・沙華珠枝と、首領Дこと道成寺太が子女・椿陽子と道成寺陰斗に御座います、公殿閣下」
狼ノ牙の三人は、拉致被害者を粛正する為に彼らを追い掛けてきたのだ。
それが推城に見付かった。
推城が出したその名前を聞き、公殿は眉間に皺を寄せて引き攣った表情を浮かべた。
他の者達も大なり小なり不快感を露わにしたが、彼女の表情の険しさは一際である。
「成程ぉ。そういうことでしたら、一桐卿だけにお任せするのはあきませんねぇ……」
公殿の表情が歪んだ笑みに変わった。
どうやら彼女には狼ノ牙に対して六摂家当主の中でも特に思うところがありそうだ。
「麿は其奴らも含めて一人でも構わんが?」
「いえいえ、流石にこればかりは譲れませんわぁ」
「纏めて始末するならば、やはり我も動くべきじゃろうな」
「そういうことならば吾人もお供しますぞ。除け者にされるのは屈辱です」
「……あいわかった。麿に失言があったのも事実。御三方の顔も立てよう」
継ぎ接ぎではあるが、四人の協力体制は一先ず維持される形になった。
推城は顔を下に向けたまま北叟笑む。
「それともう一つ、皆様のお耳に入れねばならないことが」
「まだあるのか?」
「はい、十桐閣下」
推城は一枚の写真を十桐に差し出した。
「この男は……賊の一人じゃな」
「根尾弓矢なる者。我が主・甲夢黝卿より、この者を誰よりも優先して消す様に、と仰せつかりました。しかし私の様な不肖の身で、六摂家当主程の方々がお引受になった獲物を横取りする訳にも行きませぬ。そこで、主の心を皆様にお伝えすることにいたしました」
十桐の持つ根尾の写真を、他の六摂家当主達は怪訝そうな表情で覗き込んでいる。
「何故この男を?」
「申し訳御座いません、一桐閣下。私も詳しい話は聞けておりませぬ。しかし、この男は明治日本の政治家と特に強い繋がりを持っており、甲卿は前々より警戒なさっているのです。おそらく、政治的な理由で皇國にとって何ぞ害があるのでは、と……」
「成程……」
丹桐が口角を上げた。
「ならばこの者の始末は吾人が引き受けましょう」
「恐縮に御座います。では、私は主へ報告に戻らせていただきましょう。皆様、何卒御武運を」
推城の姿がその場から忽然と消えた。
「甲卿の懐刀……食えん男でおじゃる」
一桐は何処か釈然としない様子だった。
⦿⦿⦿
ワゴン車を乗り捨てた一行は、徒歩で龍乃神邸へ向かうことにした。
幸い、彼らが降りた立体駐車場は千世田区にあり、龍乃神邸までは目と鼻の先だ。
十人は昇降機を待っている。
そんな中、虎駕が根尾に話し掛けた。
「日本に帰ったら自分も根尾さんと一緒に働きたいと思っています」
根尾は日本国防衛大臣兼国家公安委員長・皇奏手の秘書である。
虎駕は皇のことを愛国政治家として尊敬していた。
彼がこう言い出すのはおかしな話でもないだろう。
「それはまた思い切ったな。君も皇先生の秘書になりたいと?」
「はい。今回もあの人が動いてくれて、自分は感動しています。皇奏手議員はやはり、日本国民を守る真の愛国者だ。自分もあの人の、先生のお役に立ちたいのです」
三日前、虎駕は根尾の自動車に同乗していた。
そこでもやはり、彼は政治に興味を示して目を輝かせていた。
「君は……先生を尊敬してくれているのだな……」
根尾は一息置いてから虎駕に応えた。
虎駕の思いは、支持者として遠くから見ているが故の美化されたものだろう。
秘書という身内として、近くからはまた違った姿が見えるものだ。
尤も、そういった対外的な印象も皇の政治家としての手腕に違い無い。
