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第二章『神皇篇』
第二十八話『昼餉』 破
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同日・七月五日日曜日正午、神聖大日本皇國烏都宮市は、とある工事中のビル地下。
岬守航達はこの場所に潜伏して一夜を明かした。
週末は工事が休みになるという看板を参考に、人目のつかない場所で一時的に敵の襲撃から身を隠したのだ。
幸い、近辺には二十四時間営業の小売店や自動販売機があって飲食物は購入出来たし、ビルの中には仮設のシャワー室もあった為、ある程度体を清めることも出来た。
しかし、いつまでも潜んでいることは出来ない。
当然、月曜日となる翌日朝には工事の作業員がやって来るだろう。
今日中には統京へ向けて出発しなければならない。
「取り敢えず、皆さんで移動出来る車を用意しましょうか」
それは白檀揚羽の提案だった。
結局、十人纏まってなるべく目立たず移動する手段としてはそれが最も現実的だろう。
その点には誰も異論を挟まなかった。
しかし、そうすんなりと行くかは甚だ疑問である。
「借りた車は超級為動機神体の襲撃で大破してしまったからな。まあ流石に保険は下りるだろうが、借り直しの手続が面倒だな」
根尾弓矢の言うように、彼らが一昨日借りた車は返却不能となっている。
この状態で新しい車を用意するのは難しい。
「新たに借りる時に免許証を照会されると、前の車が未返却だと判ってしまう」
「それに、皇國ではなく日本の免許証を使うと目立ってしまいますね。そこから敵に嗅ぎつけられないとも限らない」
麗真魅琴の懸念もある。
日本と皇國には現在、交流が無いに等しいのだ。
現に根尾が自動車を駆りようとした際、店頭にはかなり混乱が起こったようだった。
つまり、それを繰り返すとなると否が応にも目立ってしまう。
「そこは私が何とかしますよー。こう見えても私、諜報員なんでそういうのは得意分野です」
そういうと白檀は徐に上着を脱ぎだした。
突拍子もない行動に、男も女も皆慌てて制止しようとする。
「な、何やってるんだ白檀!」
「何って、着替えてるんですが?」
根尾だけでなく、男達は全員目のやり場に困っている。
白檀は特に気にする様子も無くブラジャーのホックを外し、トップレス姿を曝した。
顔を真っ赤にした久住双葉が彼女の前に立ち、頭で乳房を隠した。
「おお、丁度良かった。久住さん、この晒を巻いてください」
「は、はいすぐに!」
双葉は手渡された晒木綿を白檀の胸に巻いていく。
彼女のあられもない姿を一刻も早く隠せるなら喜んで、といった調子だった。
「もう、皆さん一々初心ですねえ。全員童貞処女ですか?」
「そういう問題じゃない!」
根尾の言うとおり、此処に居るのは皆仕事の関係でしかない相手ばかりだ。
衆目の無い屋内とはいえ、そんな状況で半裸を曝すとは正気の沙汰ではない。
しかし、白檀は淡々と晒木綿の上に腹巻きを二重に着ける。
どうやら女の体付きを隠しているようだ。
「うーん、この季節にこの厚着は厳しいですねえ。ま、背に腹は代えられませんので仕方がありませんが……」
白檀の髪型や服装はサイケデリックでパンキッシュ、つまり男女のどちらが身に付けていてもおかしくないものだ。
加えて彼女は身長一九三糎の、女性としては極めて珍しい長身である。
体型さえ誤魔化せば、自身を男と偽るのは容易だった。
「良し、と。では私、これから架空の皇國男子として十人乗りのワゴン車を借りてきますね」
「いや、免許証はどうすんだよ?」
虻球磨新兒が疑問を呈した様に、変装では解決出来ない問題が残されている。
しかし、それも白檀にとっては問題にならない。
「私の術識神為は空気を利用した幻惑能力です。免許証を別人のものに見せかけるのは朝飯前です。それに、いくら男装したとはいえ流石にこの顔のままじゃバレバレですからね。当然、こっちも幻覚で微妙に姿を誤魔化しますよ」
