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壱書:黄宝館の金鶏

(Side:コウラ)積年の思い

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~Side:コウラ~


自分の腕に頭を預けて眠る顔を永遠に見ていたいと思う。
俺は、四獣になる前からずっと、こうしてアザミを手に入れたいと思っていた。
アザミと初めて会ったのは、俺が六歳のとき。アザミはまだ生まれたばかりだった。アザミの母親は玄武が統治する黒珠館の妓女で、香妃として最高位の称号を争えるほど美人で才能あふれる人だったという。金持ちに身受けされ、子をもうけたが、賊に襲われ一家は壊滅。唯一生き残ったのがアザミであり、身寄りをなくしたアザミは、当時、黒珠館を管理していた玄武王の元へと預けられた。


「よう、お前ら。今日からこいつはお前らの妹だ」


子どものいなかった先の玄武王は、よく孤児を拾って育てていた。
北方にある玄武の地は鉱山資源がある反面、作物が育ちにくく、争いの絶えない土地だった。それだけに邪獣も多く出現して、親を失う子供は多かった。


「コウラ、にい、さま」


アザミと俺は兄妹のように育ち、四年間ずっと衣食住を共にしてきた。
人見知りのアザミはなぜか俺によくなつき、俺もそんなアザミが可愛くて仕方なく、食事の世話から寝かしつけまで世話をやいた。
五歳のころから四獣候補生として鍛えられていた俺は十歳になるころには、大人とも互角に戦える力を身に着けていて、将来はアザミを嫁にもらうのだと豪語していた。
でも、現実は俺とアザミを引き裂いた。


「コウラ兄さま、コウラ兄さまぁぁあぁ」


先帝が崩御して数日後、新たな統王が即位したその夜。
突然、天から降ってきた光の洪水は、五本の柱を地上におろし、新たな花魁と四獣を選定した。俺はアザミが新しい文字が書けるようになったと、嬉しそうに玄武王に見せるのを眺めていたが、光の渦に飲み込まれた瞬間、「ああ、玄武に選ばれたのだ」と悟り、「いやだ」と絶望を感じていた。
四獣は花魁との交わりしか許されない。
生涯、誰も娶ることはなく、結婚できないしきたりがある。


「アザミ、アザミっ、おい、しっかりしろ」


光の渦が去った時、目の前には苦しそうに呻くアザミを抱えた元、玄武王の姿がそこにあった。いったい何が起こったのか。慌てて駆け寄った俺に、先王は「花魁だ、黄宝館に連れて行かねぇとアザミが死ぬ」と叫んでいた。
アザミの左手首に花魁の証である封花印が刻まれていた。菊の花。それは焼けつくように細いアザミの肌に浮き出て、痛々しい色をにじませている。


「くそっ、四獣の力が出せねぇ。こんなときに」

「……アザミ……っ」


俺がアザミに触れたとき、それまで生きているか死んでいるかもわからないほどぐったりとしていたアザミが、小さく咳きこんで深く息を吐いた。
俺が触れていれば少しは苦痛がやわらぐのか。
そうであることを願って、俺は無意識に先王からアザミを譲り受けて、強く抱きしめたことを覚えている。


「コウラ、お前も……そうか。コウラ、いいかよく聞け。お前は今から氷帝の玄武王となった。四獣として花魁を守る役目がある、わかるか?」


言われていることは理解できた。
四獣としての役割も把握している。
でも俺はそのとき、天女を呪っていた。怒りを覚えていた。


「すぐにアザミを黄宝館に運べ」


なぜ、アザミを花魁に選んだ。他にも女がたくさんいるのに、なぜ、花魁がアザミなのだと、どんどん弱っていくアザミを抱いて、俺は黄宝館へアザミを運んだ。


「花魁を連れてきた」


黄宝館の入り口でそう告げた俺を誰もが驚いた顔で見つめ、それから腕の中にあるアザミに視線を落として眺めてきた。好奇の的に当てられる感覚に悪寒が駆け抜ける。こんな場所にアザミを置きたくない。
それでも、アザミは黄宝館に入ったときから急速に容態が安定し始め、眠りから覚めるようにゆっくりと目を開けた。


「コウラ、兄さま?」


寝起きと同じ声で、顔で、アザミは不思議そうな顔で俺を見ている。俺が何か伝える前に、黄宝館を仕切る老婆が飛んできて、それから先帝の花魁だったらしい女がやってきて、アザミはそのまま黄宝館に幽閉された。


