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第六章 華麗なる暗躍者
第九十五話 平日の休み
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翌日、アヤの機嫌は最悪に傾いていた。
機嫌だけならまだしも、体調も最悪で、特に腰の砕け具合に、二十七歳という年齢をついうっかり忘れそうになる。
窓の外は良く晴れた夏らしい青空。クーラーの効いた高級ホテルのベッドルームで、三人の美形に甲斐甲斐しく世話をされているというのに、身動きひとつとれない不自由さのせいで機嫌は戻りそうにない。
「……ふぃぎゅあ」
その単語に頭痛がする。最短注文とやらで発注された手のひらサイズの人形。実寸をそのまま縮小しただけの人形は、彼らの仕事用デスクに飾られることが決まっているそうで、それぞれ好きなポーズのものを注文していた。
不必要なまでに大量に撮られた写真はこのためかと、妙な納得に気分が萎える。
さらに、ロイアヤ、スヲンアヤ、ランディアヤと、アヤの名前が続いたあとにカナコを見つけてしまったのだから頭は痛む。自分だけならまだしも、母の友人の縮尺人形は、出来ることなら知らないでいたかった。
「絶対、怒られる」
あの三人はきっと、鬼のカナコを知らないに違いない。等身大パネルこそ、過去の出来事として受け流していたが、社長デスクに自分の人形が飾られると知れば平常心ではいられないだろう。
「今度会ったら謝るしかない」
注文のキャンセルをしてもらえるわけもなく、腹をくくったアヤの意気込みだけがシーツの中でうんうんと頷いていた。
「アヤは一人で楽しそうだな」
「ン゛ッぅ?」
顔を出したスヲンに笑いかけられて、アヤは眉を寄せ、目をつり上げて反応する。
「そして百面相」
見ていて飽きないと嬉しそうだが、誰のせいでこんな状態になっているかわかっているのだろうか。
「子猫はまだご機嫌ななめか?」
「に゛ゃぅ゛」
「あちゃー。声まだちゃんと出てないね」
ランディとロイの姿にも睨みをいれておいた。その後はふんっと鼻を鳴らして、シーツに潜るに限る。
アヤは頭からすっぽりとシーツに埋もれると、近付いてくる三つの気配を無視してギュッと目を閉じた。
「アヤ、お腹すかないか?」
これはスヲン。一番乗りに横を陣取って、シーツの上から頭を撫でてくる。
「喉も渇いただろ。風呂あがってから、飲んだきりだしな」
これはランディ。重みがスヲンとは反対側に沈んで、シーツから飛び出ていた髪を指で絡め、巻き付けている。
今と言わず、夜明けからずっとこうなのは言うまでもない。
あれから、彼らはぐちゃぐちゃのアヤを風呂で綺麗にし、念入りに髪と肌の手入れを施し、特製ドリンクで喉と胃袋を労り、取り替えたシーツの上にアヤを寝かせた。
当然、疲労困憊のアヤは文句を口にしながらも寝た。寝たくなかったのに、睡魔は勝手に襲ってきて、アヤはすぐに寝落ちした。
「今日は休み」
遅刻すると跳ね起きて、同時にスヲンにベッドへと戻される。
休みだったかとカレンダーを思い出して、平日の木曜日のはずだと、アヤは不服を申し立てた。いや、申し立てようとした。
「ね、声も出ないし、そんな身体じゃ、ベッドから出るのも難しいでしょ」
心底嬉しそうなロイのキスを拒否することでしか現実を受け入れられなかったのは、思っていた以上にそうだったのだから仕方がない。
正直言って、休めるならありがたい。
喉も腰も役割を放棄しているし、昨日一日中リングを着けていたクリトリスが腫れているのだろう。神経が過敏になっているから、下着をつけられそうにない。
萌由やカツラには悪いと思いつつ、アヤは「んー」と唸りながら現実を受け入れる。
「アヤ、ねぇ、アヤってば。聞いてる?」
「ふんっ」
