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第肆章:緋丸温泉
02:混血の愚物
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時は少し遡り、胡涅が祖父の堂胡と食事をした日に巻き戻る。三ツ星を掲げる高級飲食店の味が容易に思い出せるその日。
ハロウィンまではまだ遠い、十月の半ば。
「グッぁ……ア゛ァァァア」
時刻は夜の八時。場所は八束市の中心地、棋風院グループが所有する研究所の地下深く。扉は厳重に監視され「関係者以外立ち入り禁止」の文字が躍る。例え間違ってそこを通るものがいたとして、その奥にはさらに専用カードが必要なゲート、暗証番号が必要な不穏な扉、そして指紋認証と角膜認証が必要な扉を抜けなければ、たどり着けない。そんな場所。
「次の方、どうぞこちらへ。さあさあ、恐れることはありません。どうぞこちらへ」
「や…っ…やめてくれ……ヒィッ」
全裸で簡易な椅子に座り、縛られた男たちは自動で進むベルトコンベア式の振動に悲鳴をあげる。等間隔で並んだ椅子の上に縛られた状態では、逃げることも隠れることもできない。
まるで荷物検査のように右から左へと流れ、前の人がくぐっていったゴム製のカーテンを強制的に抜けていく。
「人間社会に馴染もうとされた夜叉の皆さんはもちろん、人間として社会から抹消された皆さんも、さあさ、遠慮することはありません」
「ッ…ぉ……ぁ゛ぐ」
「時間も資源も有限です。意識のないうちが楽ですよ」
仮に、脱走が叶ったとしてどこへ逃げればいいのか。
死刑囚。世間では知られた存在であり、本日死刑執行が報じられただろう男たち。あるいは、闇の住人。組織から売られたもの、殺される予定だったもの、海に沈み、山に埋められる代わりにここへ連れてこられた男たち。
世間では、行方不明者となっているかもしれない。が、誰も探したりしない連中。
そして、夜叉。血は薄れ、人間と交じり、ほとんど人間と区別がつかない非力なもの。
そうした彼らが、何かしらの方法で意識を奪われ、全裸にむかれ、椅子に縛られ、目隠しで運ばれてきた場所こそが、この地下施設であり、現在おかれている状況でもある。
目隠しを取られたからといって、意識は全員があるわけではないらしい。
殴られてぐったりとした様子の男もいれば、口からよだれを垂らして痙攣している男もいる。まともな神経を持っていないほうがラクかもしれない。
ここは異常だ。
警察の取調室のようでいて、空港の荷物検査のようでもある。前方は先ほどからアナウンスを楽しむ白衣の医者が見える大きなガラス窓、マジックミラーでもスモークガラスでもないあたりが精神の異常性を物語っている。
後方はつるりとした頑丈な壁、左右はベルトコンベアの入り口と出口のみ。何もない部屋。いや、視線を少し天井へ向ければ針のような何かがついた複数の機械アームが男たちを狙っている。
全部で四本、男も四体。先ほど流れていった男たちはどうなったのだろう。
あの苦痛にゆがんだ奇声は「普通」ではなかった。
「おや、意識のあるものが……仕事が雑だな」
白衣の医者は独り言として呟いているにすぎない声で、重苦しい息をこぼす。
ガラス越しで声が聞こえる。
やはり、白衣の医者は異常者らしい。
「先日の採取容量ではあと三人分、ということは意識のあるものを優先して、と」
機械アームが自動で動き、狙いを定めてくる。「さあさあ、恐れることはありません」などとそれこそ機械式に貼り付けられた言葉が、何よりも恐怖に感じたのはいうまでもない。
意識のあった男は注射針が太ももに突き刺さり、何かの液体が注入されたことを認識した瞬間からの記憶が吹き飛んでいた。
誰かが叫んでいる。それは自分か。それにしては随分と長く、恐ろしい咆哮に聞こえる。体中が沸騰して、勝手に震えている。ベルトコンベアに備え付けの椅子が一緒に揺れて、他の三人の男たちが、意識のないはずの男たちが、恐怖の瞳で自分を見つめていることに気づいた。途端、髪が抜け落ちるみたいに自分の体が頭の先から砂に変わっていった。
