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第一章『脱出篇』
第二十三話『その燐火に捧げる鎮魂歌』 序
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屋渡倫駆郎の父親は事業家だった。
といっても、決して羽振りの良い生活をしていた訳ではない。
寧ろ逆で、何度も事業に失敗しては借金を繰り返し、年毎に困窮に追い込まれていった。
生活費は専ら母親が稼ぎ、僅かな収入で家族三人糊口を凌いでいた。
『いつかこんな生活ともおさらばだ。今に大成功を収めて、幸せいっぱいの生活が出来るようにしてやるからな。俺は社会の歯車に収まるんじゃなく、俺の王国を築くんだ。皇國最高の立志伝を打ち立てるのが俺の夢なのさ。成功を掴みさえすれば、今の苦しい生活もその物語の一頁になる。その時、母さんは皇國一の王女様、倫駆郎、お前は王子様、そして行く行くは俺の後を継いで王様になるんだ。ワクワクするだろう?』
父親は目を輝かせて、屋渡によくそんな話をしていた。
そして、最後まで自分の生き方を曲げようとはしなかった。
屋渡は父親の言葉を強く信じていた。
ひょっとすると、父親以上に信じていたかも知れない。
いつの間にか、父親の夢は息子の夢にもなっていたのだ。
屋渡は考える。
夢を共有出来るのは幸せなことだ。
夢さえあれば、どんな辛い境遇でも耐えられる。
家族さえ居れば、どんな辛い境遇も分かち合える。
そうだ、家族とは同じ夢を見るものなのだ。
どんな境遇であろうと、夢を見ることは誰にでも出来るのが素晴らしい。
夢とは澄み渡った虹色の宝石だ。
夢見る日々とは真ん丸く綺麗な真珠だ。
家計が厳しく食事の無い日があっても、借金取りに追い立てられ夜逃げを余儀無くされても、両親が口論になり、父親が母親と自分に暴力を振るっても、その全ては父が最高の大団円を迎えるまでの美しい物語なのだ。
俺は絶対に諦めず夢を追う父親の事を、心から尊敬している――屋渡はそう自分に言い聞かせ、日に日に妄信していった。
だが、そんな日々も終わりの時を迎えた。
或る雨の日、父親はびしょ濡れになりながら金策に駆け巡っていた。
それが祟り、父親は風邪を拗らせた。
そして、そんな体調のまま父親は来る日も来る日も雨の中を駆け回った。
悪い事に、夢を叶える為の情熱に関しては本物であったのだ。
そんなことを続けていたせいで父親の風邪は増悪し、とうとう肺炎で呼吸もままならないほど重篤な状態となった。
屋渡は病床の父親に向けて絶叫した。
『諦めるなよ!! 俺達の王国を築くんじゃないのか!! こんなところで死ぬな!! 俺達の夢を終わりになんかするな!!』
『すまん……倫駆郎・絆、すまん……。悪かった……』
『謝るな!! 信じてる!! 立て!! 立つんだよおおっっ!!』
屋渡の願いは届かなかった。
母子に遺された夢の残滓は借金だけだった。
だが屋渡はそれでも信じていた。
この胸にある宝石は、真珠は、今も色褪せず、ずっと形を変えず、綺麗なままで輝いていると。
だが、母親は少し様子が違った。
夫が死んで悲しんではいたものの、どこかほっとしていた。
実際、父親が居なくなって食費が減り、新たな借金が増えなくなり、暴力もなくなったことで生活は少し楽になった。
三年が過ぎた頃から、生活は劇的に改善された。
借金は帳消しになり、食事は増え、家は改築され、母子は段々と肉付きが良くなっていった。
