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第1話 歓迎の悶え

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静かな昔ながらの住宅街。周囲の建物は古く、所々新しいのが混ざるものの、ここ数年で目立った開発もない。
平日の昼間に歩く人はおらず、時々どこかの主婦が、買い物に出掛けるために車を走らせる音が聞こえるだけだった。


「ここだね。」


冬の気配は消え、暖かさを勘違いした桜の花が、まだツボミのままの兄弟たちの間で静かに揺れている。
薄い雲と水色の空。
やわらかな春の日差しの下で、周囲に馴染んだ小さな建物の前に、不釣り合いな黒塗りの高級車が止まった。


「魅壷様。お待ちしておりました。」

「学園長だね。」

「はい。お電話いただいたときは、まさかと驚かされました。」


見るからに高そうなスーツをまとった同年代の男を前にして、学園長と呼び掛けられた男は、そのハゲかかった頭に手をおきながら、幸彦を焦燥と疑心の混じった笑みで迎える。


「あなた様ほどの有名人が、本当にあの子を?」


何度聞いても信じられなかった。
最初電話で連絡がきたときも、この児童養護施設の学園長は、どこか嘘だろうと思う気持ちを持っていた。海外でも一目おかれるほどの金持ちが、下手をすればその辺のモデルや芸能人よりも人気の有名人が、なぜこんなところへ。


「きみが深く考える必要はない。」

「しかし。」

「私は早く会いたいのだよ。」


拒否や反論を許さない物言いに、学園長はどこか納得いかない顔のまま、その秀麗な男を学園の中へと案内した。
中は外の静けさと違い、小さな子供の泣き声や駆け回る音などが響いている。


「おや。」


案内されるがままに学園長の背中をついて歩いていた幸彦の足が止まった。


「っ!すみ……」

「すみません!大丈夫ですか?」


何事かと振り返った学園長よりも早く、駆け寄ってきた少女が頭をさげる。
肩より少し長い髪、あか抜けない格好と化粧もしていない素朴な顔立ち。


「優羽。」

「え?」


前方不注意でぶつかってきた子どもの頭を撫でながら、幸彦は頭を下げる少女の名を呼ぶ。
もちろん、会ったこともなければ、見るからに金持ちそうで、カッコいい紳士の知り合いなどいない優羽は、驚いて顔をあげた。


「ちょうどよかった。優羽さんも一緒にこっちきて。」

「え、あ。はい、学園長。」


訳のわからない事態に戸惑いながらも、優羽は、子どもをその場から立ち去らせて学園長の言葉にならう。

誰だろう。

学園長の知り合いには見えない。もちろん、友人なんてことはあり得ないだろう。長年この施設にいるが、今まで見たこともなければ、関わったことのない人種だということはすぐにわかった。
いい匂いもするし、学園長がたまによそ行きで着ていくスーツよりも全然高そうで、なによりその姿が惹き付けられるほどに綺麗で、同じ人間なのかと疑ってしまう。


「学園長、これはいったい。」


流れるまま学園長室に招かれた優羽は、促されるようにして、スーツの美紳士の横に腰かける。
けれど幸彦との間には、なぜか大人一人が座れるほどの間隔があいていた。


「驚かせてすまない。」


学園長が答えるまでもなく、その紳士は優羽の方へと体をむける。
柔らかな声と優しい眼差しに、優羽は顔を赤くしながら、小さく首を横にふった。


「い……いえ……」


うまく声がでない。
妙な緊張感とドキドキとうるさい心臓のせいで、喉が急速に乾いていた。


「はじめまして、優羽。わたしは魅壷幸彦という。」


紳士に握手を求められれば、どうもと握り返すしかない。
大きな手はすべすべで温かく、手入れされているようにキレイなのに、男の人特有のいかつさがあった。
どうしよう。
心臓の音が伝わってしまうんじゃないかという恥ずかしさが込み上げてきて、優羽はギュッと目をつぶる。


「優羽さん。驚くと思いますが、魅壷様は、あなたを家族に迎えたいとおっしゃっています。」

「えっ?」


手を握ったままバチっと見開いた優羽の目に、ニコニコと嬉しそうな幸彦の顔が写る。
驚かない方が無理だろう。


「い、いま、なん…っ…て?」


声がかすれて上手くでない。
けれど、一向に離れようとしない握手が学園長の言葉に真実味を与えていた。


「優羽さん。あなたが望むのなら、養女として魅壷家に入ることができます。」


でも。と、言葉を濁す学園長の気持ちはよくわかる。いきなり現れた得体の知れない男が、あえて年頃の娘を所望しているのだ。
何か裏があるに違いない。
秀麗な雰囲気の表の顔の下は、もしかしたら腹黒い企みで満たされているかもしれなかった。
たしかに、身よりのない優羽は、もうじきこの施設を出ることになっている。けれど、身寄りもなく、先行きが不安なこともまた真実だった。
正直、複雑な心境。
どう答えればいいか困惑する優羽の手から、幸彦の手が離れる。


