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第6話 愛の行方(後編)

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「もっ…イあっ…ヤっ」

「彼はあなたがくれた媚薬を喜んで、精神を破壊できる薬に改良してくれたわ。」


高鳴りに笑う女を狂っていると思うのは間違っているのだろうか。
開いた瞳孔(ドウコウ)と、張り付けたような笑みが男女を獲物のようにじっと見つめている。その間も強制的に快楽を与えられ続ける体は縛られたまま、優羽の口からは享楽の声がもれていた。


「わたしの晶を奪ったんだもの。絶対に許さない!」


快楽を与えられすぎた優羽の顔がゆがむ。何のことかわからないのに、考える余裕を奪い去られている今、まともに答えることも出来なかった。


「皮肉だな。そうして愛するものを傷つけるのが、愛なものか。」

「わかった風な口をきかないで!」

「なら、たしかめてみるか?」


ふっと笑った涼二が取り出したのは携帯電話だった。
片手でいともたやすく操作し始めたその様子に、今まで明快だった女の顔はみるみるうちに青ざめていく。


「なっ……ちょっ、なにしてるの!?」


室伏涼二は答えない。


「まさか…ッや─────」

「晶?俺だ。」

「────やめて!」


その名前に反応して、女は涼二へと飛びかかった。
その名前を聞いた瞬間に、全身から嫌悪感が込み上げてきた。
愛の欠片もない、こんな強制的に与えられる快楽に絶対に負けたくない。

───ヤメテ

頭の中の本能がささやく。


「あきっ晶ッ助けて!!たっ───ッ!?」


突然、全身が沸騰したように制御がきかなくなる。
電話越しの晶と涼二が喧嘩するように何かを言い合っているが、それが何かわからない。
息が出来ない。
目を見開いたままガクガクと拘束帯に縛られた体が、うなっていた。


「おいっ!」


ガシャンっと色んなものをなぎ倒して逃走しようとした女に、涼二が反応する。
薬を飲ませた張本人の看護婦は、青ざめた顔で優羽の隣を通り抜けようとした。


「あんたがッあんたが余計な大声あげるからいけないのよっ!!」


そう叫びながらも、拘束具の中で異様に暴れ始めた優羽の姿に彼女の体も震えていた。


「──優羽ッ!!?」


縛りあげられた身体を強引に跳ねさせて、白い肌にアザをきざんでいく優羽を見つけた晶が驚愕に立ち尽くす。
その後ろから、病室から消えた優羽を捜しまわっていた兄弟たちも顔をのぞかせて息をのんだ。


「涼ッ!?」

「戒、そいつはあとでいい!」

「ですが───」

「ヤアァァッァ…はぁっ…たす…て」

「───わかりました。」


何を思ったのか、その場から逃げ去るように走り去った涼二の残したほんのわずかな風が絶頂を運んでくる。
呼吸が出来ない。
自然な涙が溢れだして視界がぼやけていく。
手足が思うようにならないために、ひきつけを起こす体を抱き締めることもできなかった。