「可愛い。じゃなくて、キスを拒否されたボクを可哀想だと思わないの!?」
言葉通り、キスを拒否されたロイが何やらうるさかったので、フィギュアの注文をキャンセルしてほしいと訴えたら「それは無理だ」とランディに棄却された。
「ひどい」
「ひどいのはアヤでしょ。なんでそんなに意地悪するの!?」
「にゃ」
意地悪はどちらだと問いたい。
結局はあの手この手で絆されて、『おはようのキス』を無事に済ませる羽目になった。
その後、彼らは忙しそうに電話に出たり、パソコンを叩いたり、タブレットをスクロールしたり、電話をかけたりしていたが、腹の虫が鳴き始めたのだろう。各々に区切りをつけるために、一度部屋を出ていって今に至る。
といっても、何時間も放置されたわけではない。時間にすれば三十分ほど。アヤとしては、もう少し長く一人の時間が欲しかった。
「そういえば、お父さんとお母さんにいつ空いてるか聞かなきゃ」
美形集団に囲まれた女の意地を保つなら、ここは枯れたダミ声じゃない声を出したいところ。
「……ィ…ろ゛ぃ゛」
「なに、アヤ。そんな声で呼ばれたら勃ちそぅ゛…ッ…痛い」
近付いてきた頭を真上からチョップしたのは悪くないと告げたい。出したくて出しているのではないひどい声に、半分涙のアヤはポカポカとロイの頭を叩いていた。
「はいはい。ボクが悪かったよね、よしよーし、アヤは可愛い可愛い」
ギュッとして頭を撫でて、額にキスをされて、背中をトントンされる。
不安定な精神が落ち着いて……ではない。危うくロイの発言を受け流すところだったと、シーツの中に潜り込んできた手をアヤはつねる。
「おっぱい触るのもダメなの?」
そんな目で見てもダメなものはダメだ。それなのに、ロイは抵抗を無視して手のひら全体で肌に触れてくる。
「………ッ…」
「乳首たってるし、ほら全身がまだ敏感に反応するし、ここも濡れてる」
「…ちぁ…ぅ、にゅ…」
どこが「おっぱいだけ」なのか。いや、だけとは言っていないなと気づく頃には、アヤの股の隙間をロイの指は往復している。
「また指だけでイッちゃいそうだね。クリトリス撫でられて、気持ちいい?」
「………く、なぃ゛」
「腰、揺れてる。ふふ、泣いちゃうアヤも可愛い」
止まらないロイの指に、腰が浮いてどうしようもない。せめてもの抵抗にロイの胸板に顔を隠して、声を圧し殺して、アヤは浅い絶頂の訪れに耐える。
「上手だよ、アヤ。いい子だね」
日々開発されていく自分の身体が、どこまで堕ちるのかは考えたくない。
「アヤ、ついでに薬を塗っておこう」
スヲンに提案されて、ランディにシーツを持ち上げられて、アヤはロイに抱かれたまま足を広げる。
「………ッは……ぁ」
ぱちぱちと頭の神経回路が焼きつくような快楽の往復に、アヤはギュッとロイにしがみついた。
「アヤ、力抜け。でないと身体がつらくなる」
それなら薬を塗ると言う名目で、好き勝手に性器をいじらないでほしい。
身体はもう充分ツラい。
「め、ァッ……すと…ぷ」
「アヤ、手、邪魔。足は閉じない」
「………ぁ゛メ、ぁ」
彼らの命令を従順にきく身体は、力を抜いてスヲンの指を受け入れるのだからどうしようもない。アヤは結局、ロイの腕のなかで数回、スヲンの愛撫に付き合わされた。
「ランディ」
しくしくと泣き声にならない顔を歪めて、アヤはシーツごとくるんで抱き上げてくるランディに甘える。
引き剥がされたロイは不満そうだったが、汚してしまったシーツの後片付けに人出は必要だろう。
「アヤ、食えそうか?」
抱かれた状態でリビングに移動して、ソファに座らされる。す巻きにされているので、芋虫みたいに座ることしかできないが、目の前に並ぶ食事に幾分か気持ちは浮上してきた。
「昨日もちゃんと食べてないからな」
改めてランディに言われて思い返せば、たしかにちゃんとした食事は一日ぶりと言えるかもしれない。
