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義弟が宰相代理になったけど、彼は賢いので何か考えがあるのでしょう
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その知らせは、私の起き抜けにやってきた。
二日酔いで痛む頭を抱えていると、お付きのメイドであるメアリーが駆け込んできたのだ。
「お嬢様、大変です。宰相閣下が急に倒られてしまいました!」
「まあ……。エドガーは王宮勤めだから、今頃とても大変でしょうね」
そんな中、出戻りのようなことをしていて申し訳ない。私がベッドの上で膝を抱えると、「いえ、まだこの話には続きがあって」とメアリーが続ける。
「エドガー様が、宰相代理になられたのです」
私は、窓の外にゆっくり目をやった。空は青く晴れ渡り、のんきなちぎれ雲がぽつぽつと浮かんでいる。
「気つけが欲しいわ。ウォッカを」
「はい」
「冗談よ」
ふう、とため息をついてベッドから降りる。メアリーはいつもの調子で私の服を用意してくれた。実家にいるときは、いつも落ち着いた淡い色合いのドレスを着ている。
着替え終わって食堂に向かうと、既に両親が先にいてあれこれと喋っていた。エドガーの姿はない。
「たしかにエドガーは優秀な子だが、まさか二十一歳でここまで出世するとはなぁ」
「ええ。ローラン家の立派な跡取りになるのだと、幼い頃からがんばっていましたもの」
よよよ、とお母さまが目元を抑える。その肩をお父さまが抱いて、そっと叩いた。
「無理をしていないか心配したものだが、杞憂だったなぁ。ロゼ、ロゼ、と後をついてまわっていたあの子が……」
「本当に、自慢の息子ですこと」
そして、見つめ合う。私は気にせず「おはようございます」と挨拶をして、自分の席についた。おお、と両親が微笑んでこちらを向く。
お母さまがお父さまから身体を離して、少し私の方へ身を乗り出した。
「おはよう、ロゼ。話は聞いたかしら?」
「ええ、伺っております。エドガーが宰相代理になったんですって?」
それを聞いた両親はわざわざ立ち上がり、私をひしと抱きしめた。お父さまが私に頬擦りするけれど、立派な髭が当たってくすぐったい。
「そうだ。本当に、エドガーは立派だなぁ」
お父さまの言葉に、そうねぇと私ものんびり同意する。お母さまは「だけど、それもロゼのおかげよ」と私の背中をさすった。
「エドガーがこんなに立派ななったのは、ロゼがいてくれたからよ」
「私?」
驚いた声を上げると、ええ、と頷く。
「養子に来たばかりのエドガーときたら、新しい親になる私たちのことを全然信用してくれなくて、全然口をきいてくれなくて」
くすくすと、懐かしむように笑う。もう十年も前なのね、と彼女はしみじみ呟いた。
「それが、ロゼを見た瞬間に『あのかわいい子は誰』と言ったのよ。それからずっと、ロゼにふさわしい男になるのだとがんばってきたの。すごい子ね」
お父さまは腕を広げてお母さまを引き寄せ、「すべて、お前たちのおかげだ」と涙ぐんだ。
「私は愛しい妻、愛する娘と息子に恵まれて幸せ者だ」
「もう、あなたったら。私もそうですわ」
なんだか、酒カスの行き遅れ娘で申し訳ない。私が二人の背中を宥めるように叩いていると、結構な勢いで扉が開いた。
「ロゼ! お父さま、お母さま!」
エドガーが飛び込んできた。さっと両親は私を離して、代わりに彼が私をぎゅうぎゅうと抱きしめる。
「はあ、ロゼ……会いたかった。君のいない俺の視界は灰色だよ。君がいないのに残業ばかりの職場を、何度爆発させてやろうと思ったか」
「まあまあ。滅多なことを言ってはいけないわ」
エドガーはとても賢くていい子だけど、こういう大袈裟な言い方が玉に瑕だ。