「優羽ッ!?」

「おい、お前らも手伝え!」


駆け出した晶にならって、輝も優羽の拘束具をはずしながら残るふたりを呼び寄せる。
しかし、そこにいるはずの弟の姿は別の場所で悪魔の形相を見せていた。


「キャアッァァアァ!!?ち…ちが…わたしじゃない!違うッ、放してッ!!どこに連れて…ヒィ…嫌っッ!?イヤァァァァ!」


バンっと扉を蹴破るように出ていった無言の陸の背中に、戒ははぁっとため息をはく。けれど、その口角はどことなく楽しそうに歪んでいた。


「あちらは、陸とわたしにまかせて優羽をお願いします。」

「戒もほどほどにね。」


陸よりかは理性に抑えがきくと思いますよと、消えた戒から晶は輝によって自由を取り戻した優羽に顔をむける。


「輝。これは媚薬の副作用として取り扱えばいいのかな?」

「ざけんな。俺が優羽に、んなやべぇもん作るかよ。」


はぁはぁと苦しそうにあえぐ優羽を見下ろしながら、晶も輝も隠しきれない怒りの声を宿していた。


「ちっ。何飲ましやがった、あの女。」

「解毒できそう?」

「飲まされたものがありゃ、なんとかなるかもしれねぇが───」


目の前で困ったように息をはく晶と輝が見えて、苦しそうに胸を上下に動かしていた優羽の目から涙が溢れる。


「……た…っけ…て…」

「今すぐ助けてあげるよ。」


晶の声に少し安心したのか優羽は、微弱にうなずいた。
顔を歪ませ、涙ながらに助けを求める優羽に晶も輝も焦燥をにじませる。


「───これは。」


何かを探すように視線をさ迷わせていた輝の目が止まる。
割れたガラス瓶の破片。
わずかに残る液体に、おおよその検討がついたらしい。


「晶、あと任せていいか?」

「わかった。」


解決の算段がついたことに、顔を見合わせて晶と輝は互いにうなずく。


「優羽、待ってろよ。」


ほほを一度撫でてから走り去った輝に、優羽は体を大きくのけぞらせてそれに応(コタ)えた。
まるで、自分の体の中に何かを飼っているみたいに、意識とは無関係な神経が跳ねる。


「ぁっ…き…ぃ……ッ」


これで晶までどこかに行かれたら死んでしまうと優羽は、必死で助けを求める。
勝手に暴れる体が怖くて、早くなんとかしてほしくてたまらない。
それなのに身体は、快楽を求めていた。

───ホシイ

───モット

───モットホシイ


「優羽、すぐ楽にしてあげるよ。」

「───ッ!!?」


スッと抱きしめられてキスをされただけで、意識が飛びそうになった。
グチュグチュと口内で絡まり合う舌の音がやけに耳に響いてくる。


「ヒッっアァッ───」

「怖くないから、おいで。」

「───ッアッやっ……ヤァっ」


感じすぎて感覚がなくなっていく。
身体の機能がマヒするほどの快楽に、夢か現実かの区別もつかない。けれど、抱き締めてくれる晶がいるだけで、不思議と怖くはなかった。心の底から安心している自分に気づくと、あらためて彼らの存在の大きさに胸が高鳴る。
すべては儚い夢かもしれない。
それでも、この気持ちは偽(イツワ)れそうになかった。


「ふっ…ン──ッッ!!?」


いきなり口の中にガーゼを押し込む晶に触れられた瞬間から、大人しさを見せていた優羽の体は再び大きく暴れだす。
触れられる先から許容範囲をはるかに超えた快感が体を駆け抜け、意識がチカチカと明滅していた。


「可愛いよ、優羽。」


まるで小さな子供をあやすように頭を撫でる晶のキスも優羽はまともに返せない。
本能のままに甘え、すがりつき、泣きじゃくる優羽を抱えるように晶はその身体を引き寄せる。


「アッ…ふっアッ…あひ──」


苦しいのは自分のはずなのに、何故か晶の方が苦しんでいるように見えた。
今にも泣きそうなその顔に、優羽の胸が締め付けられる。

───晶がホシイ

自由になった腕を必死に伸ばして、優羽は晶にしがみつく。
押し込まれたガーゼのせいで、声は野獣のようなうめき声しか出ていなかった。


「あげるよ。」


クスリと笑った晶の声が耳を噛む。


「そのかわり、全部食べちゃったらごめんね。」

「ッん…ン」


こくこくと、優羽は了承の意味を晶に伝える。閉じたまぶたの先で、晶が驚きに目を見開いたのがわかった。
でもそれは一瞬で、掴まれた後頭部と押し倒されながら引き抜かれたガーゼに優羽はゲホゲホと咳き込む。