「無理せず食えるだけ食えばいい」
頭を撫でられて、アヤは首を上下に動かす。
声がまともに出せるならそれが一番だが、あいにく、人間の回復力は遅いものだ。
「ランディってば、ほんっと、そういうとこあるよね。抜け駆け禁止」
「目を離すとすぐこれだ」
ロイとスヲンが何か言っている。
「アヤ」
「……っん?」
ランディに呼ばれて、随分顔が近付いてくるなと呆然と眺めていると、これ見よがしに、二人に見せつけるキスをしてくれて、ご飯の時間がまた少し遠ざかった。
「ランディはズルいんだよ。アヤを独り占めなんてさせないんだから、ね。アヤ」
「後ろから抱き締めて離さないやつに言われてもなぁ、アヤ」
「そういう風に色気で迫るのもダメ。ボクだって我慢してる」
「………やるか?」
「え、ほんと?」
「はい、そこまで。アヤに何か食べさせるほうが先だろ」
ランディ、アヤ、ロイが長いソファに陣取っていちゃついている隙に、スヲンがシャンパンを持ってきて、前の椅子に腰を下ろす。
アヤが横向きに、二人分のスペースを使用しているので仕方ないが、ランディとロイに潰されかけていた状況から救ってくれた恩は大きい。
「……スヲン」
「なに、アヤも飲む?」
昼からシャンパンとは、金持ちになった気分だとアヤの目が輝く。
当然、グラスに注がれたアルコールはランディの手に渡ってからアヤの口に入る。
「気に入ったらしいな」
「アヤ、空きっ腹にお酒はよくないよ。ほら、野菜スープも先に飲もう」
「……ん」
ロイが差し出してきたスプーンに顔を寄せて、アヤはふーふー冷ましてからそれを口にする。
まったりとした枝豆のポタージュだったが、とうもろこしとジャガイモも入っているのか、濃厚なのに飲みやすくて、甘味のあるスープだった。
「あとは、ハンバーグとロールパンがあるけど、ライスが良ければそれもあるよ」
「ら…ぃじゅ…」
「ライスね。オッケー」
シャンパンで優雅な食事をするよりも、腹にたまるものが欲しい。身体は正直に滋養のあるものを求め、アヤはその通りに胃袋に流し込んだ。
「お腹いっぱい」
満足な息を吐いて食事の終了を告げたアヤに、三人が優しく微笑んでくる。定番の光景だが、そこからようやく彼らのランチタイムが始まるわけで、アヤは時々ランディにシャンパンをもらいながらその光景を眺めていた。
「あ」
何かを思い出したアヤの声に、三人の視線が集中する。
いったい何事か。それぞれ口を動かしながら視線だけで会話をする。通訳するなら、スヲンが「何事だ?」と問いかけ、「さぁ?」とロイが肩をすくめ、ランディが「どうせ、大したことじゃない」とハンバーグとパンの入った口を動かしていた。
そんな三人のテレパシーを横目に、アヤはミイラ状態の身体を器用に動かして姿勢を整え、腕を出して、シーツがワンピースになるように胸に巻き付ける。
「これで動ける!!」
ジャーンッと両手を広げたアヤに「な」とランディが食べ物を飲み込み、「なーんだ」とロイがフォークでサラダを突き刺し、「人騒がせだな」とスヲンが眉をしかめた。
「あー!!」
次にアヤが叫んだときに、全員が目の前の食事に集中していたのは、その経緯があったせいなのだが、アヤにそれは関係のないはなし。
「やっぱり、こんなとこまでキスマークがついてる!!」
二の腕の内側から手首まで、虫刺されと言い訳するには苦しくて、あり得ない数が目に余る。
「もー、長期休暇以外は禁止って言ったのに!!」
犯人は誰だと頬を膨らませても、もちろん誰も目を合わせてくれない。半袖が着れないとか、明日の服がないとか、うなだれるアヤを無視して彼らは食事を続けている。
「アヤは喉を潰してるくらいが丁度いい」
「たしかに、お腹が一杯になるといっつもこれだよね」
「元気が一番ってことだろ」
