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第一章『脱出篇』
第十八話『粗大塵』 破
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神為に因って大幅に強化された腕力は、片腕でいとも容易く机を振り回す。
新兒は怒りのままに鍛冶谷の頭部を何度も殴打していた。
顔を血で真赤にした鍛冶谷は這々の体で逃れようとするも、背中に激しく机の縁が減り込む。
「ぐえええっっ!」
何より、この様に武器を介して攻撃されると、鍛冶谷の術識神為は発動しない。
怒りにより解き放たれた新兒の暴力性が、皮肉にも閉塞していた新兒の活路を開いた、かに見えた。
「うらああアアアアッッ!!」
新兒は机を真二つに蹴り割ると、片割れの脚を掴んで再び鍛冶谷を下敷きにする。
更に、割れた縁に飛び乗って体重を掛け、追い打ちを掛けた。
その手には椅子の背が握られている。
「ガアアアアッッ!!」
新兒は鍛冶谷を下敷きにした机の片割れを踏み締め、敵の体を床へ釘付けにした上で、椅子による殴打を見舞う。
何度も、何度も後頭部目掛けて両手で叩き付ける。
その胸中には、灼ける様な痛みが咲き乱れていた。
ごめんな、ごめんな――新兒の脳裡に家族の顔が去来する。
喧嘩に明け暮れて散々迷惑を掛けた癖に、肝心な時に守ってやれなかった。
どこまでも駄目な兄貴でごめんな。
せめてこいつだけはぶっ殺す!――まるで喪失という毒の花が麻薬として作用しているかの様に、新兒の肉体は限界を超えて突き動かされていた。
「この……調子に……乗るな!」
鍛冶谷は机の下から脱出し、新兒に飛び掛かった。
不安定な足場で思うように動けなかった新兒は腰にしがみ付かれてしまった。
『熱源を感知しました』
全身から血を噴き出しながら、新兒は机の上から転げ落ちた。
鍛冶谷はそのまま新兒の体を押さえ込む。
「ははは、もう放さない! このまま出血多量で死ぬが良い!」
「気持悪いんだよ、塵屑野郎がァッ!!」
新兒は鍛冶谷の博衣を掴み、腕力で無理矢理引き剥がし、巴投げの要領で鍛冶谷を天井に叩き付けた。
両手と足から激しく血が噴き出したが、今や新兒は痛みを意に介さない。
素早く起き上がると、机の片割れの脚を掴み、落下してきた鍛冶谷に向けてフルスイングを叩き込んだ。
「ギャバァーッッ!!」
鍛冶谷は机と共に壁に叩き付けられた。
「ハァ……ハァ……」
ここまで強烈な怒りと憎しみ、そして悲しみを原動力に暴れ回った新兒だったが、流石に体力が尽きてきていた。
この出血量、真面に動けていただけでも奇跡なのだ。
寧ろ、血塗れで立ったまま鍛冶谷を睨み付ける姿が異様ですらある。
「フフ……ククク……」
鍛冶谷はゆっくりと笑いながら起き上がった。
「いや、流石にダメージは受けたよ。だが、全然致命的とまでは行かないな。神為使いにとって、強化された己の肉体の堅固さは並大抵の鈍器を上回る。つまり、武器を使った殴打は寧ろ普通に殴るよりも効果が薄いのさ。だから、簡単に恢復してしまう」
鍛冶谷は新兒の攻撃など屁でもないとでも言いたげに、ピンピンしている姿を殊更に見せ付ける様に両腕を拡げた。
頭から流れていた血も既に止まっており、満身創痍の新兒と残酷なまでの対比が鮮明になっている。
新兒が怒りのままに暴れ回って為した事は、精々が所長室を散々荒らし回った事くらいだった。
振り回した机に巻き込まれた電灯が弱々しく点滅している。
「全く、どうしてくれるんだ。僕の研究は皇國を打倒し、世界を正しく創り変える為の大事な研究なんだぞ。高々数人が死んだからって向きになっちゃってさ。無知蒙昧、革命に非協力的な愚民共のことなんて知らないよ」
部屋の明かりが切れ、部屋は薄闇に包まれた。
