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【番外編】
クリスマス・イヴに邂逅した奇跡 【後編】
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アタシの様子がおかしい事など、とっくにお見通しであろう貴志さんだが。
特に何も触れずに放置してくれている。
それどころか「どこかでお茶でもして帰りましょうか。」と、気を遣ってくれる。ホントに、アタシには勿体ない程のデキた旦那さまである。
【椿屋珈琲店 上野茶廊】で珈琲を楽しむ気分でもなかったので、どうしようかと悩んだのだが。このまますんなり帰宅してしまうのも、惜しい気がした。何たって、折角のクリスマス・イヴなのだから。クリスマス・カラーのお洒落ワンピも着ている事だし(照)。だから、雰囲気重視で国立博物館内の【ガーデン・テラス】へ向かう事を提案したら、あっさり了承されて。上野公園内に足を踏み入れ、腕を組んで歩いている時だった。そのメロディーが流れて来たのは。
「あ、「花祭り」だ! 貴志さん、行きましょう!!」
アタシは夫の手を引いて走り出していた。
その陽気なメロディーは、アンデスの民族音楽であるフォルクローレの有名な曲だった。某有名歌手達がカヴァーしたお陰で「コンドルは飛んで行く」の方が有名だが、この曲だって負けず劣らず日本人には馴染み深い筈である。行って見ると、そこには果たして、マイクとスピーカーを使って路上ライブを演っているフォルクローレ・グループがいたのだった。
※ ※ ※
お世辞にもクリスマス・イヴに相応しいとは言えない曲だ。
けれども、アンデスの民族衣装である色鮮やかな貫頭衣をまとい演奏している彼らは、心の底から演奏を楽しみ、人々を楽しませようとしている様子がうかがえ、とても好感が持てた。ケーナとサンポーニャとチャランゴと、後はフラメンコギターであろうか。春の訪れを告げるカルナバリートである。明るく軽快な曲調は、鬱屈に沈んだアタシの精神を優しく慰撫して浮き立たせてくれた。周りを取り囲む人々は大人しく聴いているが、アタシは手拍子を鳴らして終いには踊り出してしまっていた(とは言っても、曲に合わせて身体を揺らしていただけだが/笑)。曲が終われば惜しみない拍手を送った。他にも何か演ってくれないかと期待していたら、「コンドルは飛んで行く」や「太陽の処女たち」から「飛脚」「アンデスの旅人」など様々な曲を演奏して、そして時には歌ってくれた。知らず知らずのうちにアタシは完全に惹き込まれ、身体はその場に縫い留められてしまっていたのだ。
そうして何曲目の曲だっただろうか。聞いた事のない曲が流れて来たのは。チャランゴとフラメンコギターの前奏が流れ、サンポーニャがそれに続き。そうして彼らが唄い出したのだ。未知の歌を。それは、何とも言えない空気感を持つ曲だった。確かにフォルクローレの筈なのに、その枠に収まり切らない何かを感じたのだ、確かに。まるでアンデスの山脈に吹き渡る風に吹かれているような、そうして他の何かに抱かれているかのような、そんな確かな暖かさを。
やがてアタシは、その正体を知る事となる。
彼女の踊りによって。
人々は気紛れに立ち止まり、少し耳を傾けては足早に過ぎ去ってゆく。
そして時折、演奏する彼らの前に置かれたギターケースの中に小銭を入れてゆく。
そんな人々の間を縫うようにチラシを配り歩いていた若い混血の女性が、まとっていた貫頭衣を突然脱ぎ捨てたかと思うと。始まった音楽に合わせて急に踊り始めたのだが。
舞踏は、型のない自由な舞いだった。
フラメンコのようでもあり、モダン・バレエのようでもあり。
それらを内包しながら、それらを超えて。
何かをアタシに訴え掛けて来る、まるで『魂の叫び』のような踊りだった。
脳で理解する必要はない。
身体中で体感すれば、それで良いのだ。
彼女の足が大地を踏み締め、大地を蹴る。
細い腕が、手指がしなやかに舞い。
荒削りでありながらも、豊かな感情表現をしてゆく。
―――いつしか。
アタシは、泣いていた。
……ああ、アタシはまた、傲慢になってしまっていた。
何を驕り高ぶり、勘違いしてしまっていたのだろう。