三人はすでにアヤの存在がないものとして扱うことを決めたのか。耳元で騒ぐアヤの口にグラスを押し付けてシャンパンを流し込んだランディに、ロイもスヲンも好き勝手に会話している。
「スヲン、おかわり!」
「それならここに座って」
ランディの手から奪い取ったグラスを持って、アヤはポンポンと自分の膝を叩くスヲンを見つめる。
しばらく悩んだが、アヤはシーツを巻き付けた身体を動かして、スヲンの足の上にたどり着いた。
「ご飯はもういいの?」
危ないからゆっくりだとか、怪我しないようにゆっくりだとか、歩き始めの幼児を気にするような口振りのロイやランディを無視して、スヲンの上に座ったアヤは首をかしげる。
「アヤと飲む方が大事」
「ご飯の方が大事だよ?」
言いながらシャンパンを注いでくれるスヲンとグラス越しに見つめ合って、それから黒い瞳に写る顔が笑った。
「俺たちのプリンセスは今日は何をご所望で?」
「え、ぇーっと、んー」
突然の問いかけにアヤは慌てる。
注がれたシャンパンまで、しゅわしゅわと耳を澄ませてきて、唸るアヤの声だけが響く。
三人と出来ることで、すぐにしたいこと。
体力は万全じゃないし、声もひどいまま。体調を考えるなら今日は療養に努めるべきだろう。
そう考える一方で、もうひとつの願望がアヤの口をついて出た。
「………デート」
デートがしたい。
別に特別なことをしなくていい。
昨日みたいに、非日常な場所を三人と歩くだけでいい。出来ることなら誰にも邪魔されず、穏やかな時間を過ごしたい。
「行きたい場所は?」
「んー……ぅ」
唸りながらグラスを口に含む。
シャンパンが口のなかでしゅわしゅわ弾けて、それから喉を通って、アヤにひとつの場所を示した。
機嫌だけならまだしも、体調も最悪で、特に腰の砕け具合に、二十七歳という年齢をついうっかり忘れそうになる。
窓の外は良く晴れた夏らしい青空。クーラーの効いた高級ホテルのベッドルームで、三人の美形に甲斐甲斐しく世話をされているというのに、身動きひとつとれない不自由さのせいで機嫌は戻りそうにない。
「……ふぃぎゅあ」
その単語に頭痛がする。最短注文とやらで発注された手のひらサイズの人形。実寸をそのまま縮小しただけの人形は、彼らの仕事用デスクに飾られることが決まっているそうで、それぞれ好きなポーズのものを注文していた。
不必要なまでに大量に撮られた写真はこのためかと、妙な納得に気分が萎える。
さらに、ロイアヤ、スヲンアヤ、ランディアヤと、アヤの名前が続いたあとにカナコを見つけてしまったのだから頭は痛む。自分だけならまだしも、母の友人の縮尺人形は、出来ることなら知らないでいたかった。
「絶対、怒られる」
あの三人はきっと、鬼のカナコを知らないに違いない。等身大パネルこそ、過去の出来事として受け流していたが、社長デスクに自分の人形が飾られると知れば平常心ではいられないだろう。
「今度会ったら謝るしかない」
注文のキャンセルをしてもらえるわけもなく、腹をくくったアヤの意気込みだけがシーツの中でうんうんと頷いていた。
「アヤは一人で楽しそうだな」
「ン゛ッぅ?」
顔を出したスヲンに笑いかけられて、アヤは眉を寄せ、目をつり上げて反応する。
「そして百面相」
見ていて飽きないと嬉しそうだが、誰のせいでこんな状態になっているかわかっているのだろうか。
「子猫はまだご機嫌ななめか?」
「に゛ゃぅ゛」
「あちゃー。声まだちゃんと出てないね」
ランディとロイの姿にも睨みをいれておいた。その後はふんっと鼻を鳴らして、シーツに潜るに限る。
アヤは頭からすっぽりとシーツに埋もれると、近付いてくる三つの気配を無視してギュッと目を閉じた。
「アヤ、お腹すかないか?」
これはスヲン。一番乗りに横を陣取って、シーツの上から頭を撫でてくる。
「喉も渇いただろ。風呂あがってから、飲んだきりだしな」