「わたしと家族になろう。」


胡散臭い。でも、冗談にもみえない。


「本当は、もっと前から家族に迎えたかったのだが、なかなかそうはいかなくてね。」

「優羽さん、無理にとは言わないよ。君にも決める権利があ……」

「何も心配はいらない。それにほら。法律上では、もう家族だ。」

「「はっ!?」」


ポカンと開いた口がふさがらない。
驚いたように幸彦が背広から取り出した紙をひったくったのは、優羽ではなく学園長だった。
紙に記された内容が本物だったのだろう、わなわなと握りしめられた手の中で、戸籍謄本はグシャっとしわを寄せて形を変えていく。


「あとは、優羽次第だ。」


不思議な力をもった声だと思う。
頭では危険だと警鐘を鳴らしているのに、心の奥底から沸き立つ感情がそれを無視させる。
何の取り柄もない自分を引き取ってくれる人なんて今までいなかった。家族が欲しいと何度願ったことだろう。


「本当に私でいいんですか?」


気づけば優羽は、幸彦に向かってそう聞いていた。
何か落とし穴があるんじゃないかと、紙とにらめっこしていた学園長は、蒼白な顔を優羽に向けたが、もはやその存在は無いに等しい。


「優羽がいいのだよ。」


まるでおとぎ話のような現実に、優羽の顔から不安が消えていく。いや、正確にはそうであれば幸せだろうという、不確かな願望がみせる幻への怖いもの見たさに近かった。


「私、家族になります。」

「優羽さん!!?」


確かに了承した優羽の言葉に、学園長は驚嘆な声をあげる。それもそうだろう、だってこれは、誰が聞いてもおかしい。
本人の承諾なしに歴史を決められるなど、あってはならない。


「ここから先は家族の問題だ。」

「っ!?しかし!」


どちらが正しくて、間違っているかがわからなくなる。けれど法律上、この学園長にはもう何も言う権限がなくなっていた。
優羽が承諾した以上、これは幸彦のいうように、家族の問題。
一番他人が踏み込みにくく、深入りの許されない複雑な領域なだけに、赤の他人と成り下がった中年の男は言葉につまって唇をかむ。


「優羽さん。本当にいいんですか?」


次に答える言葉によっては、今後の人生が変わる。
ドキドキした。
こんなにドキドキしたことは生まれてから一度もない。もしかしたら間違った選択かもしれない。それは充分にわかっていた。


「はい。私は魅壷優羽になりたいです。」


学園長がどこか物憂げな顔をしたが、希望と期待に目を輝かせ始めた娘を止めることは出来ない。
自分の人生がどういう方向に転がろうと、今、目の前に転がっているチャンスを見逃すことなど出来ないのだろう。年頃の娘にありがちだが、どうかこの選択が間違っていないことを願うしかない。


「わかりました。」


その承諾の言葉が、長年育ててくれた学園長との決別を意味する。
二度と会うことはないかもしれない。
そう思った瞬間、今までの思い出がよみがえってきて、自然と涙が溢れてきた。


「今までお世話になりました。」


姿勢をただして深く頭を下げる優羽にならって、幸彦も頭を下げる。その姿を見た学園長の目にも涙が浮かんでいた。


「優羽さんをよろしくお願いいたします。」

「はい。必ず幸せにします。」


こんな父親が出来るなんて、なんて最高の日なのだろう。下げた頭のまま、チラッと幸彦を盗み見ながら、優羽はふふっとあどけなさの残る笑みをもらした。


「よろしくお願いします。」


今度は優羽から差し出した手に、幸彦は力強くそっと手を握り返してくれる。
大丈夫だ。
確証は何もないが、なぜか断言できた。不安や心配がないというのは嘘になるが、幸彦のもつ雰囲気は、きっと天災が身を襲ったとしても、命がけで守ってくれるだろうという安心を感じられた。

その後、挨拶と荷仕度をすませた優羽は、幸彦の待つ車に体をすべりこませる。


「優羽さん。お元気で。」

「ありがとうございます。長い間お世話になりました。」


これが最後。
今朝起きたときには想像もしていなかった出来事が、現実になることを実感してギュッと心が引き締まった。
間違った選択をしていないだろうか。
だけど、それは誰に決められたわけでもなく自分で決めたこと。
名残惜しさに後ろ髪をひかれるが、幸彦が運転手に車を出すようにつげたことで、優羽の意思とは無関係に見知った施設は遠ざかっていく。


「さよなら。」


小さく自然と口からこぼれた。
別れの言葉を告げながら、その最後の姿まで目に焼き付けた優羽が席に座り直すと、幸彦がそっと肩に手をまわしてくる。


「泣きたい時は、泣きなさい。」


頭上で囁かれる甘い声に優羽は、顔を赤くしながら首を横にふった。
悲しくないと言えば嘘になるが、これから迎え入れてくれようとしている父親の前でそんな涙など見せられない。期待が胸を膨らませているのは、事実として今も実感している。


