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本編
No,100 【番外編】専務秘書・山中一道の憂鬱 其の五
しおりを挟む―――そして、現在―――
「……お見合い…ですか…?」
「そうだ。見合いだ。まったくふざけている。
真唯と付き合いたいなら、本人を口説くのが筋だろう。」
……そうして、初めて明かされた。
【緋龍院警備保障】の、通称“SP”と云う存在を。
そのSPを真唯さんに付けている事も。
……俺は思わず遠い眼になってしまった。
24時間ガードと云えば聞こえはいいが、早い話、監視じゃないか。 ……単なるストーカーがカワイク思えてくる俺の神経も、少しオカシクなっているのかも知れない。
気を取り直して、「では、その見合いを潰せばいいんですね。早速、手配を、」
しようとしたら、
「いや、その必要はない。」と言われてしまった。
意外だ……俺はてっきり……
「……両親と云う外堀から埋めようとした作戦は理解出来るが……真唯に限って言えば、まったく逆効果だと云う事が、まるで理解っていない……小出誠と云う男も、却って哀れだな……」
クククと含み笑う様は、どこの悪役だ、あんた!と突っ込みたくなる。
……ん?
……待てよ?
だったら、なんでそんな話を俺に…?
ただの笑い話なのか…?
……いや、少し早い、怪談か……
「我が社の夏休み通りに休ませろとは言わん。
だが、一般企業…KY商事の休み期間くらい、死守してくれ。
それから宿の手配を。【太陽の里】あたりが妥当だろう。
…ああ、勿論、スイートなみの部屋だぞ。」
ああ、それが本題かと、納得する。
早速、スマホを取り出すと、専務のスケジュールをチェックし…特に問題ない事を確認する。
「大丈夫です。お任せ下さい。」
「頼んだぞ。」
秘書室に戻ってすぐに、専務の言ってた【太陽の里】にアクセスする。
特別室は……予約済みか。
……夏休みなのだ、仕方がない。電話で直接交渉し、特別室を譲って頂く。
【太陽の里】はスパ・リゾートだ。眺望自慢の風呂もある。真唯さんが気に入って下さればいいが……
……朝、あんなに泣きはらしたような眼をしていたのは、この事が原因だったのかも知れない。専務は何やら、策がおありのようだし……どちらにしろ、俺はお2人の味方だ。
予約がとれた旨を報告し、「ありがとう。今日はもういいな。それじゃあ、帰るとするか。」とのお言葉に、「それでは車をまわして来ます。」と退室しようとすると、呼び止められた。
「……ありがとう。…いつも、悪いな。」
苦笑しながらの珍しい言葉に破顔する。
「とんでもございません。…役得ですから。」
掛け値なしの言葉に、
「……真唯は、やらんぞ。」
憮然とした表情。
「……私がそんな命知らずだとお思いですか?」
黙ってしまった専務に、今度こそ俺は退室した。
※ ※ ※
一条専務が、真唯さんと同棲を始めた。
それを聞いた時は、(よくぞ、そこまで……っ)と、目頭が熱くなったもんだった。
しかし、そこで1つ問題が起こった。
真唯さんの通勤の足だ。
当然のように電車通勤をしようとした彼女に、専務が大反対したのだ。
曰く―――
『今まで一本の電車で行けたのに、今度は乗り換えをしなくてはならないんです。それに、ゆ○か○めには痴漢が多いんです! そんな危険なモノに、私の真唯さんを乗せる訳にはいきません!! 私が送迎します!!』
……勿論、専務に毎日の送迎など、事実上、不可能だ。
そこで代案として、俺…専務の秘書が、送迎する事になったのだが。
大人しく従うような真唯さんじゃない。
『お忙しい山中さんに、そんなご迷惑おかけ出来ません!』
『だったら、やはり私が送迎します。』
『毎日なんて、絶対に無理です!』
『じゃあ、どうされるんですか?』
『だから、電車で行きますってば!』
『ならば…運転手を雇います。それでOKでしょう?』
『な…っ、…そんな贅沢出来ませんっ!!』
『だから、山中が適任なんですよ。
…ゆ○か○めなんかには、絶対に乗せません!』
『……っ!!』
……そんな訳で、運転手を仰せつかったのだが。
これがまた、なかなかに美味しい役目なのだ。
まず特等席で、専務と真唯さんの漫才を聞ける。会社では決して見られない、専務の顔を拝めるのだ。まあ、正直、惚気は勘弁して欲しいのだが、哀しいかな、慣れてしまったのだ。
それに、なんと言っても真唯さんの存在だ。
……専務について、業界の魑魅魍魎を相手にしている俺にとって、真唯さんのどこまでも真っ直ぐな気性は、一服の清涼剤に等しい。