「虎駕君、今回の君の活躍は目を瞠るものがある。そして若さ故の志も尊重したいし、君の人生は最終的に君の責任で決めるものだろう。だが、外から見ているのと実際に動かす政治は違う、とだけ忠告はしておく」
根尾の返答が意外だったのか、虎駕の表情から笑みが消えた。
エレベーターが到着したので、続きは中で話そうと、根尾はそう考えていた。
自分が今言ったことを承知の上で、それでも為したい志だと信じるならば、是非応援させてほしい――そう伝えようとした。
しかしその時、突然彼らの視界が暗転した。
根尾は他の者達を見失ってしまい、一人闇の中に閉じ込められてしまった。
「何が起こった! 虎駕君! 白檀! みんな居るか、返事をしろ!」
「誰も応えませんよ」
他の者達へ必死で呼び掛ける根尾の前に、一人の男が現れた。
華美な紅いウェストコートを身に着けた、近世欧州貴族の様な装いの男である。
根尾は写真でこの男を見たことがあった。
「丹桐……士糸……!」
「おやおや、呼び捨てとは礼儀を知らぬ男ですね。まあ良いでしょう。どうせこれから死んでいただくのですから」
丹桐公爵家当主・丹桐士糸に対し、根尾は構えを取った。
だがこの場に現れたのは一人だけではなかった。
「十桐卿、相手を間違えてませんかぁ? この男の相手は丹桐卿の筈ではぁ?」
「く、公殿句子……!」
公殿公爵家当主・公殿句子が背後から現れた。
「まあ良いではありませんか、公殿卿。十桐卿にも何か考えがあるのでしょう。それに、こうやって一人ずつ潰していく、というのも悪くない」
「まあ、確かにそれもそうですなぁ。どの道、誰も逃げられませんしぃ」
「六摂家当主が……二人相手とは……」
二人に挟まれた根尾は溜息を吐いた。
皇國貴族の中でも、六摂家当主は別格の力を持つ。
鷹番夜朗と同等の相手が二人も根尾に襲い掛かろうとしているのだ。
「一つ訊く。みんなは無事なんだろうな」
「今のところはそうじゃないですか? 尤も、一桐卿や十桐卿がそれを許すとは思いませんが」
「成程な、甲以外の六摂家当主が全員で来たわけか。で、俺は閉じ込められた……。これは一体どいつの術識神為だ?」
「死に往く貴方には関係ありませんよ」
「でもまぁ、別に構へんでしょぉ、丹桐卿」
公殿は辺りを指差した。
「この空間は十桐卿の能力に因って創られたものですよぉ。他の者達も別々に閉じ込めてます。十桐卿が敗れはったら、能力が解除されて出られるんやないですかぁ? ま、知りまへんけどねぇ」
根尾は一つ深呼吸した。
どの道、戦わなければならないのだろう。
「そうか、一人ずつ分断して仕留めようという腹か。それで、先ずは俺の許にお前らが来たと……」
「そういうことです」
丹桐と公殿は歪んだ笑みを浮かべた。
それに対して、根尾もまた不敵な笑みを返す。
「何処から見張っていたのかは知らんが、車内での俺の不甲斐無さを当て込んで来たか? だとしたら、気の毒な話だな。軽々に我が国民へ危害を加えようとしたこと、後悔させてやろう!」
闇の中、六摂家当主との第二戦が火蓋を切られようとしていた。
それを、四人の男女が渋い顔をしながら見詰めていた。
映像の中で、ワゴン車から拉致被害者達が降りている。
彼らは壱級為動機神体の襲撃を凌ぎきり、立体駐車場の屋上へ車を乗り捨てようとしているのだ。
「失敗……でおじゃるか……」
如何にも時代劇の公家と言った装いだが、精悍な顔つきをした男――六摂家当主の一人・一桐陶麿が溜息交じりに呟いた。