「家族なんだから隠し事はしないこと。」

「えっ?」

「素直でいなさい。」


引き寄せられた肩に色気が漂う。
嗅いだことのない魅惑の匂いと、スーツの上からでもわかる均整のとれた体。決め細やかな肌に形の整った顔立ち。
近くで見れば見るほど、本当に同じ人間ではない生き物のように思えた。


「はっはい。」


優しい言葉と温かな胸をくれる幸彦を直視できなくて、居心地の悪そうに優羽は身体を萎縮させてうつむく。
今、顔を覗かれたらタコよりも真っ赤にゆで上がっているに違いない。


「飲むかい?」


差し出されたペットボトルのお茶を受けとると、優羽は疑いもせずにそれを口に含んだ。
どこにでも売ってるごく一般のお茶。
フタを開けて渡してくれるところがまたスマートでカッコいいのだが、今の優羽には緊張で味がわからない。


「おっおいしいです!」

「それはよかった。」


ニコリと笑うのは反則だと思う。
何人の女性をその笑顔の虜にしてきたのだろうか。さぞかしモテたであろう若かりし頃の面影、いや、訂正する。今でも十分モテるはずの男性が、これから自分の父親になるのだ。
想像したところで、現実味は今一つわかない。けれど、他愛もなく始終ご機嫌に会話を弾ませる幸彦に、優羽の不安はいつしか拭いさられていた。


「ごらん。もうすぐ我が家だ。」


気づけば数時間走った高級車は、日が傾き始めた頃、大きな門扉の下をくぐり抜ける。優羽が幸彦の言葉に車体の外へと顔をむけると、そのむこうには、声を失うしかない巨大な屋敷がそびえ立っていた。
白い洋館に広い庭。
門から建物までは車か馬がないとたどり着けないほど遠い。
手入れの行き届いた場所。なのに何故か、生活感が感じられない。
まるで、絵本の中のようだと思った。


「ようこそ、魅壷家へ。」
バタンとドアを閉じて走り去っていく車を見送っていた優羽は、幸彦に呼ばれて振り返る。
そして、思わずため息が漏れた。


「すごい。」


立派としか言い様がない。
三階建てで、左右に長い家の中間付近に位置する玄関扉は重厚で丸い取っ手がついているし、白を基調とした館は現代には珍しい異国情緒漂う様式が使われている。
個人の屋敷というより、貴族の屋敷に見えた。


「気に入ったかい?」


興味を隠しきれない優羽の視線を満足そうに見つめていた幸彦が、笑いながら玄関扉に手をかける。


「はい。あっ、でも奥様とふたりで?」

「ああ、そうか。まだ何も教えてなかったね。」

「はい。」

「残念ながら優羽に母親は作ってあげられないんだよ。」


困ったように笑ったあとで、でも兄弟はたくさんいるから寂しくないと思うと、幸彦は扉をひく。
ギーッと、心地よい重低音を響かせながら、魅壷邸は一組の男女を歓迎した。


「え?」


幸彦の言葉の意味がわからず首をかしげていた優羽は、足を踏み入れた先にたつ美麗な四人に言葉を失う。


「新しく優羽の家族になるわたしの息子たちだ。」

「む、すこ?」


聞き間違いじゃなければ、彼は確かに息子だと言った。言われてみれば、幸彦は子どもがいてもおかしくない年齢かもしれないが、想像もしていなかっただけに、優羽の衝撃は計り知れないほど大きい。
ただの子どもではない。
容姿端麗、色気抜群、あきらかに自分より年上の大人の男性が二人と同じ年くらいの男の子が二人。その誰もが個性違いのカッコよさを際立たせていた。


「おかえり、優羽。」


ふわっと、甘い匂いと柔らかい声。
玄関でバカみたいに突っ立ったまま動かない優羽のもとへ、一歩年上の男性が名乗り出た。


「長男の晶です。これからどうぞよろしくね。」

「え、あっ。はっはい、お願いします!」


ニコッと、はにかむ笑顔が憎い。
ここの家の住人たちは雰囲気で人を悩殺できる技を持っているとしか思えない。


「やっと会えたな。優羽。」


親父に何もされなかったか?と、冗談めかして笑ったのは、少し威圧的だがどこか落ち着いた雰囲気のある男性だった。
長男の晶が優男と表現できるのに対して、この人は獲物を追い詰めて楽しむタイプに違いない。


「んな怖がんなよ。」

「ひゃっ!?」

「次男の輝だ。よろしくな。」


どうやって耳元で囁かれる結果になったのかわからないが、間合いの取り方は半端なく危険だということがよくわかった。


「輝、ふざけないでください。」


不機嫌な声は、晶と輝の一歩後ろで立っている二人のうち、片方から聞こえてくる。
輪郭に沿った長めの前髪と切れ長の目。一言で綺麗だという言葉がピッタリと当てはまる麗人。声は少し冷たさを含んでいて、透き通って聞こえる。