屋渡は得も知れぬ不安を覚えた。
何かが自分の大切な物を土足で踏み荒らしているような気がした。
答えはその二年後、母親の口から知らされた。
新華族の男爵家から再婚の申し込みをされたらしい。
『倫駆郎、水徒端男爵はとても良い人よ。貴方のことも、息子として迎え入れてくれるって。今まで随分好くしてもらったでしょ? これからは優しいお父さんや可愛い二人の妹と、屹度幸せいっぱいの生活が出来るわ』
屋渡の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。
嘗て夢見た生活がいともあっさり手に入る。
屋渡にはそれが嘗ての夢への侮辱に思えた。
嗚呼、俺達の物語が汚されていく。
虹色の澄んだ宝石が、キラキラとした輝きを曇らせて黒ずんでいく。
玉虫色の真ん丸な真珠が、神秘的な形を曲げられて歪んでいく。
そんな途轍もない剥奪感から、屋渡は拳を握り締めた。
『なんだよ、それ……』
『え?』
『それじゃまるで父さんが莫迦みたいじゃないか!』
『は?』
屋渡は母親に向けて拳を振るった。
皮肉にも、栄養状態が改善されて屋渡は急激に体格を増していた。
華奢な母親にとって、命を脅かすに充分な暴力だった。
屋渡の中で、燻んだ宝石と歪んだ真珠の割れる音がした。
十五歳で、屋渡倫駆郎は母親を殺した。
そして憎しみは、自らの抱いた美しい物語を汚した皇國の貴族制度に向かった。
彼は自らの足で叛逆テロ組織「武装戦隊・狼ノ牙」を頼り、血塗られた手でその門を叩いた。
二度と汚されない、新しい夢を見る事にしたのだ。
屋渡倫駆郎は誓い、今も強く念じている。
許さない。
俺の夢見た日々の物語を殺した母・屋渡絆を決して許さない。
認めない。
俺は水徒端賽蔵を父親とは決して認めない。
俺の父親は嘗て夢をくれた男・屋渡葵、そしてこの憎しみを理解して狼ノ牙に招き入れ、新たな夢を見せてくれる男・道成寺太だけだ。
夢さえあれば、どんな辛い境遇でも耐えられる。
家族さえ居れば、どんな辛い境遇も分かち合える。
夢とは澄み渡った綺麗な宝石だ。
夢見る日々とは真ん丸く綺麗な真珠だ。
そして俺は、家族の夢を侮辱し、裏切る輩を決して許さない。
皆等しく死を与えてやる。
だから、殺す――屋渡は自身を取り囲む脱走者達一人一人に殺意の籠った目を向ける。
この愚かな子供達を父である俺の手で鏖にしてやる。
特に、岬守航よ。
父と母の絆を壊し、夢にすら甚大な傷を与えた貴様の事は苦しめるだけ苦しめてやる。
覚悟しろ!――屋渡はその異形に備わった八本の槍を振るった。
⦿⦿⦿
夕日に照らされた肉の槍が八本、三人に襲い掛かる。
久住双葉・虻球磨新兒にはそれぞれ二本ずつ、虎駕憲進には倍の四本が向けられた。
「させるか!」
虎駕は鏡の障壁を生成し、屋渡の周囲を覆う。
三人で屋渡を取り囲む様な位置取りの為、全員を守るにはこれが正着だろう。
だが、屋渡の槍の威力を前に鏡は呆気無く砕け散り、土瀝青に煌めく破片が降り注いだ。
「充分なのだよ。そうだろ、久住!」
「うん、分かってる!」
瞬間、木の蔓が屋渡の足下から土瀝青を突き破って伸びた。
そしてそれは、屋渡へ肉の槍ごと巻き付いて拘束する。
鏡の障壁で虎駕が狙ったのは、寧ろ屋渡の槍を長く伸ばさせないことだった。
普段は啀み合っている二人が、共通の敵を前に息を合わせている。
「小賢しい!」
しかし屋渡にとって、蔓の拘束を破るのは難しくなかった。
力ずくで引き千切り、程無くして自由になってしまう。
