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本編

No,54 お互いの実家事情

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一条さんの勘違いの嫉妬と真唯の嫉妬が原因で散々な事になってしまったが、最後は甘く蕩けた【姫初め】

それでもかなりの疲労を感じていた真唯の身体はひたすら休養を求め。真唯は一条さんとゆっくり惰眠を貪った。そして午後になって、やっと起き上がれるようになった真唯が昨日沢山作っておいた御雑煮のおつゆを温め直し、一条さんがお餅を焼いてくれて出来上がった御雑煮を食べている時に、その電話は掛かって来た。


鳴っているのは、一条さんの家電いえでんだった。コール音が鳴り響いているのに、一条さんは一向に出ようとはせずに澄ました顔で御雑煮を食べ続けている。段々と心配になって来たのは真唯の方だった。


プルルル… プルルル…
プルルル… プルルル…


鳴り止まない電話に、
「…一条さん、出て見た方が…急ぎの連絡かも…」
心配気な真唯に、
「急ぎの連絡だったらスマホの方に掛けて来ますよ。
 折角の貴女との時間を邪魔する不粋な電話など出る気になりません。
 そんなに心配なさらなくても、重要な用件だったら留守録に入れるでしょう。
 …ほら。」
にべもない一条さんの言う通り、電話は留守録に変わり、中年の男性の声が聞こえて来た。



『…明けましておめでとう、貴志。
 …風邪をひいたなんて、嘘なんだろう?
 …このまま小言を言われたくなかったら、さっさと出ろ』


その声を聞いた一条さんの顔が、サッと無表情に変わる。
そしてバッと立ち上がると受話器を取るなり、それを切ってしまう。

「一条さん!?」
真唯が驚いていると、一条さんが、
「すみません、真唯さん。少し席を外します。」
と言って、リビングのテーブルに置いてあったスマホを手に取り、仕事部屋に消えてしまった。



※ ※ ※


一人取り残された真唯は考えた。
……いきなり名前を呼んだ事と云いあの横柄な口調と云い、電話の主が一条さんのごく近しい人である事が理解る。 ……もしかして……一条さんのお兄さん…? 何度か話題に登った事のある人の事を連想した。

……そう云えば……ご家族のところに、お年始に行かなくて良いのだろうか…?

“帰省”の二文字が頭の中に浮かび、同時に自分の家族の事を思い出してしまった真唯は、途端に気分が重くなり箸を置いてしまった。


それから何分経っただろうか。
通話を終えたらしく部屋から出て来た一条さんは、能面のように無表情だった。

……自分にも一条さんにも落ち着く時間が必要だと感じた真唯は、トレーに彼のお椀と自分のお椀を乗せて立ち上がった。
「…御雑煮がすっかり冷めてしまったみたいですから、温めてきますね。」
慌てたのは一条さんだ。
「私のは食べ掛けですから、汚いですよ!」
「私のだって食べ掛けです。
 …今更でしょ。私と一条さんの仲で遠慮は無用です☆」

そして、両目を瞑ってしまうような、下手なウィンクを披露した。
一瞬、呆気にとられた一条さんが……



プッ!



噴き出した声が、クククッと云う忍び笑いに変わって行くのが背後に聞こえる。

(…良かった、笑ってくれて…あんな表情かおをさせるくらいなら、いくらでも笑い者になってやるわ!)

真唯は不器用だ。
幼い頃から折り紙が苦手だったし、目薬を差す時もポカーンと口を開けてしまう。まあ、これは顔の筋肉の条件反射のようなものだが、その顔の筋肉が自在にならず、ウィンクなんてもってのほかなのだ。
……だから、この場面で一条さんに初披露した。そんな理由でもなければ、それは見事に綺麗なウィンクをする一条さんの前で絶対やったりしなかっただろう。クスクス笑いを背中に聞きながら、真唯は鼻歌を歌いながらキッチンに立っていた。


「…フンフンフ~~ン♪ …キャッ!」

最後の悲鳴は何時の間に近付いて来たのか、いきなり一条さんに抱きつかれて思わず上げてしまったものだ。
『いくらIHコンロで危険がなくても、料理中にビックリするじゃないですか!』と云う文句の言葉は、真唯の肩に顔を埋める一条さんの様子に気が付いて引込んでしまった。
「……ありがとうございます……」
謝罪の響きのするお礼の言葉に、真唯は自分の腰にまわされている一条さんの手をポンポンと叩いた。
いたわりの気持ちを込めて………。一条さんには真唯は散々お世話をかけて、精神的に救われている。こんな事でご恩返しが出来るとは思わないけど、あなたのためだったら、いくらでも道化になってあげる……