そういえば、ついさっき聞いた話を忘れていた。彼は宰相代理になったのだ。
私は慌ててエドガーに向き直り、背伸びをして頬に口付ける。彼に大変なことがあったとき、こうして慰めるのが私たち姉弟の習慣だった。
「宰相代理になったんですって? 大変ね。あまり無理しないでね」
「ううん。このために頑張ってきたというか……」
すごく晴れやかな顔だ。このために頑張ってきたということは、こうなることを予測していたのだろうか。
いや、賢い義弟のことだ。私には分からないけれど、きっと深い考えがあるのだろう。
エドガーも身をかがめ、私の頬に口付ける。ちゅ、という湿ったリップ音が恥ずかしくて頬を染めると、彼の大きくて熱い手が私を撫でる。
「りんごみたいでかわいい。もう少しだけ、待っていてね」
エドガーが、うっとりした顔で言う。
「俺が法律を変えられるようになったんだ。そうしたら、俺とロゼで幸せになれるよ」
どうやら、義弟は私を幸せにしようと頑張ってくれているらしい。それがどういう方法かはちょっと分からないけれど、きっと深い考えがあるに違いない。
だけど、と私は思った。
このまま私が独身で居続けたら、私だけではなく家族の世間体が危ない。
それにエドガーが結婚したとき、私がその新婚生活を邪魔するのは絶対に嫌。だってエドガーは、血が繋がっていないとはいえ、私のかわいいかわいい弟なのだから……。
なぜかつきんと胸が痛んだけれど、私はエドガーを真っ直ぐに見上げる。その蕩けるような表情の色っぽさに、一瞬くらりとした。
なんとか姿勢を立て直して、私はエドガーに宣言する。
「よく分からないけれど、私もあなたたちのために頑張るわね」
「ううん。ロゼには、俺だけを応援してほしいな」
うーん? と、私は首を傾げた。なんだか、また話が噛み合っていない気がする。
だけど、賢い義弟の言うことだ。きっと何か考えがあるのだろう。
私はその次の日、新たな縁談を求めて出かけていった。エドガーには、もちろん内緒で。
二日酔いで痛む頭を抱えていると、お付きのメイドであるメアリーが駆け込んできたのだ。
「お嬢様、大変です。宰相閣下が急に倒られてしまいました!」
「まあ……。エドガーは王宮勤めだから、今頃とても大変でしょうね」
そんな中、出戻りのようなことをしていて申し訳ない。私がベッドの上で膝を抱えると、「いえ、まだこの話には続きがあって」とメアリーが続ける。
「エドガー様が、宰相代理になられたのです」
私は、窓の外にゆっくり目をやった。空は青く晴れ渡り、のんきなちぎれ雲がぽつぽつと浮かんでいる。
「気つけが欲しいわ。ウォッカを」
「はい」
「冗談よ」
ふう、とため息をついてベッドから降りる。メアリーはいつもの調子で私の服を用意してくれた。実家にいるときは、いつも落ち着いた淡い色合いのドレスを着ている。
着替え終わって食堂に向かうと、既に両親が先にいてあれこれと喋っていた。エドガーの姿はない。
「たしかにエドガーは優秀な子だが、まさか二十一歳でここまで出世するとはなぁ」
「ええ。ローラン家の立派な跡取りになるのだと、幼い頃からがんばっていましたもの」
よよよ、とお母さまが目元を抑える。その肩をお父さまが抱いて、そっと叩いた。
「無理をしていないか心配したものだが、杞憂だったなぁ。ロゼ、ロゼ、と後をついてまわっていたあの子が……」
「本当に、自慢の息子ですこと」
そして、見つめ合う。私は気にせず「おはようございます」と挨拶をして、自分の席についた。おお、と両親が微笑んでこちらを向く。
お母さまがお父さまから身体を離して、少し私の方へ身を乗り出した。
「おはよう、ロゼ。話は聞いたかしら?」
「ええ、伺っております。エドガーが宰相代理になったんですって?」