「……ああ」
ひどく残念そうな声が不釣り合いに響く。
「夜叉の血をもっている個体で無理とは」
彼は本当に医者だろうか。白衣を着ているだけで、実は何かの研究者ではないだろうか。
そのほうがしっくりくる。何かの研究施設、自分たちは表向き死んだことにされて、人体実験のために収集されたのだと合点がいく。
「ぐっ、ぁぁあああぁァアアァ」
二人目の男も三人目の男も、注射器を太ももに刺され、液体を注入された端から砂に変わっていった。
「今夜もナレハテばかりか」
スピーカーを切ることはしないらしい。悪趣味な実験狂いは理解不能な言葉を残して首を揺らす。
そこへ、誰かの来訪を告げる音がして、最後の一人は混濁した意識でその来訪者をみた。
「堂胡(どうご)様」
八束市の棋風院 堂胡。
知る人ぞ知る有名人だが、高齢だろうその男はまだ幾分か若い容姿を保ち、自力で二足歩行している。業界の重鎮。いい噂も悪い噂も耳にしたことがある。
「お食事会はいかがでした?」
「なにも変わらんと言いたいところだが、少々双璧の圧が過ぎる。一刻も早く、引き離したい」
「まあまあ、胡涅様の容態が第一ですし、おかげで奴らも従順です」
「どうじゃ、保倉。やつらの血は」
「馴染みませんね」
単刀直入でいて単純明快。けれど、それは第三者には理解不能。
「やはり彼女だけが特別という結論にしか至りません」
「二十五年前に戻れるなら戻りたいものだ」
「過ぎたことを嘆いても仕方ありませんよ。身児神(みこしん)でないにしろ、祖先種の血は手に入るようになり、こうして被検体にも事欠かない。まあ、どれもこれも耐性がなさすぎて失敗作ばかりですけどね」
苛立ちを通り越した呆れ顔がぶつぶつと呟いている。そして灰になった男たちをみながら「先日取りに行かせた血は使いきりました」「成功率は?」「祖先種の成果は未だゼロです」と残念そうに告げていた。
「胡涅様の血が、やはり一番成功率が高いですな。が、戦闘力はめっぽう弱すぎる。胡涅様の血で覚醒したものに祖先種の血を与えるのが今現在最も強い個体でしょう」
もう片方、対面式に同じ部屋があったのか。けれどそちら側は拘束椅子とは違い、自由に動きまわれるらしい。
元は黒の髪がところどころ白く変わり、充血した目からは血の涙を流し、何かを叫んでいるヒトガタの生物がいる。
何を叫んでいるのかは、わからない。聞き取るのも難しい。
暴力的なまでに暴れる生き物を人間と呼べるのかは置いておき、人間にはあり得ない犬歯を剥き出しにして、それは何かを叫んでいる。
しかし、すぐにそれは無数の銃弾の雨を浴びて死んだ。
「銃弾で簡単に死ぬ程度の愚叉では、何体作ったところで人間と大差ない」
彼らにとって、この異常は日常なのだろう。本来ヒトであったはずのそれが砂となり、備え付けの吸塵機が回収しても顔色ひとつ変わらない。
ここは地獄だ。死刑執行はされなかったのではなく、きちんとされた。だからこんな不可解なことが起こっているのだと脳は勝手に認識する。
「保倉、一人残っているぞ?」
「ええ。ちょうど生成した分が切れまして」
「忌々しい。あやつらみたいな野蛮な男どもは、地下深くで大人しく眠っておればいいものを」
「胡涅様の様態が安定するので我慢なさってください。胡涅様が死ねば夜叉姫もろとも」
「わかっておる。胡涅に死んでもらっては困る」
「年々弱り、心臓も耐えられない状態だったというのに、それが一体どういうわけか。朱禅と炉伯を傍につけてからは信じられないほど回復して……ああ、そういえば」
言いながら何かを思い出したらしい。保倉と呼ばれた白衣の男は一本の血清を手にとって、ふむと考え込んだ。
「なんだそれは?」
「息子が回収した胡涅様の血液です」
「ああ、何やら具合が急に悪くなったといっとったアレか」
「ええ。様態が急変すれば血を採取するように申し付けたもので……これが現在あるすべてです。今夜の実験はどちらにしろ、これで終わりになりましょう」
手元にある何かの装置にそれを設置したのか。全裸で椅子に縛られた男の目の前に、注射針を着けた機械アームが照準を定めて近付き、液体のような何かが流動してくる。
