日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第一章『脱出篇』

第二十話『運命の雙子』 序

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 遺伝子には様々な特殊事例があり、性染色体もまた例外ではない。

 一つの卵子から分裂して生まれる「一卵性双生児」は、遺伝子が同じであるため、一般的には同じ性別で産まれてくる。
 しかし、非常にまれではあるが、性染色体が違う組み合わせとなり、男女として産まれる例も存在している。

 一般に、男性の性染色体はXY、女性の性染色体はXXという二本の組み合わせである。
 しかし稀に、XXYという三本の性染色体を持つ男性、Xという一本の性染色体しか持たない女性も存在する。

 一卵性双生児が生まれる卵子の分裂の際、XYの組み合わせからXYの男性ととXの女性が生まれる場合、もしくはXXYの組み合わせからXYの男性とXXの女性が生まれる場合に、一卵性であるが男女である双子が産まれることがあるのだという。

 ちなみに、男性であるがY染色体を持たない例も、極めて稀ではあるが存在するらしい。
 もしかすると両方ともXXの組み合わせだが片方が男性、という場合もあり得るのかも知れない。

 にもかくにも要するに、くも研究所の地下室でさきもりわたるの前に現れた少年と少女は、それくらいに珍しい存在だということだ。
 湯気に包まれ、くもたかくもを名乗る幼い双子が花畑に降り立った。
 高々と伸びた花畑の中、幼い二人は肩から下を隠されている。

きみ達は……一体……?」

 わたるは訳もわからず二人に問い掛けた。
 口を開いたのは妹・だった。

わたし達は元々、こうこくとは別の日本に暮らしていたのです」
「別の日本、それってぼく達の日本?」
「いいえ、この世界の日本でもない、もっと別の日本なのです」

 わたるは首をひねった。
 そもそも、こうこくというもう一つの日本を名乗る国家が突然現れただけでも驚天動地なのだ。
 してや、更に別の日本があると言われても、そう簡単にはめない。

一寸ちょっと待って、待ってよ。じゃあ、そのきみ達が住んでいたという日本は、今何処どこにあるの?」
こうこくと一つになったのです。それで、わたし達もこうこくに来たのです」

 は舌足らずな発声ながら、一つ一つわたるの疑問に答えようとしている。

「日本だけじゃなく、色々な国や世界が他にも沢山あるみたいなのです。こうこくは、そういった世界を巡って、今はこの世界に来たようなのです」
「なるほど、多元宇宙系マルチバースみたいなものか……」

 自分たちが住む世界や宇宙が、他に無数存在するという多元宇宙論、あるいは平行世界論――SFでは定番の設定である。
 基より、こうこくの存在を認めた以上は、他にも異なる歴史を辿たどった日本や世界が無数にあると納得をせざるを得ないのかも知れない。

「それで、最初の質問に戻ろう。きみ達が違う日本からこうこくに来てしまったことは解った。では、それがどうしてこんな場所、『そうせんたいおおかみきば』の施設で、変な装置に入っていたの?」

 わたるの問いに、双子は互いの顔を見合わせた。
 次に口を開いたのは兄・たかだった。

ぼく達、さらわれたの。事故に遭って、眠ったままで、体を入れ替えられて……」
にいさま以外としゃべるのは苦手でしょ。が説明するから黙っていてくださいなのです」
「ふ、ふにゅう……」

 妹に出しゃばりをとがめられ、しょぼくれる兄。
 どうやら兄妹の主導権は妹が握っているらしい。
 そんなが改めてわたるに説明する。

「確か、十年くらい前なのです。わたし達は事故に遭って、ずっと眠ったままの体になってしまったのです。そんなわたし達のことを、の人達は攫った。そして、魂だけを別の体に入れ替えられてしまったのです」
「魂を……別の体に……?」

 にわかには信じがたい言葉だった。
 魂などという存在するかも解らない曖昧なものを、別の体に移し替えるなどという芸当が本当に出来るのか。
 だが考えてもみれば、わたる達は既に「しん」――己のしんえんに潜む内なる神の力を発揮するという、極めて神秘主義的オカルティックなことをさせられている。
 そういう非科学的な幻想ファンタジー領域には、既に片足を突っ込んでいるのだ。

「信じるのは別に構わない。でも、一体何の為にわざわざそんな事を……?」

 双子は再び顔を見合わせ、わたるの方へと向き直った。
 答えるのは相変わらずだ。

「それは、この体に双子の魂を入れたかったからなのです。この体は此処の人の手で作られたもので、魂がありませんでした。それで、この体を動かす魂としてわたし達が選ばれたのです」
「その体が……重要なの?」

 わたるはあまり一糸まとわぬ二人の体を見ていられず、逆に異様な桜色の髪ばかり眼に映していた。
 三週間前に、中学時代の記憶――うることの家に飾られていた少年の写真を夢に見たことが大きいだろう。

「とても強いしんを持った人をコピーしたものです。残念ながらオリジナルの人には遠く及びませんが、少しでもしんを上乗せする為に、男と女の双子として作ったみたいです。そして、同じ様な双子であるわたし達が、それに合った魂に丁度良いと……」