屋渡の神為による強化はかなりの水準だ。
だが、それも織り込み済みだった。
「へっ! そいつも充分だぜ、屋渡!」
双葉にも次善の狙いがあった。
一瞬でも動きを止める事が出来ればそれで充分だった。
新兒が既に飛び掛かっている。
その腕には氷を纏っていた。
「オラァッ!!」
屋渡は拘束を破った勢い余って両腕両脚を大きく拡げていた。
そんな無防備な状態の屋渡に、新兒は数発の拳を叩き込む。
「ぐっ……!」
顔面への拳はそれなりに効いている。
しかし、傷はすぐに修復された。
不敵な笑みを見るに、どうやら決定打には程遠いらしい。
胴部への拳は、蛇腹の様な装甲に阻まれて効いていなさそうだ。
「それが貴様の術識神為か。追試合格といったところかな?」
「手前の試験なんざ赤点で結構だぜ!」
「そうか、なら死ね!」
収縮した槍の刺突が新兒に襲い掛かる。
間一髪の所で虎駕の鏡が新兒の胸部を守った。
屋渡が反撃してくることもまた分かっていたので、既に虎駕も新兒の応援に出ていたのだ。
「切り裂いてやるのだよ!」
虎駕は薄い金属の刃を生成した。
その眼にもう迷いは無い。
屋渡の体を切断する覚悟は出来ているらしい。
だが腕の槍は非常に硬く、刃は通らなかった。
「俺の術識神為は防御面に於いて超級為動機神体の装甲に匹敵する。壱級の兵装ですら通さんのだ。貴様らの如きヒヨッコの力では傷一つ付くものか!」
槍の刺突が、今度は虎駕に襲い掛かる。
当然、鏡の障壁で防御した。
しかし、槍の殺傷力は減殺出来ても衝撃までは殺し切れない。
虎駕は後に弾き飛ばされ、膝を突く。
先刻同じように攻撃を受けた新兒も顔を顰めていた。
「久住ちゃん、また縛れ!」
新兒が叫んだ。
双葉もそれに応え、再び木の蔓を生やして屋渡を拘束する。
拘束を破られたところを、痛みを堪える新兒の拳が炸裂する。
皮肉にも訓練が功を奏したのか、三人は能く連携出来ていた。
「守られてねえ顔面には攻撃が通る様だな!」
「ぐ、成程……。ならば仕留める順番を変更する!」
屋渡の槍は虎駕と新兒を素通りし、双葉に向かって伸びていく。
「ヒッ!?」
「久住ちゃん危ねえ!!」
「久住!!」
双葉は必死で攻撃を躱す。
だが、元々運動神経の良くない彼女は矢継ぎ早の攻撃に対処しきれない。
二本目の槍で既に脇を掠め、三本目の槍に心臓を貫かれようとしていた。
「うおおおおっっ!!」
その時、航が双葉を押し倒した。
間一髪、双葉は難を逃れた。
「久住さん、大丈夫か!」
「あ、ありがとう岬守君」
屋渡の攻撃は尚も続いたが、駆け寄ってきた虎駕が障壁を作ってこれを防いだ。
「岬守ィッ……!」
屋渡は航を憎々しげに睨んだ。
その隙に、新兒が屋渡の顔面を殴る。
屋渡も迎撃しようとするも、今度は双葉の蔓が再び拘束する。
時折隙は見せるものの、見事な連携が屋渡の攻勢を封じていた。
(だが、決定打には遠い。そして、危うい……)
航は考える。
確かに三人は能く戦っているものの、その趨勢は薄氷を踏むが如しだ。
今の様に、何かの拍子で誰かが潰され、破綻する危険性が高い。
(僕も力になりたい。攻撃の手が増えれば、それだけで屋渡も対処に困る筈だ。何か武器になるような物があれば……)
そんな事を思うと、航は覚えのある手触りを感じた。
雲野研究所で弐級為動機神体を相手取ったときと同じように、その手には日本刀が握られている。
(必要に応じて武器や道具が生成される、それが僕の能力、術識神為なのか?)