「血液検査では特に異常は見られませんでしたし、同じ日に採取したものは、先ほどの弱い愚叉かナレハテの二択でしたので、まあ、さほど期待してませんが」
期待していないと口にする心情とガラス越しにみえる瞳の鋭さに、いったいどちらが本心かと躊躇する。
しかし、太ももに突き刺さった衝撃に、思考回路はすぐに焼き切れ、最後の男も髪を白く染めていく。目から血の涙を流し、犬歯を生やし、爪を伸ばし、尋常ではない苦しみのなかで酷く渇いた感覚を会得していく。
「お……おおぉ!!」
これは興奮して窓ガラスに張り付いた保倉の声であり、変身を遂げた男の声でもある。
「やっ、やりました。堂胡様、愚叉が、これは夜叉姫の血を与えていたのと同じ、同じです!!」
ガラスを一枚隔てて、保倉と白髪の獣は手のひらを合わせている。しかし、その感動的なシーンはすぐに崩れ、変身を遂げた男の手に日本刀が光っていた。
「物質変化まで、なんということだ……夜叉を狩り、他国を圧倒したという不死の兵……まさしく愚叉」
よほど強靭なガラス窓なのか。日本刀を振り回し、暴れる男の攻撃を受けながら談笑する老人たちは気にもとめない。
感動的な現象だと、その瞳をキラキラと輝かせながら彼らは元人間を見つめていた。
「身児神でなければ意味がないんだ。人間を夜叉にできるのは、身児神だけ」
「では、やはり胡涅は」
「ええ、堂胡様。胡涅様は、夜叉姫……藤蜜姫の血を間違いなく受け継いでいるかと」
二人の肩が震え、口角に隠しきれない笑みが浮かんでいる。
これ以上悪いことはなにも起こらない。そう思いたい。それなのに、天上からは無数の銃弾が降り注いでくる。
「素晴らしい!!」
銃弾を日本刀のようなもので弾き、かすった箇所もみるみるうちに修復する。
白衣の医者は目を見開いてガラスにへばりついているが、この生き物をどうするつもりか。
「行け、夜叉を狩って来い!!」
地面に落とし穴があると、誰が想像しただろう。愚叉へと変貌を遂げた元人間は暗いトンネルを進んで、地上へと放たれる。
そして、鼻腔に嗅ぎとる夜叉の匂いが漂う方角へ顔を向けると地面を勢いよく蹴りつけた。
ハロウィンまではまだ遠い、十月の半ば。
「グッぁ……ア゛ァァァア」
時刻は夜の八時。場所は八束市の中心地、棋風院グループが所有する研究所の地下深く。扉は厳重に監視され「関係者以外立ち入り禁止」の文字が躍る。例え間違ってそこを通るものがいたとして、その奥にはさらに専用カードが必要なゲート、暗証番号が必要な不穏な扉、そして指紋認証と角膜認証が必要な扉を抜けなければ、たどり着けない。そんな場所。
「次の方、どうぞこちらへ。さあさあ、恐れることはありません。どうぞこちらへ」
「や…っ…やめてくれ……ヒィッ」
全裸で簡易な椅子に座り、縛られた男たちは自動で進むベルトコンベア式の振動に悲鳴をあげる。等間隔で並んだ椅子の上に縛られた状態では、逃げることも隠れることもできない。
まるで荷物検査のように右から左へと流れ、前の人がくぐっていったゴム製のカーテンを強制的に抜けていく。
「人間社会に馴染もうとされた夜叉の皆さんはもちろん、人間として社会から抹消された皆さんも、さあさ、遠慮することはありません」
「ッ…ぉ……ぁ゛ぐ」
「時間も資源も有限です。意識のないうちが楽ですよ」
仮に、脱走が叶ったとしてどこへ逃げればいいのか。
死刑囚。世間では知られた存在であり、本日死刑執行が報じられただろう男たち。あるいは、闇の住人。組織から売られたもの、殺される予定だったもの、海に沈み、山に埋められる代わりにここへ連れてこられた男たち。
世間では、行方不明者となっているかもしれない。が、誰も探したりしない連中。
そして、夜叉。血は薄れ、人間と交じり、ほとんど人間と区別がつかない非力なもの。
そうした彼らが、何かしらの方法で意識を奪われ、全裸にむかれ、椅子に縛られ、目隠しで運ばれてきた場所こそが、この地下施設であり、現在おかれている状況でもある。
目隠しを取られたからといって、意識は全員があるわけではないらしい。
