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本編
No,79 2人っきりの初旅行 No,7 【湯村 常磐ホテル】 ※R18
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真唯はどんよりと黄昏れていた。
「……ほら、見て下さい、真唯さん。綺麗な日本庭園ですね!」
「……そうですね……」
「……このシュガーポットもなかなか素敵だ。
真唯さんなら、どこのメーカーか分かるんじゃないですか?」
「………………………」
「真唯さ~~ん、ご機嫌を直して下さいよ~~~っ!!」
まるで、朝の会話の逆バージョンのような会話をしている2人。
そんな2人がいるのは、“甲府の迎賓館”と謳われる【湯村 常磐ホテル】だ。皇室がよく利用される老舗のホテルとして有名で、将棋のプロの対局も数多く行われ、井伏鱒ニや松本清張等の文豪も常宿にしていたそうだ。
今回、一条は、河口湖温泉【秀峰閣 湖月】の特別室を真唯に却下されてしまった代わりに、甲府湯村温泉のこのホテルの離れの一室をリザーヴした。本当は昭和天皇が宿泊したとして名高い部屋を希望したのだが、それは叶えられなかった。
この湯村温泉郷は街中にあるため、景観美はあまり望めない。かろうじて、部屋階数の高い部屋から遠くの富士のお山を望めるくらいだ。その代わりと云うように、各ホテルは庭園に工夫を凝らしているが、その中でもこの常磐ホテルは三千坪の松を基調とした贅を凝らした日本庭園を誇っているのだ。玄関口を入った途端、眼に飛び込んでくるロビーから見える庭園は見事の一言である。
女将じきじきに案内された離れの部屋に、一瞬、絶句した真唯だったが……登美の丘ワイナリーでの失態に、なかなか浮上出来ずにいた。こんな時は気分を変えようと、一条は真唯をロビーラウンジに誘ったのだった。
―――そして、冒頭の台詞となるのである。
「ねえ~、真唯さ~~ん!」
「……一条さんが悪い訳じゃ、ありませんよ。」
「ああ、やっと喋って下さった!」
「己の酒量を誤ってしまった自分が情けないだけです……」
「大丈夫ですよ。皆さん、微笑ましそうに…」
「わ~~~っ! 言わないで下さ~~~い!!!」
そんな風に騒いでいるところに、「お待たせ致しました。」と注文していた珈琲が運ばれて来たので、慌てて真唯は黙った。
が。
「……うわ~~、キレ~~イ♪」
思わず真唯の表情を綻ばせたのは、カップ&ソーサーだった。白磁に紺のラインが入っていて、金で葡萄の実が描かれ、葉と蔓が文様となって彩りを添えたアンティーク調のカップだった。モロに真唯の好みド真ん中である。
「……やれやれ…やっと気付いて頂けたみたいですね。」
「……え…?」
一条さんが指差す方を見れば、真唯の眼の前に置いてあるシュガーポットが同じ柄だ。……こんな綺麗な物が眼に入らなかったとは、自分は余程、落ち込んでいたようである。見れば、付いて来たクリーマーも同じ柄だ。……こんなコーヒーセットが欲しい!!
やっと苦笑出来る余裕を取り戻せて、ホッとしたのも束の間、カップを口に持って行こうとした真唯はその馨しい芳香に眼を細め……一口含んで笑み崩れた。
「…美味しい! 美味しいです、一条さん!!
これは【備屋珈琲店】とはりますよっ!!」
「…そうですね…私もここまでとは思わなかった…」
「…これは…ノリタケですね。 …良いですか?」
「勿論です。どうぞ。」
……この、真唯の『良いですか?』は、ソーサーを引っくり返してメーカーを確認する作業だ。 ……普通のオンナのやる事ではない。だが、真唯はやる。そして、それを許してくれる数少ない人の1人が一条さんなのだ。
一条さんは、どんな高級店に行こうと、真唯のその行為を許してくれる。
そして……
「やっぱり、ノリタケでした!」
「さすが、真唯さんですね。」
この陶磁器のメーカーを当てる真唯の行為を楽しんで、当たる事に一緒に喜んでくれるのも一条さんなのだ。
―――ちなみに、真唯がこのゲームを心秘かに【ゲゲル】と呼んでいる事を、一条さんが知る事は生涯ないだろう―――
「…本当に、真唯さんのご機嫌が直って良かったですよ。」
「…ノリタケのカップを見て直っちゃうなんて、随分、単純ですよね。」
「真唯さんらしくて良いですよ。」
「…誉められてる気がしないんですが…」
「おや、おかしいですね。本人は誉めてる心算なんですが…」
「…もう良いです…こんな素敵なお部屋でご馳走を頂いてるのに、いつまでも拗ねていたら罰が当たりますから。」
前菜の甲州名物である鮑の煮貝、お造りの旬の肴盛合せをつつきながら真唯は微笑った。
この部屋は【残月床】を備えた伝統的な書院造りの間である。
残月床とは、表千家の書院、残月亭にある床の間の形式だそうだ。二畳の上段形式で、この形式の床の間はかつて千利休の屋敷に設けられていたもので、豊臣秀吉がそこに座り、残月、つまり明け方の月を眺めたところから名付けられた、と伝えられているとか。