「……で、なんですか、その手は」
「何とおっしゃいますと?」
「とぼけないで下さい! 私のお尻を這いまわっている手の事です!」
「…真唯さん…ここでシタい・・・…」
「…っ! …お鍋っ、…煮えてる…っ!」
一条さんは徐に腰に残っていた右手でコンロのスイッチを消してしまった。
……左手は私のお尻を緩やかに撫で回したままで。
「…っ! (そこまでして、シタいのか…っ! …う~~んと…そうだっ!)
 …一条さん! …二択です…っ!」
「…どうぞ…」
「今、ここでして夜はなしか、ここでは我慢して夜にするか、二つに一つ!
 さあ、選んで下さい!!」
「…っ! …真唯さ~ん、それはあんまりです~~」
「あんまりなのは一条さんです!
 …私はやっと起き上がれるようになったばっかりなんですよっ!」
「……理解りました……」
それはそれは、恨めし気なること昔懐かしいお岩さんの如き声を絞り出して、一条さんはやっと真唯から離れてくれた。ホ~~ッと安堵の吐息を吐く真唯を「……真唯さん…冷たい……」との一条さんの声が追いかけて来る。
思わず眉がピクリとしてしまいそうな台詞に、「そーですか。では、一条さんはもう御雑煮はいらないんですね?」と言ってやると、「すみませんっ! 真唯さんはとても優しい女性かたです! 頂きますっ!!」と何やら必死な様子で真唯にしがみついて来る。
危うくもう少しで噴き出しそうになってしまった真唯だったが、態度だけは冷静に「理解ればよろしい。今、よそって持って行きますから、良い子で待ってて下さい。」と、一条さんの肩に手を掛け思いっ切り背伸びして一条さんの頬にキスをした。
真唯から初めてもらったキスに、頬に手を当て少し呆っとしていた一条さんはハッと我に返ると、「はいっ! お待ちしてます!! 真唯さんも早くいらして下さいねっ」叫ぶようにそう言うと、ダイニングテーブルに走って行ってしまった。



―――……一条さんが愛しくて……そして、可愛い……―――



あの電話の事は、一条さんから話してくれるまでふれまい。
そう決心した真唯だった。


※ ※ ※


ぎくしゃくするかと危ぶまれたブランチの食卓は、真唯の機転で和やかなうちに終える事が出来た。食後のデザートは、いよいよあと二つとなった千疋屋のゼリー。
最後は一条さんに選んでもらう事にした真唯は、散々遠慮し貴女の食べ残しでも構わないとまで言う男を何とか説得し…ようやく選んでもらったのはキゥイだった。
真唯は残ったブルーベリーを頂いた。眼に優しい云われる果肉と果汁たっぷりの、ヘルシーなゼリーを美味しく味わった。

「あ~、美味しかった♪ 一条さん、ご馳走様でした♡」
「どういたしまして。しかし、誤算でしたね。
 …出来れば、全部貴女に食べて頂きたかったのに…」
「そんな事! 二人で食べた方が美味しいじゃないですか♪ …ね?」
「…真唯さん…」
「それより、ほら! 今日は何の豆を挽いて下さるんですか?」
「…ブルマンです…」
「わ~、大好き! 美味しく淹れて下さいね!」
「お任せ下さい。」
ようやく一条さんの拘りを別方向に向ける事に成功した真唯は、ホッと安堵の吐息を吐いた。


クラシックなミルで、一条さんはゴリゴリと音を立ててブルマンを挽いてくれる。
ペアのマグカップも用意万端あい整って、真唯はワクワクしながらその音を聴いていた。
すると。

「……ありがとうございますね、真唯さん。
 ……何も聞かずにいて下さって……」

真唯は何も言わずに、ただ首を横に振った。

「……あれはね…私の兄なんですよ。 ……私とした事が…迂闊でした。
 実家に年始に行かなければ、あんな連絡があると想定の範囲内なのに。
 …どうやら貴女と過ごせる正月に、よほど舞い上がっていたらしい…」

「~~~~」

「……兄は私と正反対の道を歩いて来た人間です。
 …母の言う通りの道が正しいと信じている人間です。
 …反りが合わないんですよ、昔から。
 …さっきは、みっともない兄弟喧嘩を聞かれたくなかったんです。」


……ゴリッ!


挽き終わったらしい粉をコーヒーサーバーにペーパードリップする。


…ポトン


…ポトン



静かな空間に、珈琲の落ちて行く音だけが聞こえる。

真唯は口を開いた。
「…私なら気にしてませんよ、一条さん。
私だって、両親から電話があったりしたら、きっと席を立つか、掛け直すかしますから。」
珈琲を見つめていた一条さんの瞳が動いて、真唯に向けられる。
「…あの、真唯さん…お聞きしても良いですか?
 …ああ、答えたくなかったら無理には…」
そう言われただけで、真唯は一条さんの聞きたい事が理解った。
「…もしかして帰省の話ですか?
 …帰省ならしませんよ…だって、一条さんがいますから…」


…ポトン


無言になってしまった一条さんの言葉を繋ぐように、珈琲の落ちる音がした。

「…きっと今頃、家の留守電はすごい事になってるでしょうね。
お正月に帰って来ないのはともかく、電話にも出ない薄情な娘に抗議して…」

「…真唯さん…それはさすがにまずいんじゃ…
 …せめてここにいる事だけでも話して…」
「……今、恋人の部屋に居ますって言うんですか?
 イヤですよ、そんな事言ったら直ぐに連れて来いって大騒ぎになります。」
「私なら、今すぐにご挨拶に行っても構いませんが。」
「私が構います! …大丈夫ですよ、四日の日に連絡します。
 …せめて三が日は、親の声を聞きたくないんです…
 …旅行が楽しくて連絡し忘れたとでも言いますよ。薄情な親不孝者って言われるのは慣れてるし…さすがに捜索願出されると困るんで。」

そこまで言った時、真唯は一条さんに膝抱っこされていた。
そして。

「……私も出来るなら、三が日はあの兄の声を聞きたくありませんでしたね……」
真唯の髪を撫でてくれる、その優しい手の感触に泣きたくなってしまった。



普通の人だったら、今すぐ連絡しろと言うだろう。

親に連絡するのは当たり前……年始の挨拶など当然の事だと言って。

でも一条さんは、真唯の行為を非難しないでいてくれた。
それどころか、受け入れて擁護さえしてくれたのだ。






―――よくぞこの男性ひとに出逢う事が出来たと、真唯は心から弁財天さまに感謝したのだった―――







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