「それ、態々男装した意味あるんですか?」
繭月百合菜のツッコミだが、これには一つ理由がある。
「私、神為量が小さいですからね。なるべく節約しないといけないんですよ」
「うむ、それに白檀は耐久力や回復力、身体能力強化が我々と比べてかなり弱い。もう一人護衛を付けた方が良いだろうな」
根尾の提案は意外なものだった。
「え? 白檀さんって術識神為をかなり使い熟していますよね? それなのに、その前段階の筈の強化は弱いんですか?」
航が尋ねた。
特に彼からしてみると、白檀は当然自分よりも神為の才能があって、強化の水準も高いと思っていた。
だが彼女には、非常に珍しい固有の事情があるのだ。
「私、神為の発展段階が逆順なんですよ」
「逆順?」
「つまり、皆さんのように第一段階で耐久力と恢復力、第二段階で身体能力や感知能力、第三段階で特殊能力という順番ではなく、第一段階で特殊能力、第二段階は同じく身体能力や感知能力と来て、第三段階で漸く耐久力と恢復力という順番で神為の深度が増すんですね。皇國でも稀に居るらしいんですよね、色々な人に話を聞いていると……」
つまり白檀は最初の段階、航達の経験でいうと土砂崩れによる崩落から命辛々助かった段階から、術識神為を使えたということである。
ただ、その代わり彼女には通常の神為使いと比べて大きな弱点がある。
「逆に、このケースだと異能は使えても身体能力や耐久力が弱いままになり易いのよね。他の人でいうところの第三段階が最初に発現してしまうわけだから、自分は飛び級した天才だと勘違いすることが多い。それ故に、耐久力が人並みであることに気付かず一寸したことで死んでしまうことも多いの。中には術識神為の発現すら気付かずに死ぬこともあるらしいわ」
魅琴は一通り解説すると、白檀に白い目を向けた。
「だからこの特性は通常、他人に知られるべきではない。それを神為の使い手が溢れる皇國で不用意に喋るなんて、危機感が無さ過ぎますよ」
「あぅっ……!」
魅琴に軽率な振る舞いを咎められ、身を縮こめた。
(それにしても、魅琴のやつ随分神為に詳しいんだな。屋渡を倒した時も滅茶苦茶駄目出ししてたし……)
航はそんな魅琴の言動から、一抹の胸騒ぎを覚えた。
思えば航が最初に「神為」という言葉を聞いたのは皇國に拉致されてからではない。
皇國がこの世界に顕現する直前に、魅琴は確かにこう呟いていた。
『やはり、神為が満ちている……』
航は一昨日、魅琴と久々に話し込んだ。
そのままの流れで告白しようとも思った。
だが、その時に言い様の無い不安を覚えて機会を逸してしまった。
今思えば、彼女の知られざる一面が少しずつ明かされてきていることが、この不安の正体ではないか。
元々どこか謎めいたところがある魅琴だが、ここへ来てそれが深まっている。
航は魅琴が段々と遠くへ行ってしまうような気がして、それが不安だったのではないか。
そんな航を余所に、白檀によるワゴン車確保作戦の話は進む。
「それで、護衛は誰が来てくれますかね? 麗真さんだと心強いのですが」
「いや、此処は俺が行きますよ」
名乗り出たのは虎駕憲進だった。
「俺の術識神為は防御に秀でています。それに、麗真は昨日派手に暴れているので、あまり動くべきではないかと」
「うむ、虎駕君の言うことも一理あるな。では、行ってくれるか?」
根尾に認められた虎駕は、心做しかどこか嬉しそうにしていた。
その他にも特に異論は出ない。
「決まりですねー。では、虎駕さんはこの野球帽とサングラスとマスクで顔を隠して下さい」
「いや、不信感があり過ぎる。サングラスは要らんだろう。野球帽とマスクだけ虎駕君に渡せ」
根尾に駄目出しを食らい、サングラスを取り上げられた白檀は少しふてくされる様に口を尖らせた。
一方、虎駕は魅琴に顔を向け、小さく微笑んだ。
航はそれを目にして少し眉を顰めた。
(虎駕、今の笑みはどういう意味だ? お前、魅琴に色目使ったんじゃないだろうな?)