「はじめまして、優羽。」

「あ。初めまして。えっと──」

「三男の戒といいます。」

「──かっ戒さん。」

「"戒"と呼び捨てでかまいませんよ。」

「はっはい。よろしくお願いします。」


冷めた空気をもつ人間は、きっと笑ってはいけない。ボッと、音が聞こえるほど顔を赤くした優羽は、慌ててペコリと頭を下げた。


「僕のことも紹介させてよね。」


そう言って割り込んできたのは最後の一人。ふわふわと綿菓子みたいな雰囲気と、甘いマスク。可愛い見た目の中に、無邪気さと人懐っこさがのぞく。


「陸だよ。見ての通り兄弟の中じゃ僕が一番年下。」

「陸…っ…くん。」

「優羽、"くん"はいらないから。呼び捨てじゃなきゃダメ。」


たぶん年下。だけど、拒否できないお願いが命令に聞こえるのは、幸彦ととてもよく似ている。


「自己紹介は終わったようだね。」


一通り言葉を交わしたところで、幸彦は優羽を取り囲む輪に向かって声をかけた。
昨日の女性が今の彼らを見たら、ショックでおかしくなるかもしれないと、思わず苦笑いしてしまうほど、優羽に寄せられる好意は異常に思える。が、この展開は何も幸彦の想像から外れていたわけではない。


「仲良くやれそうかな?」


仲良くやれないわけがない。
確信している幸彦の問いかけの意味が何なのか。
このときの優羽には、わかるはずもない。


「はい!幸彦さ──」


背後で玄関を閉めてくれていた幸彦を思い出したのか、優羽は慌ててふりかえる。


「──っ!?」


顔が、近い。
いつの間に近くに来たのか、あと少しで唇がぶつかりそうになったことで、思わず半歩ほど体が退いてしまった。


「こら、いけないよ。これからは家族なんだから、ちゃんと役割は守ること。」

「えっ?」


どうやら、予期しない展開に心臓が飛び出してしまったようで、優羽は幸彦の言葉がうまく理解できない。


「お父さんって呼んでほしいらしいよ。」


陸の耳打ちに優羽は、隣に立つ幸彦を見上げて、その意味を理解した。


「パパの方がいいかい?」

「っ!?」


この人の色気は、殺人級と断言できる。なにもされていないのに、じっと見つめられるだけで足の力が抜けそうになる。


「ど、努力します。」


顔を赤くしながら、優羽は小さな声でうなずいた。
各自自己紹介を終えたあと、優羽たちは、玄関からリビングへと向かっていた。
外も外なら中も中だと思う。
見るからに品の良さそうな調度品が置かれ、高級そうな絵画や壺が並ぶ。


「この階段で上った先の三階に、優羽の部屋があるよ。あとで教えてあげるね。」

「ありがとうございます。」

「敬語なんかいらないってば。」


横を並ぶ陸は意外と世話焼きなのか、2つ年下にも関わらず何かと熱心に家の中の説明をしてくれた。
巨大シャンデリアが光る玄関ホールの真横にメイン階段があり、そこから登った上階が居住区になっていること、ダイニングとリビングは大きく繋がっていて、家族しか入れないこと、ダイニング奥のキッチンは自由に使っていいこと、トイレとお風呂の場所も、口頭であれこれ説明してくれる。


「陸、そんな一度には覚えられませんよ。」

「えー。そんなことないよ、ねぇ?」

「えっ、あ。はい。」

「どっちだよ。」


口の止まらない陸も注意した戒も、慌ててうなずいた優羽と、輝の言葉に笑顔を見せる。


「あとで、間取り図を渡してあげようね。」

「あ。ありがとうございます。」


晶も微笑みながら気をつかってくれた。陸の説明では一度で覚えきれなかったので、間取り図があれば実際少し助かる。
けれど、本当にこんなところに住まわせてもらえるのかと案内されればされるほど、不安にもなってきた。


「そんな顔すんな。」

「え?」


反射的に見上げようとした頭は、上からポンポンと数回優しく叩く、輝の手に包まれる。


「自信持ってここにいろ。」

「……はい。」


嬉しかった。
寛容に受け入れてくれる場所があることが、こんなに幸せなことだなんて知らなかった。


「優羽、何かわからないことがあったら、いつでも教えてあげるよ。」

「僕にも全然聞いていいからね。わかってることでも大歓迎。」

「最初は戸惑うでしょうが、直に慣れますよ。」


ぽんぽん、ポンポン。
ボールのように頭の上が八本の手で弾む。それがなんだか可笑しくて、優羽はフフッと声をあげて笑った。


「「「「「・・・・・・。」」」」」


面白いくらいポンポン弾んでいた頭の手が、八本同時に止まる。
うつむいて笑う優羽には見えないが、優羽の頭上ではお互いの様子を探る気配が一瞬にして張り巡らされていた。