女将さんの講釈は、正直、良く理解らなかったが、床の間には富士山が墨絵で描かれた掛け軸と立派なお香炉があり、それを眺めているだけでも真唯を幸福な気分にさせた。
本当は、一条さんは、真唯を上座に座らせようとしたのだが、この床の間を楽しみたいので、頼んで下座に座らせてもらった(決して、女将さんやお給仕に来る仲居さんの手前でないところが、真唯たる由縁である)。
間接照明は紙燭風で、何やら由緒正しい寺院の一室で食事をしている心地である。
夕餉の御膳は、本格的な会席料理だ。
前菜から始まって、最後の水菓子まで13種類、しっかりある。
だが、昨日はあった食前酒がない。アルコールはもう沢山飲んだので、今夜はやめようかと思っていたのだが、追加オーダーした日本酒を一条さんがあまりに美味しそうに飲むので、つい一口頂いてしまった。
……拓也君に聞いたら、美味しいお酒を教えてくれるんだろうなぁ~……
一瞬、浮かんだ危険な考えを、意志の力で追い出した。
「…どうか、なさいましたか?」
……イケナイ! 一条さんは、アタシの雰囲気の変化にホントに敏感だ。
「…い、いえ! …この日本酒、本当にお料理と合いますね。」
「…板長のお薦めですから…そう言えば、あの騒ぎは未だに収まりませんか?」
「…あの騒ぎ…?」
「信州旅行のレポですよ。『蕎麦に日本酒は合わない』発言の彼です。」
「…っ! …あれは、ホント、後悔してます。安易に連絡先を載せるべきじゃなかったと…」
「…あれは確か……そうそう…降谷酒造から苦情は来てますか?」
「…いいえ…」
「…でしょう? クレームも宣伝のうちです。」
「…ですが…」
「人の噂も75日。 ……その内、消えますよ。幸い、炎上しているわけではないんですから…」
「…人の“こだわり”ってスゴイですよね…今回、それを痛感させられました…」
洋皿の甲州一の銘柄豚ワイントンと蕪の温泉蒸し、留椀に甲州名物ほうとう汁を味わいながら、しみじみと呟いたら、一条さんに笑われてしまった。
「…何か、可笑しい事を言いましたか…?」
「いや、失礼…あまりに自覚がないようなので…」
「…?」
「……真唯さん…貴女のブログの読者は、“上井 真唯のこだわり”を楽しみに、
ブログに訪れているんですよ…?」
……一条さんの言葉は……理解ってた心算だった事をアタシに突き付けて来て……ストンと胸に落ちた……
「―――……ありがとうございます、一条さん。 ……一条さんは、やっぱり最高の読者さんです……―――」
……?
精一杯の感謝の気持ちを込めて、お辞儀をしてお礼を言ったのに…なぜか一条さんが、苦しそうな表情してる…?
その疑問は、次の一条さんの台詞で解けたけど…!
「……貴女と云う女性は……本当に私を煽るのがお上手だ…よほど、啼かされたいらしいですね……」
……一条さん!
……それ、夕飯の時の台詞じゃないって…!
そう文句を言いたいのはやまやまだったけれど、最後のケーキとフルーツを持って来てくれた仲居さんに、何ともタイミング良くその言葉は真唯の口から出る機会を逃してしまった。
「……少しは手加減して下さいね…?」
「……真唯さん相手に、そんな失礼な事は出来ませんよ。」
食後の珈琲を飲みながらの一条さんの台詞に、このお宿のパティシエ渾身の作であろう、そのケーキを味わうゆとりなんてまったくなくなってしまったのだった。
一条さんがリザーヴした離れのお部屋には、桧造りの露天風呂が付いていた。
とても良い香りで、身体も心も癒してくれそうだ。
……2人で入るには丁度良い大きさで……不倫旅行にピッタリかも……なんて、明後日な事を考えて現実逃避してしまうアタシを許して欲しい。
一条さんが朝に提示して来た“ご機嫌を直す方法 その2”が、
『離れの露天風呂で、貴女を味わわせて下さい。』
と云う、何とも小っ恥ずかしい台詞だったのだ。
……真唯に選択の余地はない。
……もう、進むしかないのである。
「…真唯さん…お早く…私を焦らさないで下さい…」
……一条さんが桧のお風呂に心地良さそうに浸かりながら、こちらへ手を差し伸べて来る。
……焦らしてる心算なんかない。
……ただただ、恥ずかしいだけなのだ……
それでもさすがに裸にタオル一枚は寒くて……真唯は覚悟を決めて、なるべく一条さんから距離をとった処に「……お邪魔します……」と声を掛けて入った。
「…真唯さん…露天風呂にタオルはエチケット違反ですよ。」
なんてイジワルな事を言って来る。
「…っ! こ、このぐらいは見逃して下さい!!」
必死で身体を隠そうとする真唯に、
「…まったく無粋な真似を…」
と一条さんは呆れ顔だ。
「…ぶ、無粋なのは一条さんじゃないですか! 簾を下ろしてたら、折角のライトアップされた坪庭が楽しめないじゃないですか!!」
「…万が一にも、貴女の裸体を他の奴らに見せたくないんですよ。」
「なっ! …立派な塀が…っ!!」
「…ゴチャゴチャと五月蠅い口は、塞いでしまいましょう。」
その台詞が真唯の耳に入って来たのと、真唯の身体が一条さんの逞しい身体に抱き込まれ、唇を塞がれたのはほぼ同時だった。
(……クラクラする……)