久々に顔を見せた航の嫉妬心はさておき、一応この場の意見は纏まった。
⦿
白檀と虎駕がワゴン車を借りに行っている間に、航達は昼食を取ることにした。
神為の持久力があれば食事抜きでも活動は出来るが、空腹感はあるので精神的には辛いものがある。
そんな懸念から、根尾の金で近くの小売店まで買い出しに行ったのだ。
メンバーは根尾に加えて航、そして双葉だった。
二人ともそれぞれの動機で虎駕に対抗心を燃やし、少しでも役に立ちたかった。
「量の割に安かったね……」
双葉が呟いた率直な感想は航も同感だった。
弁当の量は、日本では大盛りを売りにしても良いくらいのものが通常量の価格並で売られていた。
「皇國の穀物産業は皇族と縁が深い巨大企業『帝嘗』が独占している。通常、寡占市場は価格の高騰が問題になるが、帝嘗は海外からの輸入を閉め出す為にダンピング同然の価格で卸していると聞く。それが果たして民衆の為に良いかは分からんがな」
根尾は弁当を配りながら、思わせ振りな言葉を呟く。
それはまるで、皇國社会の異様さを航達に知らしめているかの様だった。
一方で、航は魅琴の昼食を差し出す。
「はい、あんぱん。君はこれだろう?」
「あら、流石に解っているじゃない。ありがとう」
「これ以外だと流石に根尾さんの懐が可哀想だ」
「貴方が根尾さんのことを心配するなんて、明日は雪が降るかも知れないわね」
魅琴は嬉しそうに航からあんぱんを受け取った。
(なんだ、やっぱり魅琴は魅琴だな)
航が買い出しに付き合ったのは、これを確かめたかったのもあった。
航の能く知る魅琴、異常な程の健啖家で、あんぱんが大好きで、少し素直ではないが分かり易いところもある彼女が、今でも変わっていないことを確かめたかった。
航は少し安心した。
それともう一つ、今度は他の皆を少し安心させる報せが入る。
根尾の電話が振動した。
「おっと、白檀からだ」
根尾は短い電話を終えると、この場の皆に告げる。
「今白檀から、ワゴン車の借り出しが無事終わったと連絡が入った。虎駕君と二人で飯を食ってから戻って来るそうだ。みんな、なるべく早いところ腹拵えを済ませておいてくれ。二人が戻って来たらすぐに出発したい」
どうやら無事統京へ出発出来そうだ――この場のだれもがそう思って安堵の表情を浮かべた。
ただ一人、目を細めて天井に視線を向ける魅琴を除いては……。
岬守航達はこの場所に潜伏して一夜を明かした。
週末は工事が休みになるという看板を参考に、人目のつかない場所で一時的に敵の襲撃から身を隠したのだ。
幸い、近辺には二十四時間営業の小売店や自動販売機があって飲食物は購入出来たし、ビルの中には仮設のシャワー室もあった為、ある程度体を清めることも出来た。
しかし、いつまでも潜んでいることは出来ない。
当然、月曜日となる翌日朝には工事の作業員がやって来るだろう。
今日中には統京へ向けて出発しなければならない。
「取り敢えず、皆さんで移動出来る車を用意しましょうか」
それは白檀揚羽の提案だった。
結局、十人纏まってなるべく目立たず移動する手段としてはそれが最も現実的だろう。
その点には誰も異論を挟まなかった。
しかし、そうすんなりと行くかは甚だ疑問である。
「借りた車は超級為動機神体の襲撃で大破してしまったからな。まあ流石に保険は下りるだろうが、借り直しの手続が面倒だな」
根尾弓矢の言うように、彼らが一昨日借りた車は返却不能となっている。
この状態で新しい車を用意するのは難しい。
「新たに借りる時に免許証を照会されると、前の車が未返却だと判ってしまう」
「それに、皇國ではなく日本の免許証を使うと目立ってしまいますね。そこから敵に嗅ぎつけられないとも限らない」
麗真魅琴の懸念もある。
日本と皇國には現在、交流が無いに等しいのだ。
現に根尾が自動車を駆りようとした際、店頭にはかなり混乱が起こったようだった。
つまり、それを繰り返すとなると否が応にも目立ってしまう。
「そこは私が何とかしますよー。こう見えても私、諜報員なんでそういうのは得意分野です」
そういうと白檀は徐に上着を脱ぎだした。
