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第五章 動き出す人々

第八十四話 余所行きの装い

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やはり、仕上がりは膝丈の着物ドレス。
両手を水平にあげれば、ポンチョみたいに広がり、ふんだんにあしらわれたレースが映える。着物はつぎはぎの布地を重ねられているのに、柄は青と黒と緑が混じった特殊な色が織り交ぜられていて、上品さが際立つ模様。
白に近い水色の清楚な着物姿のカナコと対照的に、人形のように仕上げられた美人が鏡に写る。そして、誰でもなく。鏡を見たアヤが一番固まっていた。


「……だれ?」


信じられなさすぎて、首をかしげたアヤと同じく、鏡の中の人形も首をかしげる。
手をあげれば、あげて、笑えば笑う。ためしに前髪を触ってみたら、鏡の中の人形も前髪を触って、同時にカナコに怒られた。


「むやみやたらと触らん」

「痛い。もう、カナコさん乱暴」

「渾身の出来を、早々に崩されたらたまりゃせん。見てみ、あんたの彼氏たちも惚れ直して大人しなってるわ」

「惚れ直す?」

「昔から言うてるけど、アヤちゃん、ズボラやもんなぁ。顔面いじる技くらい身に付ければモテるのに」

「別にモテたいわけじゃない」

「せやなぁ。今さらモテたところで無意味やろうし、ほら、せっかく綺麗にしたんやから写真くらいまともに写ったり」


促されて目を向ける。
その瞬間のシャッター音。いや、動画を撮っているのだろう。無言で撮影されていた事態に、若干引いたのも無理はない。


「さすがカナコ。いい仕事をする」

「スヲン、その写真ボクにも送って。ボクは今、動画撮影で忙しいから。ねぇ、ランディ。日本で一番人形作りがうまい人って誰。アヤの等身大蝋人形を作りたい」

「実寸大の蝋人形は難しいんじゃないか。日本で実現できそうなのは、フィギュアか?」

「ああ。アニメのキャラクターとかの」

「手のひらサイズだとデスクに置けるんじゃないか?」

「それ、最高じゃん。絶対欲しい。手のひらサイズでも欲しい。ここは本場だから職人が沢山いるでしょ。誰が有名?」

「それはオレより本人に聞こう。日本の文化だしな。で、アヤ、誰が有名だ?」

「……知らない」


例え知っていたとしても教えてはいけない、本能がそう告げている。
期待を込めた目で三人に見つめられるが、期待に応えるつもりもない。日本人だから知っているはずだという固定概念は捨ててほしい。縮小した自分のフィギュアは「お断り」の一択に決まっている。


「バージルの等身大パネルが可愛く聞こえてくるわ」

「枚数を知らないから、カナコはそんなことが言えるんだよ。それに比べれば、小さな人形ひとつで満足しようとするボクたちは偉いと思う」


動画を切り上げたロイにならって、スヲンとランディの手も休まる。けれどそれは一瞬で、隙あれば撮ろうとしてくるのだから気が休まらない。
たしかに、自分で言うのもなんだが、めちゃくちゃ可愛いとアヤも思う。膝丈の着物ドレスは、年齢に合わせた上品な色合いで、ところどころ生地に練り込まれた光沢な糸と、中に着こんだ豪奢なレースが特別感を演出している。
普段より濃いメイクと、華やかな髪型。揺れるかんざしに、テンションもあがる。
あとで自分もスヲンとランディに写真を送ってもらいたい。だけど数枚でいい。連写されても困るだけだと、アヤは顔を隠してそれを阻止した。


「ねぇ、そろそろ理由が知りたい」

「理由?」


三人そろって首を傾けている。
まさかと思うが、自分たちが強行突破して現在に至っている事実を忘れてしまったのだろうか。


「理由なんてないよ。アヤに着せたい服を探していたら、ちょうど今回のテーマにもピッタリだし、ってことで、ねぇ?」

「ああ。二人とも喜んで作ってたらしい」

「二人とも?」


代表して答えたロイに、うなずいたのはスヲン。スヲンの言う二人が、誰を指すのか、思い浮かぶ人物がいるにはいるが、現実味がなさすぎてアヤは首をかしげる。
それでも三人と付き合った時点で、常識という概念が意味を成さないのだということを忘れていた。


「スヲンの父と姉だ」

「……え?」

「そういうこと。撮った写真を送ったら、会場で会えるのを楽しみにしてるってさ」

「ええっ!?」


答えをくれたランディはもとより、スヲンが「ほら」と見せてくれたトーク画面には、何やら豪勢なメンバーが勢揃いしている。
そこには、世界的デザイナーのオーラル・メイソンを始め、世界的女優のキム・ヨンヒ、そして、奇抜なファッションのソニアと、写真家のララがいた。いわゆるメイソン一家で構成されたトーク画面は、女性陣の会話が押し寄せる波のように次々と流れていく。
そんな英語の飛ぶようなトークに目が追いつくわけがない。アヤは自分に向けられた「可愛い」「日本」「着物」「メイク」といった単語しか認識できずにいた。


「ソニアさんがデザインした服ならセイラにも見せたい」

「セイラってセイラ・テイラーか?」

「うん。ランディ。サインを新居に飾りたいくらい、セイラはソニアさんのファンらしい」

「へえ。どこにでも物好きはいるんだな」

「スヲンってば、自分のお姉さんのデザインだよ?」

「ソニアが作る服を知らないから言えるんだよ。だけどそうだな。アヤ。アヤが着るからだろうが、本当によく似合ってる」

「え、あ、ありがとう」


無意識に近付いていたのか。三人との距離が近い。
指先で触れてくる耳がくすぐったくて、囁かれる声の甘さに胸がギュッと切なくなる。下半身に付けられた変なリングのせいもあるかもしれない。
耳からあごに降りていた手が促すままに目を閉じて、それからそっと唇同士を重ね合わせる。ことは、出来なかった。