アタシ達を生かして下さっている“大いなる存在”を、アタシが「天之御中主神」と呼ぶように。仏教では「大日如来」とか「毘盧遮那仏」と呼び、ある教えでは「エホバ」や「ブラフマー」と呼ぶように。キリスト教では「GOD」と呼んでいるに過ぎないのだ。
インカの人々が、太陽の力に“神”をみて「ヴィラコチャ」と呼んだように。
黒人の方々は確かに白人に虐げられて、現在も尚、差別を受けているけれど。キリストの教えを受け入れ、神の愛情を感じて信じていらっしゃる。だからこそ、“黒人霊歌”である【Gospel】はこんなにも人々の精神を揺さぶり、熱い魂を感じさせるのだ。
この女性も南米の人かも知れないが、多分スペインとの混血だろう。南米の方々は侵略者との血の交わりを受け入れ、そしてキリスト教を受け入れ、日々を暮らしていらっしゃる。
だって、この女性の踊りからは。【大地の女神】の豊かな愛情と同時に、聖母マリアの穢れなき御心とスペインの赤い大地の精霊である【DUENDE】の魂を確かに感じさせて、アタシに感動の涙を流させるのだから。
【天之御中主神】の下、アタシ達は地球の家族なのだ。
彼女が踊り終えて、深々と頭を下げた瞬間。
パラパラと拍手が上がったが、アタシは涙に濡れた顔で大きな拍手をしながら叫んでいた。
「ブラヴォー!!」
と。
彼女は驚いた表情をしていた。
多分アタシが泣いてしまっているからだろう。
戸惑ったように背後の演奏者の面々を振り返っている。
まるで、助けを求めるかのように。
司会のような事をされてらっしゃった日本語が達者な年長者の方に、アタシは近付いて両手で握手をしながらこの感動を伝えた。「素晴らしかったです! 感動しました!!」と。すると、彼は笑み崩れて「アリガトウゴザイマス。」と、深々とお辞儀をしてくれた。そうして彼女の事を聞くと、スペイン語しか出来ないと云う事だったので、言伝をお願いした。
「本当に素晴らしい踊りでした!
パチャママと聖母マリアの愛情と、【DUENDE】の魂を感じました!
素敵な踊りを拝見させて頂きまして、ありがとうございましたっ!!」
アタシの言葉を聞いた彼は、とても驚いた表情をしていたけれど。
直ぐに彼女を振り返って早口のスペイン語で興奮気味に何かを話していた。
多分アタシの言葉を通訳して下さっているのだろう。
そうして。
彼の言葉を聞いていた彼女だったが、どんどんと表情が変化して行った。
戸惑いから驚きへ。やがて、歓喜へと。
遂には泣き出してしまった彼女は、アタシに抱きついて来た。
「アリガトゴザマス、アリガト、ゴザマ、スッ!!」
と。
嗚呼、日本語と英語が通じないのが、もどかしい!
それでも、精一杯の感謝の気持ちを込めて、彼女を抱き締め返した。
「ホントにステキな踊りでした! 本当に、ありがとうございましたっ!!」
と、繰り返しながら。
アタシは野口さんや諭吉さんをギターケースに入れるよりも、彼らのCDを大人買いしてしまって。彼女だけではなく、他のメンバーからも感謝の言葉を頂くが。言葉に尽くせない感謝の気持ちと感激はこのくらいの事でしか伝わらないから仕方がない。この寒さの中で興奮に表情を赤く染めた彼女やメンバーから握手攻めにあいながら考えてしまっていた。
この素晴らしい方々の演奏と、彼女の踊りを一人でも多くの方々に観て頂きたい。
そして、もっと素晴らしい舞台を用意して差し上げたい、と。
だって、このフォルクローレ・グループは植え込みの前で演奏していたのだが、更に背後にはトイレがありゴミ箱が設置されているのである。これでは、あんまりだ。だから、多くの人々が足早に通り過ぎてしまうのだ。もっと立派な舞台に立って頂いて、世界中の人々にこの感動を是非とも味わって頂きたい。
―――後に。
アタシのこの熱い想いは、「T&M Art promotion association」と云う組織に結実し。
フォルクローレとフラメンコの融合を図ったグループ「アヤ・ライミ」は、爆発的なヒット曲を生み出す世界的なグループへと成長してゆき。
「イサドラ・ダンカンの再来」とまで評され、「裸足の聖母」と呼ばれた舞姫、ロサ・マリアが世界中で活躍するのは、この時のアタシには与り知らぬ未来のお話である。