統京へ向かうワゴン車に壱級為動機神体を差し向けたのは、四人の六摂家当主だったのだ。
「街中へ降り立ってしまった以上、最早派手な兵器を動かす方策は取れまいの……」
武家の婦人といった装いの、少女と見紛う小柄な女――十桐綺葉の言葉には恨みがましさが籠っていた。
「だから我の言うように、壱級ではなく超級で一気に片を付けるべきだったのじゃ」
「それでは兵装の破壊力が大き過ぎると言うておじゃろう。壱級ですら、光線砲によって道路陥没が起こり、臣民に被害が出ておじゃる」
「御二人は宜しおすなぁ、領地が遠くて。どっちにしても、兵を出すのは此身と丹桐卿ですもなぁ」
「何を仰るのですか、公殿卿。吾人が兵を出すと言ったところに出しゃばってきたのは貴女でしょう」
一桐と十桐の口論に、洋装をした残る二人の六摂家当主――公殿句子と丹桐士糸が割り込んだ。
彼らの会話には、皇國の内情が多分に現れている。
ワゴン車が違法な手段で統京に入ろうとした背景には、道州制で地方自治体の分権が強いという皇國の事情があった。
その地方自治体、六十の州は六摂家・元将軍家を始めとした公爵家や元大名家たる侯爵家が強い権限を以て地方の政治家や軍を操っている。
また、彼らは僅かとはいえ私兵を持っており、六摂家ともなれば為動機神体すらも動かすことが出来るのだ。
但し、その練度は正規兵と比べると月と鼈である。
今回、公殿家と丹桐家が一機ずつ壱級為動機神体を出したが、ただでさえ技量の低い私兵が慣れない相手と連携して、上手く行かないのは当然であった。
「抑も、麿は為動機神体を出すこと自体反対でおじゃった。我々に何故、個々の裁量に拠る叛逆者の誅殺が許されているのか。それは単に皇國の秩序と繁栄を、延いては臣民の安寧を守る為におじゃる。御三方がそれすらも忘れ、高々十人程度の賊に為動機神体という破壊の暴を出そうとは嘆かわしい限り」
公殿と丹桐が一桐に反感の籠った視線を向けた。
一方で、十桐はその場に顔を伏せている。
一桐の言葉に対して思うところは、六摂家当主の間でも差異があるらしい。
「そこまで言いはるのやったら、最初から一桐卿が御一人で始末すれば宜しいのと違いますかぁ?」
「吾人と公殿卿が大切な兵を犠牲にすることも無かった訳ですしな」
「これ公殿卿、丹桐卿。失礼であるぞ」
嫌味を吐く公殿と丹桐を十桐が諫める。
しかし、二人は更に続ける。
「失礼なのは一桐卿の方と違いますかぁ?」
「十桐卿も、あそこまで言われて何故言い返さないのです? 如何に一桐卿が皇別摂家とはいえ、臣籍降下は幕藩時代。我々六摂家当主は本来対等ではないのですか?」
二人の口撃はその矛先を十桐に変えた。
そんな有様に、一桐は溜息を吐いて立ち上がる。
「公殿卿と丹桐卿の仰る通りにおじゃる。ここからは麿が一人で始末を付け、御三方への無礼の落とし前としよう」
「ま、待ちなされ一桐卿! 我は許容出来ませぬぞ! 謝るなら言葉で謝りなされ!」
一桐を引き留めようとする十桐、一方で公殿と丹桐は冷ややかな目を向けている。
両者の間にある溝を、十桐が一人どうにか橋渡ししようとしているようにも見える。
と、そんなところにもう一人、十桐の味方が現れた。
「困りまするな、皆様方」
四人の背後に突如、甲夢黝の秘書である推城朔馬が現れた。
推城は武士の様な裃姿の長身を折り曲げ、四人へ跪いて見せた。
「推城殿、何用でおじゃる」
「何故お主が此処へ?」
「此身らを心配なさりはったんでしょうかねぇ?」
「だとすると、相変わらず甲卿はお人が悪いですな」
