日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第一章『脱出篇』

第二十話『運命の雙子』 急

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 くも研究所、激しい戦いで荒れ果てた所長室にもうとどまる理由は無い。
 しんを借りた影響か、しんの傷はすっかり癒えていた。
 わたるしんに手を差し伸べた。

あぶ、もう立てるか?」

 しんは小さくほほんでその手を取る。

「悪い。心配掛けちまったな」

 わたるしんを引っ張り上げようとしたが、すぐにやめた。
 はやその必要は無かった。
 しんわたるの手を取りはしたが、しっかりと自分の脚で立ち上がったのだ。
 そして、見知らぬ兄妹の方へ顔を向けると、彼が家族にしてもらったように二人の頭に優しく手を置いた。

「お前達がみんなに会わせてくれたのか。初めましてだけど、良い子達だなあ。どうもありがとうよ」

 たかはその手が温かかったのか、仔猫の様に屈託のない笑顔で応えた。
 兄妹、それも一卵性の双子だけあって、非常によく似た愛らしい笑顔が二つ並んでいる。

「ふにゅう、家族にはまた会えるよ」
「ふみゅう、死んだ人は遠くへ行ってしまいますが、同時にそばにも居るのです。遠い世界で安らかに眠りながら、傍で見守ってくれてもいる。そして、いつかはみんな同じ場所へとかえるのです。大きな、一つの、魂の源へと」

 死後の世界のことなど、生きている間に確かめる術など無いのだから、あまり本気にせず話半分で聞くものである。
 しかし、この見た目幼い兄妹の言葉には何故なぜか信じたくなる優しさが感じられる。

 自ら戦う力は無いが、巨大なしんを他者に貸すことが出来る双子の兄妹・くもたかくも
 わたる達は帰国への道程の途中で、不可思議な出会いを経て先へと進む。

「じゃあ行こうか。きっ、みんな待ってる」

 わたる達はくも研究所を後にした。



    ⦿⦿⦿



 わたる達の居る地点から南へ六百キロ弱の地点、がわ州上の高速道路を、る自動車が北上していた。
 運転しているのは、そうせんたいおおかみきばから離れたはたである。
 今、彼女がこんな地点を走行しているのには、様々な事情が重なっている。

わたりかげで随分手間取ってしまった……。あの男、最後まで余計な事を……)

 彼女が内心でわたりりんろうに悪態を吐くのもうなずける。

 そもそも、しゅりょうДデーあおもり支部からいわ支部へと送り届けるだけでも九百キロ弱の運転が必要で、昼過ぎに出発すると到着は深夜になってしまう。
 当初の計画ではいわ支部で一日休養を取り、回転翼機ヘリコプターへ送迎を交代するはずだった。

 しかし、いわ支部の回転翼機ヘリコプターは突然故障して使い物にならなくなったのだという。
 更に、御丁寧に操縦士も体調を崩していた。
 は理由に心当たりがあったが、それを言ってしまうとしゅりょうДデーいわ支部の人間を粛正しかねないので、黙っていることにした。

(姉さんが死んだと聞かされた時、わたくしどうじょうと刺し違える覚悟をした。しかし、おおかみきばが把握していない所でまだ生きている可能性が残されている以上、下手に波風を立てるべきではなかった。どうじょうの娘が言っていたとおり、わたくしの力ではどうじょうふとしとその娘息子には到底勝てないだろう)

 は一つ、おおかみきばの忌むべき所業を思い出していた。
 おおかみきばは「くも研究所」という国営の研究施設を乗っ取り、おぞましい人体実験を行っていると聞く。
 その一つが、男女双子の相互作用を利用した人造人間兵器の研究であるらしい。
 もまた、粛正された死体をわたりの指示で送付したことがあった。

(男女の双子、対となるひめひこ、二人そろうことで、互いのしんが作用し合って加速度的に増幅されるという……。わたくしも、おおかみきばに潜入するまでは知らなかった。おそらく、やつらが発見するきっかけになったのは、ようかげの双子だろう。よりにもよってどうじょうの子に生まれるなんて……!)

 椿つばきようどうじょうかげ――しゅりょうДデーことどうじょうふとしの双子の娘息子ははっしゅうに数えられていない。
 しかし、じゅつしきしんが通用しないと語るようの口振りから察するに、二人の力ははっしゅうに充分匹敵するのだろう。
 そんな二人に守られている状況では、どの道しゅりょうДデーと差し違える望みは無かったのかも知れない。

 結局、回転翼機ヘリコプターの復旧に半日を要し、しゅりょうДデーしずおか州の総本部へと送り届けなければならなかった。
 これにって、しゅりょうДデーの送迎で実に丸二日も費やしたことになる。
 原因を作ったのは、わたりが東北の支部に出したちゃ回転翼機ヘリコプター出動命令なので、は最後までわたりに迷惑を掛けられたのだ。