鍛冶谷は表情から薄笑いを消して溜息を吐くと、酷く冷め切った眼で新兒を侮蔑的に見下ろす。
「君の父親の身分証は見せてもらったよ。警察官だったんだって? 僕、あいつら嫌いなんだよね。頭悪い癖に法の番人気取っちゃってさ。世の中の進歩に全く寄与しない。世の中を良くしようという志に難癖を付け、結論ありきで罪人に仕立て上げる、権力による民衆への抑圧と弾圧の象徴。この世で最も殺さなければならない、全く価値の無い塵の様な連中だ」
鍛冶谷群護は嘗て大学の研究者だった。
しかし、その研究には違法な不正が見付かり、逮捕されて職を追われた。
その時の取り調べが横暴だった為、彼は警察を酷く憎んでいるのだ。
保釈された彼が最初にした事は、過激派のデモを取り締まる機動隊員へのリンチに参加した事だった。
この時、鍛冶谷に放火されて殺害された機動隊員はまだ二十歳そこそこの未来ある若者だった。
彼が武装戦隊・狼ノ牙に入った切掛は、この時の「活躍」が首領Дの目に留まったことだった。
以後、彼は警察官を率先して殺している。
研究の為の人体実験、そして研究成果となる兵器の試用には率先して警察官の身柄を攫っている。
無論、目撃者は全て抹殺しつつ、である。
所長室まで直接来た新兒は見ていないが、此方側北館の研究室にはそんな死体が何人分も安置されている。
「君の様な、野蛮人の息子を持つ父親だ。警察官として何をやってきたのかも何となく想像出来る。どうせ警察権力を笠に着て君の非行を揉み消したりとか、そういう汚い事をやっていたんだろう? 寧ろ世直しになったと思うね」
「勝手に言ってろよ、人殺しの塵が。既に手前への怒りはカンストしてるんだ。今更何言われようが響かねえよ」
新兒の父親は単なる巡査であり、そのような権力などあろう筈が無かった。
が、鍛冶谷の暴言に新兒は最早取り乱さない。
ただ冷静に、目の前の相手をどう叩きのめすか考えていた。
荒れていた頃から、寧ろキレた後に醒めてからが新兒の本領発揮だった。
ふと、冷静になった新兒は奇妙な感覚に気が付いた。
全身から噴き出た筈の血が流れていかない。
動脈すら傷付いた筈なのに、既に血が止まっている。
(不思議な気分だ。冷静になったら、胸糞は悪いのに気分は良くなってきやがった。死に掛けてハイになってんのか? いや、多分その段階はもう超えた……)
鍛冶谷もまた、この異変に気が付いたのか青褪めた。
明らかに変化の兆候がある。
鍛冶谷はさっさと勝負を決めようと、例によって突進してきた。
しかし、新兒は咄嗟に椅子を投げ付け、鍛冶谷の出鼻を挫いた。
「ひゃん!!」
鍛冶谷は情けない悲鳴を上げて怯んだ。
明らかに新兒の体力は恢復している。
それは、彼が神為の更なる深みに達したからだ。
「おい、手前……」
新兒はドスの利いた低い声で凄んだ。
彼には一つの確信があった。
全身に纏わり付いた血が固まり始めている。
しかし、それは血液の凝固作用に因る現象ではない。
「神為の深みに達すれば、ダメージも恢復力も大きくなるんだったな」
新兒の全身で固まり始めた血がゼリー状になって両腕へと移動していく。
そして、腕の血と混ざり合い結晶化していく。
否、新兒の腕に熱を奪われて氷結していく。
新兒はこれら一連の現象を自らの意思で確信的に起こしていた。
「じ、術識神為に覚醒しただと!?」
鍛冶谷は動揺して後退る。
この時を以て、彼の優位は完全に消滅した。
神為の深みが同等ならば、新兒の攻撃は充分に鍛冶谷の命に届き得る。
最早彼は安全ではない。
「覚悟しろよ、塵屑野郎。どうやら俺は完全に目覚めちまった。自分がどんな能力を持っているか、完全に解っちまったよ」
虻球磨新兒の術識神為は水分を操る能力である。
彼は血液の水分を操って腕に集中させ、更に凍らせて拳に纏わせたのだ。
その紅い氷は、ただの氷ではない。
神為によって固まった結晶のその硬度はダイヤモンドにも匹敵する。