「それくらいにしなさい。」


いつのまにかたどり着いていたらしいダイニングの扉をあけて、幸彦は団子状態のまま動かない子供たちを叱る。


「優羽を独り占めしたい気持ちはよくわかるが、先に優羽の食事をさせてあげなさい。」

「だな、優羽のために用意したんだから、ちゃんと食えよ。」

「本当、輝は口が悪い。優羽、ここに座って。」


開け放たれた扉の先に案内された優羽の顔は一瞬にして笑顔になった。用意された自分の席には、歓迎されているのだと思える温かな料理とメッセージがおかれている。

その後、乾杯の言葉とともに始まった食事は話しに花を咲かせ、なんとか楽しくやっていけそうだと優羽は安心して、人知れずホッと胸を撫で下ろした。


───はずだった。


与えられた新しい自室で優羽は、突然の体の変化に気づく。


「っ…ぁ…~~ッ──」


ドキドキと心臓は激しく脈をうち、何故か息苦しい。体中が自分のものじゃないように震えていた。
心配をかけたくなくて、適当な理由をつけて部屋でひとり堪え忍んでいたが、そろそろ限界かもしれない。


「───だれ…か…ッ」


ひとり胸を押さえながらベッドでうずくまる優羽の元に、近づく影がひとつ。


「大丈夫かい?」

「お…父さ…っ」


なんとか苦しいということを伝えようとするが、うまく言葉が出てこなかった。
急な環境の変化でこんなことになったのだろうかと、いうことのきかない自分の体を優羽は強く抱きしめる。


「つらいかい?」

「ッ!?」


ビクンッと、優羽は驚いた顔でほほを撫でる幸彦をみた。


「ぁっ…──ッ!!?──」


幸彦が触れるたびに、そこから電流のようなものが体をかけぬける。ビリビリと微量な電気が体の神経を過敏に跳ねさせているようだった。
自分の意思とは無関係にうるんだ瞳と高揚しきったほほ、荒く吐き出される息。


「配分は、間違ってなかったようだね。」

「えっ?」

「苦しいだろうが、じきによくなるよ。」


なにを言っているのか、意味がよくわからない。薄暗い部屋の中で、ベッド脇にともるわずかな明かりが幸彦の顔をうつしだす。

いい予感は、しない。

優しそうな笑みを浮かべているはずなのに、苦しそうに息を切らす優羽を見下ろしながら満足そうにうなずく幸彦が、ひどく妖艶に歪んでみえた。


「え…ッ……んんっ!!?」


突然近づいてきた顔に驚く暇もなく、優羽の唇は幸彦の唇に塞がれる。


「……ふっ…──ヤッ~…っ。」


押しのけたくても力が入らない。
頭が混乱して何が起こったのか理解できなかった。

──どうして?お父さんが?

新しい父となったはずの男の舌が歯列をなぞる。
意思に反して体が素直な反応をみせた優羽は、弱々しく抵抗を見せながら幸彦に組み敷かれていく。


「ンッ、んっ!」


犯される口内は、直接脳にその音を叩いていた。


「怖がらなくていい。」


震えながら必死に幸彦の服を握り締めて、切なげに息を吐く優羽のほほを幸彦は両手で包み込む。そうして、動かせない頭に酸素を送り込もうと息を荒げる優羽の耳元で、幸彦はささやいた。


「一度は通る道だ。」

「なっ!?…ヒッっ~…イヤ!!」


首筋をはうように動く舌に体を反応させながらも優羽は、その先を拒否する言葉をつむぐ。
コワイ。
その三文字が頭の中で何度も繰り返される。


「アッ…待っ…てアッ……」


幸彦に触れられる度に走る微弱な電流が体力を奪い、息を求めて助けをこう口内は幸彦に奪われる。
こんなに自分は非力なのかと、覆い被さる幸彦が首筋に舌をはわせるのを感じながら、優羽はギュッと目をつぶった。


「イッ!?」


わずかな痛みが鎖骨に走ると同時に、優羽はさらに目を強く閉じる。
幸彦がそこについた赤い印を満足そうに指でなぞれば、優羽は面白いくらい素直に息をもらした。


「……ぅっ……あっ…。」


再び侵入してくる舌から逃げ切れずに口内が犯される。
お互いの息と唾液がまざりあい、あきらかな酸素不足に頭がもうろうとし始めていた。


「──はっ…ヒャッ!?」


バッと、優羽は自分の声に驚いて、それまで幸彦をつかんでいた手で自分の口を押さえる。

聞いたことのない自分の声。

鎖骨から徐々に下がっていた幸彦の手が優羽の服をめくりあげ、あらわになった胸をやさしくつかんでいた。


「……ヤッ……」

「ん?」


これ以上はイヤだと、力無く首をふる優羽を見下ろしながら、幸彦はその胸の頂を指先でひねりあげる。


「──ッあ!?」

「優羽は、いけない子だね。」

「っぁ……っやぁ…めっ…──」

「わたしとの約束を忘れてしまったかい?」


指先で胸をもてあそびながら、幸彦はクスクスと優羽の瞳に問いかける。必死に声を圧し殺しながら、涙目で抵抗する優羽の胸を指先で弄(モテアソ)ぶようにいじっていた。


「素直になると約束しただろう?」


何が素直かわからない。
ただわかっていることは、とても怖いということだけ。
自分がどうなってしまうのか、どういう出来事が身に降りかかろうとしているのか、未知すぎて思考回路は考えることを放棄している。