殴られてぐったりとした様子の男もいれば、口からよだれを垂らして痙攣している男もいる。まともな神経を持っていないほうがラクかもしれない。
ここは異常だ。
警察の取調室のようでいて、空港の荷物検査のようでもある。前方は先ほどからアナウンスを楽しむ白衣の医者が見える大きなガラス窓、マジックミラーでもスモークガラスでもないあたりが精神の異常性を物語っている。
後方はつるりとした頑丈な壁、左右はベルトコンベアの入り口と出口のみ。何もない部屋。いや、視線を少し天井へ向ければ針のような何かがついた複数の機械アームが男たちを狙っている。
全部で四本、男も四体。先ほど流れていった男たちはどうなったのだろう。
あの苦痛にゆがんだ奇声は「普通」ではなかった。
「おや、意識のあるものが……仕事が雑だな」
白衣の医者は独り言として呟いているにすぎない声で、重苦しい息をこぼす。
ガラス越しで声が聞こえる。
やはり、白衣の医者は異常者らしい。
「先日の採取容量ではあと三人分、ということは意識のあるものを優先して、と」
機械アームが自動で動き、狙いを定めてくる。「さあさあ、恐れることはありません」などとそれこそ機械式に貼り付けられた言葉が、何よりも恐怖に感じたのはいうまでもない。
意識のあった男は注射針が太ももに突き刺さり、何かの液体が注入されたことを認識した瞬間からの記憶が吹き飛んでいた。
誰かが叫んでいる。それは自分か。それにしては随分と長く、恐ろしい咆哮に聞こえる。体中が沸騰して、勝手に震えている。ベルトコンベアに備え付けの椅子が一緒に揺れて、他の三人の男たちが、意識のないはずの男たちが、恐怖の瞳で自分を見つめていることに気づいた。途端、髪が抜け落ちるみたいに自分の体が頭の先から砂に変わっていった。
「……ああ」
ひどく残念そうな声が不釣り合いに響く。
「夜叉の血をもっている個体で無理とは」
彼は本当に医者だろうか。白衣を着ているだけで、実は何かの研究者ではないだろうか。
そのほうがしっくりくる。何かの研究施設、自分たちは表向き死んだことにされて、人体実験のために収集されたのだと合点がいく。
「ぐっ、ぁぁあああぁァアアァ」
二人目の男も三人目の男も、注射器を太ももに刺され、液体を注入された端から砂に変わっていった。
「今夜もナレハテばかりか」
スピーカーを切ることはしないらしい。悪趣味な実験狂いは理解不能な言葉を残して首を揺らす。
そこへ、誰かの来訪を告げる音がして、最後の一人は混濁した意識でその来訪者をみた。
「堂胡(どうご)様」
八束市の棋風院 堂胡。
知る人ぞ知る有名人だが、高齢だろうその男はまだ幾分か若い容姿を保ち、自力で二足歩行している。業界の重鎮。いい噂も悪い噂も耳にしたことがある。
「お食事会はいかがでした?」
「なにも変わらんと言いたいところだが、少々双璧の圧が過ぎる。一刻も早く、引き離したい」
「まあまあ、胡涅様の容態が第一ですし、おかげで奴らも従順です」
「どうじゃ、保倉。やつらの血は」
「馴染みませんね」
単刀直入でいて単純明快。けれど、それは第三者には理解不能。
「やはり彼女だけが特別という結論にしか至りません」
「二十五年前に戻れるなら戻りたいものだ」
「過ぎたことを嘆いても仕方ありませんよ。身児神(みこしん)でないにしろ、祖先種の血は手に入るようになり、こうして被検体にも事欠かない。まあ、どれもこれも耐性がなさすぎて失敗作ばかりですけどね」
苛立ちを通り越した呆れ顔がぶつぶつと呟いている。そして灰になった男たちをみながら「先日取りに行かせた血は使いきりました」「成功率は?」「祖先種の成果は未だゼロです」と残念そうに告げていた。
「胡涅様の血が、やはり一番成功率が高いですな。が、戦闘力はめっぽう弱すぎる。胡涅様の血で覚醒したものに祖先種の血を与えるのが今現在最も強い個体でしょう」
もう片方、対面式に同じ部屋があったのか。けれどそちら側は拘束椅子とは違い、自由に動きまわれるらしい。
元は黒の髪がところどころ白く変わり、充血した目からは血の涙を流し、何かを叫んでいるヒトガタの生物がいる。