互いに言い争っていた四人は今、推城に白羽の矢を立て見下ろしている。
そんな彼らに、彼は頭を下げたまま事情を語る。
「実は些か状況が変わりまして。どうやら明治日本よりの賊に加え、本命の者共も統京へ集まっている様なのです」
「本命の者共ぉ?」
「武装戦隊・狼ノ牙の最高幹部である『八卦衆』が一人・沙華珠枝と、首領Дこと道成寺太が子女・椿陽子と道成寺陰斗に御座います、公殿閣下」
狼ノ牙の三人は、拉致被害者を粛正する為に彼らを追い掛けてきたのだ。
それが推城に見付かった。
推城が出したその名前を聞き、公殿は眉間に皺を寄せて引き攣った表情を浮かべた。
他の者達も大なり小なり不快感を露わにしたが、彼女の表情の険しさは一際である。
「成程ぉ。そういうことでしたら、一桐卿だけにお任せするのはあきませんねぇ……」
公殿の表情が歪んだ笑みに変わった。
どうやら彼女には狼ノ牙に対して六摂家当主の中でも特に思うところがありそうだ。
「麿は其奴らも含めて一人でも構わんが?」
「いえいえ、流石にこればかりは譲れませんわぁ」
「纏めて始末するならば、やはり我も動くべきじゃろうな」
「そういうことならば吾人もお供しますぞ。除け者にされるのは屈辱です」
「……あいわかった。麿に失言があったのも事実。御三方の顔も立てよう」
継ぎ接ぎではあるが、四人の協力体制は一先ず維持される形になった。
推城は顔を下に向けたまま北叟笑む。
「それともう一つ、皆様のお耳に入れねばならないことが」
「まだあるのか?」
「はい、十桐閣下」
推城は一枚の写真を十桐に差し出した。
「この男は……賊の一人じゃな」
「根尾弓矢なる者。我が主・甲夢黝卿より、この者を誰よりも優先して消す様に、と仰せつかりました。しかし私の様な不肖の身で、六摂家当主程の方々がお引受になった獲物を横取りする訳にも行きませぬ。そこで、主の心を皆様にお伝えすることにいたしました」
十桐の持つ根尾の写真を、他の六摂家当主達は怪訝そうな表情で覗き込んでいる。
「何故この男を?」
「申し訳御座いません、一桐閣下。私も詳しい話は聞けておりませぬ。しかし、この男は明治日本の政治家と特に強い繋がりを持っており、甲卿は前々より警戒なさっているのです。おそらく、政治的な理由で皇國にとって何ぞ害があるのでは、と……」
「成程……」
丹桐が口角を上げた。
「ならばこの者の始末は吾人が引き受けましょう」
「恐縮に御座います。では、私は主へ報告に戻らせていただきましょう。皆様、何卒御武運を」
推城の姿がその場から忽然と消えた。
「甲卿の懐刀……食えん男でおじゃる」
一桐は何処か釈然としない様子だった。
⦿⦿⦿
ワゴン車を乗り捨てた一行は、徒歩で龍乃神邸へ向かうことにした。
幸い、彼らが降りた立体駐車場は千世田区にあり、龍乃神邸までは目と鼻の先だ。
十人は昇降機を待っている。
そんな中、虎駕が根尾に話し掛けた。
「日本に帰ったら自分も根尾さんと一緒に働きたいと思っています」
根尾は日本国防衛大臣兼国家公安委員長・皇奏手の秘書である。
虎駕は皇のことを愛国政治家として尊敬していた。
彼がこう言い出すのはおかしな話でもないだろう。
「それはまた思い切ったな。君も皇先生の秘書になりたいと?」
「はい。今回もあの人が動いてくれて、自分は感動しています。皇奏手議員はやはり、日本国民を守る真の愛国者だ。自分もあの人の、先生のお役に立ちたいのです」
三日前、虎駕は根尾の自動車に同乗していた。
そこでもやはり、彼は政治に興味を示して目を輝かせていた。