「まったく、人の気も知らないで。」

「あ…晶っ…ちょ……だい」

「はいはい。そんなに急かさなくても、ちゃんとあげるよ。」


しがみついて離れない優羽のうわ言を聞きながら、晶は器用に服を脱いでいく。


「──…アァッ…っ」


わずかな振動でさえ痙攣を見せる優羽に、服を脱いだ晶が笑った。


「壊して欲しいなら壊してあげるよ。そのかわり、本当にもう離さないよ?」

「ぃ…ぃ…」

「俺達の気持ちに答える覚悟は出来てる?」


うんとうなずいた頬を涙が伝う。

──ホントハ─キヅイテタ──

認めるのが怖くて、決められない自分が許せなくて、求めてしまうすべてがおぞましかった。
汚くて、浅はかで、愚かな私を本当に受け入れてくれるのか、信じられなかった。


「そば……に…っ…いたい。」

「優羽。もう戻れないよ?」

「…ぅ…んっ……」


───キライニナラナイデ

淫らな私をどうか許して。
この先に、何が待っているのかはわからない。
薬に溺れた幻で頭がおかしくなっているのかもしれない。

家族なのに

兄弟なのに

男と女として生きていく。
貪欲に求め合う性活からは逃げられない。


「あッ…ん……はぁっ。」


だけど、愛されたいと願う。自分だけを愛してほしいと望んでしまう。


「優羽───」

「ぁ…き……アッ!?」


求める自分を押さえられない優羽に、挿入することで答える晶が微笑む。


「───愛してるよ。」


優しく手は涙をぬぐうのに、絡まる舌は激しく、名を呼ぶ声は切ないのに、打ち付ける腰には容赦がなかった。


「優羽。何も考えなくていいから、好きなだけ感じて。」

「アッ…アァアッァァ…やっ…めっ」

「大丈夫だよ。」

「だ…メぇ~~ッ」

「どうして?」

「いっ…イッ~ち…ャ…ぅ…」


もうすでに数えきれないほどイカされているにも関わらず、体を震わせながら素直に答える優羽に晶はにこりと笑う。


「いっぱいみせて?」

「アッん…だめっ…ッ!?」

「ううん。ダメじゃない。」


笑顔で責め立ててくる晶に、胸が高鳴る。
ドキドキと、初めてじゃない初めての感覚にどうかしてしまいそうだった。


「ごめ…なさ…ッ」


強く求めれば、晶は手を握り返してくれる。
けれど、優羽はたった一人だけを愛せない。


「次、謝ったらお仕置きするよ?」

「ッア!?」

「全部、食べてあげる。」


愛せないのに求めるのは罪。

彼らから与える情欲は罰。

だけどもう止められない。止まらない。
彼らを愛しいと思う感情は、家族でも兄弟でもなく、異性として優羽の心に渦巻いていた。


「あきっ…ッん…」


打ち付けられる腰に感じる鈍痛と、肌を滑る愛撫に溶けて消えそうになる。

キモチイイ

抑えきれない欲情の高鳴りに、身体が張り詰めていくのを感じた。
瞬間、優羽は晶の背中に爪を立てて抱き締める。


「イク…っ…ヤッ!?どうし~っ~」


もうすぐそこにまで迫っていた感覚が一気にやんで、優羽は涙をたたえた目で晶を見つめた。


「お願ッ…あき…ちょ…だい」


欲しいほしいと、ねだるように優羽は何度も晶に口づけをする。その腰はゆれ、絶頂を求めるように晶しか見えていなかった。


「知らない間にずいぶん可愛くなったね。」

「ャっ…お…ネガ…ぃ…っ」

「自分から腰まで動かして。ここ、誰に虐められた?」


男根を差し込んだまま、下肢の秘芽を指の腹でいじる晶がたずねてくる。
突如止まった律動を再開させてほしくて、腰をねだる優羽の顔を嬉しそうにのぞきこんでいた。


「ッ…あきッ…おねが…アッ!?」

「ちゃんと答えられたら、優羽のお願いも聞いてあげるよ?」


こまかく体を震わせながら奇声の声をあげる優羽の耳に晶の楽しそうな声が問う。


「あの女以外にいただろ?誰?」

「ぅぁ!?…っはぁ…ぁ…りっりょう…じ。むろふ…し…りょ…じ。」