(まあ良い。あの男の補佐を口実に総本部を離れられた。もうおおかみきばに用は無い。後は姉さんさえ見付かれば、晴れてわたくしは自由だ)

 今、とうきょうを目指している。
 目的は、姉の行方を知っているという日本政府のちょうほういんれんと合流することだ。

様、はっしゅうの中では珍しく常識的な方だと思っていましたが、最初からわたくしと同じく形だけおおかみきばに属していた諜報員だったのですね。仕事への自負心が少々鼻につく方ですが、今のわたくしには貴方あなただけが……)

 とその時、運転席の脇にかざした電話端末が鳴った。
 横目に送話者の名前を見たは、捨て置けないと判断して受話する。

「電話に出ます。つないでください」
『お繋ぎします』

 運転中なので、口頭で端末に指示を出した。
 電話口から男の声がする。

はた君か』
「御無沙汰して申し訳御座いません。どういったようけんでしょうか、つきしろ様」

 電話を掛けてきた男の名は、つきしろさく
 が所属する右派政治団体「こうどうしゅとう」の青年部長を務めている男だ。
 ただ、つきしろつきしろで別の政治家へと近付き、団体とは距離を置いていると聞く。

きみの消息をつかむのには苦労したぞ。まさか姉を追ってはんぎゃく組織に潜入していたとはな』
「重ねておび申し上げます。全てが終わればなる罰もうけたまわる所存ですので、なにとぞ今少しばかりのゆうを」
『それは構わん。我が主も、連中の情報がきみから入るのならば形の上で加担した件は不問にしても良かろうとおっしゃっている。だから、早くはた男爵家へ戻れ』

 こうこくの官憲にもおおかみきばへの潜入を試みた間諜スパイは何人も居た。
 しかし、誰一人としてのように内部の深くまでは入り込めていなかった。
 故に、政府が超法規的措置でを免罪することは充分にあり得る。
 だが、彼女にはまだやることが残されている。

「恐縮です。しかし、わたくしにはまだやるべきことがあるのです。それが終わるまでは、家へ戻る訳には……」
『ならん』

 の言葉を、つきしろは強い口調で遮った。
 どうやら、何か訳知りのようだ。

きみの姉・はたの捜索をこれ以上続けることは許さん』
「何ですって!? どういうことですか!?」
『それを問うことも許さん。ただ黙って、直ちに実家へ帰還し此方から下る辞令を待て』

 辞令、と聞いては何事かといぶかしむ。
 それに、ただ一方的に「許さない」と言われてもめなかった。
 しばし黙す。
 つきしろしびれを切らしたように繰り返す。

『もう一度言う。はたに関する一切の詮索を完全に中止し、早急に帰還せよ。良いか、これは何もわたしが個人的に命じているのではない』

 つきしろの言葉に、どうもくした。
 彼個人の命令ではない、そんなことは言われるまでもないことだ。
 しかし、わざわざそれを言うということは、党とはまた別の誰かが関わっているということだろうか。

「どなたのめいれいですか?」
『我が主、前内閣総理大臣・きのえくろきょうだ。これがどういう意味かわからぬきみではないだろう。逆らえばはた家がどうなるか……』
きのえ公爵閣下が……そうですか……」

 きのえくろ――こうこくでも最大の名家「六摂家」の一角を担う大貴族である。
 彼がその気になれば、はた家は指先一つで軽く吹き飛んでしまうだろう。
 その名を出されると、流石さすがも拒否は出来なかった。

「……かしこまりました。速やかに戻ります」

 電話が切れた。
 は続けて電話を掛けようとする。

(このままでは終われない……! こうなったらとうきょうに帰り着くまでに様から姉さんの消息を……!)

 に最後の望みを懸ける。

れん、様に電話を繋いでください」
『お繋ぎします』

 呼出し音が二度鳴った後、電話が繋がった。
 しかし、聞こえてきたのはの声ではなかった。

に何の用だ、おうぎ?』
「や、わたり!!」

 は驚き、そしてあおめた。
 の電話にわたりが出る――それが凶報であることは明らかだ。

『目的は知らんが、やはりと結託して我々を裏切っていたようだな。だが、貴様の頼るべき相手は既に粛正した。次はいとしのさきもり様だ、すぐに追い付くぞ。そして最後に貴様も殺す。何処どこへ逃げようと見つけ出して必ず殺す。首を洗って待っていろ。裏切り者の尻軽女めが!』

 わたりは一方的に言いたいことだけを言って電話を切った。
 を殺され、姉へと繋がる道を全て絶たれたは、それでも自動車を走らせる。

 に二人の無事を言いのこしている。
 姉とさきもりわたる、二人の無事を願うおもいを、は胸にんだ。
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