「往生しろやあっっ!!」
「ヒイイイイイッッ!!」
新兒は鍛冶谷に飛び掛かった。
新兒は怒りのままに鍛冶谷の頭部を何度も殴打していた。
顔を血で真赤にした鍛冶谷は這々の体で逃れようとするも、背中に激しく机の縁が減り込む。
「ぐえええっっ!」
何より、この様に武器を介して攻撃されると、鍛冶谷の術識神為は発動しない。
怒りにより解き放たれた新兒の暴力性が、皮肉にも閉塞していた新兒の活路を開いた、かに見えた。
「うらああアアアアッッ!!」
新兒は机を真二つに蹴り割ると、片割れの脚を掴んで再び鍛冶谷を下敷きにする。
更に、割れた縁に飛び乗って体重を掛け、追い打ちを掛けた。
その手には椅子の背が握られている。
「ガアアアアッッ!!」
新兒は鍛冶谷を下敷きにした机の片割れを踏み締め、敵の体を床へ釘付けにした上で、椅子による殴打を見舞う。
何度も、何度も後頭部目掛けて両手で叩き付ける。
その胸中には、灼ける様な痛みが咲き乱れていた。
ごめんな、ごめんな――新兒の脳裡に家族の顔が去来する。
喧嘩に明け暮れて散々迷惑を掛けた癖に、肝心な時に守ってやれなかった。
どこまでも駄目な兄貴でごめんな。
せめてこいつだけはぶっ殺す!――まるで喪失という毒の花が麻薬として作用しているかの様に、新兒の肉体は限界を超えて突き動かされていた。
「この……調子に……乗るな!」
鍛冶谷は机の下から脱出し、新兒に飛び掛かった。
不安定な足場で思うように動けなかった新兒は腰にしがみ付かれてしまった。
『熱源を感知しました』
全身から血を噴き出しながら、新兒は机の上から転げ落ちた。
鍛冶谷はそのまま新兒の体を押さえ込む。
「ははは、もう放さない! このまま出血多量で死ぬが良い!」
「気持悪いんだよ、塵屑野郎がァッ!!」
新兒は鍛冶谷の博衣を掴み、腕力で無理矢理引き剥がし、巴投げの要領で鍛冶谷を天井に叩き付けた。
両手と足から激しく血が噴き出したが、今や新兒は痛みを意に介さない。
素早く起き上がると、机の片割れの脚を掴み、落下してきた鍛冶谷に向けてフルスイングを叩き込んだ。
「ギャバァーッッ!!」
鍛冶谷は机と共に壁に叩き付けられた。
「ハァ……ハァ……」
ここまで強烈な怒りと憎しみ、そして悲しみを原動力に暴れ回った新兒だったが、流石に体力が尽きてきていた。
この出血量、真面に動けていただけでも奇跡なのだ。
寧ろ、血塗れで立ったまま鍛冶谷を睨み付ける姿が異様ですらある。
「フフ……ククク……」
鍛冶谷はゆっくりと笑いながら起き上がった。
「いや、流石にダメージは受けたよ。だが、全然致命的とまでは行かないな。神為使いにとって、強化された己の肉体の堅固さは並大抵の鈍器を上回る。つまり、武器を使った殴打は寧ろ普通に殴るよりも効果が薄いのさ。だから、簡単に恢復してしまう」
鍛冶谷は新兒の攻撃など屁でもないとでも言いたげに、ピンピンしている姿を殊更に見せ付ける様に両腕を拡げた。
頭から流れていた血も既に止まっており、満身創痍の新兒と残酷なまでの対比が鮮明になっている。
新兒が怒りのままに暴れ回って為した事は、精々が所長室を散々荒らし回った事くらいだった。
振り回した机に巻き込まれた電灯が弱々しく点滅している。
「全く、どうしてくれるんだ。僕の研究は皇國を打倒し、世界を正しく創り変える為の大事な研究なんだぞ。高々数人が死んだからって向きになっちゃってさ。無知蒙昧、革命に非協力的な愚民共のことなんて知らないよ」
部屋の明かりが切れ、部屋は薄闇に包まれた。
鍛冶谷は表情から薄笑いを消して溜息を吐くと、酷く冷め切った眼で新兒を侮蔑的に見下ろす。