これはランディ。重みがスヲンとは反対側に沈んで、シーツから飛び出ていた髪を指で絡め、巻き付けている。
今と言わず、夜明けからずっとこうなのは言うまでもない。
あれから、彼らはぐちゃぐちゃのアヤを風呂で綺麗にし、念入りに髪と肌の手入れを施し、特製ドリンクで喉と胃袋を労り、取り替えたシーツの上にアヤを寝かせた。
当然、疲労困憊のアヤは文句を口にしながらも寝た。寝たくなかったのに、睡魔は勝手に襲ってきて、アヤはすぐに寝落ちした。
「今日は休み」
遅刻すると跳ね起きて、同時にスヲンにベッドへと戻される。
休みだったかとカレンダーを思い出して、平日の木曜日のはずだと、アヤは不服を申し立てた。いや、申し立てようとした。
「ね、声も出ないし、そんな身体じゃ、ベッドから出るのも難しいでしょ」
心底嬉しそうなロイのキスを拒否することでしか現実を受け入れられなかったのは、思っていた以上にそうだったのだから仕方がない。
正直言って、休めるならありがたい。
喉も腰も役割を放棄しているし、昨日一日中リングを着けていたクリトリスが腫れているのだろう。神経が過敏になっているから、下着をつけられそうにない。
萌由やカツラには悪いと思いつつ、アヤは「んー」と唸りながら現実を受け入れる。
「アヤ、ねぇ、アヤってば。聞いてる?」
「ふんっ」
「可愛い。じゃなくて、キスを拒否されたボクを可哀想だと思わないの!?」
言葉通り、キスを拒否されたロイが何やらうるさかったので、フィギュアの注文をキャンセルしてほしいと訴えたら「それは無理だ」とランディに棄却された。
「ひどい」
「ひどいのはアヤでしょ。なんでそんなに意地悪するの!?」
「にゃ」
意地悪はどちらだと問いたい。
結局はあの手この手で絆されて、『おはようのキス』を無事に済ませる羽目になった。
その後、彼らは忙しそうに電話に出たり、パソコンを叩いたり、タブレットをスクロールしたり、電話をかけたりしていたが、腹の虫が鳴き始めたのだろう。各々に区切りをつけるために、一度部屋を出ていって今に至る。
といっても、何時間も放置されたわけではない。時間にすれば三十分ほど。アヤとしては、もう少し長く一人の時間が欲しかった。
「そういえば、お父さんとお母さんにいつ空いてるか聞かなきゃ」
美形集団に囲まれた女の意地を保つなら、ここは枯れたダミ声じゃない声を出したいところ。
「……ィ…ろ゛ぃ゛」
「なに、アヤ。そんな声で呼ばれたら勃ちそぅ゛…ッ…痛い」
近付いてきた頭を真上からチョップしたのは悪くないと告げたい。出したくて出しているのではないひどい声に、半分涙のアヤはポカポカとロイの頭を叩いていた。
「はいはい。ボクが悪かったよね、よしよーし、アヤは可愛い可愛い」
ギュッとして頭を撫でて、額にキスをされて、背中をトントンされる。
不安定な精神が落ち着いて……ではない。危うくロイの発言を受け流すところだったと、シーツの中に潜り込んできた手をアヤはつねる。
「おっぱい触るのもダメなの?」
そんな目で見てもダメなものはダメだ。それなのに、ロイは抵抗を無視して手のひら全体で肌に触れてくる。
「………ッ…」
「乳首たってるし、ほら全身がまだ敏感に反応するし、ここも濡れてる」
「…ちぁ…ぅ、にゅ…」
どこが「おっぱいだけ」なのか。いや、だけとは言っていないなと気づく頃には、アヤの股の隙間をロイの指は往復している。
「また指だけでイッちゃいそうだね。クリトリス撫でられて、気持ちいい?」
「………く、なぃ゛」
「腰、揺れてる。ふふ、泣いちゃうアヤも可愛い」
止まらないロイの指に、腰が浮いてどうしようもない。せめてもの抵抗にロイの胸板に顔を隠して、声を圧し殺して、アヤは浅い絶頂の訪れに耐える。
「上手だよ、アヤ。いい子だね」
日々開発されていく自分の身体が、どこまで堕ちるのかは考えたくない。