能く解らない、だがこれで戦える――航は刀を握り締め、戦いに参加すべく屋渡を睨み上げた。
といっても、決して羽振りの良い生活をしていた訳ではない。
寧ろ逆で、何度も事業に失敗しては借金を繰り返し、年毎に困窮に追い込まれていった。
生活費は専ら母親が稼ぎ、僅かな収入で家族三人糊口を凌いでいた。
『いつかこんな生活ともおさらばだ。今に大成功を収めて、幸せいっぱいの生活が出来るようにしてやるからな。俺は社会の歯車に収まるんじゃなく、俺の王国を築くんだ。皇國最高の立志伝を打ち立てるのが俺の夢なのさ。成功を掴みさえすれば、今の苦しい生活もその物語の一頁になる。その時、母さんは皇國一の王女様、倫駆郎、お前は王子様、そして行く行くは俺の後を継いで王様になるんだ。ワクワクするだろう?』
父親は目を輝かせて、屋渡によくそんな話をしていた。
そして、最後まで自分の生き方を曲げようとはしなかった。
屋渡は父親の言葉を強く信じていた。
ひょっとすると、父親以上に信じていたかも知れない。
いつの間にか、父親の夢は息子の夢にもなっていたのだ。
屋渡は考える。
夢を共有出来るのは幸せなことだ。
夢さえあれば、どんな辛い境遇でも耐えられる。
家族さえ居れば、どんな辛い境遇も分かち合える。
そうだ、家族とは同じ夢を見るものなのだ。
どんな境遇であろうと、夢を見ることは誰にでも出来るのが素晴らしい。
夢とは澄み渡った虹色の宝石だ。
夢見る日々とは真ん丸く綺麗な真珠だ。
家計が厳しく食事の無い日があっても、借金取りに追い立てられ夜逃げを余儀無くされても、両親が口論になり、父親が母親と自分に暴力を振るっても、その全ては父が最高の大団円を迎えるまでの美しい物語なのだ。
俺は絶対に諦めず夢を追う父親の事を、心から尊敬している――屋渡はそう自分に言い聞かせ、日に日に妄信していった。
だが、そんな日々も終わりの時を迎えた。
或る雨の日、父親はびしょ濡れになりながら金策に駆け巡っていた。
それが祟り、父親は風邪を拗らせた。
そして、そんな体調のまま父親は来る日も来る日も雨の中を駆け回った。
悪い事に、夢を叶える為の情熱に関しては本物であったのだ。
そんなことを続けていたせいで父親の風邪は増悪し、とうとう肺炎で呼吸もままならないほど重篤な状態となった。
屋渡は病床の父親に向けて絶叫した。
『諦めるなよ!! 俺達の王国を築くんじゃないのか!! こんなところで死ぬな!! 俺達の夢を終わりになんかするな!!』
『すまん……倫駆郎・絆、すまん……。悪かった……』
『謝るな!! 信じてる!! 立て!! 立つんだよおおっっ!!』
屋渡の願いは届かなかった。
母子に遺された夢の残滓は借金だけだった。
だが屋渡はそれでも信じていた。
この胸にある宝石は、真珠は、今も色褪せず、ずっと形を変えず、綺麗なままで輝いていると。
だが、母親は少し様子が違った。
夫が死んで悲しんではいたものの、どこかほっとしていた。
実際、父親が居なくなって食費が減り、新たな借金が増えなくなり、暴力もなくなったことで生活は少し楽になった。
三年が過ぎた頃から、生活は劇的に改善された。
借金は帳消しになり、食事は増え、家は改築され、母子は段々と肉付きが良くなっていった。
屋渡は得も知れぬ不安を覚えた。
何かが自分の大切な物を土足で踏み荒らしているような気がした。
答えはその二年後、母親の口から知らされた。
新華族の男爵家から再婚の申し込みをされたらしい。