こうして、アタシの降誕祭前日のデートは、この上なく有意義なものとなり。新婚夫婦の波乱に満ちた二○一七年の年の瀬は、最後まで劇的に暮れて行ったのであった。
FIN
特に何も触れずに放置してくれている。
それどころか「どこかでお茶でもして帰りましょうか。」と、気を遣ってくれる。ホントに、アタシには勿体ない程のデキた旦那さまである。
【椿屋珈琲店 上野茶廊】で珈琲を楽しむ気分でもなかったので、どうしようかと悩んだのだが。このまますんなり帰宅してしまうのも、惜しい気がした。何たって、折角のクリスマス・イヴなのだから。クリスマス・カラーのお洒落ワンピも着ている事だし(照)。だから、雰囲気重視で国立博物館内の【ガーデン・テラス】へ向かう事を提案したら、あっさり了承されて。上野公園内に足を踏み入れ、腕を組んで歩いている時だった。そのメロディーが流れて来たのは。
「あ、「花祭り」だ! 貴志さん、行きましょう!!」
アタシは夫の手を引いて走り出していた。
その陽気なメロディーは、アンデスの民族音楽であるフォルクローレの有名な曲だった。某有名歌手達がカヴァーしたお陰で「コンドルは飛んで行く」の方が有名だが、この曲だって負けず劣らず日本人には馴染み深い筈である。行って見ると、そこには果たして、マイクとスピーカーを使って路上ライブを演っているフォルクローレ・グループがいたのだった。
※ ※ ※
お世辞にもクリスマス・イヴに相応しいとは言えない曲だ。
けれども、アンデスの民族衣装である色鮮やかな貫頭衣をまとい演奏している彼らは、心の底から演奏を楽しみ、人々を楽しませようとしている様子がうかがえ、とても好感が持てた。ケーナとサンポーニャとチャランゴと、後はフラメンコギターであろうか。春の訪れを告げるカルナバリートである。明るく軽快な曲調は、鬱屈に沈んだアタシの精神を優しく慰撫して浮き立たせてくれた。周りを取り囲む人々は大人しく聴いているが、アタシは手拍子を鳴らして終いには踊り出してしまっていた(とは言っても、曲に合わせて身体を揺らしていただけだが/笑)。曲が終われば惜しみない拍手を送った。他にも何か演ってくれないかと期待していたら、「コンドルは飛んで行く」や「太陽の処女たち」から「飛脚」「アンデスの旅人」など様々な曲を演奏して、そして時には歌ってくれた。知らず知らずのうちにアタシは完全に惹き込まれ、身体はその場に縫い留められてしまっていたのだ。
そうして何曲目の曲だっただろうか。聞いた事のない曲が流れて来たのは。チャランゴとフラメンコギターの前奏が流れ、サンポーニャがそれに続き。そうして彼らが唄い出したのだ。未知の歌を。それは、何とも言えない空気感を持つ曲だった。確かにフォルクローレの筈なのに、その枠に収まり切らない何かを感じたのだ、確かに。まるでアンデスの山脈に吹き渡る風に吹かれているような、そうして他の何かに抱かれているかのような、そんな確かな暖かさを。
やがてアタシは、その正体を知る事となる。
彼女の踊りによって。
人々は気紛れに立ち止まり、少し耳を傾けては足早に過ぎ去ってゆく。
そして時折、演奏する彼らの前に置かれたギターケースの中に小銭を入れてゆく。
そんな人々の間を縫うようにチラシを配り歩いていた若い混血の女性が、まとっていた貫頭衣を突然脱ぎ捨てたかと思うと。始まった音楽に合わせて急に踊り始めたのだが。
舞踏は、型のない自由な舞いだった。
フラメンコのようでもあり、モダン・バレエのようでもあり。
それらを内包しながら、それらを超えて。
何かをアタシに訴え掛けて来る、まるで『魂の叫び』のような踊りだった。
脳で理解する必要はない。
身体中で体感すれば、それで良いのだ。
彼女の足が大地を踏み締め、大地を蹴る。
細い腕が、手指がしなやかに舞い。
荒削りでありながらも、豊かな感情表現をしてゆく。
―――いつしか。
アタシは、泣いていた。
……ああ、アタシはまた、傲慢になってしまっていた。
何を驕り高ぶり、勘違いしてしまっていたのだろう。
アタシ達を生かして下さっている“大いなる存在”を、アタシが「天之御中主神」と呼ぶように。仏教では「大日如来」とか「毘盧遮那仏」と呼び、ある教えでは「エホバ」や「ブラフマー」と呼ぶように。キリスト教では「GOD」と呼んでいるに過ぎないのだ。