「ひっ。」


カタカタと勝手に体が震え始めた。

主張するように盛り上がった胸の頂を必要以上に弄ばれれば、勝手に甘い泣き声が口から漏れる。幸彦が体に舌を這わせれば、その舌が通りすぎるたびに体を跳ねさせながら、優羽はもうヤメテ欲しいと何度も首を横にふった。


「約束は、守るためにある。」

「…ぁっ…っ~。」

「体と心は別の生き物ではないのだよ。」


困ったように笑いながら、幸彦は指先で触れていた突起物に、ねっとりと舌をはわす。


「あっ…──」


胸の頂に感じるわずかな快楽に体をひねらせると、幸彦の手が足を撫でるのに気がついた。

コワイ

体が勝手に硬直する。
ビクッと体を一瞬体を震わせた優羽が、口を両手で塞いだまま現実逃避するのをいいことに、幸彦の手は何の障害もなく優羽の下半身を守るすべての衣服を取り払ってしまった。


「ッ!!」


怖くて見れない。
とても長い時間天井をみている気がするが、それと同じ時間、幸彦に見下ろされている気がする。
永遠とも錯覚できる束の間の休息。
けれど、それは次の瞬間悲鳴に変わる。


「イヤァっ!?」


上半身にまだ名残があった最後の衣服を取り除くかと思いきや、幸彦はその服で優羽の腕を頭上でくくりあげてしまった。口をおおう術も抗う術も同時に失われ、優羽は羞恥と混乱で、面白いくらいに体を暴れさせる。


「優羽にはわからないだろうね。」

「っ…ヒッ……」


全身で包み込むように、軽い口づけをしたあと、優羽の上で服を脱ぎながら幸彦の声が楽しそうに弾む。


「どれほど、わたしが待ち望んでいたか。」

「───ッ!?」


そんな顔、知らない。
そんな声、知りたくもない。
不覚にも心が幸彦にドクンと強く波うった瞬間、優羽の感覚は恐怖よりも羞恥と快楽が勝るようになってしまったらしい。


「んっンん…あっ!」


あきらかに抵抗の色が変化したことに気付いた幸彦は、不適な笑みで自分の指をなめあげる。


「……っ…──」


ダメだ。
目が離せない。
均整のとれた体はきめ細かく、肌は滑らかで無駄がない。幸彦の起こす行動よりも、その艶(ナマメ)かしい色気を放つ目と唇に視線が奪われる。

だからかもしれない……───

「ヒぃ!やぁッア!」

────……分け目を押し広げてきた幸彦の指先に、足を閉じることが出来なかった。


「あぁ、わかるかい?」


体を起こそうとしても、覆い被さる幸彦に見下ろされれば視線をそらすだけで精一杯で、割れ目を往復する指先に腰が浮く。


「──…ぃ…ヤァッ!?」

「濡れてるのがわかるかい?ここも、こんなに主張している。」

「ヤッ…そこは……っ!?」


クスリと口元を歪めながら幸彦は優羽の脚の付け根にある芽をつまみとった。刹那、優羽の体はビクリと大きくのけぞった。


「──っ!! ふぁっ…あぁっ!」


今までとは比べ物にならない快楽に、驚いて咄嗟に優羽は結ばれた両手で唇をふさぐ。けれど、それはそんなことで防げるほどの衝撃ではなかった。


「っ…あぁ…っ…──…やめっ……」

「怖がらなくていいと、そう言ったはずだ。」


首を横に振る優羽の手を下肢を弄ぶ手とは逆の手で、いとも簡単に捕らえられる。
幸彦によって頭の上で手を固定された優羽の声を止めるものは何もなく、ゆっくりと往復される指の腹で陰核がこすりあげられるたびに、切なく甘い声を震わせるしかなかった。
じっくりと時間をかけるように強く柔らかく、下肢を虐(シイタ)げられるのに合わさって、唇も首筋も胸も休むことなく犯されていく。


「──あぁ…あ…─はぁ……やァッ──」


キモチイイ

足を擦り付けるように、優羽の腰は幸彦の指をもどかしく求め始めていた。そうして反応が変わった優羽をみた幸彦は、嬉しそうに舌舐めずる。


「ハァっ…はぁ…ゆきひ…ッ…──…ぅあッ!!?」


それは突然、体に異変を告げた。
その証拠に大きく見開かれた優羽の目が、これからおとずれる恐怖をうつしている。
やってくるのだ。
かつて味わったことのない快楽の波が……────