突拍子もない行動に、男も女も皆慌てて制止しようとする。
「な、何やってるんだ白檀!」
「何って、着替えてるんですが?」
根尾だけでなく、男達は全員目のやり場に困っている。
白檀は特に気にする様子も無くブラジャーのホックを外し、トップレス姿を曝した。
顔を真っ赤にした久住双葉が彼女の前に立ち、頭で乳房を隠した。
「おお、丁度良かった。久住さん、この晒を巻いてください」
「は、はいすぐに!」
双葉は手渡された晒木綿を白檀の胸に巻いていく。
彼女のあられもない姿を一刻も早く隠せるなら喜んで、といった調子だった。
「もう、皆さん一々初心ですねえ。全員童貞処女ですか?」
「そういう問題じゃない!」
根尾の言うとおり、此処に居るのは皆仕事の関係でしかない相手ばかりだ。
衆目の無い屋内とはいえ、そんな状況で半裸を曝すとは正気の沙汰ではない。
しかし、白檀は淡々と晒木綿の上に腹巻きを二重に着ける。
どうやら女の体付きを隠しているようだ。
「うーん、この季節にこの厚着は厳しいですねえ。ま、背に腹は代えられませんので仕方がありませんが……」
白檀の髪型や服装はサイケデリックでパンキッシュ、つまり男女のどちらが身に付けていてもおかしくないものだ。
加えて彼女は身長一九三糎の、女性としては極めて珍しい長身である。
体型さえ誤魔化せば、自身を男と偽るのは容易だった。
「良し、と。では私、これから架空の皇國男子として十人乗りのワゴン車を借りてきますね」
「いや、免許証はどうすんだよ?」
虻球磨新兒が疑問を呈した様に、変装では解決出来ない問題が残されている。
しかし、それも白檀にとっては問題にならない。
「私の術識神為は空気を利用した幻惑能力です。免許証を別人のものに見せかけるのは朝飯前です。それに、いくら男装したとはいえ流石にこの顔のままじゃバレバレですからね。当然、こっちも幻覚で微妙に姿を誤魔化しますよ」
「それ、態々男装した意味あるんですか?」
繭月百合菜のツッコミだが、これには一つ理由がある。
「私、神為量が小さいですからね。なるべく節約しないといけないんですよ」
「うむ、それに白檀は耐久力や回復力、身体能力強化が我々と比べてかなり弱い。もう一人護衛を付けた方が良いだろうな」
根尾の提案は意外なものだった。
「え? 白檀さんって術識神為をかなり使い熟していますよね? それなのに、その前段階の筈の強化は弱いんですか?」
航が尋ねた。
特に彼からしてみると、白檀は当然自分よりも神為の才能があって、強化の水準も高いと思っていた。
だが彼女には、非常に珍しい固有の事情があるのだ。
「私、神為の発展段階が逆順なんですよ」
「逆順?」
「つまり、皆さんのように第一段階で耐久力と恢復力、第二段階で身体能力や感知能力、第三段階で特殊能力という順番ではなく、第一段階で特殊能力、第二段階は同じく身体能力や感知能力と来て、第三段階で漸く耐久力と恢復力という順番で神為の深度が増すんですね。皇國でも稀に居るらしいんですよね、色々な人に話を聞いていると……」
つまり白檀は最初の段階、航達の経験でいうと土砂崩れによる崩落から命辛々助かった段階から、術識神為を使えたということである。
ただ、その代わり彼女には通常の神為使いと比べて大きな弱点がある。
「逆に、このケースだと異能は使えても身体能力や耐久力が弱いままになり易いのよね。他の人でいうところの第三段階が最初に発現してしまうわけだから、自分は飛び級した天才だと勘違いすることが多い。それ故に、耐久力が人並みであることに気付かず一寸したことで死んでしまうことも多いの。中には術識神為の発現すら気付かずに死ぬこともあるらしいわ」
魅琴は一通り解説すると、白檀に白い目を向けた。
「だからこの特性は通常、他人に知られるべきではない。それを神為の使い手が溢れる皇國で不用意に喋るなんて、危機感が無さ過ぎますよ」
「あぅっ……!」
魅琴に軽率な振る舞いを咎められ、身を縮こめた。
(それにしても、魅琴のやつ随分神為に詳しいんだな。屋渡を倒した時も滅茶苦茶駄目出ししてたし……)
航はそんな魅琴の言動から、一抹の胸騒ぎを覚えた。