何を叫んでいるのかは、わからない。聞き取るのも難しい。
暴力的なまでに暴れる生き物を人間と呼べるのかは置いておき、人間にはあり得ない犬歯を剥き出しにして、それは何かを叫んでいる。
しかし、すぐにそれは無数の銃弾の雨を浴びて死んだ。
「銃弾で簡単に死ぬ程度の愚叉では、何体作ったところで人間と大差ない」
彼らにとって、この異常は日常なのだろう。本来ヒトであったはずのそれが砂となり、備え付けの吸塵機が回収しても顔色ひとつ変わらない。
ここは地獄だ。死刑執行はされなかったのではなく、きちんとされた。だからこんな不可解なことが起こっているのだと脳は勝手に認識する。
「保倉、一人残っているぞ?」
「ええ。ちょうど生成した分が切れまして」
「忌々しい。あやつらみたいな野蛮な男どもは、地下深くで大人しく眠っておればいいものを」
「胡涅様の様態が安定するので我慢なさってください。胡涅様が死ねば夜叉姫もろとも」
「わかっておる。胡涅に死んでもらっては困る」
「年々弱り、心臓も耐えられない状態だったというのに、それが一体どういうわけか。朱禅と炉伯を傍につけてからは信じられないほど回復して……ああ、そういえば」
言いながら何かを思い出したらしい。保倉と呼ばれた白衣の男は一本の血清を手にとって、ふむと考え込んだ。
「なんだそれは?」
「息子が回収した胡涅様の血液です」
「ああ、何やら具合が急に悪くなったといっとったアレか」
「ええ。様態が急変すれば血を採取するように申し付けたもので……これが現在あるすべてです。今夜の実験はどちらにしろ、これで終わりになりましょう」
手元にある何かの装置にそれを設置したのか。全裸で椅子に縛られた男の目の前に、注射針を着けた機械アームが照準を定めて近付き、液体のような何かが流動してくる。
「血液検査では特に異常は見られませんでしたし、同じ日に採取したものは、先ほどの弱い愚叉かナレハテの二択でしたので、まあ、さほど期待してませんが」
期待していないと口にする心情とガラス越しにみえる瞳の鋭さに、いったいどちらが本心かと躊躇する。
しかし、太ももに突き刺さった衝撃に、思考回路はすぐに焼き切れ、最後の男も髪を白く染めていく。目から血の涙を流し、犬歯を生やし、爪を伸ばし、尋常ではない苦しみのなかで酷く渇いた感覚を会得していく。
「お……おおぉ!!」
これは興奮して窓ガラスに張り付いた保倉の声であり、変身を遂げた男の声でもある。
「やっ、やりました。堂胡様、愚叉が、これは夜叉姫の血を与えていたのと同じ、同じです!!」
ガラスを一枚隔てて、保倉と白髪の獣は手のひらを合わせている。しかし、その感動的なシーンはすぐに崩れ、変身を遂げた男の手に日本刀が光っていた。
「物質変化まで、なんということだ……夜叉を狩り、他国を圧倒したという不死の兵……まさしく愚叉」
よほど強靭なガラス窓なのか。日本刀を振り回し、暴れる男の攻撃を受けながら談笑する老人たちは気にもとめない。
感動的な現象だと、その瞳をキラキラと輝かせながら彼らは元人間を見つめていた。
「身児神でなければ意味がないんだ。人間を夜叉にできるのは、身児神だけ」
「では、やはり胡涅は」
「ええ、堂胡様。胡涅様は、夜叉姫……藤蜜姫の血を間違いなく受け継いでいるかと」
二人の肩が震え、口角に隠しきれない笑みが浮かんでいる。
これ以上悪いことはなにも起こらない。そう思いたい。それなのに、天上からは無数の銃弾が降り注いでくる。
「素晴らしい!!」
銃弾を日本刀のようなもので弾き、かすった箇所もみるみるうちに修復する。
白衣の医者は目を見開いてガラスにへばりついているが、この生き物をどうするつもりか。
「行け、夜叉を狩って来い!!」
地面に落とし穴があると、誰が想像しただろう。愚叉へと変貌を遂げた元人間は暗いトンネルを進んで、地上へと放たれる。
そして、鼻腔に嗅ぎとる夜叉の匂いが漂う方角へ顔を向けると地面を勢いよく蹴りつけた。
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