『倫駆郎、水徒端男爵はとても良い人よ。貴方のことも、息子として迎え入れてくれるって。今まで随分好くしてもらったでしょ? これからは優しいお父さんや可愛い二人の妹と、屹度幸せいっぱいの生活が出来るわ』
屋渡の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。
嘗て夢見た生活がいともあっさり手に入る。
屋渡にはそれが嘗ての夢への侮辱に思えた。
嗚呼、俺達の物語が汚されていく。
虹色の澄んだ宝石が、キラキラとした輝きを曇らせて黒ずんでいく。
玉虫色の真ん丸な真珠が、神秘的な形を曲げられて歪んでいく。
そんな途轍もない剥奪感から、屋渡は拳を握り締めた。
『なんだよ、それ……』
『え?』
『それじゃまるで父さんが莫迦みたいじゃないか!』
『は?』
屋渡は母親に向けて拳を振るった。
皮肉にも、栄養状態が改善されて屋渡は急激に体格を増していた。
華奢な母親にとって、命を脅かすに充分な暴力だった。
屋渡の中で、燻んだ宝石と歪んだ真珠の割れる音がした。
十五歳で、屋渡倫駆郎は母親を殺した。
そして憎しみは、自らの抱いた美しい物語を汚した皇國の貴族制度に向かった。
彼は自らの足で叛逆テロ組織「武装戦隊・狼ノ牙」を頼り、血塗られた手でその門を叩いた。
二度と汚されない、新しい夢を見る事にしたのだ。
屋渡倫駆郎は誓い、今も強く念じている。
許さない。
俺の夢見た日々の物語を殺した母・屋渡絆を決して許さない。
認めない。
俺は水徒端賽蔵を父親とは決して認めない。
俺の父親は嘗て夢をくれた男・屋渡葵、そしてこの憎しみを理解して狼ノ牙に招き入れ、新たな夢を見せてくれる男・道成寺太だけだ。
夢さえあれば、どんな辛い境遇でも耐えられる。
家族さえ居れば、どんな辛い境遇も分かち合える。
夢とは澄み渡った綺麗な宝石だ。
夢見る日々とは真ん丸く綺麗な真珠だ。
そして俺は、家族の夢を侮辱し、裏切る輩を決して許さない。
皆等しく死を与えてやる。
だから、殺す――屋渡は自身を取り囲む脱走者達一人一人に殺意の籠った目を向ける。
この愚かな子供達を父である俺の手で鏖にしてやる。
特に、岬守航よ。
父と母の絆を壊し、夢にすら甚大な傷を与えた貴様の事は苦しめるだけ苦しめてやる。
覚悟しろ!――屋渡はその異形に備わった八本の槍を振るった。
⦿⦿⦿
夕日に照らされた肉の槍が八本、三人に襲い掛かる。
久住双葉・虻球磨新兒にはそれぞれ二本ずつ、虎駕憲進には倍の四本が向けられた。
「させるか!」
虎駕は鏡の障壁を生成し、屋渡の周囲を覆う。
三人で屋渡を取り囲む様な位置取りの為、全員を守るにはこれが正着だろう。
だが、屋渡の槍の威力を前に鏡は呆気無く砕け散り、土瀝青に煌めく破片が降り注いだ。
「充分なのだよ。そうだろ、久住!」
「うん、分かってる!」
瞬間、木の蔓が屋渡の足下から土瀝青を突き破って伸びた。
そしてそれは、屋渡へ肉の槍ごと巻き付いて拘束する。
鏡の障壁で虎駕が狙ったのは、寧ろ屋渡の槍を長く伸ばさせないことだった。
普段は啀み合っている二人が、共通の敵を前に息を合わせている。
「小賢しい!」
しかし屋渡にとって、蔓の拘束を破るのは難しくなかった。
力ずくで引き千切り、程無くして自由になってしまう。
屋渡の神為による強化はかなりの水準だ。
だが、それも織り込み済みだった。
「へっ! そいつも充分だぜ、屋渡!」
双葉にも次善の狙いがあった。
一瞬でも動きを止める事が出来ればそれで充分だった。