「他には?」


ぎゅうぎゅうと、中を締め上げるように求める優羽を晶は見上げたまま動かない。


「ほか…はッ──」

「優羽、ダメだよ。」

「───ん…アッ!?」


グッと晶の両手で押さえつけられた腰が動かなくなった。
動かしたくても動かせない。


「欲しい?」

「ンッ…っ…ホシ…ぃ」


素直にうなずく優羽の腰をつかんだまま、晶の瞳が優羽を見つめる。だらしなく口を開けて、潤んだ目で誘う淫乱な果実がそこにうつっていた。
美味しそう。
けれど、ペロリと上唇を舐めて、キスを求めた優羽の行為にも晶は答えてくれない。


「ッ!?」


泣きそうに顔を歪ませた優羽に、晶が負けるわけがない。
グイッと少しだけ与えられた感覚に、優羽は思い出したように口を滑らせた。


「いたッ…へ…な…変な人!」

「変な人?」


優羽の言葉に晶が怪訝な顔を見せる。
詳しく教えてとささやかれて、抗える余力はどこにもなかった。


「輝っのくす…ッ…り改良した…て」

「それで?」

「わかんなッ怖い感じ…ヘビみた…ナッ!?」


ギュウッと、優羽は晶を抱き締めて弓なりにのけぞる。


「ヤッァァア…なん…ッで」


一瞬、鋭利さを見せた晶の目が優羽を奥まで突き刺していた。
答えている途中で、何がどう気にさわったのか、今まで微動だにしなかった快楽の波が押し寄せてくる。


「ヒッ…?…っあっヤァァァァ」

「ご褒美。」


苦しいほどに締め付けてくる優羽の額に唇を当てながら晶は、さらに腰を抱き寄せた。
そのあまりの激動に優羽は狂ったように叫び声をあげる。


「ちゃんと答えられた優羽のお願い聞いてあげるよ。」


そうして、ニコリと笑う晶の腕の中で何度も何度も鳴き叫んでいた優羽がようやく落ち着いてきたころ、解毒を作ることに成功したらしい輝が走ってやってきた。


「優羽、飲めるか?」


トロンとした眼で優羽は輝にうなずく。輝から口移しで与えられた液体が喉を通りすぎていくのを感じながら、優羽は最後の絶頂を迎えた。


「ひとまずか?」

「そうみたいだね。」


卑猥な音をたてて、気絶した優羽から腰をひいた晶が輝に答える。


「今回は少し危なかった。」

「親父にあとで殺されるな。」


ほっと安堵の息を吐くと同時に、二人は顔を見合わせて苦笑の笑みをこぼした。
そして再び優羽を見つめる。


「誰も選べない道を選んだよ。」

「俺らの残酷な愛し方を受け入れるなんて、優羽はバカだな。」

「そこが可愛いんだよ。」

「んなことわかってるよ。」


だからこそ今回の件で自分が許せない。
あのとき、優羽の告白に自制心を制御する方をとった時間が悔やまれた。


「輝、携帯が光ってる。」

「ん?」

「いいから、早く出てあげて。」

「戒。あの女なんだって?あっ?優羽ならもう大丈夫だよ。あぁ、うん。陸にも教えてやれ。それで?」


長男らしい晶のすすめで電話をとった輝の声に、受話器の向こう側から現状に安堵する息が聞こえてくる。
けれど、電話の主であるらしい戒の返答に、輝は顔色を変えて優羽をみた。


「晶。」


その声があまりに低くて空気が凍る。
優羽に自分の上着を着せていた晶は、輝の視線に答えるように顔をあげた。


「うん、優羽から聞いた。」


輝の手の中に収まる携帯が、ミシッといやな音をたてる。
その冷酷な眼差しの先に何が見えるのか。
空虚な世界を見つめる輝の表情から、どうやら電話越しの弟たちも同じように怒りの炎をともした瞳をたたえているに違いない。


「─────…ふっ」


不敵にこぼされた笑みは誰のものだったか。
夕日がかなたに沈むころ、遠くで犬の鳴き声がした。

─────To be continue.
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