日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

文字の大きさ
上 下
99 / 152
第二章『神皇篇』

第三十話『六摂家』 破

しおりを挟む
 同日夜、とうきようすぎなみ区、きのえていの洋館。
 きゆうきよ四人の男女が招集されていた。
 多くの貴金属、宝石、美術品、こつとうひんが飾られたけんらんごうな待合室の長机で、彼らは不平不満をこぼしている。

きのえきようはこの様な時間に突然麿まろ達を呼び出して、一体何事か」

 四人を持て成すはたに低い声で疑問を呈するのは、きのえ家と同じ皇別摂家のいちどう公爵家当主・いちどうすえ麿まろである。
 白粉おしろいと殿上眉の施された顔、直衣のうしを身に着けたちはにも平安貴族といった趣だが、格好には似ても似つかぬせいかんな表情と屈強な体格をしている。

「申し訳御座いません、いちどう様。わたくしの様な身の上では、御主人様に何もお聞かせいただけないのです。わたくしはただ誠心誠意、皆様をお持て成しするようにと、御主人様から仰せつかっておりまして……」
「そうか……。あいや、なたを責める意図はおじゃらん。どうかお気を悪くなさるな」

 いちどうは「頂こう」と一言添えると、出された茶に口を付けた。
 四人にはそれぞれ、相手の好みに合わせた飲み物が出されている。

 いちどうと同じく茶を出されているのは少女とまがう小柄な女・とおどうあやである。
 彼女はいちどう家とどう家の源流となったとおどう公爵家の当主で、こうこくには彼女を含めて女公爵が二人居る。
 小袖を来て被衣かつぎを頭に掛けた姿は、というよりは武家の女房を思わせる。

われらも暇ではないのじゃが……。きのえ卿はの所、同じ摂関家に対してすら礼を逸しておらぬか……?」
「難儀ですなぁ……。せやけど、六摂家の当主が唐突に集められたんは、よっぽどのことがあったのと違います?」

 間延びした関西弁でとおどうから会話をつないだ細目の女は、もう一人の女公爵・殿でんふしである。
 先程の二人とは打って変わって、彼女は欧州貴族女性の様な青いドレス姿だ。
 これ見よがしに身に付けられた装飾が、い程に光り輝いている。
 出された飲み物もそれに合わせてか、香り立つ紅茶だ。

「それにしては妙ですぞ。この場に居るのはきのえ卿を除いて四人。ただ一人、たかつがい卿の姿が見えませぬ」

 もう一人、洋装をしている細目の男はどう公爵家の当主・どう士糸あきつらである。
 近現代的なえんふく姿だったたかつがいに対して、ちらは近世欧州貴族を思わせる、華美で精緻なしゆうの施されたあかいウェストコートを身に着けている。

「近頃のきのえ卿は目に余るものがある。麿まろから一言苦言を呈しておくべきか……」
「最近はますます増長し、われの言うことも聞かん有様じゃ。いちどう卿、なにとぞお願い申し上げる」
ふたは彼に物を言えてうらやましおすなぁ。このなどは、今や何を言うても柳に風ですわぁ。このの方がずっと年上やのに……」
じんたかつがい卿などは、物心付いた頃から恐ろしい人という印象しかありませんよ。彼のわいい時期を知るさんかたが羨ましい……」

 彼らは皆一様に若々しい姿をしている。
 この場に居ない故人のたかつがいも同じく、若く健康的でたくましい体付きをしていたが、その実五十歳近い年齢であった。
 この場に居る者達は皆還暦を超えており、外見と実年齢が全く一致していない。
 これはひとえに、しんの回復効果が細胞の新陳代謝にまで影響を与え、老化を大幅に抑えているためだ。

 六摂家当主という、こうこく最上位の貴族達。
 その血筋による神性に裏付けられたしんは他とは一線を画しているのだ。

 四人がしばらく焦らされていたところ、数十分の後に待合室の扉が開いた。
 扉の前に立ち、六摂家当主達に白羽の矢を立てられたのはきのえくろの秘書・つきしろさくである。

「大変お待たせいたしました。われが主・きのえくろ卿がお会いになります。皆様の案内はわたしつきしろさくが務めさせていただきます」

 つきしろは一礼すると、六摂家当主達へ自分に続く様促す。

「やれやれ、麿まろ達がきのえ卿の待つ部屋へ出向くのか……」
「普通は自分から顔を見せるじゃろうに」
「まあまあ、御二人とも」
「何はともあれ、丁度くたれていたところでは御座いませんか」

 四人はあきれながらもつきしろの案内に従い、きのえの待つ食堂へと向かった。

    ⦿

 きのえ家の食堂は、これまた欧州の宮殿をほう彿ふつとさせるごうしやなものだ。
 その正面席にすわって待ち構えていたきのえ公爵家当主・きのえくろは、しつような程に固められたオールバックとほおけた青白い顔付き、そして黒地に金刺繍がきらめく大礼服が吸血鬼を思わせる男である。
 その出で立ちは相変わらず、全身が不遜の塊と言った様相だった。