「コウラ兄さま、コウラ兄さまぁぁあぁ」


そういって泣くアザミを置き去りにするしかなかった。
花魁は黄宝館でしか生きられない。花魁は皇帝陛下である統王と結ばれることが決まっていて、四獣は一生、それを見守り続けなければいけない。
先代の玄武王がそうであったように。
どれほど手に入れたいと願っても、王が許さなければ指一本触れることは許されない。


「アザミ、愛してる。心から愛している」


俺は、その思いを封印し、四獣の一人としてアザミの幸せを応援することに全力を注ごうと決めた。四獣を口実に定期的に足を運び、アザミの成長を見守り、いつかジンと結ばれる日が来るまで俺が守ってやると誓った。
それなのに、どうだ。
ジンは花魁に一切興味がなかった。
五年経ち、十年が経過してもジンはアザミに顔ひとつみせやしない。


「ジン陛下は女に興味がないのですか?」


単刀直入に聞いてみたが、そうでもないらしい。かといって女遊びをするわけでもなく、女にだらしないわけでもない。先帝との確執があるというが、正直、どうでもよかった。


「女にはうんざりだ。世継ぎであれば兄が子をもうければいいと思っている。花魁にも生涯会う気はない。コウラ、欲しければそなたにやる」

「本当にもらいますよ?」

「かまわんさ」


アザミは今日もジンを待っている。口では諦めたようなことを言っているが、四獣と距離を保ち、芸を磨く努力を怠らず、真面目に、健気に、花魁であろうとし続けている。
俺は、ジンには譲らないと思うようになってきていた。
言質も取ったのだから、遠慮する必要もない。
命を捧げるに値する男でも、愛する女を預けられる男かと問われれば素直にうなずけない。そうして二十年がたち。好機がやってきた。


「コウラ様、麒麟で邪獣が出現、ジン陛下が」


街を監視していた従者から要請を受け、俺は自らそこに向かった。
重傷を負ったジンを一目見て、決断はひとつしかなかった。


「アザミ、ジン陛下を頼む」


そうして交錯する火ぶたを切ったことを俺は後悔していない。結果としてジンは生き、アザミは花魁としての役目を果たした。
もう我慢しなくていい。
ようやく俺は、アザミに触れられる。


「っ……ぁ……コウラさ、ま……ァ」

「ああ、全部入った。溶けそうなほど熱く、至福の極みだ」


アザミを愛している。ずっとこうして触れたかった。
誰にも渡さない。ジンにも、他の四獣にも、誰にも渡したくない。


「コウラさま、ッ……ぁ……ひっ、ぅ」


アザミを誰にも渡してなるものかと、自分の腕に閉じ込め、何度も自分の形を覚えこませた。柔らかな肌が逃げるのを押さえつけ、弱々しく泣く声をふさぎ、肺を満たす匂いがアザミで埋まるほど俺はアザミを抱き続けた。


「……アザミ……っ…愛している」


全身に力が入らず、微弱に痙攣し続ける体をうつぶせにしたアザミの首筋に噛みつき、唇でその背中や肩に痕を刻みながら俺は精のすべてを吐き出す。
ゆっくりと身体を放してみれば、汗と愛液にべたりと濡れた肌が糸を引いて、それから乱れた寝具が目に入る。


「われながら、ひどいな」


自嘲の息をこぼしてしまったのは仕方がない。
寝具を整えるのもそこそこに、俺は快楽から戻ってこないアザミを抱き寄せて、そしてその寝顔をじっと眺め続けている。恐らく俺は今、この世で一番幸福な男だろう。


「うわぁ、すっごいイキイキしてる」


監視役の交代時。
一週間、アザミを堪能した俺を見るなり、ヒスイが口角を引きつらせてそういった。


「イルハくんから監視の役目を奪うとか、随分あからさまに手を付けたね」

「ジン陛下から許可はいただいていますし、何も問題ありません」


「へぇ」と興味がなさそうな声でじっと観察されるのには慣れている。やがて飽きたように背を向けて去っていくのだろう。
ヒスイは昔から何を考えているか読めないところがある。


「四獣はコウラくんひとりじゃないってわかってる?」

「何をわかりきったことを言ってるんです?」

「わかってるならいいんだよ。じゃあ、またね」


いったい何を言いたかったのか。俺は深く考えないことにして、次にアザミに会える日を想像しながら北方の自国領へと足を運んだ。
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