「君は……先生を尊敬してくれているのだな……」
根尾は一息置いてから虎駕に応えた。
虎駕の思いは、支持者として遠くから見ているが故の美化されたものだろう。
秘書という身内として、近くからはまた違った姿が見えるものだ。
尤も、そういった対外的な印象も皇の政治家としての手腕に違い無い。
「虎駕君、今回の君の活躍は目を瞠るものがある。そして若さ故の志も尊重したいし、君の人生は最終的に君の責任で決めるものだろう。だが、外から見ているのと実際に動かす政治は違う、とだけ忠告はしておく」
根尾の返答が意外だったのか、虎駕の表情から笑みが消えた。
エレベーターが到着したので、続きは中で話そうと、根尾はそう考えていた。
自分が今言ったことを承知の上で、それでも為したい志だと信じるならば、是非応援させてほしい――そう伝えようとした。
しかしその時、突然彼らの視界が暗転した。
根尾は他の者達を見失ってしまい、一人闇の中に閉じ込められてしまった。
「何が起こった! 虎駕君! 白檀! みんな居るか、返事をしろ!」
「誰も応えませんよ」
他の者達へ必死で呼び掛ける根尾の前に、一人の男が現れた。
華美な紅いウェストコートを身に着けた、近世欧州貴族の様な装いの男である。
根尾は写真でこの男を見たことがあった。
「丹桐……士糸……!」
「おやおや、呼び捨てとは礼儀を知らぬ男ですね。まあ良いでしょう。どうせこれから死んでいただくのですから」
丹桐公爵家当主・丹桐士糸に対し、根尾は構えを取った。
だがこの場に現れたのは一人だけではなかった。
「十桐卿、相手を間違えてませんかぁ? この男の相手は丹桐卿の筈ではぁ?」
「く、公殿句子……!」
公殿公爵家当主・公殿句子が背後から現れた。
「まあ良いではありませんか、公殿卿。十桐卿にも何か考えがあるのでしょう。それに、こうやって一人ずつ潰していく、というのも悪くない」
「まあ、確かにそれもそうですなぁ。どの道、誰も逃げられませんしぃ」
「六摂家当主が……二人相手とは……」
二人に挟まれた根尾は溜息を吐いた。
皇國貴族の中でも、六摂家当主は別格の力を持つ。
鷹番夜朗と同等の相手が二人も根尾に襲い掛かろうとしているのだ。
「一つ訊く。みんなは無事なんだろうな」
「今のところはそうじゃないですか? 尤も、一桐卿や十桐卿がそれを許すとは思いませんが」
「成程な、甲以外の六摂家当主が全員で来たわけか。で、俺は閉じ込められた……。これは一体どいつの術識神為だ?」
「死に往く貴方には関係ありませんよ」
「でもまぁ、別に構へんでしょぉ、丹桐卿」
公殿は辺りを指差した。
「この空間は十桐卿の能力に因って創られたものですよぉ。他の者達も別々に閉じ込めてます。十桐卿が敗れはったら、能力が解除されて出られるんやないですかぁ? ま、知りまへんけどねぇ」
根尾は一つ深呼吸した。
どの道、戦わなければならないのだろう。
「そうか、一人ずつ分断して仕留めようという腹か。それで、先ずは俺の許にお前らが来たと……」
「そういうことです」
丹桐と公殿は歪んだ笑みを浮かべた。
それに対して、根尾もまた不敵な笑みを返す。
「何処から見張っていたのかは知らんが、車内での俺の不甲斐無さを当て込んで来たか? だとしたら、気の毒な話だな。軽々に我が国民へ危害を加えようとしたこと、後悔させてやろう!」
闇の中、六摂家当主との第二戦が火蓋を切られようとしていた。
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