「君の父親の身分証は見せてもらったよ。警察官だったんだって? 僕、あいつら嫌いなんだよね。頭悪い癖に法の番人気取っちゃってさ。世の中の進歩に全く寄与しない。世の中を良くしようという志に難癖を付け、結論ありきで罪人に仕立て上げる、権力による民衆への抑圧と弾圧の象徴。この世で最も殺さなければならない、全く価値の無い塵の様な連中だ」
鍛冶谷群護は嘗て大学の研究者だった。
しかし、その研究には違法な不正が見付かり、逮捕されて職を追われた。
その時の取り調べが横暴だった為、彼は警察を酷く憎んでいるのだ。
保釈された彼が最初にした事は、過激派のデモを取り締まる機動隊員へのリンチに参加した事だった。
この時、鍛冶谷に放火されて殺害された機動隊員はまだ二十歳そこそこの未来ある若者だった。
彼が武装戦隊・狼ノ牙に入った切掛は、この時の「活躍」が首領Дの目に留まったことだった。
以後、彼は警察官を率先して殺している。
研究の為の人体実験、そして研究成果となる兵器の試用には率先して警察官の身柄を攫っている。
無論、目撃者は全て抹殺しつつ、である。
所長室まで直接来た新兒は見ていないが、此方側北館の研究室にはそんな死体が何人分も安置されている。
「君の様な、野蛮人の息子を持つ父親だ。警察官として何をやってきたのかも何となく想像出来る。どうせ警察権力を笠に着て君の非行を揉み消したりとか、そういう汚い事をやっていたんだろう? 寧ろ世直しになったと思うね」
「勝手に言ってろよ、人殺しの塵が。既に手前への怒りはカンストしてるんだ。今更何言われようが響かねえよ」
新兒の父親は単なる巡査であり、そのような権力などあろう筈が無かった。
が、鍛冶谷の暴言に新兒は最早取り乱さない。
ただ冷静に、目の前の相手をどう叩きのめすか考えていた。
荒れていた頃から、寧ろキレた後に醒めてからが新兒の本領発揮だった。
ふと、冷静になった新兒は奇妙な感覚に気が付いた。
全身から噴き出た筈の血が流れていかない。
動脈すら傷付いた筈なのに、既に血が止まっている。
(不思議な気分だ。冷静になったら、胸糞は悪いのに気分は良くなってきやがった。死に掛けてハイになってんのか? いや、多分その段階はもう超えた……)
鍛冶谷もまた、この異変に気が付いたのか青褪めた。
明らかに変化の兆候がある。
鍛冶谷はさっさと勝負を決めようと、例によって突進してきた。
しかし、新兒は咄嗟に椅子を投げ付け、鍛冶谷の出鼻を挫いた。
「ひゃん!!」
鍛冶谷は情けない悲鳴を上げて怯んだ。
明らかに新兒の体力は恢復している。
それは、彼が神為の更なる深みに達したからだ。
「おい、手前……」
新兒はドスの利いた低い声で凄んだ。
彼には一つの確信があった。
全身に纏わり付いた血が固まり始めている。
しかし、それは血液の凝固作用に因る現象ではない。
「神為の深みに達すれば、ダメージも恢復力も大きくなるんだったな」
新兒の全身で固まり始めた血がゼリー状になって両腕へと移動していく。
そして、腕の血と混ざり合い結晶化していく。
否、新兒の腕に熱を奪われて氷結していく。
新兒はこれら一連の現象を自らの意思で確信的に起こしていた。
「じ、術識神為に覚醒しただと!?」
鍛冶谷は動揺して後退る。
この時を以て、彼の優位は完全に消滅した。
神為の深みが同等ならば、新兒の攻撃は充分に鍛冶谷の命に届き得る。
最早彼は安全ではない。
「覚悟しろよ、塵屑野郎。どうやら俺は完全に目覚めちまった。自分がどんな能力を持っているか、完全に解っちまったよ」
虻球磨新兒の術識神為は水分を操る能力である。
彼は血液の水分を操って腕に集中させ、更に凍らせて拳に纏わせたのだ。
その紅い氷は、ただの氷ではない。
神為によって固まった結晶のその硬度はダイヤモンドにも匹敵する。
「往生しろやあっっ!!」
「ヒイイイイイッッ!!」
新兒は鍛冶谷に飛び掛かった。
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