「アヤ、ついでに薬を塗っておこう」
スヲンに提案されて、ランディにシーツを持ち上げられて、アヤはロイに抱かれたまま足を広げる。
「………ッは……ぁ」
ぱちぱちと頭の神経回路が焼きつくような快楽の往復に、アヤはギュッとロイにしがみついた。
「アヤ、力抜け。でないと身体がつらくなる」
それなら薬を塗ると言う名目で、好き勝手に性器をいじらないでほしい。
身体はもう充分ツラい。
「め、ァッ……すと…ぷ」
「アヤ、手、邪魔。足は閉じない」
「………ぁ゛メ、ぁ」
彼らの命令を従順にきく身体は、力を抜いてスヲンの指を受け入れるのだからどうしようもない。アヤは結局、ロイの腕のなかで数回、スヲンの愛撫に付き合わされた。
「ランディ」
しくしくと泣き声にならない顔を歪めて、アヤはシーツごとくるんで抱き上げてくるランディに甘える。
引き剥がされたロイは不満そうだったが、汚してしまったシーツの後片付けに人出は必要だろう。
「アヤ、食えそうか?」
抱かれた状態でリビングに移動して、ソファに座らされる。す巻きにされているので、芋虫みたいに座ることしかできないが、目の前に並ぶ食事に幾分か気持ちは浮上してきた。
「昨日もちゃんと食べてないからな」
改めてランディに言われて思い返せば、たしかにちゃんとした食事は一日ぶりと言えるかもしれない。
「無理せず食えるだけ食えばいい」
頭を撫でられて、アヤは首を上下に動かす。
声がまともに出せるならそれが一番だが、あいにく、人間の回復力は遅いものだ。
「ランディってば、ほんっと、そういうとこあるよね。抜け駆け禁止」
「目を離すとすぐこれだ」
ロイとスヲンが何か言っている。
「アヤ」
「……っん?」
ランディに呼ばれて、随分顔が近付いてくるなと呆然と眺めていると、これ見よがしに、二人に見せつけるキスをしてくれて、ご飯の時間がまた少し遠ざかった。
「ランディはズルいんだよ。アヤを独り占めなんてさせないんだから、ね。アヤ」
「後ろから抱き締めて離さないやつに言われてもなぁ、アヤ」
「そういう風に色気で迫るのもダメ。ボクだって我慢してる」
「………やるか?」
「え、ほんと?」
「はい、そこまで。アヤに何か食べさせるほうが先だろ」
ランディ、アヤ、ロイが長いソファに陣取っていちゃついている隙に、スヲンがシャンパンを持ってきて、前の椅子に腰を下ろす。
アヤが横向きに、二人分のスペースを使用しているので仕方ないが、ランディとロイに潰されかけていた状況から救ってくれた恩は大きい。
「……スヲン」
「なに、アヤも飲む?」
昼からシャンパンとは、金持ちになった気分だとアヤの目が輝く。
当然、グラスに注がれたアルコールはランディの手に渡ってからアヤの口に入る。
「気に入ったらしいな」
「アヤ、空きっ腹にお酒はよくないよ。ほら、野菜スープも先に飲もう」
「……ん」
ロイが差し出してきたスプーンに顔を寄せて、アヤはふーふー冷ましてからそれを口にする。
まったりとした枝豆のポタージュだったが、とうもろこしとジャガイモも入っているのか、濃厚なのに飲みやすくて、甘味のあるスープだった。
「あとは、ハンバーグとロールパンがあるけど、ライスが良ければそれもあるよ」
「ら…ぃじゅ…」
「ライスね。オッケー」
シャンパンで優雅な食事をするよりも、腹にたまるものが欲しい。身体は正直に滋養のあるものを求め、アヤはその通りに胃袋に流し込んだ。
「お腹いっぱい」
満足な息を吐いて食事の終了を告げたアヤに、三人が優しく微笑んでくる。定番の光景だが、そこからようやく彼らのランチタイムが始まるわけで、アヤは時々ランディにシャンパンをもらいながらその光景を眺めていた。
「あ」
何かを思い出したアヤの声に、三人の視線が集中する。