インカの人々が、太陽の力に“神”をみて「ヴィラコチャ」と呼んだように。
黒人の方々は確かに白人に虐げられて、現在も尚、差別を受けているけれど。キリストの教えを受け入れ、神の愛情を感じて信じていらっしゃる。だからこそ、“黒人霊歌”である【Gospel】はこんなにも人々の精神を揺さぶり、熱い魂を感じさせるのだ。
この女性も南米の人かも知れないが、多分スペインとの混血だろう。南米の方々は侵略者との血の交わりを受け入れ、そしてキリスト教を受け入れ、日々を暮らしていらっしゃる。
だって、この女性の踊りからは。【大地の女神】の豊かな愛情と同時に、聖母マリアの穢れなき御心とスペインの赤い大地の精霊である【DUENDE】の魂を確かに感じさせて、アタシに感動の涙を流させるのだから。
【天之御中主神】の下、アタシ達は地球の家族なのだ。
彼女が踊り終えて、深々と頭を下げた瞬間。
パラパラと拍手が上がったが、アタシは涙に濡れた顔で大きな拍手をしながら叫んでいた。
「ブラヴォー!!」
と。
彼女は驚いた表情をしていた。
多分アタシが泣いてしまっているからだろう。
戸惑ったように背後の演奏者の面々を振り返っている。
まるで、助けを求めるかのように。
司会のような事をされてらっしゃった日本語が達者な年長者の方に、アタシは近付いて両手で握手をしながらこの感動を伝えた。「素晴らしかったです! 感動しました!!」と。すると、彼は笑み崩れて「アリガトウゴザイマス。」と、深々とお辞儀をしてくれた。そうして彼女の事を聞くと、スペイン語しか出来ないと云う事だったので、言伝をお願いした。
「本当に素晴らしい踊りでした!
パチャママと聖母マリアの愛情と、【DUENDE】の魂を感じました!
素敵な踊りを拝見させて頂きまして、ありがとうございましたっ!!」
アタシの言葉を聞いた彼は、とても驚いた表情をしていたけれど。
直ぐに彼女を振り返って早口のスペイン語で興奮気味に何かを話していた。
多分アタシの言葉を通訳して下さっているのだろう。
そうして。
彼の言葉を聞いていた彼女だったが、どんどんと表情が変化して行った。
戸惑いから驚きへ。やがて、歓喜へと。
遂には泣き出してしまった彼女は、アタシに抱きついて来た。
「アリガトゴザマス、アリガト、ゴザマ、スッ!!」
と。
嗚呼、日本語と英語が通じないのが、もどかしい!
それでも、精一杯の感謝の気持ちを込めて、彼女を抱き締め返した。
「ホントにステキな踊りでした! 本当に、ありがとうございましたっ!!」
と、繰り返しながら。
アタシは野口さんや諭吉さんをギターケースに入れるよりも、彼らのCDを大人買いしてしまって。彼女だけではなく、他のメンバーからも感謝の言葉を頂くが。言葉に尽くせない感謝の気持ちと感激はこのくらいの事でしか伝わらないから仕方がない。この寒さの中で興奮に表情を赤く染めた彼女やメンバーから握手攻めにあいながら考えてしまっていた。
この素晴らしい方々の演奏と、彼女の踊りを一人でも多くの方々に観て頂きたい。
そして、もっと素晴らしい舞台を用意して差し上げたい、と。
だって、このフォルクローレ・グループは植え込みの前で演奏していたのだが、更に背後にはトイレがありゴミ箱が設置されているのである。これでは、あんまりだ。だから、多くの人々が足早に通り過ぎてしまうのだ。もっと立派な舞台に立って頂いて、世界中の人々にこの感動を是非とも味わって頂きたい。
―――後に。
アタシのこの熱い想いは、「T&M Art promotion association」と云う組織に結実し。
フォルクローレとフラメンコの融合を図ったグループ「アヤ・ライミ」は、爆発的なヒット曲を生み出す世界的なグループへと成長してゆき。
「イサドラ・ダンカンの再来」とまで評され、「裸足の聖母」と呼ばれた舞姫、ロサ・マリアが世界中で活躍するのは、この時のアタシには与り知らぬ未来のお話である。
こうして、アタシの降誕祭前日のデートは、この上なく有意義なものとなり。新婚夫婦の波乱に満ちた二○一七年の年の瀬は、最後まで劇的に暮れて行ったのであった。
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