日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第三十話『六摂家』 破

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 同日夜、とうきようすぎなみ区、きのえていの洋館。
 きゆうきよ四人の男女が招集されていた。
 多くの貴金属、宝石、美術品、こつとうひんが飾られたけんらんごうな待合室の長机で、彼らは不平不満をこぼしている。

きのえきようはこの様な時間に突然麿まろ達を呼び出して、一体何事か」

 四人を持て成すはたに低い声で疑問を呈するのは、きのえ家と同じ皇別摂家のいちどう公爵家当主・いちどうすえ麿まろである。
 白粉おしろいと殿上眉の施された顔、直衣のうしを身に着けたちはにも平安貴族といった趣だが、格好には似ても似つかぬせいかんな表情と屈強な体格をしている。

「申し訳御座いません、いちどう様。わたくしの様な身の上では、御主人様に何もお聞かせいただけないのです。わたくしはただ誠心誠意、皆様をお持て成しするようにと、御主人様から仰せつかっておりまして……」
「そうか……。あいや、なたを責める意図はおじゃらん。どうかお気を悪くなさるな」

 いちどうは「頂こう」と一言添えると、出された茶に口を付けた。
 四人にはそれぞれ、相手の好みに合わせた飲み物が出されている。

 いちどうと同じく茶を出されているのは少女とまがう小柄な女・とおどうあやである。
 彼女はいちどう家とどう家の源流となったとおどう公爵家の当主で、こうこくには彼女を含めて女公爵が二人居る。
 小袖を来て被衣かつぎを頭に掛けた姿は、というよりは武家の女房を思わせる。

われらも暇ではないのじゃが……。きのえ卿はの所、同じ摂関家に対してすら礼を逸しておらぬか……?」
「難儀ですなぁ……。せやけど、六摂家の当主が唐突に集められたんは、よっぽどのことがあったのと違います?」

 間延びした関西弁でとおどうから会話をつないだ細目の女は、もう一人の女公爵・殿でんふしである。
 先程の二人とは打って変わって、彼女は欧州貴族女性の様な青いドレス姿だ。
 これ見よがしに身に付けられた装飾が、い程に光り輝いている。
 出された飲み物もそれに合わせてか、香り立つ紅茶だ。

「それにしては妙ですぞ。この場に居るのはきのえ卿を除いて四人。ただ一人、たかつがい卿の姿が見えませぬ」

 もう一人、洋装をしている細目の男はどう公爵家の当主・どう士糸あきつらである。
 近現代的なえんふく姿だったたかつがいに対して、ちらは近世欧州貴族を思わせる、華美で精緻なしゆうの施されたあかいウェストコートを身に着けている。

「近頃のきのえ卿は目に余るものがある。麿まろから一言苦言を呈しておくべきか……」
「最近はますます増長し、われの言うことも聞かん有様じゃ。いちどう卿、なにとぞお願い申し上げる」
ふたは彼に物を言えてうらやましおすなぁ。このなどは、今や何を言うても柳に風ですわぁ。このの方がずっと年上やのに……」
じんたかつがい卿などは、物心付いた頃から恐ろしい人という印象しかありませんよ。彼のわいい時期を知るさんかたが羨ましい……」

 彼らは皆一様に若々しい姿をしている。
 この場に居ない故人のたかつがいも同じく、若く健康的でたくましい体付きをしていたが、その実五十歳近い年齢であった。
 この場に居る者達は皆還暦を超えており、外見と実年齢が全く一致していない。
 これはひとえに、しんの回復効果が細胞の新陳代謝にまで影響を与え、老化を大幅に抑えているためだ。

 六摂家当主という、こうこく最上位の貴族達。
 その血筋による神性に裏付けられたしんは他とは一線を画しているのだ。

 四人がしばらく焦らされていたところ、数十分の後に待合室の扉が開いた。
 扉の前に立ち、六摂家当主達に白羽の矢を立てられたのはきのえくろの秘書・つきしろさくである。

「大変お待たせいたしました。われが主・きのえくろ卿がお会いになります。皆様の案内はわたしつきしろさくが務めさせていただきます」

 つきしろは一礼すると、六摂家当主達へ自分に続く様促す。

「やれやれ、麿まろ達がきのえ卿の待つ部屋へ出向くのか……」
「普通は自分から顔を見せるじゃろうに」
「まあまあ、御二人とも」
「何はともあれ、丁度くたれていたところでは御座いませんか」

 四人はあきれながらもつきしろの案内に従い、きのえの待つ食堂へと向かった。

    ⦿

 きのえ家の食堂は、これまた欧州の宮殿をほう彿ふつとさせるごうしやなものだ。
 その正面席にすわって待ち構えていたきのえ公爵家当主・きのえくろは、しつような程に固められたオールバックとほおけた青白い顔付き、そして黒地に金刺繍がきらめく大礼服が吸血鬼を思わせる男である。
 その出で立ちは相変わらず、全身が不遜の塊と言った様相だった。