朝は幾分ぎこちないものの、帰りなどは、その日にあった出来事など楽しい話をしてくれる。
そして、決して仕事の愚痴は言わない。
……いや……専務に対する愚痴なら聞かせて頂いている。
……むしろ、そんな愚痴なら、いくらでも聞いて差し上げたい(笑)。
閑話休題。
とにかく。今や運転手生活は日々の潤いなのだ。
そんなに申し訳なさそうに遠慮されてしまうと、却ってこちらが困ってしまう。
会う度、そんな最敬礼などしなくていいのだ。
……いつか、普通に『おはようございます。』と、笑いかけて欲しい。
多少の早起き、なんのその。
パシリと笑わば、笑え。
真唯さんのはにかんだ笑顔は、ココロのオアシスなのだ。
……そんな訳で、今、俺は、秘書兼運転手生活を、心から楽しんでいる。
※ ※ ※
7月27日 日曜日。
久し振りの完全なオフだ。
今頃、専務と真唯さんは、ゆうぽうとホールで演っているはずの、アリーナ・ナントカのバレエを楽しんでいるだろう。
実は、真唯さんには、誘われてしまったのだ。
もしかしたら、当日券があるかも知れないからと。
無邪気に笑う自分の背後から、殺人光線を発している人間の存在にも、ニブイ真唯さんは気付かない。
夏だと云うのに背中を伝う冷や汗を感じながら、『いえ、私はバレエは全然、理解らないので。』と言えば、『そんな方にこそ、是非、“本物”を観て頂きたいんです! アリーナは素敵ですよ! 一度、生の舞台を観れば、絶対に夢中になります!!』と真唯さんは譲らない。
……こんな時は、ついつい一条専務に同情したくなってしまう。
……どこの世界に、デートに他の男を誘う女がいるのだ。
……いや、ここにいるか。
……“デート”と云う意識がすっかりなくなり、真唯さんは少しでもバレエ信者を増やしたいと願う、布教者になってしまう。
……正直言えば、まったく興味がないわけでもない。
専務の影響で読み始めた真唯さんのブログ【強引g 真唯道】だが、さすが多くの読者を獲得しているだけの事はある。実に、面白いのだ。
旅行記はそこに行った気分になれるし、紹介される店はついつい足を運んでしまいたくなってしまう。舞台の鑑賞記は、朴念仁との自覚のある俺も何かの舞台を観てみたいと思ったものだ。
だがそんな事を、万が一口にすれば……永遠に明日と云う日が来なくなってしまうだろう。
『……申し訳ないんですけど…ホント、興味ないんで…勘弁して下さい』
心底、申し訳なさそうに頭を下げれば、『……あ…すみません…興味がまったくない方には、ご迷惑ですよね…私の悪い癖なんです。本当に済みませんっ!!』と泣きそうな表情で謝られてしまう。
……後で案の定、『あんな断り方があるか。もっと、スマートに断れ』と、お叱りを受けてしまったが。地獄の変態大魔王の怒りを買わなくて良かったと、つくづく思ってしまった俺に罪はないはずだ。
クーラーがガンガンにかかった自分の部屋で溜まった録画番組を見ながら、俺はふと真唯さんの見合い相手の事を考えてみる。
専務の話では、偶然、出会った同窓生に横恋慕されているとの事なのだが。
真唯さんに直接アタックする事もなく、いきなり見合いに持ち込もうなどとは確かに姑息だ。
まあ、相手に恋人がいると知っていながら横恋慕するような奴だから、相手の両親を味方に付けておこうと企んだのかも知れないが。
……なんにしたって、相手の相手が悪過ぎる。
……まさか、あの天然で純真な可愛い娘と付き合っているのが、ゲームのラスボスの先の裏ボスも真っ青の変態だとは思うまい。
……『変態』と云うキーワードで思い出してしまった事に、俺は密かに落ち込む。
……自分の見通しの甘さに、自信を失っていた。
……終わらないのだ。
……専務の変態行為が……
……俺は今まで、専務が真唯さんとまとまりさえすれば、専務の変態行為は終わると信じていた。
だからこそ、2人の仲を応援し、取り持つような真似をしてきたのだが。
一緒に住んでいると云うのに、自分のマンション内の彼女の部屋を盗撮し、今度はスマホを盗聴しているのだ。
……まさか、結婚しても、このままなのだろうか…?
……専務の真唯さんへの執着の凄まじさに、改めて身震いするほどの悪寒を覚え……地の底までめり込むような憂鬱な気分に陥る。
……もしかして俺は、アステカの祭壇に、生贄を捧げるような真似をしてきてしまったのだろうか…?
―――……俺、山中一道の憂鬱が晴れる日は…本当にやって来るのだろうか……!?―――
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