 きのえは席から立ち上がると、四人の元へと歩み寄った。

「ようこそ。突然の声掛けにもかかわらず、遠路はるばるよくお越しになった」

 きのえは客人一人一人と握手を交わす。

いちどう卿、壮健そうで何よりだ。相変わらず精気がほとばしり、御年百十とは思えぬはつらつとしたお姿で羨ましい限りだ。どうか今後も長きにわたり、こうこくの栄華を守られよ」
「そういうきのえ卿はまた少し痩せたのではないか? 気苦労が多いとお見受けする。どうか御自愛なされよ。貴殿もまた、長くこうこくの範としてまつりごとを導かねばなるまい」
とおどう卿、久しく娘が世話になっておる。その後、変わりが無いと良いのだが……」
「何も心配は要りませぬよ。次期とおどう公爵夫人として、息子を支えてくやっておりまする」
殿でん卿、本日もまた美しい。物心付いた時から、貴姉は少し怖い程に変わらぬ」
「これはこれはきのえ卿、百歳過ぎのおばあちゃんを揶揄わんといてください」
どう卿、貴殿も久しいな。すっかり六摂家当主の風格を身に着けられた」
めにあずかり光栄ですな」

 一見、ごく普通の挨拶のようだが、いちどう以外の顔は一様に作り笑いである。
 彼らは皆、きのえが内心自分達をどう思っているのか能く知っているのだ。
 きのえが敬意を払うのは、皇族と、精々が同じ皇別摂家当主のいちどうすえ麿まろのみである。

「さあ、掛けられよ。本日御足労頂いた件、早速お話ししたい」

 四人が席に着くのを見届け、きのえも元の席に着いた。

「手短に、本題から入ろう。本日不在の者に皆お気付きと思う。六摂家最後の一つ、たかつがい公爵家が当主・よるあき殿が亡くなられた」

 突然のほうを受け、きのえに向かい合う四人の公爵に動揺がはしった。

たかつがい卿が? まだ麿まろ殿でん卿の半分も生きておらぬ若輩の身であろうに、何故なぜ?」
「誠であればしき事態じゃ。あの若造には嫡子がおらぬはず
「あらあらぁ、たかつがい家はとうとう断絶ですかぁ? せつかくこの殿でん家から養子を出したいうのにぃ……」
しかるべきはんりよも取らず、他人の女を寝取るただれた快楽に溺れる様……。いつかこの様なことになるのはひつじようでありましたかね……」

 彼らがうれえているのは、六摂家の一角が崩れたことにこうこく社会秩序への影響である。
 政界こそ軍閥と学閥にきつこうされているが、基本的にこうこくは強固な貴族社会である。
 その序列が、巨大貴族の消滅に伴い大きく変わりかねない。

 彼らのそんな様子に、きのえほくんで話を続ける。

「彼は殺されたのだ。はんぎやく者に加担しためいひのもとの賊と戦い、敗死した。よい集まってもらったのは、この事態を極めて重く見たからに他ならない」

 なお、たかつがいけしかけたのはきのえである。
 その事実を伏せた上で、きのえは航達にテロ組織の加担者という汚名を着せ、一方的に罪を擦り付けたのだ。
 これは、後の展開に対する布石である。

「成程。こうこく貴族として叛逆者と立派に戦った上での、名誉の戦死におじゃるか……」
「思っていたより見所はあったようだの……」
「そうなると、彼のことが惜しなってしまいますなぁ」
「して、どうするか、それが問題ですぞ」

 最後、どうが乗ってきたのは、きのえにとって好都合である。
 まさに、そのような流れに持って行きたかった。

「うむ。何せ相手は六摂家当主の一角を崩す程の者達。ならば同じ六摂家当主で対応する他あるまい」

 そう、他の摂関家を全て巻き込み、確実にわたる達の息の根を止める――それこそがきのえの狙いであった。
 そうすればめいひのもとこと日本国とこうこくの関係は修復不能となり、軍閥ののうじょう政権は失脚。
 再び自分達貴族閥が政権を奪い返した上で、武力による日本国吸収と三種のじんの移譲を達成する――そんな都合の良いシナリオが、きのえのうに描かれていた。

「あいわかった。麿まろに異論はおじゃらぬ。こうこくあだなす者は直ちに除かねばならぬ」
われも乗ろう。アカ共のまつえいくみするならば生かしてはおかぬ。みなごろしじゃ」
このも右に同じですわぁ。ていうより、断るいう選択肢はありませんなぁ」
「相手はたかつがい卿を敗死させる程の者達。ここは複数で掛かった方がよろしいでしょうな」

 またも、どうだった。
 きのえにとって、彼の発言は実に都合が良い。

「そうして頂けると有難い。では、行っていただいても良いというかたは?」

 きのえはこう尋ねるが、答えはもう分かっていた。

「当然、麿まろは出る。こうこくを守るは麿まろの本懐に他ならぬ」
われも同じ思いじゃ」
このも」
「無論、じんも出ますぞ」

 六摂家当主は皆、叛逆者の掃討に余念が無い人物達である。
 戦力の逐次投入は愚策――きのえの頭にはそれがあり、四人全員を向かわせることを最初から意図していた。

「では、宜しく頼む。もちろんだいこうも協力は惜しまない。五人でたかつがい卿の仇を討とうではないか」

 くして、たかつがいよるあきと同じかそれ以上に恐ろしい刺客がわたる達に差し向けられることになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜

mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!? ※スカトロ表現多数あり ※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

処理中です...