日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第一章『脱出篇』

第十四話『醜態』 破

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 わたるおおかみきばの施設設備を心置き無く破壊出来たのは、からその詳細を聞き出していたからだ。
 わたるに無人の施設を的確に伝えなければ、格納庫内を始め、周辺の山々に対して圧倒的な暴威が振るわれることは無かった。
 人を巻き込まずに破壊し尽くせるからこその暴挙だった。

 おおかみきばにとって何より致命的だったのは、その中にとうえいがんの生産設備が入っていたことだ。
 つまり裏を返せば、とうえいがんをいくらでも手に入れられる状態にあった。

 ちょうきゅうどうしんたい・ミロクサーヌ改を操縦しながら、わたるは胸ポケットに忍ばせたとうえいがんを思っていた。
 小分けの包装で八つ、内通者だった椿つばきようが抜けた分と、更に余剰分一つを含めて、当日にから受け取っていたのだ。

『以前お伝えしていた通り、本日中にとうえいがんの効果が切れるでしょう。その前に、こちらを追加服用ください』
『ありがとうございます。でも、どうして今日なんですか? まえもって飲んでおいた方が良いと思いますけど』
『単純に今日まで生産時間が掛かってしまったから、というのが一点。用法上の注意がもう一点、でしょうか』
『用法上の注意、ですか……』

 しんが切れてしまえば、どうしんたいは操縦不能になる――そんなことはわたるも百も承知だ。

(追って来ている……)

 背中に感じる気配から、わたるは既に土生はぶの追跡を察していた。
 しかし、今とうえいがんを服用する訳には行かなかった。

『追加服用が正しく延長効果を得られるのは、十日から二十日の服用間隔に限られます。早過ぎると健康に害が及びますし、遅過ぎるとかえって効果が短くなるのです。ですから、可能な限り効果が切れて二十四時間後に御服用ください』
『直後では駄目なのですか?』
『効果が無くはありませんが、六時間しか続きません。むに已まれぬ事情がある場合は致し方ありませんが……』

 わたるはなんとか土生はぶを振り切りたかった。
 とうえいがんは可能な限り温存しておきたかった。

(あまり長くは飛べない。早くかないと……)

 わたるは脇にこしらえられたたま――そうじゅうかんを握り締めた。

「みんな、加速するぞ! しっかつかまってくれ!」

 わたるはミロクサーヌ改の速度を徐々に上げていった。



    ⦿⦿⦿



 二人が交わした約束によって破壊し尽くされたどうしんたい格納庫の中、はほくそ笑む。

(こいつらはとうえいがんの効果が切れれば終わりだと思っている。わたくしとうえいがんを渡したとも知らないで……)

 とて土生はぶあきのガルバケーヌ改による追走まで想定していた訳ではない。
 渡したとうえいがんは、あくまでも不意に襲撃された時に備えてのものだ。

 しかし、わたる達の搭乗するミロクサーヌ改は高機動型である。
 本来のミロクサーヌから、加速性能と最高速度を引き上げる改造を施した代物であるが、非正規品であるが故に、限界性能を発揮すると操縦者に過負荷が掛かるという欠点がある。
 六人搭乗という過積載状態ではどの道そこまでの能力は発揮出来まいが、それでも重火装型のガルバケーヌ改に速度で勝てないはずが無い――そう考えていた。

さきもり様、着陸地点の目安を何箇所かミロクサーヌ改に入力しておきましたので、御参考ください』
『どうもありがとうございます。とりあえず、近場のとうきょうを目指し、さいたま州で降りようと思います』
どうしんたいを捨てる際は、仲間の皆さんにお願いしてなおだまを破壊してもらってください。なおだまさえ破壊すれば、どうしんたいは使用不能になり、おおかみきばはこの虎の子を永久に失うことになる。逆になおだまが残ってしまうと、期待がどれだけ損傷しようともしんを与えれば完全再生出来てしまう。この点、重々しょうきください』
わかりました。確実にやります』

 は間違い無く、わたるなおだまの破壊を約束した。
 確実に、わたりばんかい不能の汚点を刻むことが出来る――そう信じて疑わなかった。

(当初の予定通りさいたまで着陸出来なかったとしても、六時間もあればミロクサーヌにガルバケーヌを撒けない訳が無い。計画には何の支障も無い)

 は口角が上がるのをわたりに悟られまいと、平静を意識するのに苦労していた。
 そんな彼女に、土生はぶとの電話を終えた当のわたりは勝ち誇った様に話し掛ける。

「喜べおうぎいとしのさきもり様に再会出来るぞ」

 わたりは邪悪にゆがよどんでいた。
 おそらく、わたるのことをどうやってなぶごろしにしようかと色々と想像を巡らせて、その時を心待ちにしているのだろう。
 そんなわたりに対し、は気持ちを落ち着かせるようにためいきを吐いて応える。

「誤解なさられている様ですので申し上げいたしておきましょう。わたくしは今、さきもりわたるに対して腸が煮えくり返る心持ちで御座います。同志として目を掛けていたのに、ような形で裏切られた訳ですからね」

 もちろん、これは「おおかみきばの革命戦士・おうぎ」を演じる上でのの方便である。
 にとって、わたるを脱出させて終わりではない。
 まだまだ、この組織の一員としてやらなければならないことが残っているのだ。
 そのためにははっしゅうへの昇格が必要になる為、これ以上わたる達に肩入れする訳には行かなかった。