 きのえは席から立ち上がると、四人の元へと歩み寄った。

「ようこそ。突然の声掛けにもかかわらず、遠路はるばるよくお越しになった」

 きのえは客人一人一人と握手を交わす。

いちどう卿、壮健そうで何よりだ。相変わらず精気がほとばしり、御年百十とは思えぬはつらつとしたお姿で羨ましい限りだ。どうか今後も長きにわたり、こうこくの栄華を守られよ」
「そういうきのえ卿はまた少し痩せたのではないか? 気苦労が多いとお見受けする。どうか御自愛なされよ。貴殿もまた、長くこうこくの範としてまつりごとを導かねばなるまい」
とおどう卿、久しく娘が世話になっておる。その後、変わりが無いと良いのだが……」
「何も心配は要りませぬよ。次期とおどう公爵夫人として、息子を支えてくやっておりまする」
殿でん卿、本日もまた美しい。物心付いた時から、貴姉は少し怖い程に変わらぬ」
「これはこれはきのえ卿、百歳過ぎのおばあちゃんを揶揄わんといてください」
どう卿、貴殿も久しいな。すっかり六摂家当主の風格を身に着けられた」
めにあずかり光栄ですな」

 一見、ごく普通の挨拶のようだが、いちどう以外の顔は一様に作り笑いである。
 彼らは皆、きのえが内心自分達をどう思っているのか能く知っているのだ。
 きのえが敬意を払うのは、皇族と、精々が同じ皇別摂家当主のいちどうすえ麿まろのみである。

「さあ、掛けられよ。本日御足労頂いた件、早速お話ししたい」

 四人が席に着くのを見届け、きのえも元の席に着いた。

「手短に、本題から入ろう。本日不在の者に皆お気付きと思う。六摂家最後の一つ、たかつがい公爵家が当主・よるあき殿が亡くなられた」

 突然のほうを受け、きのえに向かい合う四人の公爵に動揺がはしった。

たかつがい卿が? まだ麿まろ殿でん卿の半分も生きておらぬ若輩の身であろうに、何故なぜ?」
「誠であればしき事態じゃ。あの若造には嫡子がおらぬはず
「あらあらぁ、たかつがい家はとうとう断絶ですかぁ? せつかくこの殿でん家から養子を出したいうのにぃ……」
しかるべきはんりよも取らず、他人の女を寝取るただれた快楽に溺れる様……。いつかこの様なことになるのはひつじようでありましたかね……」

 彼らがうれえているのは、六摂家の一角が崩れたことにこうこく社会秩序への影響である。
 政界こそ軍閥と学閥にきつこうされているが、基本的にこうこくは強固な貴族社会である。
 その序列が、巨大貴族の消滅に伴い大きく変わりかねない。

 彼らのそんな様子に、きのえほくんで話を続ける。

「彼は殺されたのだ。はんぎやく者に加担しためいひのもとの賊と戦い、敗死した。よい集まってもらったのは、この事態を極めて重く見たからに他ならない」

 なお、たかつがいけしかけたのはきのえである。
 その事実を伏せた上で、きのえは航達にテロ組織の加担者という汚名を着せ、一方的に罪を擦り付けたのだ。
 これは、後の展開に対する布石である。

「成程。こうこく貴族として叛逆者と立派に戦った上での、名誉の戦死におじゃるか……」
「思っていたより見所はあったようだの……」
「そうなると、彼のことが惜しなってしまいますなぁ」
「して、どうするか、それが問題ですぞ」

 最後、どうが乗ってきたのは、きのえにとって好都合である。
 まさに、そのような流れに持って行きたかった。

「うむ。何せ相手は六摂家当主の一角を崩す程の者達。ならば同じ六摂家当主で対応する他あるまい」

 そう、他の摂関家を全て巻き込み、確実にわたる達の息の根を止める――それこそがきのえの狙いであった。
 そうすればめいひのもとこと日本国とこうこくの関係は修復不能となり、軍閥ののうじょう政権は失脚。
 再び自分達貴族閥が政権を奪い返した上で、武力による日本国吸収と三種のじんの移譲を達成する――そんな都合の良いシナリオが、きのえのうに描かれていた。

「あいわかった。麿まろに異論はおじゃらぬ。こうこくあだなす者は直ちに除かねばならぬ」
われも乗ろう。アカ共のまつえいくみするならば生かしてはおかぬ。みなごろしじゃ」
このも右に同じですわぁ。ていうより、断るいう選択肢はありませんなぁ」
「相手はたかつがい卿を敗死させる程の者達。ここは複数で掛かった方がよろしいでしょうな」

 またも、どうだった。
 きのえにとって、彼の発言は実に都合が良い。

「そうして頂けると有難い。では、行っていただいても良いというかたは?」

 きのえはこう尋ねるが、答えはもう分かっていた。

「当然、麿まろは出る。こうこくを守るは麿まろの本懐に他ならぬ」
われも同じ思いじゃ」
このも」
「無論、じんも出ますぞ」

 六摂家当主は皆、叛逆者の掃討に余念が無い人物達である。
 戦力の逐次投入は愚策――きのえの頭にはそれがあり、四人全員を向かわせることを最初から意図していた。

「では、宜しく頼む。もちろんだいこうも協力は惜しまない。五人でたかつがい卿の仇を討とうではないか」

 くして、たかつがいよるあきと同じかそれ以上に恐ろしい刺客がわたる達に差し向けられることになった。
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