それを聞いた両親はわざわざ立ち上がり、私をひしと抱きしめた。お父さまが私に頬擦りするけれど、立派な髭が当たってくすぐったい。
「そうだ。本当に、エドガーは立派だなぁ」
お父さまの言葉に、そうねぇと私ものんびり同意する。お母さまは「だけど、それもロゼのおかげよ」と私の背中をさすった。
「エドガーがこんなに立派ななったのは、ロゼがいてくれたからよ」
「私?」
驚いた声を上げると、ええ、と頷く。
「養子に来たばかりのエドガーときたら、新しい親になる私たちのことを全然信用してくれなくて、全然口をきいてくれなくて」
くすくすと、懐かしむように笑う。もう十年も前なのね、と彼女はしみじみ呟いた。
「それが、ロゼを見た瞬間に『あのかわいい子は誰』と言ったのよ。それからずっと、ロゼにふさわしい男になるのだとがんばってきたの。すごい子ね」
お父さまは腕を広げてお母さまを引き寄せ、「すべて、お前たちのおかげだ」と涙ぐんだ。
「私は愛しい妻、愛する娘と息子に恵まれて幸せ者だ」
「もう、あなたったら。私もそうですわ」
なんだか、酒カスの行き遅れ娘で申し訳ない。私が二人の背中を宥めるように叩いていると、結構な勢いで扉が開いた。
「ロゼ! お父さま、お母さま!」
エドガーが飛び込んできた。さっと両親は私を離して、代わりに彼が私をぎゅうぎゅうと抱きしめる。
「はあ、ロゼ……会いたかった。君のいない俺の視界は灰色だよ。君がいないのに残業ばかりの職場を、何度爆発させてやろうと思ったか」
「まあまあ。滅多なことを言ってはいけないわ」
エドガーはとても賢くていい子だけど、こういう大袈裟な言い方が玉に瑕だ。
そういえば、ついさっき聞いた話を忘れていた。彼は宰相代理になったのだ。
私は慌ててエドガーに向き直り、背伸びをして頬に口付ける。彼に大変なことがあったとき、こうして慰めるのが私たち姉弟の習慣だった。
「宰相代理になったんですって? 大変ね。あまり無理しないでね」
「ううん。このために頑張ってきたというか……」
すごく晴れやかな顔だ。このために頑張ってきたということは、こうなることを予測していたのだろうか。
いや、賢い義弟のことだ。私には分からないけれど、きっと深い考えがあるのだろう。
エドガーも身をかがめ、私の頬に口付ける。ちゅ、という湿ったリップ音が恥ずかしくて頬を染めると、彼の大きくて熱い手が私を撫でる。
「りんごみたいでかわいい。もう少しだけ、待っていてね」
エドガーが、うっとりした顔で言う。
「俺が法律を変えられるようになったんだ。そうしたら、俺とロゼで幸せになれるよ」
どうやら、義弟は私を幸せにしようと頑張ってくれているらしい。それがどういう方法かはちょっと分からないけれど、きっと深い考えがあるに違いない。
だけど、と私は思った。
このまま私が独身で居続けたら、私だけではなく家族の世間体が危ない。
それにエドガーが結婚したとき、私がその新婚生活を邪魔するのは絶対に嫌。だってエドガーは、血が繋がっていないとはいえ、私のかわいいかわいい弟なのだから……。
なぜかつきんと胸が痛んだけれど、私はエドガーを真っ直ぐに見上げる。その蕩けるような表情の色っぽさに、一瞬くらりとした。
なんとか姿勢を立て直して、私はエドガーに宣言する。
「よく分からないけれど、私もあなたたちのために頑張るわね」
「ううん。ロゼには、俺だけを応援してほしいな」
うーん? と、私は首を傾げた。なんだか、また話が噛み合っていない気がする。
だけど、賢い義弟の言うことだ。きっと何か考えがあるのだろう。
私はその次の日、新たな縁談を求めて出かけていった。エドガーには、もちろん内緒で。
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