一条さんの日本酒の味の残る舌が執拗に絡みついて来る。 ……真唯はやっと諦めて、大人しく一条さんの腕の中におさまった。勿論、タオルは剥ぎ取られてしまっている。
……アタシの舌…ワインの味が残っているとしたら、大善寺かな…蒼龍…いや、時間的にも、登美の丘か…【ノーブル・ドール】の味だったりしたら、一条さんには最高なんだろうけど……
「……キスをしている最中に考え事なんて、随分と余裕ですね……」
幾分低い声音に、彼の機嫌を損ねてしまったのだと理解る。だが、不思議と真唯は慌てる事はなかった。 ……彼が拗ねているだけなのだと理解り……そんな一条さんが、とても愛しくなってしまったから……
真唯は一条さんの膝の上に自分から座り、彼の首に両手を絡ませて囁いた。
「……考えていたんです…一条さんの舌は日本酒の味がするけれど、私の舌は何のワインの味かなって…あの濃密なノーブル・ドールの味が少しでも残っていたら嬉しいなって……」
そして、今度は真唯から口付ける。
珍しい真唯からのキスに驚いたのは一瞬で、すぐに一条さんは嬉しそうにそれに応え始める。
―――まだ……酔いが残っているのかも知れない―――
……いくら一条さんを愛しく感じたからとは云え、裸身のまま、彼の膝の上に乗ってしまったり、自分から口付けるなんて……
……普段の自分からの珍しい言葉と行動に、真唯はそう結論づけをした。
―――“2人っきりの初めての旅行”と云う旅の解放感も加わっている事に、真唯だけはまだ気付いていなかった―――
※ ※ ※
「アァッ…! …貴志さん…! ハアァ…ンッ…!!」
「…まったく…貴女と云う女性は…!
…人をどこまで骨抜きにすれば気が済むんだ……っ!」
湯面が波立ち、湯が桧の浴槽から溢れ出して流れて行く。
俺は感情の赴くままに、愛しい女性の躯を穿ち揺さぶっていた。
温泉でほど良く温まっている真唯の躯の内部は、熱く俺自身に絡みついて来て……信じられないほど…気持ち悦い。対面座位で思う存分突き上げながら、改めて心に思う。
―――……こんなに俺を夢中にさせる女性は、世界中に……真唯、たった1人だけなのだと……―――
彼女が欲しい……。何度抱いても、俺のものになったのだと実感が持てない。
抱けば抱くほど、彼女に狂わされている俺を思い知るだけだ……
―――いっそ、あの館で飼い殺しにしてしまおうか―――
……あまりに甘美で……それ故に危険な誘惑を、今は封じ込めていられる。 ……とりあえず、現在は……。真唯に与えた猶予が、もう少しで一ヶ月を切る。大丈夫だとは思うものの、万が一を考えずにはいられない。 ……もし、真唯が他の男に奪われたりなどしたら、俺は正気でいられるだろうか……
……いや、きっと無理だな。
……と云うよりも、俺は自ら、正気と云う名の理性を手放すだろう……
「クク…ッ」
それも一興だと、心底思う。
……真唯だけを見つめて……
……彼女の綺麗な瞳に映るのは、俺、ただ1人……
そこは、存在してはいけない、至上の……愚者の楽園だ。
……可愛い可愛い、俺の真唯……。俺の愚かな妄想を現実にさせないでくれ……。 ……必ず真の幸福にするとは誓えない俺だけど……どうか、真唯……俺を選んで……他でもない、君の意志で……
俺は最低の祈りを捧げながら……愛する女性の内部に己を解き放った―――
「…もうっ、…一条さん、そこはダメ…ッ!」
先ほどまでの艶姿が幻だったように、真唯はいつもの真唯に戻ってしまっている。胸を弄っていたら怒られてしまったが……だったら、この手はどうすれば良いのだろう……
ちなみに、俺たちはまだ桧の浴槽の中に居る。
「…手が寂しいです、真唯さ~~ん」
わざと甘えてみる。 ……さて、どんな反応が返って来るのやら……
「…じゃあ、一条さんの手はここ!」
そう言って、俺の両手を自分の両手で掴み、真唯の腹の辺りに落ち着かせる。
……いや…上の胸を弄りたくて…下の秘められた部分を弄りたくて…却って落ち着かない……
だが。
「…ね…? 丁度、良いでしょ?」
「…そうですね…」
俺を振り返る、可愛いく無邪気な笑顔には逆らえないのだ。
仕方なく無防備に晒されている首筋に口付け、耳朶を甘噛みすると、これにもクレームが入った。
「…もう、ダメって言ってるでしょう!? …もう、上がりますよっ!?」
「すみません。もう、しません!」
……そうなのだ。まだ、真唯との露天風呂を楽しみたい俺は、そう云う意味でこれ以上、彼女に触れる事を禁じられてしまっている。だが、真唯の魅惑的な身体を前に、これは思っていた以上の苦行になりそうだ……
そんな事を悶々と考えている時だった。
小さな囁きが聞こえて来たのは。
「……一条さん…先ずはお礼を言わせて下さい……ありがとうございます……」
……さて…何に対して言われている礼なのやら……。義理がたい真唯の事だ。この部屋に対する事かも知れないし、今回の旅行そのものに対する礼なのかも知れない。 ……いや、もしかしたら、俺自身、何とも思っていない事に対するものにかも知れない。 ……そして、それは当たっていた。
「……お浅間さまで、御神木を守って下さったでしょう……?
