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第弐章:崩壊の足音

07:色褪せた写真

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「……………んー」


結局、のぼせた。
朱禅と炉伯は平然としているが、あれから窒息死や溺死がよぎる程の濃厚なキスと愛撫に、風呂場で暴れたのがいけなかったと自覚している。


「あれは朱禅と炉伯が悪い」


そもそも湯船の中で肩に足をかけろと指示され、戸惑う間も無く腰を持ち上げられ、炉伯の気が済むまで割れ目の水滴が吸い付くされる身にもなってほしい。
「背を預けて良いぞ」と調子にのった朱禅が胸を揉んできたのもいかがなものか。しかも水面と平行のバランスを取るのに意識散漫な胡涅を補助するどころか、二人はここぞとばかりに好き勝手してきた。


「……ッや……」


落ちてもどうせ湯船の中。
わかっていても全体重を男に委ねて橋を架けるのは、少々勇気がいる。


「ヒッぁ……待っ、ぅ……ァッ」


広く見えて狭い風呂場。異様に明るさが反射して、湯気で舞い上がる熱気と反響する声。


「ぃ、ク……イクッぁや、だ……も、ヤダァ」


ビクリと身体が跳ねて、肛門に埋まる炉伯の指を締め付ける。と同時に、吸いつかれた陰核が甘い刺激に全身を震わせて、眼前で朱禅の指に潰された乳首がゴリっと嫌な音をたてた気がした。


「胡涅、うまいぞ」


ざらついた舌で余すことなく舐めながら喋る炉伯に応える声はない。


「胡涅。声がでておらん。炉伯の愛撫はそんなにいいか?」

「当たり前だ。大事に掘り起こしてやってんだ。なあ、胡涅?」

「では我も」


引き付けを起こしたように痙攣する胡涅は一度湯船につけられ、それから向きを変えて、今度は朱禅の肩に足をかけさせられた。見える視界は、炉伯だろうと朱禅だろうと、白い頭が股の間に埋まっているだけ。太くて長い指が肛門付近をぐるりとなぞって、力をいれて押し入ってくる。


「……ッぅ」


声にならない拒絶を吐いたのは本能の抵抗だったが、何もかもに差がありすぎる二人相手に、胡涅の抵抗などたかが知れている。


「まさか、胡涅。ひとりだけ贔屓をしようというのではあるまいな?」


安易に気絶するなと告げる朱禅は、自分の指と舌でも絶頂に鳴けと吸い付いてくる。


「胡涅、風呂は全身の力を抜くもんだろ。あっちもこっちも硬くするな、意味がない」


背中を預ける炉伯の指が肩から胸に下りてきて、先端をつぶしたのが最後だった。
おかげで、乳首とクリトリスとお尻の穴は死んだ。
神経が剥き出しになったみたいに、お風呂からあがって二時間がたつのに、未だに違和感が渦を巻いて落ち着かない。


「………屈辱」


心の尊厳まで犯されたみたいにうなだれる。お尻の穴が二本の指に慣れるまでを大義名分に、身体中を好き勝手に触る彼らは、代わる代わる本当にイキイキしていた。
最終的に、全部を同時に攻められて気絶するまでやめてもらえなかった。


「なんで…っ…こんなめに」


これで処女という不可解さに説明のしようもない。何度も叫び、泣いて、エクスタシーだけを教えられて処女のまま。
変な経験値だけ積んでいく無情さに、羞恥心をどこにやればいいだろう。


「……まじでお嫁にいけなくなりそう」


胡涅は疼きに痺れた下半身を誤魔化すように、ソファーのうえで横になる。
共犯の二人は、愛用している部屋のソファーにうなだれる胡涅を置いて、それぞれ洗濯やら料理やらをしにいった。
動く気にもなれず、かといって暇を持て余しているのが現状。すっかり夜も更けて、中庭に面した窓から望めるはずの紅葉も無駄になっている。


「書斎に本でも取りに行こうかな」


両手でなんとか立ち上がり、やはり無理だとソファーに戻る。
頭の中でシミュレーションしてみても、部屋から書斎までたどり着ける気がしなかった。
体力が圧倒的に無さすぎる。元々太陽に当たらず、運動もせず、遊びすらしてこなかった二十四年間の蓄積が痛い。


「………自分が軟弱すぎて笑える」


自嘲めいたため息をこぼして、なんとか座り直して、そこにある棚に目が止まった。


「そういえば」


高価な酒やらグラスやらが入った硝子棚のなかに、何冊か積まれた分厚い本。今まではただの飾りとして認識していたので、それを読むという発想はなかった。


「………おぉ」


こんな身近に暇を潰せるものがあったと、意気揚々と近付いて、今度は難なくそれを手に取る。
年期の入った分厚い本は、どうやらただの小説のようだが、ペラペラとめくって読めそうな文体だったので、胡涅はそれを持ち上げた。


「ん?」


ぺらりと一枚。何かが本から落ちた気がして、無意識に視線で追って、たどり着いた床。足下には写真らしき紙が一枚落ちていた。


「なんでこんなところに写真なんか……私、じゃない……だれ?」


男女二人が仲良く肩を並べた写真。穏やかに微笑んで、幸せそうな顔をしている。柔らかい雰囲気が二人を包んで、見ている方まで落ち着くような安らぎに満ちた写真。
部屋はいま、胡涅がいる部屋で、おそらく中庭側から撮ったものだろう。


「……おかあさん?」


自信がなく疑問形なのは、生まれてから一度も、その存在を知ったことがないから。物心つくころには「両親」という存在は胡涅の身近になかった。両親の記憶はない。写真もない。アルバムもない。データすら残っていない。出自に関しての記録は一切ない。
胡涅の成長の記録は研究室のカルテだけ。思い出はいつも、窓のない箱のような部屋と名前の知らない大人たちだけ。


「……似てる」


自分にとても似ている。毎日鏡で自分の顔を見るのだから自分の顔の造形くらい知っている。とはいえ、それはもちろん胡涅ではない。
誰かと写真をとった記憶はなく、一緒に写る人物に心当たりもない。
仮に写真の女性が母親だとすれば、隣の男性は父親だろうか。情報が欠落しすぎていて、たった一枚だけでは判断できない。


「胡涅、もういいのか?」

「え、ああ、うん」


食事が出来たと呼びにきたらしい朱禅が、胡涅の手に握られた写真を覗き込む。


「誰だ?」

「………わかんない」

「そうか」

「お祖父様に聞いてみようかな」

「………そうだな」


しばらくの沈黙。他に本をめくってみても挟まっている写真はなく、たった一枚の手がかりも色褪せている。眺めていてもキリがないので、胡涅は写真から顔をあげて朱禅の方を向いた。
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