 の話を聞いている内に、わたるは背筋に寒気を覚えた。
 彼女が平然と話している内容は、極めて現実離れした人体実験である。
 おおかみきばが非道な事は承知していたが、ここまで倫理のかけも無い組織だとは思わなかった。

「男女の双子だから……しんが強くなるのか?」
「そうみたいです。此処の人達は八年くらい前にそれを知って、この体を作った。一年後、魂が無いとわかってわたし達を攫ったみたいです」

 ここでふと、兄のたかわたるの後ろを指差した。
 何事かと思って振り返ると、わたるの目に発条ぜんまいが切れかかった人形の様にぎこちない動きで踊るずみふたが映った。

「だ、大丈夫か、ずみさん?」
「ふにゅ、大丈夫だよ。あれは今だけ」
「一寸協力してもらう為に、ずみふたさんに御兄様がしんを貸してあげたのです。自分の力を大きく超えるしんを手に入れて、気分が良くなったみたいです。だから、貸した分が無くなれば元に戻ります」

 それで、この一面お花畑か。
 研究員らしき二人の男が倒れたのも、植物を操るふたじゅつしきしんが強大なしんによって新たな能力を得たからだろう。
 そう納得するわたるの目の前で、ふたはふらついて倒れそうになる。

「危ないな……」

 わたるふたの体を支えた。
 良い気分に水を差されて思うところがあったのか、ふたねる様に顔を背ける。

「……ずみさん、きみ的には本当に大丈夫?」
「全然、平気だよ」
「そう。それは良かった……」

 心做しか、普段のふたに戻った気がする。
 これなら一安心だろう。
 わたるの肩からふたそうに離れた。

しんの貸し借りか……」
「ふにゅ、これがぼく達の力」
わたし達には戦う力はありません。しかし、その大きな大きなしんを他の人へ一時的に貸してあげることが出来るのです」
「オリジナルの人と同じ力」

 わたるは考える。
 おおかみきばはこの双子を、しんを必要に応じて出し入れする貯蔵庫にしたかったのだろうか。
 だとすると、わたる達がこの場所へやって来たのは二人にとって幸運だったのかも知れない。
 おおかみきばのことだから、二人を都合よく利用する為には更なるひどい仕打ちをするだろう。

きみ達、ぼく達と一緒に来るかい?」

 不本意な形でおおかみきばに攫われ、目的の為に利用されようとしていたこの兄妹は、わたる達と同じ様な被害者だろう。

 二人は力強くうなずいて答える。

ぼく達、待ってたの」
わたし達は、ずっと此処の人達じゃない誰かが来るのを待っていました」
「此処から出たいゆ」
「もう本当の名前も忘れてしまいましたが、自由になりたいです」
「一緒に連れて行って」
「多分、わたし達はこうこくでは生きていけないのです。さきもりわたるさん達の日本へ連れて行ってほしいです」

 話は決まった。

「良し、行こう。あと一人、ここへやって来たお兄さんが居るから、そいつと合流してこんな場所さっさと出よう」

 わたるは兄妹を誘うと、ふたに声を掛ける。

ずみさん、そろそろ行こう。と、その前に、植物のつるか何かでこの二人に何か着るものを用意出来るかな?」
「ん、ああ、そうだね。うん、任せて」

 ふたは少し照れくさそうに、兄妹に向けて手をかざした。
 すると、一面咲き誇っていた草花が光の粒となって彼女のてのひらに集まりそれらが兄妹の体を包み込む。
 光が収まると、二人の少年少女はわいらしい子供服を身に纏っていた。

「ふにゅ、ありがとう!」
「ふみゅ、色使いが素敵です」
「えへへ、どういたしまして。これでも、一応は絵に関わる仕事を目指していたから」

 兄妹は与えられた衣服に大層喜び、子供らしく無邪気に喜んでいた。
 こうして見ると、先程までの不思議な雰囲気がうそのようだ。

(話し振りにると、実年齢は多分見た目よりも随分上なんだろうな。肉体年齢はおそらく七歳。眠ったままだった分、精神年齢も幼い。でも、実際の年齢はおそらく高校生か、下手をすれば大学生くらいだ)

 そう考えると、が自分達のことをきちんと説明できたのも合点が行く。

 と、そうわたるが納得していると、双子は三度互いの顔を見合わせた。

「どうしたの?」
「もう一人のお兄さんって、あぶしんさんって人ですか?」
「そ、そうだけど、よく分かるね」

 そういえば、もう一つだけ奇妙な点は残されている。
 この兄妹は、わたるふたの名前を最初から知っていたのだ。
 しんが大きくなれば認識能力も上がるのだが、それだけでは説明が付かない。

「近くに居る魂が教えてくれるの」
「魂?」
「はい。そのあぶしんさんをよく知る人達の魂が、達を案内してくれているのです。多分、付いて行けばその人と合流出来ますです」

 相変わらず、双子の説明は突拍子も無く神秘主義的オカルティックだが、それを信じさせる不思議な雰囲気が二人にはある。
 それに、わたる達の目には見えない超常的な存在が双子には見えていたとしてもおかしくはない。
 強大なしんは認識能力を大幅に向上させるというのは、先に述べたとおりだ。

「分かった。付いて行ってみよう」

 わたるくも兄妹の案内に従うことにした。
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