……今朝、とても綺麗な富士山を拝みながら、温泉に入る事が出来たんです……
……きっと、一条さんへの御利益のお零れです……本当に、ありがとうございます……」
……真唯が、柔らかな精神の持ち主だと思い知らされるのは、こんな瞬間だ。
……俺の周りには仕事でも個人的でも、“自分の物は自分の物、他人の物も自分の物”と本気で考えている金の亡者どもばかりだ。
……類は友を呼ぶと云うから、俺自身もその傾向があるのは否定しない。
……だから……他人の“御利益のお零れ”なんて、発想自体が信じられない……
……なんて純粋な精神の持ち主なのだろうと、俺は感嘆の念さえ覚えていた。
「……真唯さんが私にお礼を言われる必要など、ありませんよ。
……誰が、あの御神木を“守りたい”と思ったのか、浅間さまは良くご存じだったのでしょう。」
「……でも…実際に、実行に移して下さったのは一条さんです……」
「……あの時、貴女があんな表情をしていらっしゃらなかったら、私だけだったら無視していましたよ。」
「……………」
「……ね? …だから、礼を言うのは、もうお終い!」
「……じゃあ……今度は謝らせて下さい……」
そう言って俯いてしまう真唯に俺は焦るが、謝罪を受けるような事をされた覚えはキッパリさっぱりない。
「……何を謝る事があるんです?
……貴女が浮気をしたと云う以外なら、何でも許しますよ?」
「……そうじゃなくて…嫉妬しちゃったんです。」
何だと!?
そんな嬉しい事を、いつされていたんだ…!!??
「……これは…ホントは言いたくないんですけど……」
それは困る!
是が非でも、教えてもらいたいっ!!
「……大善寺に参拝した時に、腕を組んで階段をエスコートしてくれたでしょ?
……あの時、一条さんの力加減が絶妙で、あんなに楽にあんな長い階段を登れた事なかったんです!
……そしたら…一条さんはこんな事が自然に出来るくらい、女の人をエスコートして来たんだなァ~って…妬いちゃったんです!
……でも、それは、プロポーズまでしてくれてる一条さんに失礼だと思って……ホントにごめんなさいっ!!」
……俺は、今度こそ、言葉を失った。
……あの時、感じた彼女への違和感の正体を知り……とてつもなく嬉しくなったのだ。
……俺が女性の扱いを徹底的に叩き込まれたのは、英国で、ある倶楽部に所属していたからなのだが……そんな事を知る由もない真唯が、俺の後ろに女の影を見たとしても不思議はない。
……実のところ、俺の女の扱いは最低だ。公式な場でならともかく、抱いただけの女への冷淡さなど、本当の英国貴族である友人から言わせれば“薄情者”の一言に尽きる。
……それを!
……そんな、どうでも良い女どもに嫉妬してくれていたなど……!!
……嗚呼!
……もう、ダメだっ!!
「……い、一条さん!?」
俺は昂る感情のまま、真唯を抱き上げ湯からあがると、バスタオルでおざなりに拭いて敷いてある布団へとダイブした。
「い、一条さん!? ま、まさか…!?」
「…真唯さん、すみません! でも、もう我慢出来ない…っ!!」
俺は真唯の真っ赤な唇を貪りながら、胸を揉みしだいた。
「んっ…ンァっ!!」
「すみません、真唯さん! 文句なら、明日いくらでも聞きますからっ!!」
「…ああ…ダメ…アタシ…」
……我慢はしようとしていたんです!
でも、煽った貴女も悪いんだ!!