新兒が既に飛び掛かっている。
その腕には氷を纏っていた。
「オラァッ!!」
屋渡は拘束を破った勢い余って両腕両脚を大きく拡げていた。
そんな無防備な状態の屋渡に、新兒は数発の拳を叩き込む。
「ぐっ……!」
顔面への拳はそれなりに効いている。
しかし、傷はすぐに修復された。
不敵な笑みを見るに、どうやら決定打には程遠いらしい。
胴部への拳は、蛇腹の様な装甲に阻まれて効いていなさそうだ。
「それが貴様の術識神為か。追試合格といったところかな?」
「手前の試験なんざ赤点で結構だぜ!」
「そうか、なら死ね!」
収縮した槍の刺突が新兒に襲い掛かる。
間一髪の所で虎駕の鏡が新兒の胸部を守った。
屋渡が反撃してくることもまた分かっていたので、既に虎駕も新兒の応援に出ていたのだ。
「切り裂いてやるのだよ!」
虎駕は薄い金属の刃を生成した。
その眼にもう迷いは無い。
屋渡の体を切断する覚悟は出来ているらしい。
だが腕の槍は非常に硬く、刃は通らなかった。
「俺の術識神為は防御面に於いて超級為動機神体の装甲に匹敵する。壱級の兵装ですら通さんのだ。貴様らの如きヒヨッコの力では傷一つ付くものか!」
槍の刺突が、今度は虎駕に襲い掛かる。
当然、鏡の障壁で防御した。
しかし、槍の殺傷力は減殺出来ても衝撃までは殺し切れない。
虎駕は後に弾き飛ばされ、膝を突く。
先刻同じように攻撃を受けた新兒も顔を顰めていた。
「久住ちゃん、また縛れ!」
新兒が叫んだ。
双葉もそれに応え、再び木の蔓を生やして屋渡を拘束する。
拘束を破られたところを、痛みを堪える新兒の拳が炸裂する。
皮肉にも訓練が功を奏したのか、三人は能く連携出来ていた。
「守られてねえ顔面には攻撃が通る様だな!」
「ぐ、成程……。ならば仕留める順番を変更する!」
屋渡の槍は虎駕と新兒を素通りし、双葉に向かって伸びていく。
「ヒッ!?」
「久住ちゃん危ねえ!!」
「久住!!」
双葉は必死で攻撃を躱す。
だが、元々運動神経の良くない彼女は矢継ぎ早の攻撃に対処しきれない。
二本目の槍で既に脇を掠め、三本目の槍に心臓を貫かれようとしていた。
「うおおおおっっ!!」
その時、航が双葉を押し倒した。
間一髪、双葉は難を逃れた。
「久住さん、大丈夫か!」
「あ、ありがとう岬守君」
屋渡の攻撃は尚も続いたが、駆け寄ってきた虎駕が障壁を作ってこれを防いだ。
「岬守ィッ……!」
屋渡は航を憎々しげに睨んだ。
その隙に、新兒が屋渡の顔面を殴る。
屋渡も迎撃しようとするも、今度は双葉の蔓が再び拘束する。
時折隙は見せるものの、見事な連携が屋渡の攻勢を封じていた。
(だが、決定打には遠い。そして、危うい……)
航は考える。
確かに三人は能く戦っているものの、その趨勢は薄氷を踏むが如しだ。
今の様に、何かの拍子で誰かが潰され、破綻する危険性が高い。
(僕も力になりたい。攻撃の手が増えれば、それだけで屋渡も対処に困る筈だ。何か武器になるような物があれば……)
そんな事を思うと、航は覚えのある手触りを感じた。
雲野研究所で弐級為動機神体を相手取ったときと同じように、その手には日本刀が握られている。
(必要に応じて武器や道具が生成される、それが僕の能力、術識神為なのか?)
能く解らない、だがこれで戦える――航は刀を握り締め、戦いに参加すべく屋渡を睨み上げた。
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