「せやから、メイクが崩れる言うてるやろ」

「った、カナコさん、乱暴」

「人が懇切丁寧に仕事した意味があらへん」

「理不尽すぎる」


スヲンとのキスがお預けになった代わりに、引っ張られた耳の痛さがカナコの呆れを伝えてくる。
アヤは、少し不貞腐れた気分を隠しもせず、共犯のスヲンを見上げてみた。そこで気付く。スヲンたち三人も普段とは違う恰好をしていたということに。


「なんか」

「ん?」

「なんか、みんなかっこいい。あ、いつもカッコいいけど、でも、なんか、えっと、映画に出てくる、みたいな」


吐き出す言葉が途切れ途切れになるのは仕方がない。
イケメンの正装を直視できない。いや、この場合は『正装』でいいのかどうか。自信はない。スーツと着物の間の形をした不思議な衣装。
もしかしなくても、自分の着物ドレスに仕込まれた色は、三人が着ている衣装の混合色だろう。どこのだれが見ても、ひとめで三人の特別なんだとわかる。並べば並ぶほど、誇張される服が、少し、いや、かなり嬉しい。
わかりやすく照れた顔で、瞳を輝かせたアヤは、三人の首もとを見て、さらに笑みを深めた。


「なーに、ニヤニヤしちゃって」


ロイに頬……の代わりに、鎖骨付近をつつかれるのさえ、愛しくて、笑ってしまう。
彼らの首についたキスマークが演出のポイントみたいになっているが、紛れもなく、それをつけたのは自分なのだから心が弾む。


「じゃ、そろそろ行こっか」

「いくってどこに?」


ファッションショーまでには、まだ二時間ほど時間がある。会場はこの船。移動には十五分もあれば十分に違いない。
カナコが総仕上げと言わんばかりに、ランディ、スヲン、最後にロイの全身を確認している。アヤは星の粉でもかけられた目映さを放つ三人に、同時に差し出された手の中に足を踏み入れながら、当然の疑問を口にしていた。


「船内デート。したいでしょ?」

「え、いいの!?」

「いいもなにも、ボクたちだってアヤとならどこでだってデートしたいよ」

「………ロイ…っ…嬉しい」

「こら、そこ!! 抱きつくのも、キスするのも、禁止や禁止。本番終わるまで我慢や我慢。アヤちゃん、ストップ。よし、わかっとったらええんよ。ちょっと目を離した隙にこれやから。まったく」


全員の完成を確認し、片付けをしていたカナコが怒っている。それもそうだろう。カナコは、愛しのバージルをあのメリルから解放するために働いたのだ。
一瞬も無駄にされたくないに違いない。
それとも、プロのこだわりの方が強いのか。それをこの場で指摘する勇気はアヤにはない。
つい、いつもの流れでキスを待ってしまっただけに、申し訳なさが半端ない。


「……ごめんなさい」


しゅんと素直な反省を見せれば、カナコの怒声もなりやむ。
どこまでが許容範囲なのかわからず、アヤはもじもじと言葉を探して、「手は繋いでもいい?」と、確認をとった。


「それはかまへんよ。ほら、もう行きや」


しっしっと、邪魔なものを追い払う仕草をしたカナコの許可をもらって、アヤはロイと手を繋ぐ。
スヲンとランディもぴったり寄り添って付いてきてくれるので、足は自然と躍り出ていた。


「……っ…~ぅ」


けれど、下半身の存在が確かであれば、あまり、大きく足は踏み出さない方がいいだろう。
クリトリスにはまったリングと、貞操帯についた丸い真珠がぶつかり合って、変な感覚が神経を撫でてくる。静かにじっとしていれば耐えられるそれも、歩くとなればそうもいかない。特に、走るなんて行為はもっての他だろう。


「アヤ、せっかくだから。ゆっくり、おしとやかに、ね?」

「~~~~っ、うん」


手を繋ぐロイの言葉に真っ赤な顔でうなずく。そうしてくれるほうが有り難い。
そうでなければ、変な声が出てしまいそうで、実際「うん」の一言を絞り出すのにも、相当の神経を使った。


「じゃあ、バージルのとこに戻るから。アヤちゃん、ほなね」

「え、あ、はい。カナコさん、ありがとう」

「争奪戦に勝ちやぁ」

「…………争奪戦?」


颯爽と背を向けて去っていくカナコの後ろ姿にアヤは首をかしげる。ごろごろとキャリーバッグを転がして消えていったカナコの言葉の意味を考えようとしたが、ランディとスヲンが壁のようにその風景を遮断したので、アヤの思考からもその疑問符は消えた。


「あと一時間半くらいか」

「アヤ、どこに行きたい?」

「飲食は無理だが、色々見て回れるぞ」

「ほんと、えっと、どうしようかな?」


パンフレットがあればそれが一番嬉しい。とはいえ、船の所有者であるロイや、何度も訪れたことのあるらしいスヲンやランディに望んでも無駄だろう。そもそも彼らは、パンフレット片手に探索するタイプではない。
要望を口にして色々選びたいところだが、時間制限がある初めての場所では、それも難しい。
それに、正直に言うなら、どこでも何でもよかった。三人と交際を匂わせるお揃いの服を着て未知な体験が出来るのだから、何をしても絶対に満足できる自信がある。


「ロイたちのオススメは?」


そう質問してみれば、三人はアヤの頭上で顔を見合わせてから、そろって「デッキ」と口を動かした。
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