……などと、責任転嫁しようとした罰が当たったのか。
……結局、この夜も、俺は真唯を1度しか抱く事は出来なかった。
……真唯が湯あたりして、意識を失ってしまったからだ。
―――その夜、俺が女将や仲居を巻き込んで演じた醜態は、長く常磐ホテルの語り草になったと云う―――
「……ほら、見て下さい、真唯さん。綺麗な日本庭園ですね!」
「……そうですね……」
「……このシュガーポットもなかなか素敵だ。
真唯さんなら、どこのメーカーか分かるんじゃないですか?」
「………………………」
「真唯さ~~ん、ご機嫌を直して下さいよ~~~っ!!」
まるで、朝の会話の逆バージョンのような会話をしている2人。
そんな2人がいるのは、“甲府の迎賓館”と謳われる【湯村 常磐ホテル】だ。皇室がよく利用される老舗のホテルとして有名で、将棋のプロの対局も数多く行われ、井伏鱒ニや松本清張等の文豪も常宿にしていたそうだ。
今回、一条は、河口湖温泉【秀峰閣 湖月】の特別室を真唯に却下されてしまった代わりに、甲府湯村温泉のこのホテルの離れの一室をリザーヴした。本当は昭和天皇が宿泊したとして名高い部屋を希望したのだが、それは叶えられなかった。
この湯村温泉郷は街中にあるため、景観美はあまり望めない。かろうじて、部屋階数の高い部屋から遠くの富士のお山を望めるくらいだ。その代わりと云うように、各ホテルは庭園に工夫を凝らしているが、その中でもこの常磐ホテルは三千坪の松を基調とした贅を凝らした日本庭園を誇っているのだ。玄関口を入った途端、眼に飛び込んでくるロビーから見える庭園は見事の一言である。
女将じきじきに案内された離れの部屋に、一瞬、絶句した真唯だったが……登美の丘ワイナリーでの失態に、なかなか浮上出来ずにいた。こんな時は気分を変えようと、一条は真唯をロビーラウンジに誘ったのだった。
―――そして、冒頭の台詞となるのである。
「ねえ~、真唯さ~~ん!」
「……一条さんが悪い訳じゃ、ありませんよ。」
「ああ、やっと喋って下さった!」
「己の酒量を誤ってしまった自分が情けないだけです……」
「大丈夫ですよ。皆さん、微笑ましそうに…」
「わ~~~っ! 言わないで下さ~~~い!!!」
そんな風に騒いでいるところに、「お待たせ致しました。」と注文していた珈琲が運ばれて来たので、慌てて真唯は黙った。
が。
「……うわ~~、キレ~~イ♪」
思わず真唯の表情を綻ばせたのは、カップ&ソーサーだった。白磁に紺のラインが入っていて、金で葡萄の実が描かれ、葉と蔓が文様となって彩りを添えたアンティーク調のカップだった。モロに真唯の好みド真ん中である。
「……やれやれ…やっと気付いて頂けたみたいですね。」
「……え…?」
一条さんが指差す方を見れば、真唯の眼の前に置いてあるシュガーポットが同じ柄だ。……こんな綺麗な物が眼に入らなかったとは、自分は余程、落ち込んでいたようである。見れば、付いて来たクリーマーも同じ柄だ。……こんなコーヒーセットが欲しい!!
やっと苦笑出来る余裕を取り戻せて、ホッとしたのも束の間、カップを口に持って行こうとした真唯はその馨しい芳香に眼を細め……一口含んで笑み崩れた。
「…美味しい! 美味しいです、一条さん!!
これは【備屋珈琲店】とはりますよっ!!」
「…そうですね…私もここまでとは思わなかった…」
「…これは…ノリタケですね。 …良いですか?」
「勿論です。どうぞ。」
……この、真唯の『良いですか?』は、ソーサーを引っくり返してメーカーを確認する作業だ。 ……普通のオンナのやる事ではない。だが、真唯はやる。そして、それを許してくれる数少ない人の1人が一条さんなのだ。
一条さんは、どんな高級店に行こうと、真唯のその行為を許してくれる。
そして……
「やっぱり、ノリタケでした!」
「さすが、真唯さんですね。」
この陶磁器のメーカーを当てる真唯の行為を楽しんで、当たる事に一緒に喜んでくれるのも一条さんなのだ。
―――ちなみに、真唯がこのゲームを心秘かに【ゲゲル】と呼んでいる事を、一条さんが知る事は生涯ないだろう―――
「…本当に、真唯さんのご機嫌が直って良かったですよ。」
「…ノリタケのカップを見て直っちゃうなんて、随分、単純ですよね。」
「真唯さんらしくて良いですよ。」
「…誉められてる気がしないんですが…」
「おや、おかしいですね。本人は誉めてる心算なんですが…」
「…もう良いです…こんな素敵なお部屋でご馳走を頂いてるのに、いつまでも拗ねていたら罰が当たりますから。」
前菜の甲州名物である鮑の煮貝、お造りの旬の肴盛合せをつつきながら真唯は微笑った。
この部屋は【残月床】を備えた伝統的な書院造りの間である。
残月床とは、表千家の書院、残月亭にある床の間の形式だそうだ。二畳の上段形式で、この形式の床の間はかつて千利休の屋敷に設けられていたもので、豊臣秀吉がそこに座り、残月、つまり明け方の月を眺めたところから名付けられた、と伝えられているとか。
女将さんの講釈は、正直、良く理解らなかったが、床の間には富士山が墨絵で描かれた掛け軸と立派なお香炉があり、それを眺めているだけでも真唯を幸福な気分にさせた。
