日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第一章『脱出篇』

第十話『異人』 序

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 さきもりわたるはたと決めた脱出の決行日まで、残り一週間を切った。
 飢餓訓練を終えてから話を聞いた所にると、わたりりんろうの説得は順調らしい。
 今日か明日辺り、わたるに配置換えが言い渡されるだろう、とのことだ。

『でも、しんの第三段階に達していないのはぼくだけじゃないですよ』
『残りのお二方はまだ見込みが無くもない、とわたりっていました。つまり、予定通りさきもり様が一番に見限られることになります。上出来ですね』

 そんな昨晩の会話を思い出しながら、わたるは久々の朝食を準備する。
 才能いじりももう慣れてしまった。

 しんの第三段階、特殊な異能の発現は俗に「じゅつしきしん」と呼ばれるのだという。
 七人の中でこれに達したのは四人である。

 ず、飢餓訓練の開始前におりりょう椿つばきようが能力に覚醒していた。
 この二人は特に才能があるとして、わたりも高く評価している。

 次に、訓練の前半でけんしんが覚醒に至った。
 ずみふたに対してやや勝ち誇るようなを向けた彼だったが、それに反発したのか、訓練が終わりへ差し掛かる頃にふたもまた覚醒に至った。

 取り残されたのはあぶしんまゆづき、そしてわたるである。
 特に、わたるの才能の無さ、しんちょくの悪さは群を抜いているようで、時折わたりから総括と称して暴行を受けた。

(あと少し、ほんの少しの辛抱だ。だけど、大丈夫か? 本当に条件は整うのか?)

 配置換え、すなわどうしんたいに触れられる立場に置かれるのは、の言葉を信じるとして、彼はいまだに自力で実戦起動出来ていない。
 飢餓訓練でしばらく操縦訓練が出来なかったのだから、その分遅れているのだ。

『何とか形にする他御座いませんね。これからはより一層厳しくいきますので、そのおつもりで』

 危機感もあり、わたるのスパルタ宣言が逆に有難いと思った。
 表には出さないように努めているが、わたるは少しずつ精神的に追い詰められていた。

(みんなの命はぼくが預かっているんだ)

 朝食の支度を終えたわたるうつむいてそんな事を考えていた。
 と、その時、食堂の扉が開いた。

「ふあぁ、やってるー?」
「あ、おはようございます。随分早いですね」

 珍しい人物だった。
 まゆづきはこれまでずっと恋人をうしなったショックからふさんでおり、朝食をるのはいつも最後か、摂らない日もあった。

 彼女は眠そうに目を擦りながら席に着いた。
 寝癖で跳ねた髪の毛が、半ばけたままろくに身支度もしないまま降りてきた事を雄弁に物語っている。
 もっとも、わたるは彼女のこういっただらしのなさには慣れていたし、自室に同じ様な人種も居るので、今や特に気にすることもなく朝食を配膳していく。

一寸ちょっと嫌な夢を見ちゃってさ。早く目が覚めちゃった。二度寝したら絶対寝坊するから、もう起きちゃおう、ってね……」

 目が覚めた、という割には不明瞭な発音だった。

「そうですか、大丈夫ですか?」

 悪夢、と聞いてわたるは心配になった。
 まゆづきはずっと精神の安定を欠いている。
 一人部屋にすると自殺するかも知れない、という懸念はあったが、彼女の強い希望もあってそうした。
 時折、わたるふたしん椿つばきで交代して声を掛け、彼女の無事を確かめている。

「ありがとね。でも、前からよく見る夢だから平気よ。むしろ、心が前の状態に戻ってきたのかも知れない……」

 平気、と言ってはいるが、まゆづきの表情はどこかかなしげで、はかなげなえんせいかんあらわにしているように見えた。
 まゆづきの行動、心理は実のところ読めない。
 全てがどうでも良く、死にたいといった様子で塞ぎ込んでいたかと思えば、生命の危機から脱した時は思わずわたるに抱き付いてきたりする。
 だが、この奇妙な雰囲気はいつも彼女にまとわりいているように思える。

「御無理はなさらないでくださいね」

 あまり気の利いた言葉が見付からない航は、差し障りの無い事しか言えなかった。
 まゆづきは小さく「うん」とだけうなずいた。

 と、そこへもう一人、珍しい男が入って来た。
 おりりょうが黙ってまゆづきの隣にすわった。

 ここ最近、特に飢餓訓練中から、おりまゆづきを気に掛けるようになっていた。
 いわく「どこかそこはかとなく死がへばり付いているような妙な匂いがして好みだ」とのことだ。
 よく分からない感性だが、わたるも感じているえんせいてきな雰囲気の事を言っているのだろうか

 そんなまゆづきは、おりを気にせず黙々と食事を続けている。
 おりは奇妙な視線をまゆづきに注いでいた。
 うることを見る自分の視線も、端から見ればこんな感じなのだろうか、とわたるは居心地が悪かった。

「おい、早くおれの飯も用意してくれよ」
「あ、悪い」
「人間、腹減ると気が短くなって、一寸した冷遇がかんに障るようになるんだよ。こういう状況じゃなきゃぶち殺してるぞ」

 不覚にも配膳し忘れていたことを脅迫気味に指摘され、わたるはいそいそとおりの分の朝食を用意した。
 しかし、おりは並べられた食事に手を付ける事なく、ただじっとまゆづきの横顔を眺めていた。
 流石さすがわたるは腹を立てたが、その得も知れぬ異様な雰囲気に文句を言う気をくじかれた。

「今日は元気そうじゃねえか」

 不意におりまゆづきへ話し掛けた。
 突然の事にわたるは驚いたが、まゆづきは平然としている。

「まあねー、かげさまで」
「ふん、相変わらず面白くねえ反応だな」

 おりの言う通り、彼に対してまゆづきわたる達の中で唯一恐怖でも警戒でもない当たり前の反応を返す。
 それは塞ぎ込んでいた時から変わらず、おりがいくら威圧しようが柳に風だった。

(案外、強い人なのか?)