わいさ余って憎さ百倍、とったところか。さきもりも貴様もごうとくだな。色にかまけるからこの様な事になるのだ」
ことですが、必要以上に彼らの反感をあおった貴方あなたの責任の方が大きいのでは? 彼に思い入れがあったことは認めますが、わたくしの行動は限られた組織の人材を無為に消費するべきではないという考えから来てもいたのですよ」
「クク、好きなだけほざくが良い。この件の始末を付けたら、おれは貴様の公私混同をしゅりょうДデーに報告する。どういう処分が下るか、首を洗って待っているが良い」

 わたりの命運は、完全にゼロサムゲームとなった。
 生き残るのはどちらかのみ、全てはわたるの逃亡成否に懸けられた。

わたくしとしてはしゅりょうДデーに正当な裁定を願う他に御座いませんね。しかしわたり様、貴方あなたおっしゃられる事は取らぬたぬきの皮算用に過ぎないのでは? 重火装型のガルバケーヌで高機動型のミロクサーヌに引き離されぬよう付いて行く……土生はぶ様といえ、困難だと考えますが」

 の反論に、わたりは口角を一層歪めて笑った。

「知らんのか? ミロクサーヌ改と同じように、ガルバケーヌ改にも非正規の改造が施され、性能が向上しているのだ」
「それが何か?」

 は、ミロクサーヌ改が特長である機動力を強化改造されたのと同様に、ガルバケーヌ改は火力を強化改造されていると思い込んでいた。
 だがそれは致命的な思い違いだったのだ。

「教えてやろう。ガルバケーヌ改はガルバケーヌの機動力を通常のミロクサーヌ並みに引き上げた改造機体なのだ!」
「なんですって!?」

 は思わず口を突いて出た驚嘆に口を押さえた。
 今のわたるには、ミロクサーヌ改の改造によって引き上げられた限界性能はとても出せない。
 つまり、ガルバケーヌ改はわたるにとって搭乗機体の完全上位互換ということになる。
 一転、わたる達の逃走は望み薄になってしまったのだ。

 そんな彼女の様子を見て、わたりは愉悦から顔を更に歪める。
 如何にどうしんたいの操縦を驚異的な早さで身に付けたとはいえ、素人に毛が生えた程度の経験しか無いわたるに対し、土生はぶあきは元軍人の熟練操縦士ベテランパイロットである。

「さぁて、ケリが付くまでそう長くあるまい。その時はいつかの続きとしゃもうじゃないか。こうてんかんはあのに壊されてしまったから、今度はおれが貸し切りにしている宿部屋に案内しよう。今から楽しみだなァ!」

 わたりは再びの髪をわしづかみにした。

ずはさきもりを半殺しにしてやる! そしてひんやつの前で貴様を犯しながら、死に逝く様をじっくり楽しんでやるぞ! 今度はあんな程度で済むと思うなよ! 確りとこの事態の責任を取らせてやるからなァ!」

 とその時、わたりが持つの電話が鳴った。
 画面にはしゅりょうДデーの名前が表示されている。
 わたりは慌てて電話に出た。

「もしもし。しゅりょうДデー、何用でしょう?」
『……何故なぜきみおうぎ君の電話に出るのかね?』
「あっ、いえ違います。これは違うんです」
『どうでも良いからさっさと彼女に替わりたまえ。きみに用は無い』
「は、はいただいま!」

 わたりからぶっきら棒に差し出された電話を受け取り、うなずきながら指示を聴いた。

かしこまりました。直ちにちらへ向かいます。では後程。はい、失礼いたします」

 は電話を切り、一つ溜息を吐いた。
 わたりは不安気に彼女を見詰めている。

「首領はなんと?」
「運転手を仰せつかりました。いわ支部から回転翼機ヘリコプターに乗って本部へ戻るそうです。あおもり支部のものはミロクサーヌ改に破壊されてしまいましたからね」
「何?」

 わたりげんそうな表情を浮かべる。

「待て、の運転で来たんじゃないのか? そういえばあいつは何処どこに居る? いつの間にか居なくなっているじゃないか」
「行方不明のようですね。それでわたくしを御指名に」
「なんだそれは? あいつは本当に逃げたのか? 信じられん奴だ!」

 憤慨するわたりを尻目に、はその場から立ち去ろうとする。

「待て! 何処へ行く!」
「で・す・か・ら、首領直々のめいれいの下、御一行をいわ支部まで送り届けに行って参ります」
「何だと!? 電話はどうするんだ! どうやって土生はぶと連絡を取れと?」

 自らかんしゃくを起こしておいての、この身勝手な言葉である。
 流石さすがも堪忍袋の緒が切れた。

「自業自得でしょう! わたくしは首領の御命令で行くのです! 電話の事は御自身でどうにかなさってください! いわ支部が貴方あなたちゃな命令を黙殺し、首領を乗せる回転翼機ヘリコプターを残していれば良いですね!」

 は足早に去って行った。

「待て! おうぎ! 待ってくれェ!!」

 わたりの叫びは届かない。
 ただむなしく、破壊し尽くされた格納庫から大空に響き渡るのみであった。
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