本当は、一条さんは、真唯を上座に座らせようとしたのだが、この床の間を楽しみたいので、頼んで下座に座らせてもらった(決して、女将さんやお給仕に来る仲居さんの手前でないところが、真唯たる由縁である)。
間接照明は紙燭風で、何やら由緒正しい寺院の一室で食事をしている心地である。
夕餉の御膳は、本格的な会席料理だ。
前菜から始まって、最後の水菓子まで13種類、しっかりある。
だが、昨日はあった食前酒がない。アルコールはもう沢山飲んだので、今夜はやめようかと思っていたのだが、追加オーダーした日本酒を一条さんがあまりに美味しそうに飲むので、つい一口頂いてしまった。
……拓也君に聞いたら、美味しいお酒を教えてくれるんだろうなぁ~……
一瞬、浮かんだ危険な考えを、意志の力で追い出した。
「…どうか、なさいましたか?」
……イケナイ! 一条さんは、アタシの雰囲気の変化にホントに敏感だ。
「…い、いえ! …この日本酒、本当にお料理と合いますね。」
「…板長のお薦めですから…そう言えば、あの騒ぎは未だに収まりませんか?」
「…あの騒ぎ…?」
「信州旅行のレポですよ。『蕎麦に日本酒は合わない』発言の彼です。」
「…っ! …あれは、ホント、後悔してます。安易に連絡先を載せるべきじゃなかったと…」
「…あれは確か……そうそう…降谷酒造から苦情は来てますか?」
「…いいえ…」
「…でしょう? クレームも宣伝のうちです。」
「…ですが…」
「人の噂も75日。 ……その内、消えますよ。幸い、炎上しているわけではないんですから…」
「…人の“こだわり”ってスゴイですよね…今回、それを痛感させられました…」
洋皿の甲州一の銘柄豚ワイントンと蕪の温泉蒸し、留椀に甲州名物ほうとう汁を味わいながら、しみじみと呟いたら、一条さんに笑われてしまった。
「…何か、可笑しい事を言いましたか…?」
「いや、失礼…あまりに自覚がないようなので…」
「…?」
「……真唯さん…貴女のブログの読者は、“上井 真唯のこだわり”を楽しみに、
ブログに訪れているんですよ…?」
……一条さんの言葉は……理解ってた心算だった事をアタシに突き付けて来て……ストンと胸に落ちた……
「―――……ありがとうございます、一条さん。 ……一条さんは、やっぱり最高の読者さんです……―――」
……?
精一杯の感謝の気持ちを込めて、お辞儀をしてお礼を言ったのに…なぜか一条さんが、苦しそうな表情してる…?
その疑問は、次の一条さんの台詞で解けたけど…!
「……貴女と云う女性は……本当に私を煽るのがお上手だ…よほど、啼かされたいらしいですね……」
……一条さん!
……それ、夕飯の時の台詞じゃないって…!
そう文句を言いたいのはやまやまだったけれど、最後のケーキとフルーツを持って来てくれた仲居さんに、何ともタイミング良くその言葉は真唯の口から出る機会を逃してしまった。
「……少しは手加減して下さいね…?」
「……真唯さん相手に、そんな失礼な事は出来ませんよ。」
食後の珈琲を飲みながらの一条さんの台詞に、このお宿のパティシエ渾身の作であろう、そのケーキを味わうゆとりなんてまったくなくなってしまったのだった。
一条さんがリザーヴした離れのお部屋には、桧造りの露天風呂が付いていた。
とても良い香りで、身体も心も癒してくれそうだ。
……2人で入るには丁度良い大きさで……不倫旅行にピッタリかも……なんて、明後日な事を考えて現実逃避してしまうアタシを許して欲しい。
一条さんが朝に提示して来た“ご機嫌を直す方法 その2”が、
『離れの露天風呂で、貴女を味わわせて下さい。』
と云う、何とも小っ恥ずかしい台詞だったのだ。
……真唯に選択の余地はない。
……もう、進むしかないのである。
「…真唯さん…お早く…私を焦らさないで下さい…」
……一条さんが桧のお風呂に心地良さそうに浸かりながら、こちらへ手を差し伸べて来る。
……焦らしてる心算なんかない。
……ただただ、恥ずかしいだけなのだ……
それでもさすがに裸にタオル一枚は寒くて……真唯は覚悟を決めて、なるべく一条さんから距離をとった処に「……お邪魔します……」と声を掛けて入った。
「…真唯さん…露天風呂にタオルはエチケット違反ですよ。」
なんてイジワルな事を言って来る。
「…っ! こ、このぐらいは見逃して下さい!!」
必死で身体を隠そうとする真唯に、
「…まったく無粋な真似を…」
と一条さんは呆れ顔だ。
「…ぶ、無粋なのは一条さんじゃないですか! 簾を下ろしてたら、折角のライトアップされた坪庭が楽しめないじゃないですか!!」
「…万が一にも、貴女の裸体を他の奴らに見せたくないんですよ。」
「なっ! …立派な塀が…っ!!」
「…ゴチャゴチャと五月蠅い口は、塞いでしまいましょう。」
その台詞が真唯の耳に入って来たのと、真唯の身体が一条さんの逞しい身体に抱き込まれ、唇を塞がれたのはほぼ同時だった。
(……クラクラする……)