 わたるまゆづきへの認識をそう改めつつあった。
 おりもまた、彼女にそんな印象を持っているのかも知れない。

「他のやつらみてえに過剰な怖がり方されるのも心外だが、貴女アンタみてえに特に何でもなく見られるのも自信失くすぜ」

 おりようやく朝食に手を付け始めた。
 そんな彼に対し、まゆづきは奇妙な事場を返す。

「だって貴方あなた、経歴がさに着てイキってるだけで普通の人じゃない」

 おりだけでなく、わたるも開いた口がふさがらなかった。
 隣に座っている相手は両親を含めて何人も殺害した凶悪犯である。
 凶行に至った狂気はその眼光に充分表れており、到底「普通の人」等と評して良い人物ではない。
 おりはプライドに障ったのか、血走った目でまゆづきを凝視していた。

「ほーう、お姉ちゃんはこのおれのどこが普通だって言うんだい?」

 わたるおりの態度に「まずい」と警戒を強めた。
 何かあった時には、おりからまゆづきを守らなければならない。
 だがそんなわたるの心境を知ってか知らずか、まゆづきはあっけらかんとして答える。

貴方あなた、損得勘定ちゃんと出来るでしょ? 閉鎖空間に女が四人も居るのに、誰にも暴行を働いたりしない。『えず』でこの中の誰かを殺してみたりもしない。そんな、理にかなわない無意味な凶行には走らない」
「いやいやまゆづきさん、そこまでやるようなのは単なる異常者ですよ」

 わたるまゆづきの極端な言い分に苦笑いを浮かべた。
 しかし、彼女は揺るがない。

「だから、異常者じゃないんだってば、この人。多分、殺人に対するハードルが低いだけで、内面は普通の人。やったら確実にバレる状況で犯罪はしないけど、バレないと思ったら万引や横領くらいはする。そんな、ごく普通の感性で殺人までやっちゃうだけだよ」

 そういう人間は、普通の人とは呼ばないだろう。
 第一、普通の人はいくらバレなくとも万引も横領もしないのだ。
 しかし、わたるとしてはまゆづきの言いたいこともわからなくはない。
 要するに、必要以上に警戒せずとも理解不能な行動を取る様な人間ではないということだろう。

 だが、当のおりは納得がいかない様子だった。

「へーえ、貴女アンタにとっての異常者ってのは、思考回路からして異質な奴って事か」
「妙に突っかかるなあ。別に、異常者と思われて良い事なんか無いんだから、正常扱いで良かったと思いなさいよ」

 二人のりの中で、わたるの中に一つの違和感が生じていた。
 ひょっとすると、まゆづきの言う通りではないか。

 客観的に見て異常なおりは自分を異常だと主張しているが、まゆづきは正常だと主張している。
 もしかすると、正常なのはおりの方で、まゆづきの方が異常なのではないか。

 おりもそれを感じたのか、普段大なり小なりいている殺気を完全に沈めてためいきを吐いた。
 まゆづきは平然としるを口にし、初めからおりの殺気の有無など問題にしていないかの様だ。

「あのな、姉ちゃんよ」

 おりは諭す様に口を開いた。

「確かに、世の中には何考えてんのか分かんねえ変な思考の奴はごまんと居るよ。そういうのに比べたら、おれは寧ろ分かりやすいかも知れねえ。でも、そいつらって大半は社会の中で普通に生活しているまっとうな人間なんだわ」

 わたるおりの言に「それはそうだ」と深く納得した。
 まゆづきは黙って聴き入っている。

「結局、ヤバい奴とまとな奴を分けるのは、そいつが何を考えているか、じゃなくて何をやらかしたか、なんだわ。頭ん中でどんだけ身の毛がつ邪悪な事考えてようが、真当に生きてる奴はそれだけで充分真面な人間なの。逆にどんなりっなお題目掲げる実直な奴でも、やってる事が邪知暴虐ならそいつは極悪非道、鬼畜外道なんだよ」

 おりは言葉を切って一息入れると共に朝食の白米をみ、味噌汁を一気に飲み干した。
 まるで何か別の事に腹を立てている様な手付き・しゃくだった。

「だからな、これはさきもりにも言っておくぜ、おれそうせんたいおおかみきばとかいう奴らの事ははっきり言って気に入らねえ。何の罪もね奴をいきなりさらって、その内一人をあっさり殺して悪びれねえ。そんな事を平気でやる癖に、さも自分達を正義の味方かのようにふいちょうしやがる。悪党としちゃ最低の部類だ。悪には悪の自覚がねえと駄目なのさ」

 どうやらおりには彼なりの悪の美学があるらしい。
 尤も、自分の悪行に対する開き直りに思えなくもない。

「だからさきもり、どうせまだ脱出するつもりではいるんだろ? それ、絶対に諦めるな。決してこんな奴らに染まるんじゃねえぞ」

 言われる迄も無い――わたるは強く念じた。
 おりわたるの意思が通じたのか否か、乱暴に空になった食器を置いて手を合わせた。

「ごっそさん」

 おりは二人の反応を待たず食堂を後にした。
 ふとまゆづきの方を見ると、彼女は立ち去るおりの後ろ姿をぼうぜんと眺めていた。

 わたるには二人がよく解らなかった。
 その後、に呼ばれて七人はその日の訓練へ向かった。
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