「よく覚えておきなさい。」

……───幸彦の声が、脳に刻まれる。


「イクとは、どういうことかを。」

「ッ!!?」


その瞬間、火花が飛び散ったかと思った。


「イヤぁァァァァァッァ──」


自分の意思とは無関係に腰が脈打つ。止めることも、逃げることも出来ない快楽から助けを求めるように、幸彦の名前を呼ぼうとするが、それもできない。
チカチカする。
大きく身体をひねり、快楽から逃げようとする優羽を幸彦は逃がさない。


「イヤだ…はぁ…もう、ヤメテくだっ──…イィ!」

「違うだろう? まだわからないようだね。」

「ヒッ!!?」


再び、体が次に訪れる出来事を予想して硬直する。
体をずらした幸彦に疑問を抱いた優羽は、蜜壺にあてがわれたモノに気づいて激しく抵抗の姿勢を見せた。


「イヤッ!イヤですっ!!」


言葉では嫌がっているが、大きく見開かれた優羽の目には、焦燥と期待に潤みをおび、震える声には甘く求める音が滲んでいる。


「嘘はいけない。」


少女の抵抗など、百戦錬磨の男の下では無力に等しい。
両手を縛り上げられた優羽に叩かれようが、逃げようとされようが、痛くもかゆくもなかった。
むしろ、それくらい抵抗してくれないと犯しがいがない。


「力を抜きなさい。」


定められた位置と掴んだ腰に拒否権はないのに、最後の最後に可憐な抵抗をみせる乙女の秘境に笑みがこぼれる。


「ヤメテくださっ──」

「初めては後にも先にも人生一度きりだ。」


よく味わうようにと、最後の抵抗とばかりに暴れ始めた優羽の脚を容易(タヤス)く広げながら、幸彦は腰をその細部に埋め込んだ。


「イヤァァアおと…っさ…ヤメっ…──痛っ!!?…ぃやっ…幸彦さまッ痛いっ!やだ…抜いてくださ…っイヤァ!」

「──くっ。初めてはキツいな。」

「イヤ…ゃっ…動かな……──…で」


初めて感じる男の質感と苦しさに息が出来ない。
痛みに体をひねり、逃げようとする腰を押さえつけられながら、優羽の目から涙がこぼれおちた。


「薬を使って正解だった。」


自分を犯す義父の言葉に耳を疑う。
腰に感じる違和感がたまらなくもどかしい。もう少女には戻れないのに、大人になんてなりたくないのに、知ってしまった。
これが、男。


「しっかり、仕込んであげるから覚悟しなさい。」

「ッ!?」


引き抜かれるときの感覚は、最初に与えられた苦しみとは全く違っていた。
内臓が引きずり出されるかと思うほどの快楽と、もう一度最奥まで突き刺される痛み。
ゆっくりと、ゆっくりと味わうように捕食されていく獲物になっているような感覚。


「────ッ痛。」


その言葉通りに断続的に打ち付けてくる腰にあわせて優羽の口からは、痛みを訴える吐息があふれる。
しかし、痛みに眉をしかめていた顔は、徐々に男を誘う潤みをおびはじめ、混ざりあう水音が部屋の中を妖艶に支配していく。


「あっ…っ…アッ……ぃ…ゃ…」

「優羽、嘘はいけない。」

「ヒッ!!?」

「ほら、わたしには違った声が聞こえるのだが、優羽にはどうかな?」

「ヒッ!ヤッ…あっ…アッ…く」


パンパンとリズムよく、断続的な音が室内に響き始める。それに合わせて動く腰と一緒に優羽の声は、幸彦の下で踊っていた。


「どうだい?」

「アッ…あっ…わかん…ナッ…」


これはシツケが必要かなと余裕の笑みを浮かべる幸彦の下で、か弱く体を震わせる優羽の声が歓喜に変わっていく。


「気持ちいいなら気持ちいいと言いなさい。」


それでも、優羽は首を横にふる。
確かにキモチいい
気持ちいいと叫ぶことができたら、わずかに残る理性を捨てて、獣のように本能で愛し合えたら。それはどれ程の快楽を与えてくれるのだろう。


「まだまだ時間は、たくさんある。」


幸彦は、どこか嬉しそうな苦笑の息をこぼす。
優羽の感じていることは手に取るようにわかっていた。繋がり合う先で必死に見せる抵抗も、負けそうになる快楽に戦ってる様も、何もかもが愛しい。
けれど、容赦はしない。


「ここが好きだろう?」


優羽の声が明らかに変わる。
狂声に甘さと艶が混ざり、喉の奥から自然にこぼれる歓喜の息が女の性をむさぼっていく。


「さすが、若いだけあって反応が早いね。」


キツく締め付け始めた優羽に、そろそろだと幸彦は悟った。
その証拠に、一度快楽を植えつけられている優羽の全身が、その先にいくことを必死に踏みとどまっている。
まるで自分じゃないみたいに声が自然に口をついて出てくる。
感じたくないのに体が勝手に反応して、悦びの息をあげ、イヤなのにその先を求めてしまう自分に気づく。
恥ずかしくて、怖くて、苦しいのに、気持ちいいと思ってしまう。

その先を知りたい。

でも知ってしまえば、もう戻れないと本能がささやく。
理性なんて捨ててしまえと囁く、新しい父に逆らうことなど出来ずに、押し寄せる快楽の波は、優羽の体をより一層の高みへと導いていく。

───ヤメテ

───イヤダ

───ヤメナイ…デ?