いったい何事か。それぞれ口を動かしながら視線だけで会話をする。通訳するなら、スヲンが「何事だ?」と問いかけ、「さぁ?」とロイが肩をすくめ、ランディが「どうせ、大したことじゃない」とハンバーグとパンの入った口を動かしていた。
そんな三人のテレパシーを横目に、アヤはミイラ状態の身体を器用に動かして姿勢を整え、腕を出して、シーツがワンピースになるように胸に巻き付ける。
「これで動ける!!」
ジャーンッと両手を広げたアヤに「な」とランディが食べ物を飲み込み、「なーんだ」とロイがフォークでサラダを突き刺し、「人騒がせだな」とスヲンが眉をしかめた。
「あー!!」
次にアヤが叫んだときに、全員が目の前の食事に集中していたのは、その経緯があったせいなのだが、アヤにそれは関係のないはなし。
「やっぱり、こんなとこまでキスマークがついてる!!」
二の腕の内側から手首まで、虫刺されと言い訳するには苦しくて、あり得ない数が目に余る。
「もー、長期休暇以外は禁止って言ったのに!!」
犯人は誰だと頬を膨らませても、もちろん誰も目を合わせてくれない。半袖が着れないとか、明日の服がないとか、うなだれるアヤを無視して彼らは食事を続けている。
「アヤは喉を潰してるくらいが丁度いい」
「たしかに、お腹が一杯になるといっつもこれだよね」
「元気が一番ってことだろ」
三人はすでにアヤの存在がないものとして扱うことを決めたのか。耳元で騒ぐアヤの口にグラスを押し付けてシャンパンを流し込んだランディに、ロイもスヲンも好き勝手に会話している。
「スヲン、おかわり!」
「それならここに座って」
ランディの手から奪い取ったグラスを持って、アヤはポンポンと自分の膝を叩くスヲンを見つめる。
しばらく悩んだが、アヤはシーツを巻き付けた身体を動かして、スヲンの足の上にたどり着いた。
「ご飯はもういいの?」
危ないからゆっくりだとか、怪我しないようにゆっくりだとか、歩き始めの幼児を気にするような口振りのロイやランディを無視して、スヲンの上に座ったアヤは首をかしげる。
「アヤと飲む方が大事」
「ご飯の方が大事だよ?」
言いながらシャンパンを注いでくれるスヲンとグラス越しに見つめ合って、それから黒い瞳に写る顔が笑った。
「俺たちのプリンセスは今日は何をご所望で?」
「え、ぇーっと、んー」
突然の問いかけにアヤは慌てる。
注がれたシャンパンまで、しゅわしゅわと耳を澄ませてきて、唸るアヤの声だけが響く。
三人と出来ることで、すぐにしたいこと。
体力は万全じゃないし、声もひどいまま。体調を考えるなら今日は療養に努めるべきだろう。
そう考える一方で、もうひとつの願望がアヤの口をついて出た。
「………デート」
デートがしたい。
別に特別なことをしなくていい。
昨日みたいに、非日常な場所を三人と歩くだけでいい。出来ることなら誰にも邪魔されず、穏やかな時間を過ごしたい。
「行きたい場所は?」
「んー……ぅ」
唸りながらグラスを口に含む。
シャンパンが口のなかでしゅわしゅわ弾けて、それから喉を通って、アヤにひとつの場所を示した。
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ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。
一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。
目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!?
「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」
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