一条さんの日本酒の味の残る舌が執拗に絡みついて来る。 ……真唯はやっと諦めて、大人しく一条さんの腕の中におさまった。勿論、タオルは剥ぎ取られてしまっている。
……アタシの舌…ワインの味が残っているとしたら、大善寺かな…蒼龍…いや、時間的にも、登美の丘か…【ノーブル・ドール】の味だったりしたら、一条さんには最高なんだろうけど……
「……キスをしている最中に考え事なんて、随分と余裕ですね……」
幾分低い声音に、彼の機嫌を損ねてしまったのだと理解る。だが、不思議と真唯は慌てる事はなかった。 ……彼が拗ねているだけなのだと理解り……そんな一条さんが、とても愛しくなってしまったから……
真唯は一条さんの膝の上に自分から座り、彼の首に両手を絡ませて囁いた。
「……考えていたんです…一条さんの舌は日本酒の味がするけれど、私の舌は何のワインの味かなって…あの濃密なノーブル・ドールの味が少しでも残っていたら嬉しいなって……」
そして、今度は真唯から口付ける。
珍しい真唯からのキスに驚いたのは一瞬で、すぐに一条さんは嬉しそうにそれに応え始める。
―――まだ……酔いが残っているのかも知れない―――
……いくら一条さんを愛しく感じたからとは云え、裸身のまま、彼の膝の上に乗ってしまったり、自分から口付けるなんて……
……普段の自分からの珍しい言葉と行動に、真唯はそう結論づけをした。
―――“2人っきりの初めての旅行”と云う旅の解放感も加わっている事に、真唯だけはまだ気付いていなかった―――
※ ※ ※
「アァッ…! …貴志さん…! ハアァ…ンッ…!!」
「…まったく…貴女と云う女性は…!
…人をどこまで骨抜きにすれば気が済むんだ……っ!」
湯面が波立ち、湯が桧の浴槽から溢れ出して流れて行く。
俺は感情の赴くままに、愛しい女性の躯を穿ち揺さぶっていた。
温泉でほど良く温まっている真唯の躯の内部は、熱く俺自身に絡みついて来て……信じられないほど…気持ち悦い。対面座位で思う存分突き上げながら、改めて心に思う。
―――……こんなに俺を夢中にさせる女性は、世界中に……真唯、たった1人だけなのだと……―――
彼女が欲しい……。何度抱いても、俺のものになったのだと実感が持てない。
抱けば抱くほど、彼女に狂わされている俺を思い知るだけだ……
―――いっそ、あの館で飼い殺しにしてしまおうか―――
……あまりに甘美で……それ故に危険な誘惑を、今は封じ込めていられる。 ……とりあえず、現在は……。真唯に与えた猶予が、もう少しで一ヶ月を切る。大丈夫だとは思うものの、万が一を考えずにはいられない。 ……もし、真唯が他の男に奪われたりなどしたら、俺は正気でいられるだろうか……
……いや、きっと無理だな。
……と云うよりも、俺は自ら、正気と云う名の理性を手放すだろう……
「クク…ッ」
それも一興だと、心底思う。
……真唯だけを見つめて……
……彼女の綺麗な瞳に映るのは、俺、ただ1人……
そこは、存在してはいけない、至上の……愚者の楽園だ。
……可愛い可愛い、俺の真唯……。俺の愚かな妄想を現実にさせないでくれ……。 ……必ず真の幸福にするとは誓えない俺だけど……どうか、真唯……俺を選んで……他でもない、君の意志で……
俺は最低の祈りを捧げながら……愛する女性の内部に己を解き放った―――
「…もうっ、…一条さん、そこはダメ…ッ!」
先ほどまでの艶姿が幻だったように、真唯はいつもの真唯に戻ってしまっている。胸を弄っていたら怒られてしまったが……だったら、この手はどうすれば良いのだろう……
ちなみに、俺たちはまだ桧の浴槽の中に居る。
「…手が寂しいです、真唯さ~~ん」
わざと甘えてみる。 ……さて、どんな反応が返って来るのやら……
「…じゃあ、一条さんの手はここ!」
そう言って、俺の両手を自分の両手で掴み、真唯の腹の辺りに落ち着かせる。
……いや…上の胸を弄りたくて…下の秘められた部分を弄りたくて…却って落ち着かない……
だが。
「…ね…? 丁度、良いでしょ?」
「…そうですね…」
俺を振り返る、可愛いく無邪気な笑顔には逆らえないのだ。
仕方なく無防備に晒されている首筋に口付け、耳朶を甘噛みすると、これにもクレームが入った。
「…もう、ダメって言ってるでしょう!? …もう、上がりますよっ!?」
「すみません。もう、しません!」
……そうなのだ。まだ、真唯との露天風呂を楽しみたい俺は、そう云う意味でこれ以上、彼女に触れる事を禁じられてしまっている。だが、真唯の魅惑的な身体を前に、これは思っていた以上の苦行になりそうだ……
そんな事を悶々と考えている時だった。
小さな囁きが聞こえて来たのは。
「……一条さん…先ずはお礼を言わせて下さい……ありがとうございます……」
……さて…何に対して言われている礼なのやら……。義理がたい真唯の事だ。この部屋に対する事かも知れないし、今回の旅行そのものに対する礼なのかも知れない。 ……いや、もしかしたら、俺自身、何とも思っていない事に対するものにかも知れない。 ……そして、それは当たっていた。
「……お浅間さまで、御神木を守って下さったでしょう……?