「アぁあッ!?──ゃダっ…」

「怖がらなくていい。いきなさい。」

「……ッ…アッ──ぁっだっダメだめダメっ~っイヤァァァァッァ」


大きく体をしならせながら痙攣する。
ピンとはる体とは裏腹に、中は男を迎え入れようとキツくうごめく。
優羽は、拘束された両手の中で幸彦の頭を強く抱きかかえるようにして、与えられた絶頂を味わっていた。
萎縮した体が幸彦と密着する。
キツく締まれば、それだけ中にいるモノの正体が手にとるようにわかり、大きく伸縮を繰り返していることが感じられた。


「ッ!!?」


異変は腕の中で不適に見上げてくる幸彦と目があったことで悟る。
逃げることは出来ない。


「イヤ!待って、幸彦さ…ッ!」


がっしりと押さえられた肩と、閉じることの許されない足の間で、幸彦の腰が最後の鐘を打ち付けてくる。


「やっ…中はイ…っヤ…あっ…アッ…おねが…イッ!?アァァアーーーっーー」


何かが子宮の奥にかかるのがわかる。
ねっとりとした液体が誰にも犯されたことのない領域を汚していく。
満たしていく。
優羽は、そうして、さらなる異物の侵入を拒むことも出来ず、男の全てを注ぎ込まれいった。
ドクドクと全身で感じ、呼吸していた。
他に何もない。
あるのは、絶頂を知った淫行だけ。


「はぁ。ぅっ…ぁっ!?──あぁ…ッ…ゃ…だァァッ…」

「誰が終わりといった?まだ続く。
素直にならない子にはシツケが必要だと言ったばかりだろう?」

「も…ぅ無理で…すッ!?」

「それは優羽が決めることじゃない。」

「──ヒァっ!?」


密着から逃げ出す暇もなく、再び律動を始めた幸彦のせいで、視界が上下にゆれ始める。
抑えの利かなくなった理性が、快楽を勝手に受け入れようとする。
壊れたおもちゃのように鳴き声を上げる優羽を満足そうに見つめながら、幸彦は声をおとした。


「しっかり覚えておきなさい。我が家では、わたしがルールだ。」

──────────
───────
─────

意識を手放した娘のほほを撫でる。
白濁した液に溶け込むように赤い液体が優羽の脚を伝ってシーツに絵を描いていたのは、もういつだったか。
渇いた鮮血の線の上には、幾重(イクエ)にも違った絵が重なっている。何度も何度も、布を愛液で塗らした余韻はまだ新しいが、それでも本当はまだ足りない。
何度も絶頂を繰り返し、その度に男を求めるのに、結局、優羽は最後まで「幸彦が欲しい」と首を縦にふらなかった。


「まったく、可愛いね。」


どこか不満足そうな顔をして、幸彦は優羽の髪を優しくすくと、規則正しい呼吸に落ち着いた優羽の寝顔にそっと口づけを落とした。


「ずっと待っていた。」


けれど、優羽はその事を知らない。今日の出来事は心の傷となって優羽の心に深く残るかも知れなかった。


「愛している。」


その時、まるで頃合いを見計らったかのように携帯がなる。
いつからそこに合ったのか、小刻みに振動し始めた液晶は持ち主を急かすように大きく存在を主張し始めた。


「幸彦さま?」


電話口の相手は、どこか驚いたように幸彦の名前を確認すると、取り落としそうになった受話器を持ち直したらしく、ゴホンとわざとらしい咳をする。


「起きていらっしゃいましたか。」

「ああ。」


空が霞(カスミ)始める時刻まで、まだもう少しある。
初春の早朝は窓の外も暗く、室内では液晶の光が幸彦の顔を照らしていた。


「お前は、いつもタイミングがいいね。」


隠しカメラでも仕掛けたのかな?と幸彦が笑えば、電話のむこうからは、不思議そうな声で「なんのことですか?」と疑問が返ってくる。


「いや、こっちのことだ。それで?用件は?」


深夜をとうに過ぎ去った時刻にかかってきた電話だ。
いい意味ではないだろうと思う。


「社長が来てくれなければ話しになりません。」

「彼女はお前をご所望だっただろう?」

「それが……。」


言いにくそうに言葉をつまらせた彼に盛大なため息を吐くと、わかったと幸彦は了承の言葉をのべた。

───────To be continue.
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