思えば航が最初に「神為」という言葉を聞いたのは皇國に拉致されてからではない。
皇國がこの世界に顕現する直前に、魅琴は確かにこう呟いていた。
『やはり、神為が満ちている……』
航は一昨日、魅琴と久々に話し込んだ。
そのままの流れで告白しようとも思った。
だが、その時に言い様の無い不安を覚えて機会を逸してしまった。
今思えば、彼女の知られざる一面が少しずつ明かされてきていることが、この不安の正体ではないか。
元々どこか謎めいたところがある魅琴だが、ここへ来てそれが深まっている。
航は魅琴が段々と遠くへ行ってしまうような気がして、それが不安だったのではないか。
そんな航を余所に、白檀によるワゴン車確保作戦の話は進む。
「それで、護衛は誰が来てくれますかね? 麗真さんだと心強いのですが」
「いや、此処は俺が行きますよ」
名乗り出たのは虎駕憲進だった。
「俺の術識神為は防御に秀でています。それに、麗真は昨日派手に暴れているので、あまり動くべきではないかと」
「うむ、虎駕君の言うことも一理あるな。では、行ってくれるか?」
根尾に認められた虎駕は、心做しかどこか嬉しそうにしていた。
その他にも特に異論は出ない。
「決まりですねー。では、虎駕さんはこの野球帽とサングラスとマスクで顔を隠して下さい」
「いや、不信感があり過ぎる。サングラスは要らんだろう。野球帽とマスクだけ虎駕君に渡せ」
根尾に駄目出しを食らい、サングラスを取り上げられた白檀は少しふてくされる様に口を尖らせた。
一方、虎駕は魅琴に顔を向け、小さく微笑んだ。
航はそれを目にして少し眉を顰めた。
(虎駕、今の笑みはどういう意味だ? お前、魅琴に色目使ったんじゃないだろうな?)
久々に顔を見せた航の嫉妬心はさておき、一応この場の意見は纏まった。
⦿
白檀と虎駕がワゴン車を借りに行っている間に、航達は昼食を取ることにした。
神為の持久力があれば食事抜きでも活動は出来るが、空腹感はあるので精神的には辛いものがある。
そんな懸念から、根尾の金で近くの小売店まで買い出しに行ったのだ。
メンバーは根尾に加えて航、そして双葉だった。
二人ともそれぞれの動機で虎駕に対抗心を燃やし、少しでも役に立ちたかった。
「量の割に安かったね……」
双葉が呟いた率直な感想は航も同感だった。
弁当の量は、日本では大盛りを売りにしても良いくらいのものが通常量の価格並で売られていた。
「皇國の穀物産業は皇族と縁が深い巨大企業『帝嘗』が独占している。通常、寡占市場は価格の高騰が問題になるが、帝嘗は海外からの輸入を閉め出す為にダンピング同然の価格で卸していると聞く。それが果たして民衆の為に良いかは分からんがな」
根尾は弁当を配りながら、思わせ振りな言葉を呟く。
それはまるで、皇國社会の異様さを航達に知らしめているかの様だった。
一方で、航は魅琴の昼食を差し出す。
「はい、あんぱん。君はこれだろう?」
「あら、流石に解っているじゃない。ありがとう」
「これ以外だと流石に根尾さんの懐が可哀想だ」
「貴方が根尾さんのことを心配するなんて、明日は雪が降るかも知れないわね」
魅琴は嬉しそうに航からあんぱんを受け取った。
(なんだ、やっぱり魅琴は魅琴だな)
航が買い出しに付き合ったのは、これを確かめたかったのもあった。
航の能く知る魅琴、異常な程の健啖家で、あんぱんが大好きで、少し素直ではないが分かり易いところもある彼女が、今でも変わっていないことを確かめたかった。
航は少し安心した。
それともう一つ、今度は他の皆を少し安心させる報せが入る。
根尾の電話が振動した。
「おっと、白檀からだ」
根尾は短い電話を終えると、この場の皆に告げる。
「今白檀から、ワゴン車の借り出しが無事終わったと連絡が入った。虎駕君と二人で飯を食ってから戻って来るそうだ。みんな、なるべく早いところ腹拵えを済ませておいてくれ。二人が戻って来たらすぐに出発したい」
どうやら無事統京へ出発出来そうだ――この場のだれもがそう思って安堵の表情を浮かべた。
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