……今朝、とても綺麗な富士山を拝みながら、温泉に入る事が出来たんです……
……きっと、一条さんへの御利益のお零れです……本当に、ありがとうございます……」
……真唯が、柔らかな精神の持ち主だと思い知らされるのは、こんな瞬間だ。
……俺の周りには仕事でも個人的でも、“自分の物は自分の物、他人の物も自分の物”と本気で考えている金の亡者どもばかりだ。
……類は友を呼ぶと云うから、俺自身もその傾向があるのは否定しない。
……だから……他人の“御利益のお零れ”なんて、発想自体が信じられない……
……なんて純粋な精神の持ち主なのだろうと、俺は感嘆の念さえ覚えていた。
「……真唯さんが私にお礼を言われる必要など、ありませんよ。
……誰が、あの御神木を“守りたい”と思ったのか、浅間さまは良くご存じだったのでしょう。」
「……でも…実際に、実行に移して下さったのは一条さんです……」
「……あの時、貴女があんな表情をしていらっしゃらなかったら、私だけだったら無視していましたよ。」
「……………」
「……ね? …だから、礼を言うのは、もうお終い!」
「……じゃあ……今度は謝らせて下さい……」
そう言って俯いてしまう真唯に俺は焦るが、謝罪を受けるような事をされた覚えはキッパリさっぱりない。
「……何を謝る事があるんです?
……貴女が浮気をしたと云う以外なら、何でも許しますよ?」
「……そうじゃなくて…嫉妬しちゃったんです。」
何だと!?
そんな嬉しい事を、いつされていたんだ…!!??
「……これは…ホントは言いたくないんですけど……」
それは困る!
是が非でも、教えてもらいたいっ!!
「……大善寺に参拝した時に、腕を組んで階段をエスコートしてくれたでしょ?
……あの時、一条さんの力加減が絶妙で、あんなに楽にあんな長い階段を登れた事なかったんです!
……そしたら…一条さんはこんな事が自然に出来るくらい、女の人をエスコートして来たんだなァ~って…妬いちゃったんです!
……でも、それは、プロポーズまでしてくれてる一条さんに失礼だと思って……ホントにごめんなさいっ!!」
……俺は、今度こそ、言葉を失った。
……あの時、感じた彼女への違和感の正体を知り……とてつもなく嬉しくなったのだ。
……俺が女性の扱いを徹底的に叩き込まれたのは、英国で、ある倶楽部に所属していたからなのだが……そんな事を知る由もない真唯が、俺の後ろに女の影を見たとしても不思議はない。
……実のところ、俺の女の扱いは最低だ。公式な場でならともかく、抱いただけの女への冷淡さなど、本当の英国貴族である友人から言わせれば“薄情者”の一言に尽きる。
……それを!
……そんな、どうでも良い女どもに嫉妬してくれていたなど……!!
……嗚呼!
……もう、ダメだっ!!
「……い、一条さん!?」
俺は昂る感情のまま、真唯を抱き上げ湯からあがると、バスタオルでおざなりに拭いて敷いてある布団へとダイブした。
「い、一条さん!? ま、まさか…!?」
「…真唯さん、すみません! でも、もう我慢出来ない…っ!!」
俺は真唯の真っ赤な唇を貪りながら、胸を揉みしだいた。
「んっ…ンァっ!!」
「すみません、真唯さん! 文句なら、明日いくらでも聞きますからっ!!」
「…ああ…ダメ…アタシ…」
……我慢はしようとしていたんです!
でも、煽った貴女も悪いんだ!!
……などと、責任転嫁しようとした罰が当たったのか。
……結局、この夜も、俺は真唯を1度しか抱く事は出来なかった。
……真唯が湯あたりして、意識を失ってしまったからだ。
―――その夜、俺が女将や仲居を巻き込んで演じた醜態は、長く常磐ホテルの語り草になったと云う―――
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